Flag-019【手繰り糸の交錯】
帰宅した俺は自室に入るなり、鞄を壁際に放った。制服のままベッドにうつぶせてじっとするが、口の中に不味いものが広がるような、そんな感じの悪さを覚えた。それから身を起こす気にもならず、転がって仰向けになる。今日、学校の帰りに、中池君にまた会った。
『おい、イトリ?まさか電車で会うとは思わなかったぜ。』
『中池君!?・・・確か第十四中、だったね。』
地元の公立中学のことだ。俺は私立中学に上がり、小学校時代の地元の友人の多くと疎遠になっていた。中池君も、そんな一人だ。
『お前、別に引っ越してないよな?地元なのに会わないもんだな。そういやミニ四駆さ、普段どこで走らせてるんだ?』
『え?ああ、適当にネットでコースある店探して・・・いろんなとこ行ってるよ。』
そう言って、やんわりはぐらかした俺。行きつけの店は、言えなかった。それどころか、俺は中池君を避けたいとすら思ってるのかもしれなかった。
『なかなか一緒に走らせる機会無いな。今度一緒に有楽町でも行かないか?俺の自慢のクグツマシンを見せ、』
『間ーも無くー、ゆーてんじー、ゆーてんじー。お降りのお客様は・・・、』
駅を出ると、一言二言交わして別れた。俺は中池君が向かうのと逆の道へ歩き、しばらくして遠回りに家へ向かった。
「中池君・・・。」
彼がどんなつもりでクグツ衆でいるのか、あまり想像したくない。俺は机の片隅に目をやる。青いデュエルエッジが描かれたケース、その中に収まる愛車、ドライブウイング。神楽さんからの貰い物ながら、今でこそ自分のマシンだと言えるくらいに、自ら手を加えてきたマシンだ。それに比べ、中池君の自慢のマシンというのはあまりに異質に思えた。彼はおそらくクグツ衆の末端、俺らと対立するような人じゃ、決してないはずだ。それでもこの差異について、果たして分かり合えたものか、正直自信がなかった。不安だった。だからこの事に触れたくなかったし、一緒にミニ四駆を走らせるのも、極力避けたいんだろう。
『フルカウル重たいからさ。不利だし、使ってない。』
前に言ってたその言葉も、俺には解せなかった。
「あんなこと、言うはずない人だったのに、な・・・。」
ボディが重いのは不利、そんなことは分かり切ってる。だが、多少の不利被ってても納得の行く走りを目指すのもまた、ミニ四駆のおもしろさだし、努力の見せ所のはずだ。そう、俺は思ってる。それを否定されたかのような物言いに、少しおもしろくないものもあった。
翌日の土曜、俺はガーデン日吉じゃなく、ヤクモ文具模型に向かった。御堂姉妹はあの店にいることが多い。中池君の話、敢えて相談したいわけじゃない。が、何となく不安のようなものがあって、自然と足が向いた。日吉にはNコードさんがいるはずだが、尚のこと話しにくい。・・・そうだ、結局俺は誰かに話して、このもやもやとした気分を払拭したかったのかもしれない。
ヤクモ模型には小中学生が五人、大人が二人と、割と客の入りがよかった。その中に、少し意外な奴がいた。
「壮太?珍しいな。」
「お?そーいう翔司郎もなんで・・・来週のここの大会、出んの?」
「いや。大会あるのか?」
「それの練習で今日は人集まってるみたい。ま、オレは調整やってるだけだけどな。日吉のコースじゃレーンチェンジ厳しすぎるから、まずこっちで試そっかなって。」
壮太はリヤローラー取り付けネジの根本にある、角度調整チップをいじっていた。
「それ・・・リヤに角度つけてどうするんだ?」
普通、角度調整チップはフロント側で使い、スラスト角を変えてローラーと壁の接触抵抗を加減する。スラスト角を下向きにすれば安定性が上がり、逆に路面と平行に近づければ速くなる、という具合だ。フロントローラーはわずかに下向きでなければ、マシンを路面に押しつける力がなくなるため、ただのコーナーでもコースアウトする恐れがある。しかしリヤローラーはそういう心配がないため、抵抗が最小となる平行にしておくのが普通だが。
「リヤローラーがちょっと上向きだと、レーンチェンジ少し有利になるらしいから、ちょっとな。フロントスラストがマイナス2度なら速度充分出るんだけど、ちょっと安定性足りないんで。」
「えーと・・・どういうことだ?」
「レーンチェンジでブリッジ越えるとき、リヤローラー上向きだとマシンの後ろ側持ち上がるじゃん?そうすっとフロント側が落としやすくなるってわけ。逆にさ、リヤローラーがちょっとでも上向きだとあっさりコースアウトするじゃん?」
