Flag-018【爆走姉妹?レン&ココロ!】
漫画とかゲームばかり並んだその店の、店頭モニターにはアニメの宣伝が流れていた。
『ギャザロック!毎週日曜朝十時オンエア~。見てくれなきゃ、おまいらまとめてデリートするみょ!』
「・・・どっかで聞いた声だな?」
「もよりちゃんだろ。」
隣を歩く壮太が即答する。メーカー公認大会でミニ四ノーブルと共に司会進行をやってる近世もより、本業は声優だ。
「あ、そっか。お前、よくわかったな?」
「ギャザロック見てればわかるでしょ。」
前を歩く奈緒が言った。こいつもこの手の話は詳しいのか?一方、壮太はそうでもなさそうだった。
「うん?知らないけど・・・わかるじゃん?日曜の朝、これやってる時間はだいたいどっか走りに行ってるしなー。」
俺らがいるのは、その手の話題に事欠かない町だった。ここはそう、秋葉原。俺は初めての聖地に終始圧倒され、お上りさんの如くキョロキョロと辺りを見回していた。どこもかしこも、とにかくアニメキャラの絵ばかりが目立つ。おもちゃ屋とか模型店のノリ、とも厳密にはちょっと違う気がするが、強いていえばそういう雰囲気が町中全部に広がってるような、そんな感じがした。この空気は、悪くない。悪くはない、が。
「なんか、不可思議な町だな。」
「そうか?」
伊緒は意に介さないようだった。ところで、今日の御堂姉妹のお誘いも、もちろんミニ四駆に絡むものだ。
「こんなとこにミニ四駆のレアパーツとか、あるのか?」
「ごく限られてるが、そういうのが見つかる店が幾つかある。今日は何軒か教えておこう。」
「でもレアパーツ巡りの前に、ひとっ走り付き合って貰うわよ。」
「ミニ四駆のコースもあるとか・・・ホビーの聖地、半端ないな。」
奈緒に続いてまず向かうは、常設コースがあるという店だ。本日のパーティは俺ら四人に加え、御堂姉妹のお付きとして叶さんがいる。壮太は叶さんを見上げ、周囲に視線を戻し、またおもむろに見上げて、言った。
「ところで姉ちゃん、いつも、いつでも、メイド服なのか?」
「仕事ですので。」
「律儀よね、好きにしていいって言ってるのに。」
と奈緒が言う。つまり、もしやこの人、
「そーいうシュミか!?」
壮太がズバリ聞くと、幾らかの間を伴って、叶さんは答えた。
「・・・・・・いえ、仕事です。」
メイド喫茶の本場というだけあって、街頭にはメイド服のお姉さんがそこら中にいる。そんな中でも俺らは目を引くらしく、いささか周囲の視線が気になった。小中学生の一行が客引きされてるようで、シュールに見えるのかもしれない。
駅を出てから、電気店やアニメグッズの店が密集した古いビルの中を突き抜ける。その先で行き当たった通りに沿って少し歩くと、大手電気店のような店構えながら、店頭にプラモばかりが並ぶ店があった。奈緒はその脇にあるエスカレーターを三階まで上っていく。そこはエアガンとかが並んだコーナーだった。
「お嬢様、」
「わかってる、あたしたちはコースの方に行ってるから。」
「恐れ入ります。」
叶さんは伊緒と一言二言交わすと、側にあるレジで店員からネックストラップ付きのカードケースを受け取っていた。それから、ビニール張りで囲われた細長いブースに入っていく。その一番奥には何重もの円が印刷された紙、つまり的が貼ってあった。
「叶さん、何するんだ?」
「この店来たときは、ここで時間潰して貰ってるんだ。」
伊緒はそれだけ言った。叶さんは台の上で手持ちのトランクを開けると、そこから銀色の、銃身が長い角張った拳銃を取り出す。的に向けて片手で構えると、一射。銃の上部が鋭く重たい音を立ててスライドバックする。
「グロック17Lのガスブローバックとか、マニアックなもん持ってるわよね。」
「趣味です。」
随分高そうな銃だ。あまり詳しくないが、こういうのは何万円かするはずだ。
「叶さんは一時期米軍で訓練受けてたから、実銃も使える。あの銃、動きと重さが本物に近いとかで、練習にちょうどいいんだそうだ。腕が鈍るからって、たまにやってる。」
「すっげー、ど真ん中だし!姉ちゃん、殺し屋みたいだな!」
「恐縮です。」
俺らがその場を離れようとしたとき、通り掛かった若い男二人が叶さんを見て、勝手に盛り上がっていた。
