Flag-017【卒論deミニ四駆!】
土曜の昼過ぎ、珍しくNコードさんから呼び出され俺が向かった先は、多摩川沿いにある大学だった。大和工業大学、関東では中堅クラスに当たり、割と名が通っている。ちなみに付属中学まであるが、受験当時の俺の学力じゃ、今少し届かないレベルだった。
「しょーじろーおっそいぞ?うーさみぃ。」
「あ、お待たせしました。」
待ち合わせの正門前には壮太とNコードさんがすでにいた。
「いや、まだ二時前だ。」
俺が門への階段を上り掛けたところで、すぐ後ろに車が止まる気配がした。振り向くと、見覚えのある黒塗りのワゴン。運転席から先に出てきたのは、メイド服姿の叶さんだ。軽くこちらに会釈すると、後部座席を開けて御堂姉妹を降ろした。
「揃ったようだな。」
Nコードさんはそれを見届けると、門の受付に向かった。
「工学部、機械工学科の宮田助教授を伺ってきました。国府田と申します。」
Nコードさんがそう言うと、守衛さんは手元のノートに目を通す。
「あー国府田さん・・・宮田先生ね、はいはい。じゃあこちら名前書いてもらって、あと許可証はこれね。何人?」
「五名です。」
壮太に目を転じると、その入構許可証と掛かれた首掛け式の札を頭に巻いてニヤニヤしていた。俺がどう反応したものか困った顔をしてると、頭の後ろに伸び余った紐を奈緒が引っ張る。
「ぬぉ!」
「行くわよバカ。」
「なぁ、どんくらいでっかいコースだ?」
「日吉の倍は軽くある。」
「おー、さすが大学だな!」
壮太は期待感いっぱいに言った。大工大に知り合いの大きいコースがあるから、というのがNコードさんのお誘いの趣旨だった。大学とかの学園祭でコース広げるって話はちらほら聞くが、構内は閑散としててそういう空気ではない。
「あの、なんでこんなとこにコースが?」
「まぁ、行ってみればわかるさ。」
Nコードさんはそれしか言わなかった。やがて構内の一角、茶色い少し古びた5階建ての建物に入ると、三階の廊下の奥へ向かう。大学の研究室ってやつだろう、なんとか研、と書かれた部屋が続いている。その途中、白抜きの星がある赤と青の四角が並んだ、見慣れたメーカーロゴが張られた部屋があった。いや、よく見れば左青右赤と並びが逆で、白抜きの星の中央にはごく小さく、【宮】【田】といたずら書きされていた。
「へぇ、ここが。見るからにって感じだな。」
「研究室、やっと独立したのよね。」
伊緒と奈緒は少し知っているような口振りだ。先頭を行くNコードさんがドアをノックし、開いた。
「失礼します。」
部屋は十畳くらいで、真ん中に大きめのテーブルがあり、それを囲んで壁際には学生達のパソコン机が並んでいる。学生は三人くらいいて、ゲームやったり動画見たりと思い思いにしていた。また、部屋のあちこちに戦艦や戦車の模型がちらほらある中でも、見慣れたミニ四駆とそのパーツ類が特に目立つ。何となく、ここがどういう場所なのか飲み込めてきた。窓際の席でうつ伏せていた男の人が遅れて顔を上げ、部屋の奥に声を掛ける。
「あ先生?いらっしゃいましたよ。」
すると棚が入り組んだ奥の席から、眼鏡を掛けた白髪混じりの、五十代くらいの男の人が出てきた。
「やぁ久しぶり。伊緒ちゃんも奈緒ちゃんも大きくなったねー。」
「どうもご無沙汰してます。」
「そちらお二人が・・・翔司郎君と、壮太君だね?宮田です、よろしく。」
そう言って差し出された名刺の肩書きには、【助教授】とある。
「こないだはかせさんと信雄君とで呑んだときは、君も来るのかと思ってたんだが。」
「しばらく、彼らともご無沙汰しておりまして。今日は、宜しくお願いします。」