「ああ、確かに・・・。」
とは言ったものの、そこは気にしたことがなかった。確かにあり得る話、後で自分のマシンのリヤもチェックしておこう。
「リヤ、プラス1度くらいならそこまで変な挙動にはなんないだろうから、試してみろってユッケさんが言ってた。」
「お前、830ベアリングはまだ買えないのか?」
二個セットで700円と高額ながら、回転性能は最高、材質も錆びにくいのが830ベアリングローラーだ。俺のドライブウイングに限らず、フラットコース用マシンは大抵これを使うんだが、壮太はこれまでずっと、もう少し安価な9mmベアリングを装備していた。最高速の足枷になっていないはずはない。
「六個買ったら2100円じゃん?ちょっと大きい買い物だし、そんなに貯金ないし。・・・まぁ、ないこともないんだけどな。」
「ん?」
壮太はセッティングを終えると、充電を始めて端子磨きに移った。
俺は店の中の利用者名簿に名前を書き、商品をさっと眺めて、それからガレージのコースへ戻った。ちょうど壮太がマシンを走らせ、ラップタイマーを見つめているところだった。
「よっしゃ!」
と言って指をパチンとならそうとした壮太だったが、くぐもったいまいちな音にしかならなかった。
「腕、なまったか?最近負けが込んでてやるチャンス少なかったしな。」
「うるせー。でもばっちし完走、タイムも上々!」
壮太が満足そうにマシンを引き上げると、続けて中一くらいの少年がラップタイマーのそばまで来て、マシンを走らせた。ここのコースはしばらく来てなかったんで感覚掴みづらいが、見た感じ、それもかなり速いマシンに見えた。完走してタイムをチェックすると、少年は友達のところへ戻って言葉を交わしていた。
「すげー、普通に完走したし速いぞこれ。これなら行けるって。」
「でもちょっと速度足りなくないか?もしさっきのマシン相手にしたら・・・、」
来週の大会を睨んでの調整なんだろう、気にしているのは壮太のマシン、エスペランサの走りだろうか。そのとき、俺は遠目ながらに気づいてしまった。その二人のマシンのボディを外した下、バッテリーホルダーに張り付けられた、あのチップを。半割れの仮面がデザインされた、そのGPチップを。どうしたものか、いや、別に危害なければ放っておいてもいいんじゃないか、と俺が思い倦ねている間に、その二人に声を掛ける奴がいた。
「そのマシン、気に入らないわね。そのチップもよ。」
「・・・なんだよ?」
物怖じせず食ってかかるのは奈緒、その脇には伊緒もいる。
「そんな人様の言いなりのマシン走らせて勝ったとこで、それ、あんたたちの実力って言えるのかしらね?」
「は?・・・どうしようと勝手だろ、ちゃんと自分で組んだマシンなんだからルールだって問題ない。攻略本みたいなもんだろ。それで速くなるのが気に入らないからって、」
「じゃあ、その速いマシンってので勝負して貰おうかしら?ただし負けたらそのチップ、頂くわよ。」
少年は口ごもり、それから答えた。
「・・・ああ。」
「おい、いいのかよ?」
「どうせ小学生だしだいじょぶだろ。」
止めかけた友人も含め、御堂姉妹の実力は疎か、二人によるクグツ狩りの実態も知らない様子だった。
「・・・フンッ、モグリね。」
奈緒は不敵に呟く。幾らクグツ衆のセッティングが最適とはいえ、マシンの性能はパーツの状態だとか、諸々の条件で決まる。そういう細かいところで御堂姉妹が遅れを取るとは思えない。おそらく、そこの差で十分勝てる見立てなんだろう。それぞれが勝負に備えようとした、その時だった。
「うちのもんに手を出して貰っちゃあ困るなぁ。」
店の片隅にいた中学三年くらいの男がすっと立ち上がり、唐突に彼らの間に割って入ってきた。
「君たちはスピーディーに早く帰るんだな。」
「お前、誰なんだよ?」
立て続けの乱入者に、しかも帰れとまで言われ突っかかる少年に、男は一台のマシンを掲げて見せた。
「俺様はこういう者だ・・・おわかりかな?」
それは、黒いビッグバンゴーストだった。部分的に金と銀で塗り分けられ、そしてクリアブルーのキャノピーが目を引く。その奥にあるのはクグツチップ・・・だが、他のクグツ衆が持つものとは少し違い、全体的に灰掛かって色味がなかった。
「まさかあんたは、ツギテ・・・、」
「いいからさっ、バックに下がれよ。」
少年二人はその男の言うままに荷物をまとめ、そそくさと店を出ていった。この男、何者なのか?
