Flag-025【Finalistが集う日に】
町はどこもかしこもクリスマスムード、気づけばそんな時期になっていた。だいぶ寒くなってきたが、上野公園フットサルコートは多くのレーサーで溢れ、その熱気がこもってか、凍えるような感じはない。ウインターGP1stの土曜開催、レースに参加できるのはジュニアのみだが、それにしては大人のレーサーも多かった。彼らの目当ては物販と、早朝とこの昼休みに一回ずつトライできる練習走行だ。彼らの本番は明日日曜に開かれるオープンクラス。普通は土曜のコースに少し手を加えただけのパターンが多く、最終調整には持ってこいだ。
「相変わらずテーブルトップは不安だなぁ。」
「えー雅人君のマシンちゃんと完走してたじゃーん?」
コースの方から雅人さんと呉羽さんが戻ってきた。ガーデン日吉の常連勢も明日に備え、朝からこの練習走行のためだけに来ていた。いや、もちろん俺らジュニアレーサーの応援も兼ねて、だ。しかし、
「えーとー結局午前、壮太とかヨックとかは襷取れたんだっけか?」
「いえ・・・伊緒だけですね。」
会場に途中から来たユッケさんへ、言いづらそうに返した。前回同様MSシャーシをベースに、小径タイヤ、ハイパーダッシュモーター、リヤブレーキ、マスダンパーという装備で完走はできたが、速度負けだった。Nコードさんはフォローのつもりか、こう言った。
「無理もない。例の件でしばらく、フラットレースにかかりきりだったからな。」
「あんま知らなかったけど、いろいろ大変だったんだってね。」
今回の件、御堂姉妹が中心で動いてたのもあり、雅人さん始め日吉の常連は漠然としか状況を知らない。
「さすがにおっきな声で話す人いないけどさ、例のサイト・・・パッタリ閉鎖になったって、密かに話題持ち切りじゃね?」
「ほんとにあったのねー、クグツ衆って。もう、言ってくれればお姉さんも力になったのにー。」
そんな呉羽さんへ、顔を出して早々に奈緒が言った。
「言っとくけどこの件、他言無用よ?もちろん、あたし達の関与もね。」
「ひっそりと幕を閉じさせたい。傘下に居たレーサー達が自然と戻れるよう、なるべく大事にしたくなかった。」
一緒に来た伊緒は言った。その思いはNコードさんも同じようだった。
「自ら【クグツ衆託宣堂】を利用していると公言するレーサーは、そう多くなかった。少なからず後ろめたさはあったはずだ。そんな彼らが、人知れず本来の走りを取り戻すのを待ちたい。」
「そうですね・・・。」
いつかは、あの中池君も戻ってくるんだろうか?率直なところ、俺にはそうは思えなかった。それでも、その可能性みたいなもんだけは残ったと、今は信じたい。仮に彼が戻らなくても、同じように組織から投げ出されたレーサーの内、何人かは戻ってこれるかもしれないと、そう思えたからだ。
「でも実際さー、クリヌシ様の思し召しってので勝ってた奴って、どんだけいたんだろーな?」
確かに、幾らセッティングが的確でも、組む人間によってマシンの性能は幾らでも変わる。ツギテの連中はそこの腕だけは確かだったから、あれだけ苦戦したわけだ。これについて、Nコードさんの見解は少々意外なものだった。
「フラットよりはむしろ、駆動効率がさほど問題にならない立体コースでそれなりに猛威を振るったらしい。簡易とはいえ挙動解析シミュレーションを利用しているだけのことはある、ジャンプ挙動や着地時の衝撃吸収に関する計算は、そう難しくなかっただろう。マスダンパーの配置、バネの利用、タイヤのチョイスについては最適解を導き出せたはずだ。それこそ、公認大会でも通用するほどに・・・それで、メーカーの方でも少し気にしていたようだった。何度か相談されたことはある。」
「え、じゃあフラットで俺たちに勝負挑んできたの、なんでだ?」
壮太の言う通りだ。あれだけ情報戦に長けた連中のこと、俺たちが強いて言えば立体の方が不得意なのは、幾ら何でもわかってたはずだ。するとNコードさんは、宙を眺めるようにして言った。