「こちらこそ。・・・ではみんな、紹介しよう。古い友人で著名なミニ四レーサーの・・・Nコードさんと、御堂姉妹だ。そして翔司郎君と壮太君。」
宮田先生には呼び慣れないのか、Nコードさんの名前の前には少し間があった。
「マジで御堂姉妹だ・・・。」
どこかから、そんな声が聞こえた。
「今日はうちの研究室の見学ということで、実験室を案内しながらみんなの研究を紹介してもらおうと思います。ついでに、彼らは第一線のミニ四レーサーということで、研究に関していろいろ意見交換させてもらうといい。じゃあ、案内は院生の大崎君に任せようか。」
研究のアイデア?単に模型とかミニ四駆好きが多い研究室、くらいに思ってた俺は、まだここの実態を飲み込み切れてなかったことになる。
建物一階の実験室へ移動し、俺は言葉を失った。
「へぇ、立派なもんね。」
「ロングストレートに連続コーナー、連続バンク・・・悪くない。フラットか。」
日吉の倍なんてもんじゃない、たぶん三倍以上あるような3レーンコースが、大小さまざまな実験装置が置かれた部屋の一角を占めていた。それだけじゃない、その辺にある装置にかかってるのも、ミニ四駆のパーツばかりだ。
「直線の前にテーブルトップ置くこともあるが、君らはこっちの方がいいだろうと思ってね。各種実験テーマの検証を目的にした、自慢の複合コースだ。・・・ちなみに大崎君、このコースレイアウトを組んでくれたのが、こちらのNコードさんだよ。」
「はぁ、左様でしたか。」
窓際でうつ伏せていたのは飲み過ぎか?大崎さんはしっかりしてるように見えて、しかしどことなく顔色悪く、また酒臭かった。
「あの、研究ってまさか、」
「まぁ驚くのも無理ないね。趣味に興じて、ここまでやる困った大人もいるということだよ。」
宮田先生に続いて、Nコードさんがやっと答えた。
「そうだ。こちらの宮田研は、ミニ四駆を素材にして基礎力学の研究を行う、国内有数の研究室だ。」
「有数も何も、こんなこと公然とやって大学から研究費頂戴できてるのはうちぐらいのもんだろうな。元々は生産工学専門だったが、メーカーとのお付き合いもあってね。まぁ私自身が根っから模型好きというのもあり、御覧の有様だ。」
先生はにこやかに言った。
「メーカーからの委託研究は最近も?新型パーツの試験とか、材質評価とか。」
「まぁ、たまにはな。守秘義務もあることだし、ましてや現役のレーサーには言えないよ。それじゃあ大崎君、あとよろしく。」
ここで先生は一旦部屋を出ていき、大崎さんが引き継いだ。
「はい。うちの宮田研は現在、学部生三人と院生が三人います。学部生はちょうど卒論テーマも固まって、実験真っ盛りといったところです。じゃあ、まずは・・・渋谷君、いいか?」
大崎さんはすぐそばで作業机に向かう、チャラそうな兄ちゃんに声を掛ける。
「あーちょっと待ってください・・・うぃーっす。」
その兄ちゃんはピンセットを手に、FRPバンパー上に大きさ数mmくらいで薄っぺらい部品を接着していた。横並びに複数固定している。
「なー、何やってんだ?」
「こいつはひずみゲージっつって、バンパーの歪みとか測定できんの。バンパーの外側と内側でどっちがいっぱい歪むか、これから実験するってわけ。」
一瞬、ついていけなくなった。大崎さんが補足してくれる。
「あの部品はバンパーと一緒に伸び縮みすると電気が発生するから、その発生量を走ってるマシンから通信機でコンピュータに送って、データ取るんだ。ちなみに渋谷君の卒論テーマは、【連続疲労による強度劣化と寿命推定】・・・使い古しのFRPが少し強度落ちるのは知ってると思うけど、そういうのを調べようとしてる。ところで渋谷、ひずみゲージ、ちゃんと両面張ったか?先生も仰ってたが、反りか縮みか切り分けできないぞ?」