「君らは実にラッキーな幸運に恵まれたぁ。ツギテの筆頭たるこの俺様が、わざわざ出向いてくるなんてナッシングなくらい無いことなのさっ!」
そいつは気障で、自分に酔ってる系の、面倒くさそうな・・・つまり、ただただいけ好かないだけの奴に見えた。
「・・・そう、あんたが噂に聞くクグツ集の幹部様ってわけ。よくまぁあたしたちの息のかかった店に、ノコノコ現れたもんね。」
「今日はちょっとしたリトルなご挨拶だ。こないだは名刺だけのご挨拶で失礼したがぁ、お受け取りいただけたようで光栄だったよ。」
「まさか、こないだの公認大会で・・・。」
伊緒の声に、抑えた怒気がこもるのを感じた。
「クリヌシ様はあのスーパーFMがお気に召さなかったのかねぇ?よくはわからないが。」
ファルシオンを大破させたあのトラップ、それを仕掛けたマシンを走らせたのは確かに、こんな背格好の奴だった。
「お前が、やったのか?」
「さぁて誰がやったかな?しかーし、全てはクリヌシ様の思し召し、さ。わざわざ設営前のアイガーに破損加えてみたら、不思議なワンダフォー!高速コースに様変わり、お告げ通りにまんまとあのマシンが出てきたわけさぁ。クリヌシ様ならではの見事な読みに、言葉もワードも出なかったぜ。」
あの時、予定通り高低差が大きいアイガースロープが設置されてれば、伊緒は高速コース用のSFMシャーシじゃなく、立体コース用のMSシャーシで挑んでいたはずだ。コースアウトのリスクに備えた立体マシンの方なら、あそこまで致命的なダメージにはならなかったかもしれない。あの結果が全て、奴らの思惑通りだったっていうのか。
「そう、そうなの・・・わざわざお越し頂いたからには、タダで返すわけには行かないわね。そういうことなら、おもてなしして差し上げるわ。」
奈緒が皮肉込み込みの怖い口調で言うと、しかし男はおどけて応じた。
「おおっと!クールに落ち着きなよ。君らの流儀に従いチップを賭けて!と言いたいとこだが今日はあくまでご挨拶。賭事なしにレースを楽しむってのはぁ、どうだい?」
「威勢良く乗り込んできた割に臆病なもんね。」
「なら、俺が相手だ。」
そう言って俺は、ケースからドライブウイングを引き抜いた。思わず、そうしていた。
「翔司郎!?」
「ちょっとあんた、何考えてんのよ?」
「俺が勝ったら、洗いざらい話してもらう。」
伊緒と奈緒が相手じゃなけりゃ、油断して何か引き出せるかもしれない・・・そういう狙いもあった。
「別に話すべきトークもないんだが・・・ほーう?そいつぁひょっとして神楽冴の主力マシン、ドライブウイングってやつかい?クリヌシ様へのギフトな手土産には、ちょうどいいねぇ。」
余裕を崩さないそいつの物言いに、内心俺は少し怯む。だが、後には引けない。そいつのビッグバンゴーストはTZXシャーシで、バンパーのFRPプレートは若干特殊な組み方がされていた。そして前後とも830ベアリングローラーを備え、角度調整チップや複数のワッシャーと共に、ロングビスで固定されている。クリヌシとやらの計算に基づく位置調整なんだろうか。
「このファントムノヴァはそもそもそいつを越えるために作られたマシン、いっちゃあなんだが危険なリスクだな。」
色々と、思うところがあった。同じビッグバン、同じTZXシャーシで、しかし全く借り物のままの、そのマシン・・・。俺のドライブウイングだって、そもそもは神楽さんから譲り受けた借り物に違いない。が、それを自分のものにするべく、俺は今まで必死で向き合ってきた。この男がどんなマシンでどんな走りをしようが、勝手にすればいい話。頭でそうとわかっていても、借り物でいいと居直るクグツ衆の態度は、やはりおもしろくなかった。そして何より、中池君のことで鬱屈してたのもあった。彼と直接やり合うのは気が引けても、いずれクグツ衆とは勝負するつもりでいた。そして、自分の走りってのを示したかった。