「ちょ、メイド喫茶の姉ちゃんがさぼってなんかしてるし!」
「テラワロス・・・。」
だが、会話が続かない。無言で銃を構え、全くブレずに的の中心を捉え続ける叶さん。男二人は呆気にとられたように、それを見つめるだけになっていた。
エアガンコーナーの向こう側から、さっきから聞き慣れた音が耳に届いていた。金属ローラーがプラスチック壁面を擦る、あの断続的な軽い高音だ。壁際にカウンターみたいな作業台が設けられた店の一角、そこに40m弱くらいのコースがあった。 日吉よりも小さいが、ストレートセクション六枚をつなげた長い直線の後、ウェーブ二枚とコーナーで減速し、レーンチェンジに入るレイアウトの高速フラットコースだ。レーンチェンジの後には着地用のストレートも一枚ある。男が二人、客はそれだけだった。
「おっ、いいコースじゃん!」
「ま、アドバイザーが優秀だしねー。」
奈緒は得意げに言う。そこへ若い男の店員が声を掛けてきた。
「奈緒ちゃん、伊緒ちゃん、いらっしゃいませ。」
「栄さん、お久しぶり。コース、変えてないんですね。」
「うちの狭いスペースでフラットやるには、あまりいいレイアウトないですしね。このまま使わせて貰ってますよ。補修はナナビさんがたまにやってくれてます。」
奈緒が栄さんという店員と話している間に、俺は壁のコンセントが近い席に荷物を置いた。伊緒もまたコンセントに手が届く隣に座る。ラジコン用充電器を繋ぎながら、言った。
「この千倉屋ホビー館は半年前からコース置き始めたんだが、縁があってあたしたちも一枚噛ませて貰ってる。レースやタイムアタックに、ジュニアクラスを置かせて貰ったりとか。」
「フラットでなおかつジュニア部門分けてる店って・・・確かに、そんな多くないよな。」
俺の知る限りでも、確実にフラットコースがあるとわかってるのはガーデン日吉と、他に幾らもない。メーカー公認大会が毎回立体コース、つまりジャンプポイントを有するレイアウトのためか、全国的にも常設コースの立体化が進んでるらしい。
「立体とフラットはオフロードとオンロードくらいの違いがある。それに立体が主流の今、フラットは敷居が高いと思われる節もある。だが、マシンの基本性能の大事さは、フラットじゃなきゃなかなか見えてこない。フラットのおもしろさが伝わる機会は、日に日に限られてきてる。・・・何も手を打たなければ五年後にはもう、常設フラットコースなんてのは無くなってるかもしれない。それは、ジュニアクラスも例外じゃない。」
俺も、ジュニアレーサーがほぼ存在しない時代を見てきた。それもそんな昔の話じゃない。今でこそ第三次ブームの流れがあるが、それだっていつまで続くのかも知れない。そしてたぶん、まず先にジュニアクラスやフラットレースといった、ニッチな分野から姿を消し始めるんだろう。気にしてどうにかできる話じゃない気もする。が、伊緒と奈緒は何とかしたいようだった。
「ジュニアって、来ます?」
「親御さんと来る場合がほとんどですけどね、そこそこ来ますよ。」
栄さんに促され、壁に貼られたタイムアタックを眺める奈緒。B4くらいのホワイトボードに表があり、名前とかタイムが書かれた横長の短冊が、上から順位の通り並べられて両端をマグネットで固定されている。
「ふーん、タイムアタックも盛り上がってるみたいね・・・って、これ誰?」
奈緒が四位、伊緒が三位。その上にはさらに充城恋、トップは充城心とあった。そしてその側にある御堂姉妹の得意げそうな写真には、【もうすこしがんばりましょう】というシールが嫌がらせのように貼ってある。
「あ、とうとうレコード塗り替える子が現れましたよ。ミツルギさんとこの娘さん姉妹かな。・・・あれ、知らない?」
「知らない子・・・タイムは、5.62秒?ここ、だいたい35mよね。そんなコースコンディションいいわけでもないし、」
「確かに、速いな。」
同じく順位を譲った伊緒も、それだけ呟く。その時、コースの向こう側から不意に声が掛かった。
「そこまでよ!」
「どこまでよ?・・・誰?」
振り向くと、小学三年くらいの女の子が得意げな顔で指を突き出し、言った。
「御堂姉妹、あんたらの時代は終わったってことよ!」
「こころちゃーん、初対面なのにそういうのよくないよぅ。」