「あー、表乾いたらやっときますんで。」
今の話、奈緒と伊緒はわかって聞いてるのか。俺はふと二人の顔を伺ったが、ふーんという感じだった。実際のところはわからない。
「次に院生一年の大久保君、テーマは【樹脂部材の耐磨耗性と潤滑性の両立】です。これ、わかる?」
ひょろっとした眼鏡の人が操作する、車くらいある細長い大型の装置。なんかで一度見たことがある、プラモデルを作る射出成型機だ。中心辺りにあるスライドドアの下には箱が置かれ、中にはスーパーXシャーシがいくつも転がっていた。
「メーカーから借りてる、今や幻の7、8番シャーシの金型だよ。ちょっとずつ樹脂と顔料の配合比率変えたときの、駆動系の削れ易さと滑り易さを調べてるんだ。」
ここでふと、伊緒が口を開いた。
「樹脂の引けによる性能への影響は?切り分けがいるんじゃ、」
「収縮は仕上がり寸法で、表面性は摩擦試験でも評価してる。・・・さすが御堂姉妹、鋭いな。」
いわゆる黒シャーシがいいとか、その手の話だろうか。装置の傍らには白、黒、赤といった幾つかの色のシャーシが、それぞれ【0.1%】【1%】と書かれたビニール袋で仕分けされていた。
「次に目黒君は、【可動質量による落下物の制動効果】・・・つまり今注目のマスダンパーの、最適な位置、ストローク長、バネ系数を、PID制御に落とし込んで検証してます。ただフラットやる人なら、彼の学部の卒論、【ローラー表面性と最適スラスト角の相関】の方が興味あるんじゃないかと。」
「それ、面白そうね。」
俺らがそばまで来ると、目黒さんというちょっと太めなその人は、側に置いたマスダンだらけの自分のマシンを差し出し、途切れ途切れの口調で言った。
「あーあの、もしよろしかったら、サイン貰ってもよろしい、ですか?」
それを求められたのはNコードさんでも俺らでももちろん無い。言葉が出ない伊緒に代わり、奈緒が口を開いた。
「・・・え、あたし?」
「はい、お二人の。」
「待て待て後だ後!他の奴だって欲しいのいるんだから。すみません、でも後ほどお願いします。できれば自分のも。」
大崎さんはそう加えた。
「お前ら、有名なんだな・・・。」
「ま、まーあねー♪」
奈緒は苦笑いをさっと引き、上機嫌を振る舞って言った。続いて、透明なアクリル張りで背景が黒い箱の中にマシンが一台置かれ、煙が流れている装置の前に来た。これは何となく想像がつく。
「学部の高田君は【走行体における効果的な冷却構造】、要はモーター冷却を狙ったボディ形状の検討ですが、ボディは冷却なんぞより空力を突き詰めるべきかと、」
そう言いかけたところで、実験中の高田さんが反論する。
「大崎さん、お言葉ですがダウンフォースなんて慣性力に比べたら誤差ですよ誤差!」
「何言ってる?跳躍から落下に転じる瞬間は空力による姿勢制御が有効だって、こないだ解析結果示したろうが!でまぁ、私は【走行体における効果的な清流構造】で今年の論文書いてます。・・・そんなことより高田、今晩は風洞装置使わせろよな。」
「なんだかわかんないけど大学っていいな!毎日ミニ四駆やり放題か?」
壮太があっけらかんと言う。確かに、大学の環境利用してミニ四駆やってるだけにも見えるが。これにはNコードさんが、そうではないというように言った。
「だが壮太、ここの研究は流体力学、熱力学、電気力学、材料力学、運動力学、といった基礎的な力学に結びつく、いずれも真面目な取り組みだ。」
「リキガク?」