「それは・・・神楽冴への挑戦だったから、だろうな。おそらくは。」
「・・・いずれにせよ、立体の練習不足は否めないな。」
そう言った伊緒は、午前に一時予選を突破し、黄色い襷を得ていた。伊緒のこと、もちろん何もしてこなかったわけじゃないはずだ。奈緒もそうだろう。
「あら、私は予定通りよ?」
「負けるのも予定のうちかー?」
「そういうことね・・・あたし達の本番は、一次予選でも二次予選でも無いってこと。」
確か午前の一次予選じゃ、奈緒も惜しいながら速度負けだったはず。しかしなぜか、それを気にする様子はほとんど感じられない。コースから、立ち枯れさんやムリクリさんが戻ってきた。
「何だアイガーじゃなかったのか。これじゃ完走できても全く安心できんだろ。」
「やはり、ジュニアクラスは普通のテーブルトップにしておくんでしょうねぇ、しばらくは。久々のレーンチェンジだったので、まぁそこはいい練習にはなりましたが。」
「5レーンのレーンチェンジブリッジで困るってのはあんま無いだろ?」
日吉常連でも比較的立体レース寄りという、やさぐれさんところりんさんも戻ってきた。
「そのレーンチェンジで早々仕舞いになった奴もおったがな・・・自分、明日どないするんや?」
ころりんさんの手には、とことん軽量化された自慢のマシン、の残骸があった。見覚えがある光景だ。
「そういう運命だったのさ・・・これから帰って、」
「まぁ来年がんばりや!」
「いや明日走りますって!ひどいなぁもう。」
そんな、すぐに復旧するような損傷には見えないが。ここで、ユッケさんが思い出したように言った。
「そういやさ、伊緒ちゃんと奈緒ちゃんは今日、年間チャンピオン戦じゃね?」
「へー、伊緒も優勝してたんだな!」
月間GPやその他臨時開催の公認大会優勝者のみで争われる、年間チャンピオン決定戦。文字通り、メーカー公認大会において、今年最速のミニ四レーサーを決める栄誉あるレースだ。それがこのウインターGP1stの後、続けて開かれる。それで、奈緒の言う本番ってのが何のことか、わかった。
「二人とも年間チャンピオン戦の切符あるんだったな・・・そういうことか。他はどなたが?」
これにはやさぐれさんが答えてくれた。
「わいとユッケやな。」
「え、ユッケさんも?」
ということは、いずれかのGPの優勝経験者ってことになる。フラット用のカツい井桁MSシャーシの印象が強いのもあって、少し意外だった。
「そーんな立体得意じゃないんだけど、二月に取っちゃってさ。でもそれっきり泣かず飛ばずじゃん?もうやばいのなんのって。」
ここで言うやばいの意味は、Nコードさんが補足してくれた。
「年初に切符取るのはな・・・公認大会はコースレイアウトのトレンドが月々変わり続ける。一概には言えないが、年末に近い大会で得た実績の方が活かしやすい節もある。奈緒は先月だからともかく、伊緒も四月頃だったか。まぁ、その調子なら心配なさそうだな。」
『それではあと十分、一時から、午後の一次予選を始めたいと思いまーす♪練習走行は今並んでる方までで締め切らせていただきますね。』
MCの近世もよりからアナウンスが流れた。話しながら、日吉常連は荷物をまとめ、一枚を残して敷物を畳んでいた。
「じゃ、俺らはこの足で有楽町に引き上げるが・・・頑張れよ!雅人もな。」
これでもう、午後は大人レーサーの出番はない。有楽町オフィシャルガレージには唯一、公認大会と同じ5レーンコースがある。明日に備えガッツリ調整するつもりらしい。ここで、残る雰囲気なのはNコードさんと雅人さんだけだった。そういえば、雅人さんは俺の一個上、中学三年のはずだ。
「雅人くんはジュニアクラス、今年最後だよね?ファイナルDC・・・。」
「なんですかファイナルDCってのは。まだ、来年の三月までは男子中学生ですって。普段からオープンも出てると、ジュニア最後って感覚薄いですけど・・・ま、頑張りますよ。」