「そんじゃオレも。」
そう言って不意に進み出ると、壮太もまたエスペランサをかざし出した。男はそれを見るなり、嘲笑気味に言う。
「ハッ、こいつぁ驚きのサプライズだぜ!そんなマシンでかーい?9mmベアリングしか買えないお子様は、」
「うるさいな。」
壮太にしては珍しいくらいの、不快そうな声色だった。
「壮太まで、」
「あんたたち・・・これは、あたしたちの勝負よ。」
「いや、俺たちの、だろ?」
「そういうこと。それにこいつ、気に入らないし・・・それでもま、名前ぐらい聞いといてやるよ。」
壮太の口調を気にすることもなく、男は変わらぬ軽薄な調子で名乗った。
「俺様はDKとでも呼んでくれると嬉しくてハッピネス!だ。」
Intermission
居合わせた他の客は、俺らのやりとりを無言で遠目に見ていた。
「さぁて、勝負の前にセッティングといこうか?んーどうしたもんかね。」
DKはコースを眺めながら、わざとらしそうに言う。
「あら、てっきり仕立て済みかと思ったわ。パソコンもないのに、ぶっつけ本番のコースでセッティングなんてできるのかしらね?」
「粋がったところで所詮クグツ衆・・・操り人形の代表格が、偉そうにしてるのも今のうちだな。」
「おおっと?そこはちょいとディフェレントな違いがある。俺様はクグツ衆にあってクグツじゃあない。言わばクグツを操る糸として、クリヌシ様に直接通じる者なのさ。」
DKは上着の懐に手を入れると、そこから仮面を取り出した。ちょうどクグツチップにあるような半割れのデザインだ。頭の後ろを回して耳に掛けるヘッドセットみたいなフレームがあり、それで固定する構造になっていた。
「さ、全てクリヌシ様の思し召しのままに、だ。」
仮面を被ってゆっくりコースを見渡すDK。白い仮面の、黒い目の部分にはマイクロカメラが仕込まれているようだ。その裏側はモニターになっているのか、DKには何かが見えているようだった。
「ほーうさすがはクリヌシ様、託宣ありがたく・・・。じゃあ充電含め少し時間もらおうか?そうそう、モーターはおニューな新品をこの場で慣らそう。それなら君らも安心ってもんだろう?」
そう言って、DKは俺らの目の前で新品のアトミックチューンモーターを開けて見せ、金具と電池だけが取り付けられた予備シャーシに組み込んでいた。慣らし用のワークマシンってやつだ。
「ご丁寧にどうも。あたしたちは普段のモーターでいいわけ?」
「もちろんさぁ!ハンデ負わせて勝っても楽しくエンジョイできないからなぁ。」
伊緒は不愉快そうに言った。
「ハンデなんか気にするような立場か?・・・まぁいい。」
俺はドライブウイングのメンテを進める。セッティングは決まっていた。フロントローラーは角度調整チップでマイナス2度と、やや平行気味にしている。その代わり、ローラーを固定したネジの下端にあるアンダースタビを、地上高1mmと規定ギリギリまで下げていた。レーンチェンジの上り坂に入ったときにこのスタビが路面に当たると、バンパーが撓んで固定したローラーごとわずかに下を向く。それによってローラーの接触抵抗が増し、肝心のレーンチェンジブリッジの瞬間だけ、安定性を上げる効果もあるからだ。
「壮太はそのセッティングで行くのか?さっき走らせてた。」
「これ以上ないってくらいの速さだし、こりゃ翔司郎でも簡単にゃ抜けないぞ?」
「頼もしいな・・・と、そうだ。」