隣にいる同じくらいの歳のおとなしそうな女の子は、おどおどと言った。後ろには二人のお父さんと思われる人がいる。栄さんはそのお父さんの方に挨拶した。
「あ、噂をすれば充城さん、いらっしゃいませ。」
「どーもー。」
「すると、あんたたちが、この・・・。」
二人の女の子は腰にぶら下げた、マシン一台がちょうど収まるケース・・・そう、俺らがマシンを入れてるのと同じそのケースから、それぞれマシンを引き抜いた。
「そう、人呼んで爆走姉妹・・・充城心と!」
「充城恋ですぅ。」
ライトニングマグナムとブリッツァーソニックだろうか。しかし、本来は全面青か赤のその二台にしては、白の割合が多く目立つ。その面影はどちらかというと、昔ミニ四駆のアニメに出てきたマグナムとソニックの方がより近い。
「爆走姉妹?・・・プッ、何を言ってるのかしらねこの子たちは。」
「そういうのは勝ってからにした方がいいんじゃないのかなー?」
生意気そうに心は言った。確かに、今タイムで負けてるのは奈緒の方だ。
「やろうっての?そのマシンで・・・そのマシンは、」
奈緒は何かに気づいたように、不意に言葉を止めた。マグナムの方はなんと、俺のマシンと同じTZXシャーシだ。正直、ジュニアでこのチョイスは珍しい。しかも性能に定評ある黒シャーシ、これは特定の店や固有のキットからしか手に入らない。ローラーは全て830ベアリング、モーターはアトミックチューン、タイヤは大径。タイムから察しても、俺らのマシンと同等のセッティングと考えていいだろう。
「このマグナムブレイカーはかっ飛び一番!・・・あんたは二番よ。」
「あ、私のソニックアバンティアも、結構速いんですよ?」
ソニックはVSシャーシで、やはり830、大径アトミという装備だ。前後バンパーのFRPワイドプレートは、それぞれがさらに前後に張り出すような取り付け方になっていた。
「この時を待ってたのよ・・・今日こそ勝負付けて貰うんだからね!」
端でそんなやりとりを見届けた後、姉妹のお父さんは言った。
「あー・・・それじゃあ、よろしくお願いします。」
「このコース規模なら、2セットくらいやってもいいだろう。」
伊緒はファルシオンのメンテを済ませると言った。
「一番手は恋ねぇちゃんに譲る。あたしは、真打ちとやらせて貰うわ・・・FMレーサー伊緒。」
心は伊緒に向かって強気に言い放つ。タイムアタックでは伊緒の方が上だったからだろうか。奈緒はというとさほど気にする様子もなく、1000mA充電池をクレイモアにセットする。
「ふん、まぁいいけど?」
奈緒がミッドレーンにマシンを添えると、恋はアウトレーンを選ぶ。そこへ壮太のエスペランサが並ぶ。
「よっし、じゃあインレーンはオレでいいな?」
「ちょっ、あんた誰な、」
と心が言い終えるより先に、恋の方があっさり受けていた。
「よろしくお願いしますぅ。」
「レーン余らせるこたないよなー。じゃ、行くぜ?」
スターターは栄さんがやってくれることになっていた。
「それでは、3、2、1、スタート!」
Intermission
三台がメインストレートを並んで突き進む。連続ウェーブとコーナーを抜け、まず一周目にレーンチェンジブリッジを越えるのは壮太のエスペランサだ。
「まずは・・・オッケー!」
速度が乗り切らないから、いつになく無難にクリアする。先の二人がインレーンを選ばなかったのは、こういう有利不利を作らないためなんだが。アウトレーン側へ移り、他の二台とだいたい並ぶ。二周目のストレートはインを走る奈緒のクレイモアがやや先行する。そして、レーンチェンジブリッジへ。
「・・・ふぅ。」
当人からそんな息がこぼれるくらい、危なげな挙動だった。まぁ、これだけ充分な速度で完走できてるんだから、コースアウトしなかっただけマシってもんだろう。その着地の乱れをついて、エスペランサが追いつき、インレーンに移った恋のソニックアバンティアがリードする。そして先の二台とそう変わらない速度のまま、レーンチェンジブリッジに入る。
「おっ?やるなー!」
ソニックは少しも挙動を乱すことなく、低い姿勢のままアウトレーンに落ち着いていた。三周終えたメインストレートで、ソニックとクレイモアがほぼ横並び、エスペランサは僅差で遅れていた。