『さぁ、年間チャンピオン決定戦への最後のチャレンジ!この一次予選でもまだ間に合う、是非モノにしてみせてくれ。』
俺らは御堂姉妹が折り畳みデスクを広げる横に移動し、そこでレースに備えていた。今日の姉妹のお付きは武之進さんで、またビデオカメラを取り留めもなく回していた。その隣で、Nコードさんもどこともなく、会場を見渡しているようだった。午前から時折、そうしていたような気もする。
「彼を見かけたか?トワイライトブレイカーの、」
「乾一ですか?そういえば・・・。」
あまり気にしてはいなかったが・・・確かに、会場にあいつの姿はなかった。
「やっと、あのマシンの継承者に出会えたと思ったんだがな。」
あのビルでのレース以来、俺も一には会っていない。愛車、トワイライトブレイカーはボディの真ん中に亀裂が入るダメージを受けていた。シャーシの方は直せるだろうが、ボディの完治は難しいだろう。今頃どうしてるのか、不安はある。壮太は言った。
「あいつは来るって。今日はどうだか知んないけど・・・あいつに限ってさ、ボディ壊れたからやめるー、とかならない気するし。今は、オレたちのレースに集中しようぜ!」
壮太の言う通り、そんなヤワな奴じゃないはずだ。また来年、どこかで鉢合わせるに違いない。あいつについては、そう思えた。
「・・・だよな、ああ。そろそろ行くか?」
「そうね。」
奈緒はいよいよ立ち上がり、マシンに電池をセットする。今日は野外でも使える、ご自慢の充電器は出していない。
「・・・ん、アルカリ電池?ホカロンもなくか?」
壮太は不思議そうに言った。クレイモアのセッティングは、スーパーXシャーシに小径タイヤ、スプリントダッシュモーターだ。カーボンブラシのスプリントなら、その場で充電したニカド電池が一番よく回るはずなんだが。
「十分よ。それに・・・今回は33mm×1.3mmをやらせてもらうわ。」
「なんだ?それ。」
「バンク、見てなさい。」
奈緒はただ、それだけ言った。
『トップはネオファルコン!これにサバンナレオとビッグバンゴーストが続く!』
午前の反省から、前日充電でパワーの落ちたニカドじゃなく、電池はアルカリをホカロンで暖めたやつにした。しかし、そんなに速度が変わった感じはない。テーブルトップ対策として、その登り口で路面に擦らせるリヤアンダーブレーキには、減速が大きい黒いスポンジシートを地上高1.2mmの位置に付けた。規定ギリギリの1mmだとコースの継ぎ目の段差にこすって、至る所で減速しまくるが、そこは回避できてる。いつになくいい走りなんだが、周りはさらにもう少し速い。問題のテーブルトップも、ピョンピョン飛んではスタスタ着地、という具合だった。なんとか二位のマシンをコーナーでパスする。だが、
『ネオファルコンが・・・ここでゴール!それでは襷を受け取ってくださいね。』
ドライブウイングをスタッフから受け取り、コースを出るとNコードさんと武之進さんが控えていた。伊緒は留守番だ。
「日に日に速くなっているな。皆、さほどテーブルトップを気にしている様子がない。ジャンプ、着地、いずれも挙動の押さえ込みがうまくなっているんだろう。」
俺でもそこそこ完走できるくらいだから、そんなもんなのかもしれない。かといって、タイヤ径とかでこれ以上速度を上げられるかというと、安定性が足りなくなる気がする。コースの方へ目を戻すと、壮太が出てくるところだった。黄色い襷は見えない。
「ダメだ転がった、くっそぉー速すぎた!」
「結局セッティングは?」
「中径タイヤにダッシュモーターとリヤブレーキだけ。三周目まで速度ダントツだったし、完走しそうだったのになー。」
タイヤ径、ギヤ比、モーター、電池・・・仮に安定性が十分だとしても、その辺のチョイスで完走できるギリギリの速度を超えてしまえば、やっぱり勝ち残れない。走り慣れたレーサーはその見極めがやっぱりうまいらしいんだが。ところで、奈緒はどうだろうか。そう思って再びコースのスタート付近を覗くと、そろそろ走り出すところまで来ていた。