俺はさっきの壮太の話を思い出した。長いネジの上下に固定された二段のリヤローラーに並べ、定規を垂直に立てて見る。特にどちらのローラーが定規に寄っている、ということもなく、致命的に安定性が落ちるとされる下向きにはなっていなさそうだ。しかし、俺のマシンのリヤバンパーはカウンターブレード方式、そもそもたわみに弱い構造になっている。変な力が加われば、あっさり向きが変わってしまいそうだった。
「ハイハイここはワッシャー二枚、と。そんでスタビの高さはこうなりますと、ハイハイ。」
DKは独り言混じりに、仮面の指示に従ってか淡々とセッティングを進めていた。壮太は顔をしかめ気味に言った。
「お前、楽しいのか?そんな説明書見ながらみたいなマシン作って、」
「はっ!プラモデルと同じイコールじゃあないかい?それにだ、うまく組むのも実力だろう?」
奈緒は嫌味たっぷりの口調で返す。
「言われた通りのマシン持たされて、言われた通りに人のマシン壊して・・・一体調子に乗る余地がどこにあるっていうのかしらねー?」
「持たせていただいてるのさ!だからご指示にも従ってやる・・・今はな。」
そこにはどことなく、俺がイメージするクグツ衆とは少し違うような、そんなニュアンスも感じられた。
「俺様は間をとって真ん中にさせて貰おうかな。」
「壮太、お前はアウトにしとけ。」
全体としては左回りのこのコースで、最初にレーンチェンジブリッジに入るポジションだ。速度の乗り切らない一周目なら幾らか分がいい、それを壮太に譲った。
「は?翔司郎こそレーンチェンジ、」
「いいから、俺はインを貰う。その代わり、完走しろよな。」
「ビューティフォーな美しい譲り合いだぁ。俺様相手に小細工練ってまで挑んでくれるとは、嬉しいねぇ。」
つくづく、癇に障るしゃべり方だ。
「そんなマシンじゃ勝てないって走り、見せてやるよ。」
「ほぉーう強気だなー君は。まぁそうでなくっちゃあ、勝利の美酒のテイスティーな旨みが損なわれるってもんだ。」
そう言ってDKはリヤの830ローラーを一つ、指で弾き、空回しさせた。静かな安定した音を立てて回り続けるのを見て、俺は微かにゾクッとする。状態はかなりいい、メンテ自慢の伊緒の830に匹敵するくらいのものに見えた。
「始めるぞ。ゲットレディ・・・ゴー!」
伊緒の合図でチェッカーラインを切った三台。最初は右回りの螺旋コーナーだ。二回転分のコーナーで、ここではイン側となる壮太のエスペランサがリードする。俺のドライブウイングは最アウト、当然ここでは二台より遅れるが、見た感じ速度は悪くないはずだ。次はストレートを下ったあと、左回りの大型バンクを上って下る。そして三連ウェーブを通過して、また左回りのバンクを越えた後、早速壮太のエスペランサがレーンチェンジブリッジに入る。
「よっしゃ!後はスピード勝負だぜ!」
着地ロスは少なく、理想的な挙動に見えた。後は、わずか先を行く二台をひたすら追いかけるだけだ。一周目を終えた時点で、トップは鼻先の差でファントムノヴァ。実質、ここまで有利不利がないコース取りのドライブウイングが遅れていることに、俺は若干の焦りを覚えた。まだ一周、これで決まるもんじゃないが。二周目の螺旋コーナーではファントムノヴァが最イン、ドライブウイングはミッドで遅れながらも食らいつく。そしてその後の大型バンク、連続ウェーブ、大型バンクのセクションでじわりと追いつく。ここで、ファントムノヴァがレーンチェンジブリッジを越えた。
「入ったのか!?」
「ハッ!クリヌシ様の見立てに抜かりはないさ!」
まさにギリギリ、ブリッジ頂点で浮き上がったファントムノヴァはややインリフトしながらも、持ち直してスムーズにレーンに収まっていた。そんな際どい挙動の割に、思ったよりロスが少ない。三周目、ファントムノヴァに対しドライブウイングはほぼ横並び、エスペランサはまだ追いつけていなかった。