「やってることは割と地味な研究なんですけどね、先生はそれをミニ四駆に落とし込んで現象把握してみろってスタンスなんですよ。そこんとこで取っつき易いって学生もいるから、うち、割と人気ありますしね。一方で、ミニ四駆にしか当てはまらないことじゃ大学の卒論研究にならないんで、ちゃんと一般的な技術に通じる形でまとめろって言うわけですよ。そういうこと考えさせるあたりに、宮田先生の教育理念を感じてます。」
「そうだな、君たちは恵まれていると思う。」
「なー、あの姉ちゃんは?」
まだ奥に一人、細い眼鏡を掛けたクールそうな女の人が残っていた。壮太の声が聞こえてか、ふと席を立って部屋を出ていってしまったが。そばに寄って実験装置を見ると、固定されたモーターは金属配管でぐるぐる巻きになり、モーターシャフトは別のモーターのような装置と直結していた。
「大塚さんのテーマは【モーター発熱による負荷及び回転数への影響】で、モーターを加熱した時のレブやトルクへの影響を調べてます。・・・彼女、学部四年でトップ10に入る優等生なんですが、今年は運悪く成績上位がこぞって近江研狙いでして、運悪くこぼれてうちに来たらしいです。ああ、近江研ってのは唯一自動車絡みの研究やってまして、自動車メーカーに就職しやすいのもあって一番人気ある研究室なんですが。院に上がってもう一回、近江研入るの狙ってるのもあって、電気自動車にも絡むテーマってことで、うちでモーター研究やることにしたようです。自動車メーカー志望一本で頑張ってる、しっかりした子ではあるんですが。」
傍らには、スワロフスキーのような飾り付けがされ、キャノピーに小さなウサギのぬいぐるみみたいなのが乗ったサンダーショットが置かれていた。
「あら、いいマシンじゃない?」
奈緒は女性レーサーらしい意匠を見て取ってか、そう言った。
Intermission
「ゴール!いやさすが御堂姉妹、速いね。」
大学生相手にミニレースが始まったが、一方的な展開が続いていた。伊緒奈緒相手にこれで三人目、皆大幅に引き離されての完敗だった。それを見て、壮太は明け透けに言う。
「兄ちゃんたちイマイチだなー。ホントにミニ四駆研究してんの?」
さっき敗戦を喫したばかりの高田さんが、ちょうどセッティング変更を終えてコースに戻ってきた。
「お、壮太君は自信たっぷり君だな。じゃあ、一つお相手願おうか?」
「そうこなくっちゃだな!」
壮太はいつでも走れる状態のエスペランサに充電池を積み込み、高田さんとチェッカーラインについた。これに渋谷さんが合図を取る。
「それじゃあ・・・スタート!」
メインストレートを加速していき、最初のコーナーに突入した時点で、すでにエスペランサが半身リードしていた。そしてコースを進むごとにその差は広がっていく。
「・・・いやまだだ、まだエアロクーリングシステムがある!」
高田さんの叫びはどこまで本気か、いずれにせよ虚しい響きに聞こえた。
「ちゃんと830とか使ってるのに・・・何か問題あるんでしょうか?」
皆、装備は充実していて、俺らのマシンのセッティングとそこまで変わらないように見えるが。俺は抑えた声でNコードさんに聞いてみた。
「あくまで実験目的で組まれたマシンなのかもな。安定したデータを取るにはパーツ劣化が大敵だ。ベアリングや駆動系のオイルを多めのままにして、最高速よりパーツ寿命を優先している可能性はある。」
「翔司郎、彼らの電池・・・気づいたか?」
伊緒に言われ、俺は目を凝らした。
「なんだ?・・・2000mA、そういうことか。」
「あれは重いが、出力低下の幅が小さい。タイヤ材質やローラー位置といったセッティング変更の効果を見るため、2000mA電池と消費が少ないノーマルモーターを積んで、わざわざ比較するレーサーもいる。覚えておくといい。」
「勝負の時は結局あたしたちの1000mA貸してるけど。何にしても、フラット突き詰めてるって感じはないわね。それに、極端な思い入れが激しいっていうか・・・。」