『スタートしました!トップは固まっておりますが・・・まずはホットショットでしょうか?続いてエンペラーですね。』
人だかりが壁になって、コースがあまり見えない。スタート時点から追えばまだしも、走り出してしまった後に特定のマシンを見つけるのはなかなか難しい。奈緒の視線を追う限り、クレイモアは最初のテーブルトップを順調に越えたようだった。
『さぁ二台コースアウト、ここでシャイニングスコーピオンが並んだ!』
奈緒のマシンだ。ちょうどバンクの下りを二台のマシンが並び、その片方だとわかった。しばらくイン側のレーン、勝機はある。俺はさっきの奈緒の言葉が気になり、次のバンクに目を凝らす。すると、その登りで併走するマシンに差を付けるのがわかった。速度が乗った状態のまま直後のテーブルトップに突入、しかしここでは他のマシンと同等に減速し、多少危なげな着地だが無事に通過していた。
『ゴール!トップの選手、襷を受け取っていってください。』
マシンを拾い、黄色い襷を貰っているのは奈緒だった。
Intermission
『ここでお知らせです。この後、ウインターGP1st決勝戦終了後、年間チャンピオン決定戦を行います。参加権をお持ちの選手は二時半までに、受付にお越しください。車検を行い、モーター、電池を支給のものに交換いただき、レース開始までマシンを預からせていただきます。・・・もう一回お知らせしますね。この後、』
一次予選が終わる頃、そんなアナウンスが流れた。奈緒と伊緒は最終調整を終えたマシンを持って、受付となっているテントへ向かっていく。そこで、黄色い襷をスタッフに渡しているのを見た。俺はNコードさんにテントの方を指さして聞く。
「あれ・・・ここでマシン預けるってことは、二次予選、どうするんですか?」
「他のマシンで出ることになる。だがあの二人はたぶん、年間チャンピオン戦までこのまま待機だろう。二人とも襷が取れるだけの走りはできている。調整としては十分なはずだ。」
つまり、本当に年間チャンピオン戦だけが本番のつもりで、走っていたようだ。モーターはスタッフに指定して好きなのを選び、電池は新品のアルカリを渡されていた。そこで壮太が、納得したように呟く。
「だからかー。」
「え?」
「あいつらのテーブルの上に新品のモーター開けたカラが転がってた。てっきり、新品の方が速いからかと思ってたけど。」
二人が今日使っていた片軸のスプリントダッシュと、両軸のハイパーダッシュプロはどちらもカーボンブラシモーターだ。銅ブラシと違い、使うほどカーボンカスが溜まって通電が悪くなるから、新品が一番速いと聞いたことがある。だが、速度が欲しいならカーボンブラシと相性がいいニカド充電池を使ってもいいはず。それで、ずっと違和感があった。
「最初から本番想定だったってことか・・・本気なんだな。」
その時、少し遅れて雅人さんが戻ってきた。その手に、襷はない。
「いやぁ、駄目だったよ。」
「コースアウトですか?」
「ちょっと速度が足りなかったかな。それでも、明日の練習にはなったかも。」
最後のジュニアクラスという割に、その調子はあっさりしているように思えた。
「そういえば・・・中学卒業までの来年三月までにGPのジュニアで優勝して、来年の年間チャンピオン戦の切符貰ったら、年末は、」
「特例でジュニアで参加できるって噂もあるけど、本戦まで一年くらい間空くしね。あるいは、オープンクラスの方に回されるって話もある。どっちにしても、はっきりジュニアって枠で参加できる年間戦は、今日で最後だったんだよ・・・。」
そう言った雅人さんはいつもの笑顔ながら、どことなく、寂しい響きにも聞こえた。
「なー、有楽町に合流するのかー?」
「いや、せっかくだからあの二人のレースを見届けるさ。」
盛大な拍手の中、ウインターGP1stが表彰式を終えた。しかし、コース周りの車検列にはすでに、二十人近いジュニアレーサーが並んで控える。そして、会場の音楽が切り替わる。