「う~、冷や冷やしました~。」
「どこが・・・確かに、VSの走りだわ。」
「ん、VSだったよな?あれ。」
奈緒の何気ない呟きに、俺は聞き返す。
「要するに、VSシャーシのスペック引き出してるってこと。はっきし言って、VSの高速性能は他のシャーシに比べてダントツ高いわ・・・それでもあたしのスーパー1シャーシで手こずる出来のジュニアマシンなんて、そうあるもんじゃない。」
エスペランサが二度目のレーンチェンジブリッジでさらに少し後退。一方、クレイモアは若干電池が弱まったせいか、無難に、さほど着地の減速もなくレーンチェンジを越えた。この時点でソニックに対し、マシン一台分程度のリードしかない。しかし、奈緒は落ち着いていた。
「・・・くわばら、ね。」
最後のレーンチェンジでアウトレーンに回ったソニックを、最終コーナーで辛うじて抜き去るクレイモア。エスペランサは最インレーンで挽回するも、二台に対しわずかに及ばなかった。
「さすが速いですぅ、負けちゃいました~。」
「ふん、やるわね御堂奈緒。」
走らせてたわけでもない心が生意気な調子で言ったが、奈緒にしては珍しく、返す言葉が出なかった。
次のレース、結局俺も混ぜてもらうことになり、充電とドライブウイングのメンテに取り掛かっていた。
「あたしとしたことが、飛んだ見立て違いしてたわ。」
奈緒は小さく、しかし俺に聞こえるように言った。
「あたしのクレイモアは前後ローラーベースを詰めて速度補ってるけど、あのソニックはVSの高速性能活かしてる分、ローラーベースはなるべく広げて十分な安定性確保してる・・・手堅いマシンよ。」
前後のローラーの距離には、速度と安定性に対してそういう影響がある。あのソニック、一見変わった組み方のバンパーだったが、テキトーなものじゃないらしい。
「油断しない方がいいわ、あっちのマグナムも。あのフルカウルボディで大径タイヤ対応とは、恐れ入ったわ。」
「確かライトニングマグナムって、元々小径しかつかないボディだよな。フロントとか、タイヤ当たるんじゃないか?」
フルカウルミニ四駆で大径タイヤが付けられるボディは稀だ。大抵は被さるようにタイヤを覆っているそのカウルを、削るとかする必要がある。心のマグナムブレイカーも細部を切り詰めてるようだが、印象的なフロントカウルはだいたい原形を留めていた。
「あのフロントカウル、電気ヒーターの熱で歪ませて、持ち上げる加工してる・・・伊緒ちゃんのファルシオンと同じ。」
「そうなのか?」
「それに、ウイングとかボディの白い部分はカッティングシートの薄膜、その下はほとんど肉抜きしてあった・・・カバードフレーム構造ね。」
奈緒は自分のクレイモアのボディをさり気なく裏返す。今言ったのと同じように、シールの下が肉抜きされ、フレーム状になっている。
「あの、マシン入れてたケースとか・・・。」
俺らが神楽さんから貰ったのと同じ、と言いかけたが、そんなことは奈緒もわかってるはずだった。
「よく、訓練されてる。親父マシンでも、ましてやクグツマシンでもない。一瞬、奴らつながりかとも思ったけど、違う。まるで・・・、」
「いやごめんねー?娘たちの相手してもらっちゃって。」
二人を連れてきたお父さんの、充城さんが声を掛けてきた。
「いえ・・・あれだけ熱心な子って、なかなかいないですし。二人ともいいマシン、お持ちですね。」
「自分は基本立体メインで、フラットじゃもう二人に勝てないんだよねぇ。速度もそうだけど、レーンチェンジもどうしたもんかさっぱりで。こっちが教えてほしいくらいだけど、これがまた教えてくれなくてさ。」
そういう充城さんのマシンは、マスダンパーとか重りがないからフラット専用車のつもりなのはわかるが、リヤアンダーブレーキがある。フラット車は基本的に、ローラーの傾きや食い付きの良さでバランスを取り、レーンチェンジブリッジをクリアする。他での減速を嫌って、ブレーキに頼るケースは稀。それにどうしても減速させたいなら、フロントブレーキの方が効果が大きい。立体コースの延長で考えてるセッティング、フラットが得意な人じゃ、たぶんない。だから、充城姉妹のマシンがこのお父さんの手によるものじゃないのは、まず明らかに思えた。
「ここの常連さんに鍛えて貰ってるとか、ですか?」