「この勝負、もらったな。」
「いや・・・まだだ、」
そうは言ったが、最後にレーンチェンジを残している点、俺の方が分が悪い。ドライブウイングが螺旋コーナーの最インからリードを広げる。マシンがより内側に向くカウンターブレードにより、急カーブほど走りが冴える。ここでのリードが最後のチャンスに思えた。長いスロープを降り、左回りの大型バンクを越え、連続ウェーブに突入する。ドライブウイングはレーンチェンジを前に、ここで適度な減速を計れる。しかしファントムノヴァにそんな様子はなく、ついに並んできた。そして最後の左回りのバンクで、最インから抜かされる。
「本格的に、ヤヴァ、」
呟き終わらないうちに、ドライブウイングはレーンチェンジブリッジに差し掛かった。そしてブリッジの頂点、インリフトで大きく傾いたまま姿勢を戻せず、コースの外へ転がっていく。
「翔司郎!?くっそ追いつかねぇ!」
「ま、当然だなぁ!」
エスペランサは追いつけず、俺のドライブウイングも追いつけない上にコースアウト・・・完敗だった。
「へぇー、少しばかり意外だったわ。よくメンテされたマシンみたいね?」
「甘くてスイーティーな奴らだぜ!パーツの状態差で勝てるとでも思ってたか?ああ?マシンの状態維持に優れた者だけがツギテを名乗れる。これが俺様の実力なのさ!」
確かに、奴は速かった。セッティングだけの話じゃない、作り込み自体に抜かりがなかった。セッティングが人任せとはいえ、調子に乗るだけのことはある・・・悔しいが、そう思えた。
「だが、それだけじゃないようだな。」
伊緒は言った。俺には、何の話かわからなかった。
「前座に勝ったぐらいで満足するのもいいが、本番はここからだ。」
「まだ、肝心のあたしたちとの勝負がついてないわね?」
「君らまだやる気かい?まぁ確かに、今日は君らにお相手頂くために来たのはトゥルースな事実。お受けしないのは失礼ってもんだ・・・例え勝負が見えててもな!」
それから三人は電池を充電器にセットし、次のレースに備え始めた。
「前座、だと?」
負けた上にそうまで言われるのはさすがに、面白くない。が、伊緒はそうではないという風に言った。
「つまり、勝負はまだついてないって意味だ。仇は打つ。後は、任せてくれ。」
「おかげで奴の攻め手がわかったわ。翔司郎・・・ありがとね。」
珍しく、奈緒が素直な調子でそう言うので、俺は返す言葉を失った。
「あ、ああ・・・。」
「ゴー!」
俺のかけ声で第二戦は始まった。インが伊緒、ミッドがDK、アウトが奈緒だ。やはり安定性により不安がある、奈緒のクレイモアを先にレーンチェンジクリアさせる狙いのようだ。しかしそれでも勝てるのか、正直俺は不安だった。最近のレースを見る限り、二人のマシンより俺のドライブウイングの方がトップスピードはやや上。それでも及ばないファントムノヴァを相手に、二人は何か策でもあるんだろうか。螺旋コーナー、大型バンク、連続ウェーブと、三台にさほどの差はないまま進んでいく。そしてレーンチェンジブリッジに、まず奈緒のクレイモアが差し掛かる。
「際どかったな・・・?」
思わず俺が呟くくらいの挙動だったが、奈緒は無言のままだった。おまけに着地ロスで他二台に先行されるも、さほど焦る様子は見られない。この時点で伊緒のファルシオンがややトップにいた。
「速くなってる・・・。」
壮太が徐に呟くと、伊緒は答えた。
「このコースで0.2秒速いモーターを使った。・・・最初から筋がいいモーターってのがあるのは、知ってるね?」