『それではこれより、2008年、年間チャンピオン決定戦に移りたいと思いまーす!』
『参加するのは各大会での優勝者ばかり!会場の諸君も一緒に、今年最速の走りを目撃しよう!』
『まずは三人か四人ずつレースして、勝った選手だけが決勝レースに進むことができます。』
その最初の出走者の第四レーンに、奈緒がいた。イン側から二本目のレーン、レーンチェンジブリッジには二番目に入ることになる。そして、第二レーンにも見覚えのある奴がいた。
「あ、雅もいるじゃん・・・あいつもどっかで優勝してたんだなー。」
あの、ミクルーザーの観音寺雅だ。俺も壮太も、結局あいつに勝てた試しがない。年少ながら、やはり腕は確からしい。
『それでは栄光への第一戦、レディ?・・・ゴー!』
シグナルが変わるに合わせ、ミニ四ノーブルが叫ぶ。そして四台のマシンがコースへ滑り出した。最初は右、左、右の連続コーナー、そこからストレートを進んで折り返し、レーンチェンジに入る。さらに大型バンクを折り返し、下ればすぐにテーブルトップだ。一周目、一台もコースアウトしなかった。
『さすが強豪揃いのレースです、皆さん安定してますねー。』
『それでこそGPチャンピオン!ここでトップはシャイニングスコーピオンクレイモアだ!』
イン側のレーンを行く奈緒のマシンは、ここでリードを稼ぐ。そして二周目、レーンチェンジブリッジをクリアし、最アウトレーンに移った。5レーンコースのレーンチェンジブリッジはコース自体の寸法が大きいこともあり、3レーンのよりスロープが緩やかだ。それに立体コース故、大抵のマシンはリヤブレーキなどの減速装備があり、ブリッジの入り口で速度を落とすことができる。普段の3レーンフラットレースのレーンチェンジに比べれば、だいぶ気楽だ。奈緒のクレイモアはアウトレーンに移ってなおもトップを守り、さらに加速しているようだった。そしてやはり、バンクでの減速が他の車より軽い。そこで稼いでいるように見えた。Nコードさんはピットスペースの留守番に残った武之進さんに代わり、ビデオカメラを回していた。
「速度負けの心配はなさそうだが・・・。」
「そろそろ、新品のカーボンブラシモーターが一番おいしくなる頃じゃないかな。」
「ああ、問題はこの後のテーブルトップだな。」
雅人さんとNコードさんがそう呟いた矢先だった。減速もなく相当速度が乗った状態でバンクを下り、三周目のテーブルトップに突入したクレイモアは、ジャンプ時に左へロールした。
『おおっとここでトップがコースアウト!代わってアバンテアズールが先行します。』
奈緒はマシンを拾うと立ち上がり、その場で数瞬、コースを見渡すようにしていた。奈緒のチャレンジは、ここで終わった。そして、
『ゴール!おめでとうございます!アズールの選手は決勝に備え、電池交換をお願いします!』
あの雅も、速度負けで三位だった。これが、チャンピオン層の厚さなのか。やがて、二人揃ってこっちへ戻ってきた。
「うー、全然ダメダメだったですー。奈緒お姉ちゃんは勝てると思ったのに・・・、」
「・・・ま、ここまでこれただけ上出来ってもんよ。」
奈緒はさっぱりした様子で言った。もちろん、何の未練もないってことはないんだろうが。
「そんで、さっきの33とか1.3とかって、なんだ?もういいだろ?な?」
壮太がそうせがむと奈緒は辺りを見回すようにしてから、クレイモアの側面を向けて見せ、言葉少なに言った。
「ブレーキの位置、後輪車軸から後ろ約33mm、高さ約1.3mm・・・あのバンクのスロープ、実はテーブルトップの登りより緩いって、知ってた?そうゆうこと。」
「それってつまり・・・マジか!?」
奈緒が言わんとしていることに気づくのに、それで十分だった。どうりでバンクの挙動に妙な不自然さを覚えたわけだ。斜面の登りでマシンが上向きになるとき、路面に引きずって減速させるのが後方下面のリヤアンダーブレーキだ。当然、その高さ、取り付け位置で路面への接触の仕方は大きく変わってくる。