奈緒が言う通り、清流にこだわるあまり余計なカウル追加して重そうなボディとか、バンパーが極端に丈夫過ぎるとか、駆動系静かだけどモーター音がイマイチとか。専門分野に特化するあまり、他を省みない設計に見えた。ちょうど、宮田先生がトレーを持って実験室に戻ってくる。
「国府田君、コーヒーでいいかな?」
「グアテマラですね、頂きます。」
先生は俺らがピットを広げる作業机に落ち着くと、自分のコーヒーを取ってから言った。
「さて、君がわざわざここへ訪ねて来るってことは、何か特別な用向きがあるんじゃないかな?」
「宮田先生・・・クグツ衆、聞いたことは?」
俺ははっとした。いや、Nコードさんがこの顔触れで誘いを掛けたって時点で、何となくそれに絡むような気はしていた。
「まあ噂には聞いてるね、事情は知っているよ。手持ちのパーツとコースレイアウトから、最適なセッティングが示されるっていう、あの。」
「それもほぼ数秒で。それら特徴からして私は、ある種のシミュレーションプログラムがその正体と考えています。そこで宮田先生に訊ねたい。そうしたシミュレーションは可能か、あるいは、こちらでも過去にその手の研究を取り扱ったことがあるのかを。」
宮田先生はコーヒーを啜る。
「生憎と、うちにはそこまでプログラムに強い学生がいない。シミュレーションを利用することはあるが、シミュレーション主体の研究は扱ったことがなくてね。ただ可能かと言われれば、有限要素法の拡張で十分対応できるだろうね。アクセス数から推測されるタスクボリュームに対応するには、演算処理を軽くするのに工夫が要りそうだが。」
続けてNコードさんが聞く。
「では、そうしたシミュレーションの研究について、余所で耳にしたことは?」
「うーん。いや、情報システム分野でも聞かない。そもそも、うち以外でそんなミニ四駆研究してるような機関があるとも思えないしな。・・・しかし、彼らの目的は何だろうね?」
「単純に走行データを収集しているだけなのか、あるいは思想的な意図に寄るものか・・・クリヌシの目的はわからない。ただ、」
「聞いてる限り、あまり気分のいいものではなさそうだな。それは、わかるよ。自分で考えて取り組むことに意味がある、何事も・・・。」
しみじみと言って、またコーヒーを啜る。宮田先生もまた、Nコードさんと同じような危惧をクグツ衆に対して抱いているのだろうか。それからふと、思い出したように口を開いた。
「・・・ああそういえば。君は知っているかもしれないが、冴ちゃんが昨年発表した論文の、」
「冴ねぇの!?」
これには奈緒と伊緒が先に反応した。
「論文?それは、」
「おや?君らがその反応ということは、勘違いかな・・・発表者はエジンバラ大学の【Sae・K】とあって、てっきりあの冴ちゃんとばかり勝手に思っていたんだが、」
「いや、聞かせてください。どういった内容でしたか?」
「構造物の物性と周辺環境を単純な力学演算に落とし込んで、変形や運動を簡易的に把握する汎用シミュレーションに関するものだった・・・よく考えれば、被るような話だね。」
そして、伊緒が呟く。
「ミニ四駆の基本的な現象は、基礎力学の集約でだいたい説明が付くはず・・・冴ねぇはたまに、そんなことを言っていた。」
「Nコードさん、どういうことですか?」
「その論文が冴に寄るものである可能性は高い。そしてミニ四駆の挙動解析シミュレーションという発想も、あの冴ならば考え得るということだ。」
「それって・・・?」
俺は意味を計りかねて聞き返したが、Nコードさんは答えなかった。
「冴ねぇと連絡は?」