「えと・・・当たりモーターってのか?」
「そゆこと。奴のモーターも、単なる新品じゃないってことよ。・・・そのアトミックチューン、いつ頃のパッケージかしらね?」
「さぁ?どうかな。」
DKは肩をすくめて見せた。奴のピットに転がる、さっき開封したモーターパッケージは確かに古びているというか、最近売っているのとは少し違うようにも見える。
「ああいうモーターを選別して幾つも持ってる、と見るべきだわね。」
「ロットの善し悪しを見抜けるだけの知識がある、そういう相手ってことだな。確かに、そこらのクグツ衆とはひと味もふた味も違う。これは、思った以上に手強い。」
「でも伊緒さ、そんないいもんあんならさ、なんで普段使ってないんだ?」
「なんでもないモーターでより速いマシンに育てるのもまた、レーサーの努めだ。それにこのモーターは寿命間近、性能は最高だがそう幾らも走れない。だから、よほどのことがない限りは使わない。」
二周目のレーンチェンジ、DKのファントムノヴァはまたギリギリの挙動で、しかしスムーズにクリアするが、奈緒のクレイモアはもうそれに並んでいた。トップはファルシオン、クレイモアがファントムノヴァの鼻先に出たまま、三周目に突入する。ファルシオンが螺旋ループの最インでさらに引き離しに掛かる。クレイモアもこれに続き、ファントムノヴァが遅れる。その後のバンクでは最インを取り続けるファントムノヴァだが、追い付けない。最後に、ファルシオンがレーンチェンジブリッジを越える。普段よりは若干浮き上がり気味の挙動を見せ、それだけ速度域が上がってるのが伺い知れた。
「おいおいこりゃないぜ!」
チェッカーラインを越えるのはクレイモア、ファルシオン、ファントムノヴァの順だった。
「一勝一敗、貸し借りなしってことで・・・今日のところは、これでお引き取り願えるかしら?」
奈緒は言った。結局俺は、余計な敗戦でこいつらの足を引っ張っただけなんじゃないかと思え、やるせなかった。
「言ったろう?今日は元よりそのつもりだったさ。結末のエンディングが少しばかり意外だったが・・・まぁいい。」
DKは仮面を懐にしまうと、荷物を肩に担いだ。
「直に、クリヌシ様からのお招きがあるはずだ。その時は我々ツギテが本気でお迎えしよう!では失礼。」
そう言って、ただの客として何食わぬ顔で店を去っていった。
「となると・・・こりゃ、いよいよやるしかなさそーだな。」
「壮太?」
壮太は考え込むようにして、覚悟めいて呟く。しかし、その先は何も言わないままだった。
次回予告
翔「悔しいが、このままじゃ奴らに勝てない・・・ん?壮太、そのマシンは?」
壮「しゃーない、こいつには手出したくなかったけど。お小遣い溜まるの待ってる時間、なさそーだし。」
湊「フル装備のVSシャーシ?かなり速そうですね。」
翔「へぇ、830まで・・・お前、MSシャーシ以外にもマシン持ってたんだな。」
壮「いんや、こいつはオレのマシンじゃない。でも・・・とうとう、こいつの力を借りる時が来たんだな。」
湊「え・・・バラすんですか?どうして、」
壮「オレのマシンは今んとこ、エスペランサだけだ。ここに来て今更あのねぇちゃんの手借りるのは、ちょっとフクザツだけどさ。」
翔「ってことはまさかそれ、神楽さんの・・・?次回エアーズ、Flag-020【封じられたLegacy】」
壮「チェッカーラインを見逃すな!今こそエスペランサの限界、見せてやるぜ!」
湊「え、その速さは・・・!?」
DK「この物語はフィクションなのさ。君もクリヌシ様の託宣にあやかりたいってかい?そいつぁウェルカムに大歓迎!っと言いたいところだがぁ、果たしてアクセスできるかな?」