「これに頼ってひたすら速度伸ばして・・・グリップ低い小径タイヤなら、テーブルトップ前だけ減速できるって魂胆だったけど、ちょっとツメアマだったわね。伊緒ちゃんの方が正解だったみたい。」
Nコードさんは話に耳を傾けつつ、ビデオカメラをコースへ向けている。その、伊緒のファルシオンが今まさに走っていた。装備は確かMSシャーシに、中径のハードローハイトタイヤとハイパーダッシュモーター。奈緒のクレイモアよりさらに少し速いはずだ。同様にバンクでの減速はなく、しかしテーブルトップの登りではもっとはっきりと減速していた。そして、ファルシオンは圧倒的なリードを保って逃げ切る。
「・・・やってることは一緒だけど、シリコンブレーキのおかげね。」
「シリコンタイヤをバラして貼り付けたのかい?よく接着できたね。」
シリコンゴム製のソフトグリップタイヤを切って貼ったブレーキは、スポンジや他のゴムブレーキに比べてさらに減速効果が大きい。ただし雅人さんが驚いたように、シリコンは接着しにくい素材だ。
「なんかに付いてる両面テープと、接着剤の組み合わせで、なんとかね。耐久テスト用と本番用で二つ用意するって徹底振りだったわね・・・あとはファルシオンに、伊緒ちゃんに期待するわ。」
決勝へ進むレーサーが控えるところに案内され、電池交換を終えた伊緒。それからふとこっちを向き、目が合った。笑って見せたんだろうが、自信と不安、興奮と緊張が混じったような、そんな顔に見えた。声が届く距離じゃない。だから俺は、親指を立ててグッドラックを送るしかなかった。すると少し、伊緒の口元に笑みが浮いたように見えた。
そして、決勝が始まる。栄冠を狙う五人のレーサーを一人一人、ミニ四ノーブルが紹介していく。そして、
『第三レーン、チームヤクモ文具模型、スプリングGP2nd優勝、御堂伊緒選手!』
レーンは中央、三周目にレーンチェンジブリッジを越えるポジションだ。
『それでは・・・2008年ミニ四駆GP、年間チャンピオン決定戦を始めよう。スイッチオン・・・レディ?』
シグナルが赤から、緑へ変わった。スターターレーンを五台のマシンが滑り降りる。その勢いのまま、一丸となって連続コーナーを駆け巡る。
『速い!どのマシンも遅れることなく固まってます!そして最初のテーブルトップを・・・全車クリア!』
『さぁ二周目、トップを行くのは・・・ガンブラスターファルシオン!なんとシャーシはMSだ!』
この時点でトップということは、イン側をスタートした二台より確実に速いはずだ。
『さぁしかしここでテーブルトップ、かなり飛ばしてますけど、クリアできるんでしょうか?・・・すごい!なんでしょうね?テーブルトップ前だけお行儀よく減速して・・・ここからまた加速します!』
三周目、ファルシオンは独走態勢に入っていた。アウト側のレーンを走りながら食らいついてくる二台が気がかりだが、それでもだいぶリードを稼いでいる。
『ここでレーンチェンジを、クリア!さぁアウトに回ったがこのまま逃げ切れるか!?』
テーブルトップでの減速は目に見えて大きかったが、その後の加速と最高速は群を抜いていた。四周目は最アウトレーン、一方、後を付けていた二台が最インレーンから迫ってくる。まだだいぶ距離に開きがあるように見えるが、3レーンコースに比べてインアウトの差は大きい。
『さぁ依然トップはガンブラスター・・・おっと?どうしたんでしょうか?』
テーブルトップ前でまた首尾よく減速したものの、着地しても速度が伸びない。明らかに速度を落としたまま、五周目を迎える。
『ここで一台がコースアウト!トップはここで・・・サンダーショットが逆転!』
さらにもう一台に抜かれたところで、連続コーナーに突入したファルシオンは急に速度を取り戻した。だが、何かがおかしい。今までのような減速もなくテーブルトップに突入する。