「いや、実のところあの冴ちゃんなのか今一つ自信持てなくてね。結局連絡取れず仕舞い、君らと一緒だよ。神楽教授の方は、今もMITの方にいらっしゃるはずだが。」
「神楽、教授?」
俺がキョトンとするのを見て、すぐにNコードさんが説明してくれた。
「冴の親父さんだ。元々はここの大学に助教授として在籍されていた。」
「私もかつては神楽教授の研究室にいたんだよ。教授は生産工学の権威で、メーカーとも親交があった。その流れを引き継いだのがこの研究室でね。」
以前に叶さんが言ってたが、神楽さんの母親が、御堂姉妹の父親の姉になる。つまり神楽教授ってのは、御堂姉妹から見て叔父さんに当たるわけだ。
「神楽教授の影響か、冴ちゃんは中学の時点で、大学入試レベルの物理ならだいたいわかるくらいだったそうだよ。ミニ四駆に加わるモーメント計算してるとか、教授が言ってたな。懐かしいね。」
「冴が・・・いや、」
Nコードさんは何か言いかけ、しかしそのまま口を閉じて押し黙った。
一方コースの方では、壮太のエスペランサに勝てるマシンはまだ現れていないようだった。そこへ、大崎さんが研究室から自慢のマシンを持って戻ってきた。表面の凹凸が溶かされたような、ぬっぺらと加工されたナイトロサンダーだ。これが空力研究の集大成、なんだろうか。
「みんなだらしない・・・それじゃあ、いよいよこれでお相手するときが、」
しかし、壮太が声を掛けたのは、
「なー、そろそろ姉ちゃんのマシン走らせてよ。」
「・・・は?」
マシンをメンテするでもなく、ずっと実験作業を続けていた大塚さんは目だけを壮太に向けた。
「私のマシン相手なら、勝てると思ってんの?」
「んー、それがわかんないから走りたい!つか勝てないマシン、他にないしさ。あと、姉ちゃんのだけだし。」
すると大塚さんは、何も言わずにポケットから白い1000mA充電池を取り出す。そして傍らのコンセントにある白い四本用充電器の、外側二カ所にそれらを押し込んだ。俺が使ってるのと同じ急速充電器、そして同じ使い方だ。
「よっしゃ!オレもすぐ充電すっから。」
「なぁ壮太君、私も混ぜて貰っていいかな?このマシンはちょっと自信あって、」
「いいんじゃない?」
壮太の大崎さんに対する返事は、どこか適当な感じに聞こえた。
「う、素っ気ないね・・・それにしても、大塚さんが走らせる気になってくれるとはな。ミニ四駆はローラーで壁を走るようなもんで、実車の理論が通じないところも多い。まぁ難しいこと考えずに、まずはちゃんと走れれば十分だ。気楽にな。」
大崎さんは気遣うように言ったが、大塚さんはこれにも声を返さなかった。
左回りのコースで、インが大崎さんのナイトロサンダー、センターが壮太のエスペランサ、アウトが大塚さんのぬいぐるみ付きサンダーショット。そして、スターターはNコードさんが代わった。
「それでは行こうか。ゲットレディ?ゴー!」
三車一斉にメインストレートを進み、最初のコーナーを折り返す。ここで早くも、インレーンを回ったはずの大崎さんのマシンがじわりと遅れた。フラットレースの出だしでこの差が出たら、挽回はそう望めない。一方、最アウトの大塚さんのサンダーショットはというと、大崎さんのマシンに並ぶようなところまで踏み出していた。俺には少し、意外に思えた。
「あー、やっぱり。」
隣で見ている奈緒が納得したように言う。
「あれ、いいマシン・・・なのか?ぬいぐるみとか乗せちゃってるのに、」
「あんた、どこ見てたわけ?」
「あのマシンだけ、セッティングに何ら違和感がなかった。」