と俺が聞くと、充城さんは少しだけ首を傾げていった。
「それもあるけどね・・・けど肝心のあの人は常連って訳じゃないんだよな、七尾さんがわからないって言ってたし。」
「あの人?」
「二人にあのボディくれた人、あとケースも。大学生くらいの女の子だったか、」
「どこで!?いつ!?」
充城さんの言葉を遮るように、奈緒は急に声を上げた。
「この店で・・・でも三ヶ月くらい前だったか。それっきり見てないし、名前も聞かなかったからなぁ。」
「そう、ですか。」
「二人には元々、自分がこしらえたサイクロンマグナムとハリケーンソニック持たせててさ。そこそこ速かったから行く先々で爆走姉妹とか言われたりしてね。最初にこの店来たときも、ジュニアのベストラップ出してたんだけど・・・すぐに君ら二人に抜かれちゃって。それから何やっても全然追いつかなくて、自分もあきらめかけてたとこに、その女の子が声掛けてきたんだよ。」
「その人は・・・なんって言ってました?」
充電を待つばかりの伊緒が、そう聞いた。
「君らお二人のこと知ってるのか、小学校入る前からミニ四駆やってて、その頃から速かったみたいに言ってたよ。それに、パーツ無加工でもそれくらい速くできるんだって。だから、うちの子たちにもできないってことはないですよ、と。それでまぁ毎回毎回色々教えてくれて。・・・自分ももう少しまじめに聞いてればよかったなって、今頃だけどね。正直、アトミックチューンモーターでここまで速くなるなんて思ってもみなかったもんだからさ。」
「ところでその人、どんなマシンを?」
これは、俺が聞いた。
「いや、何も・・・そういえば一度もマシン走らせてるの見てないな。でも指摘がどれも的確なんで、凄いレーサーなんだろうってのは思ったけど。」
それを聞いて尚更、あの人に間違いないと思えた。
「誰だか知んないけど、同じTZXのよしみで混ぜてやるわ。」
「そりゃどうも。」
心のマグナムブレイカーは、前後共にローラーがバンパーのほぼ真横に付いた、オーソドックスな装備だ。そしてフロントローラーの下には赤い角度調整チップが挟まれ、スラスト角-3度と、水平に近づけられている。俺のドライブウイングも同様に-2度は落として、ローラーの抵抗を減らしていた。俺のマシンはリヤバンパーが前方に張り出したカウンターブレード方式。前後のローラーベースは縮まるが強度不足で、レーンチェンジに不安がある。このスラスト角が完走できるギリギリと見ていた。
「じゃあ始めるか。」
伊緒がミッドレーンにマシンを添える。心もまた俺らと同じ軽量な1000mA充電池をセットし、アウトレーンへ。その駆動音は驚くほど静かだった。俺のマシンが調子いい時と同じような音、それだけで、その速さが伺い知れた。
「スタート!」
まず俺のドライブウイングが、速度が乗り切らないうちにレーンチェンジブリッジをクリアする。狙った訳じゃないが、俺にとっては実にありがたいスタートポジションだった。まだ三台はほぼ並んだまま、次は伊緒のファルシオンが、SFMシャーシならではの安定性でレーンチェンジを渡る。この時点でわずかに鼻先ほどリードしているマグナムブレイカーが、いよいよ乗り切った速度でレーンチェンジブリッジに突入する。
「いっけぇ・・・マグナム、ノン、トルネーーード!」
レーンチェンジブリッジの頂点でその身を浮かせながら、しかしその姿勢を平行に保ったまま、マグナムブレイカーはアウトレーンに着地する。その鮮やかな挙動の後、滑るようにコーナーを曲がり、伊緒のファルシオンに対しリードを保っていた。そのわずか斜め前、俺のドライブウイングは辛うじてトップにいる。
「この速度で完走するTZX・・・駆動系の限界勝負になると、辛いな。」
珍しくも、伊緒がそんな風に漏らした。伊緒のファルシオンもスラスト角は-3度、おまけにローラーベースは誰よりも詰まってる。SFMシャーシの高速性能不足を補うため、可能な限りの最高速を意識したセッティングだ。それで及ばないとなれば、打つ手がない。心の威勢は止まらない。
「かっ飛ばせたら止まらない、それがマグナム!・・・ところであんた、生意気に頑張るね?」
「まぁ、な・・・うっ、」