『さぁ、トップはサンダーショットMk-Ⅱか?アバンテMk-Ⅲか?』
ファルシオンは着地でフェンスに乗り上げたものの、その後のコーナーで何とかレーンに収まる。その間に、三位のマシンにも迫られる。そして、
『ゴォーーーーール!2008年、年間チャンピオンがここに決まった!栄光を手にしたのは、チームトヨイチモデラーズ・・・、』
伊緒はファルシオンを拾った後、コース脇のスタッフから何か渡され、その足で一旦こっちに戻ってきた。
「ちょっと攻め過ぎたわね、お互い。」
「そうだな・・・。」
そう言って伊緒は、スタッフから受け取った何かを奈緒に渡して見せた。それは走行中にファルシオンから剥がれ落ちた、例のシリコンブレーキだった。
「耐久テストじゃ問題なかった、本番は新品で挑んだ・・・でも、レースに絶対はないな。」
それだけ言い残し、スタッフに呼び出された伊緒は足早に、表彰台の方へと戻っていく。
『それでは、これより表彰式を行いたいと思います!』
『2008年、ミニ四駆GP年間チャンピオン決定戦!まずは第三位・・・チームヤクモ文具模型、御堂伊緒選手!おめでとう!』
表彰台の右端に上がり、ミニ四ノーブルから小振りなトロフィーを受け取る伊緒。その顔は素直に安心しきったような、晴れた表情をしていた。あの表彰台のその一角に辿り着くだけでも、それがどれだけ厳しいことなのか。俺は今日、その重みを知った気がした。
「翔司郎は来年、中三だったね。」
雅人さんは不意に言った。
「え?はい・・・。」
「僕はそもそもフラットに偏ってるのもあるし、オープンクラス参加が当たり前になってるから、いまいち身が入ってなかったのもあるけど・・・翔司郎はまだ、一年あるんだ。来年最後のジュニアクラス、あきらめちゃダメだよ?」
そうは言われても、実感はまるで持てない。今日だって決していい走りができたわけじゃない。
「俺も、立体はまだまだ・・・。」
言いかけて言葉が続かない俺に、Nコードさんは言った。
「翔司郎、君はフラットであれだけの走りを見せてくれた。やることは違っても必要なものは同じ、その取り組む姿勢にこそある。来年、さらに高みを目指せ、伊緒の先まで・・・もちろん、壮太もな。」
「おうっ!まぁ翔司郎も、オレの後ろでいいからがんばれよな?」
それを聞いて俺はふと、初めて壮太とレースした公認大会を思い出した。コースアウトしたエスペランサにドライブウイングの鼻先を塞がれた、あのレースを。
「・・・フッ、そいつはゴメンだな。」
俺は無意識に一歩踏み出し、壮太の少し前に出るようにしていた。より表彰台の近くへ、一歩だけ。
『見事ここへ上り詰めた彼らに、もう一度盛大な拍手を送ろう!おめでとう!そして、素晴らしい走りをありがとう!』
こうして、あの2008年は幕を閉じた。
次回予告
壮「メーカー本社大会キター!いよいよ静岡編に突入だぜ!」
翔「いや、そんな続かないって。ともかく、伊緒奈緒のお誘いで静岡大会まで行ったわけだが・・・どこだろうが厳しいのは同じだな。」
伊「それでも、東京大会だけ出てるより経験値は稼げるはずだ。」
奈「せっかく連れてってあげるんだから、せいぜい精進なさい!」
翔「そういや、世界大会もやるんだろ?外国のトップレーサーが参加するっていう特別レース。」
壮「お!あの金髪の姉ちゃんそうかな?おーい、どっかの国のチャンピオンとかかー!?」
奈「・・・聞こえてないわよ。」
シャ「・・・聞こえてるわよ。」
翔「次回エアーズ、Flag-026【そのレーサー、Internationalにつき】」
壮「チェッカーラインを見逃すな!」
シャ「暑苦しい連中ね。」
壮「お前、冷たそうな?」
もより「この物語はフィクションです。ジュニアクラスの出場資格とか、公認大会に関する細かいルールはメーカースタッフまでお問い合わせくださいね。・・・それではまた、次のレースでお会いしましょう!」