と伊緒が言う。言われてみれば、他のマシンみたいにあってもなくてもいいような改造はなかった気がする。俺らのマシンの組み方に近いというか。レーンチェンジの着地ロスも乗って、エスペランサからさらに少し遅れるサンダーショット。しかし、ナイトロサンダーほど遅れてるわけじゃない。二周目に入ってイン側に回ると、エスペランサに追いすがる。
「サンダーショット、挽回するか?ここでエスペランサがレーンチェンジを・・・クリア、依然トップだ。」
この先三周目も、エスペランサが終始イン側を取る。これで勝負は決まったようなもんだ。後は、二台の差がどれくらいかだが。
「ゴール!トップはエスペランサ、二位はサンダーショット、三位がナイトロサンダー、以上だ。」
結果はストレートセクション二枚分の差、よく健闘した方だろう。この差・・・正確には、大塚さんと自分たちの差を目の当たりにした学生たちは、俺が見ても明らかなくらい驚愕していた。
「大塚さん、そのマシンの速さ・・・そんなぬいぐるみ乗せて?」
「フェルトの固まりがそんなに重たいと思います?大崎先輩の表面パテ盛りボディよりマシだと思いますけど。」
「うっ、」
すると目黒さんがボソボソ言う。
「特別な馴らしをした、アトミックチューン、とか・・・。」
「私の加熱実験に使ったモーターなんか役に立つと思います?ギヤにオイル塗るのやめたら速くなりましたよ。」
「ぇえ!?」
これは俺らのマシンと同じ結論だ。続いて渋谷さんが言う。
「で、でもそこまですんならさ、そんなぬいぐるみとか乗せない方がいいんじゃないのー?」
「そんなのかわいくないし。」
それを聞いてか、壮太が声を上げた。
「姉ちゃんも、やっぱりミニ四レーサーだったな!」
「別に・・・ボディがこんなでも速く走れる車体作ろうとしただけだし。」
「それだ。その姿勢、そのこだわり、まさしくミニ四レーサーだな。」
Nコードさんが感心したように言う。宮田先生もこう評した。
「今までモーター研究やってた学生はどうしてもパワーだのみなマシンになりがちだったが。・・・そうそう皆は知らないかもしれないけどね、大塚君、早朝誰もいない時間にみっちり練習してるんだよ。」
「ちょっと先生!」
クール一点張りだった大塚さんも、この暴露には文字通り顔を赤くして声を上げる。
「ただ車好きなだけじゃなく、ちゃんとミニ四駆として見てるからこその仕上がりだと思うね、これは。」
「真摯に現象と向き合い、自分が望むマシンを追い求める。我々がミニ四レーサーと呼ぶのは、そういう者だ。その点、自分のこだわりを素直にマシンへ反映させた君たちも、立派なミニ四レーサーに違いないさ。」
Nコードさんの言うことはしっくりくる。無加工フラットなんてマシンにこだわる俺も、同じようなもんだからだ。
「姉ちゃん、また勝負しよーな!」
そう壮太に言われた大塚さんは、ツンとしていて、しかしどことなく晴れた顔にも見えた。
次回予告
壮「やっぱさ、たまにはよその店にも走りにいかねーとな!」
翔「そうだな、まだ見ぬ強敵が・・・強敵?」
心「ここで会ったが一年目!御堂姉妹、今日こそ決着つけてもらうわよ!」
恋「心ちゃーん、やめよーよー。怖そうなおねぇちゃんたち相手によくないよー。」
伊「え・・・あたしたち?」
恋「わたしのソニックアバンティアとー、」
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壮「・・・なんか、うるさそーなの来たぞ?」
奈「それ、あんたが言う?」
恋「次回エアーズ、Flag-018【爆走姉妹?レン&ココロ!】で、お願いしまーす。」
心「あたしのチェッカーラインを見逃すな!」
翔「キャッチを微妙に変えるなコラ!ついに偉い直球なのが来たな・・・。」
翔司郎「大学でミニ四駆研究とか、いいな・・・っていうフィクションでした。」