ここで最高速に乗った俺のドライブウイングが、姿勢を傾けながらレーンチェンジを越える。何とかコースアウトは免れたが、着地でがたつく間に、二台に追いつかれる。恐れていたタイムロス、だが、まだわずかにリードを守れている。ここでファルシオンが最インレーンを廻って一瞬トップに出た。しかし、すぐにレーンチェンジでアウトレーンに移る。
「まずい、」
わずかに遅れた、その差はマシン二台分。心が勝ち誇ったように叫ぶ。
「このままぶっちぎる!」
「・・・まだだ!」
俺のドライブウイングはまだ、マグナムブレイカーとほぼ並んでいる。そしてその位置関係を保ったまま、レーンチェンジへ。マグナムブレイカーが俺のドライブウイングの頭上を跨ぎ、イン側からアウト側へ移る。そして最終コーナー、最アウトに移ってやや着地減速した相手を、最高速のまま最インから攻めた。
「・・・ゴール!勝ったのは依酉君、二位心ちゃん、三位伊緒ちゃん!いや、すごいレースだったなー。」
栄さんは興奮を滲ませて言った。
「かぁーーーどこの馬の骨かしら無い奴にやられるなんて!でも御堂伊緒、あんたにはきっちり勝たせて貰ったわ。」
「そうだな。悔しいが、見事な走りだった。次はもう少し頑張らせてもらうさ。」
伊緒の落ち着き払った返しに、心はむくれる。
「アレ・・・全然悔しそうじゃないとか、スッキリしなーい。見ず知らずのジュニアに負けてぼーぜんじしつかと思ったら、」
「心ちゃん、そんなこと言っちゃダメだって。気にしちゃったら悪いよぅ。」
こいつらも大概、さりげなくイラっと来る。そんなやりとりを気にするでもなく、伊緒は少し真面目な面もちのまま、小さく呟いた。
「冴ねぇは確かに、ここにいた・・・。」
「そうね。でも、なぜ、」
奈緒もまた、呟くように返す。あの神楽さんがこの東京に、人知れずフラッとしていた。恋と心の走り、そしてあの二台のボディを見れば、それは疑う余地がないように思えた。しかしなぜ今頃、しかも姿を見せないままなのか・・・。
「うっ、なんかしんみりしちゃって・・・それよりあんた、依酉翔司郎って言ったわね。覚えときなさいよ!」
心は俺に向けて人差し指を立て、言い放った。しかし、なぜかこれに元気良く壮太が応じる。
「おう!」
「は?あー、あんたはもういいわ。」
「なにおー!?見てろ、あんくらいのタイムなら!」
壮太はエスペランサをコースに入れる。さっきからずっと静かにしてると思ったら、念入りにセッティング変更してたらしい。確かに滑るような走りだったが、しかし三周目のレーンチェンジブリッジで浮き上がり、身構える壮太の懐へ飛び込んでいく。
「うっ!あちゃ・・・スラスト角、落としすぎかー。うーん。」
壮太は打つ手無しというように、頭を捻る。安定性を落として速度を上げるのを狙ったようだが、これで手詰まりらしかった。心は哀れむような顔で、追い打ちをかける。
「・・・まあ君もがんばりたまえ!」
「くっそー、覚えてろな?」
「覚えてられるかなぁ。私、人の顔と名前覚えるの、苦手だよぅ。心ちゃん、覚えててくれる?」
「えーめんどい。」
姉妹揃ってさんざんコケにされてもなお、壮太はめげずに言った。
「この・・・ホントのホントに覚えてろな!」
次回予告
翔「お前最近、冴えないな・・・9mmベアリングローラーじゃ限界が、」
壮「んなこと言ったってなー。830買い揃える金、さすがにねーし。」
D「貧乏なプアー、同情しないが哀れむぜ。」
壮「誰だこいつ?」
D「ご挨拶だねハロー?こないだの公認大会でわざわざ名刺まで差し出したってのにねぇ。そうそう、これ見せたら話が手早くスピーディかな?」
伊「その仮面、まさか!?」
奈「クリヌシとクグツ衆を繋ぐ糸として、暗躍するっていう、あの、」
D「おおっと、エブリシングに全部言っちゃあつまらないぜ?」
壮「仮面、顔半分見えてるし・・・そういうの、ダサイと思うぞ?」
翔「次回エアーズ、Flag-019【手繰り糸の交錯】」
D「チェッカーラインは俺様の、」
翔「チェッカーラインを見逃すな!だ。いいか、好き勝手させねーからな。」
心「マグナムのかっ飛びが見たけりゃ、秋葉原に来なよ!」
恋「そんなこと言っちゃったら・・・フィクションなのに区別つかない人とか、集まって来ちゃうよぅ。」




