Flag-016【初めてのマシン】
十一月に入って、だいぶ肌寒くなってきた。俺は銅ターミナルを磨き終えるとドライブウイングに戻し、それから、かじかんだ手をコートのポケットで暖める。練馬の模型店、キリギリスには常設コースはないが、週末は屋外の駐車場に200mクラスのコースを広げてくれる。ひとたびマシンがコースアウトすれば車道でおっかけっこができる環境ゆえ、コースはフラット、レーンチェンジもさほど厳しくない。それでも当然、俺はレーンチェンジ出口に陣取っていた。
この後昼から、チューンモーター限定のミニレースが開かれる。練習走行は済んだ。後はアルカリ電池をポケットのホカロンに包んで、本番を待つだけ。普段は模型店内のコンセントで充電させてくれるが、大会は充電待ちとかで進行が悪くなるのを避けるため、アルカリ限定となっている。
レースまであと十五分、何か食いに行くにも半端な時間。メンテしたマシンを無為に走らせて、調子狂わすような真似もしたくない。俺はただその場に立って、辺りのマシンを見回した。特に、ボディが外されたマシンのバッテリーホルダーに目が行く。問題のあのGPチップ・・・今まで見たこと無かったし気にしたこともなかったが、この中にもいるんだろうか。あんなことの後だから、そんな余計な心配がよぎる。その時、一台のマシンがレーンチェンジから離れ、足下に転がり込んできた。
「うおっ、と。」
足の間にうまく潜り込んだところを引き上げる。シャーシはVS、大径チューン、ローラーは全て830と、俺のマシンと似たようなセッティングだ。この駆動音とパーツコンディションからしても、かなり速いマシンに違いない。スイッチを切ってマシンをひっくり返すと、赤く塗装されたクリアボディのアバンテだった。そして、透明なままのキャノピーの奥には・・・、
「すみませーん・・・あれ、イトリじゃん?」
思考が二度、途切れた。顔を上げて、側に寄ってくる人物に目を凝らす。背丈が伸びたせいか若干雰囲気が変わって見えたが、確かに、覚えがあった。
「中池、くん・・・?」
「やっぱり?奇遇だな久しぶり!お前も復帰してたとはな。」
厳密には、俺は復帰ってわけじゃない。君らがミニ四駆をやめた後も、一人で走ってた・・・そんな複雑な思いもあったが、今はそれ以上の動揺があった。
「まぁ、ね。・・・そのマシン、」
「これか?速いんだぜ。ここの大会でこないだ優勝してるからな。」
なるほど、確かにいいマシンだ。しかし、これがあの中池君のマシンかと言われるとどこか違和感がある・・・そうだ。
「・・・ボディは?昔ディオスパーダとか、フルカウルボディ軽くして、大径履かせるのに凝ってなかったっけ?」
すると、中池君はさらっと答えた。
「フルカウル重たいからさ。不利だし、使ってない。こいつがお勧めらしいぜ。」
お勧め・・・誰の、とは聞けない。
「イトリのも結構速そうだな。それなんだっけ?最近売ってない奴だよな。」
「あ、ああ。うん、そう。」
俺は一瞬、しまったという感じがした。見られてはいけないような。だが中池君は別段、ブルーキャノピーのビッグバンゴーストに興味を示した風はなかった。
「いつ、復帰したの?」
「最近。流行ってきたらしいからさ。つか、ここまで速くなるもんなんだな、あの頃の比じゃねーよ。」
「最近は電池の出力も上がってるし、パーツも充実してるし。」
「まぁそれもあるけど・・・実はこのマシンな、あるサイトで、」
中池君がそれを言いかけたところで、店の方から声がした。
「それではー、これからミニレースを始めますー。まずはジュニア部門の受付から始めますのでー、お店の方でー、エントリーお願いしますー。」
俺は何か思い出したかのような素振りをして、マシンを片付け始める。
「・・・え、レース出ないのか?」
「あ、ああ。今日は午後用事あってさ、とりあえず午前練習走行だけしに来たんだ。」
「そか、今度相手してくれよな。」
ここまでの様子からして、特に他意のない言葉とわかりつつも、俺の返事は淀む。
「・・・ああ。じゃ、また。」
「じゃあな!」
その時俺の口から、レース頑張って、的な言葉は出てこなかった。
あの頃は、自転車で行ける範囲にもミニ四駆のコースを置いた店がいくつかあった。放課後は中池君ともう二人くらいで、よく走らせに行ったもんだ。中池君は仲間内では一番器用で、幼いなりにボディの肉抜きだとかもある程度できたし、マシンは一番速かった。負けず嫌いなとこがあり、俺が新しいセッティングでちょっと上回っても、すぐに抜き返していた。節々に彼なりのこだわりってもんが伺える、まさにミニ四レーサーと呼ぶべき人だと、そう思ってた。
「なんでだよ・・・。」
あのマシンにはどことなく、そんなかつての彼を思わせるものが感じられなかった。セッティングがごく平凡だったからとか、ボディの塗りが適当だったからとか、本当に何となく、でしかないが。あるいは、そのマシンの本性を知ってるからこその先入観なのか。
「なんでだよ・・・。」
あのアバンテが積んでいたのは、確かにあのGPチップだった。俺のマシンのとは違う、半割れの仮面が描かれたそれは、巷でクグツチップと呼ばれてるものに違いない。伊緒のファルシオンを破壊したマシンにあったもの、見間違えようがない。俺は確かに一瞬、ある種の危険を感じたが、中池君の素振りからして、警戒の必要がなさそうなのはわかった。それでも、あそこで勝負という気にはならなかった。あれが誰か他の人のマシンだったら、本当の速さを見せつけてやるぐらいのつもりで、レースに臨んだかもしれない。しかし、よりによってあの中池君のもんと知ると、俺にはただただ脱力感みたいなものしか残らなかった。あの頃、俺らの先陣を切ってた人が・・・、
「なんでだよ・・・。」
俺は時折、小さく声を漏らしながら、ガーデン日吉へ向かう道にいた。他にどこへ行く当ても浮かばなかった。もやもやとしたまま俯き加減に歩きながら、やがて店のそばまで来たのを感じ、ドアの方へ手を伸ばす。すると、妙に暖かく柔らかい感触があり、慌てて手を引いた。
「あ、すみません。」
「いや・・・どうぞ。」
一瞬先にドアへ手を掛けた先客は、小学校中学年くらいの、背の低いおとなしそうな少年だった。俺は知らない顔だった。
「あ、翔司郎きた!」
店に入ると、開口一番壮太が言った。店内カウンター席の奥には他にも何人かいる。
「あら、今日は来ないかと思ったわ。」
「奈緒・・・伊緒も来てたのか。」
他の常連と違いほとんど店に顔を出さないという二人が、今日はいた。伊緒は、修復したばかりのファルシオンをメンテしてるところだった。
「半端な時間に現れたな。」
「まぁ、な。」
俺はそれだけ言って、壮太と御堂姉妹の間の席に荷物を置いた。その間、一緒に入ってきた少年は物珍しそうに店の中を見回し、それから一面パーツがぶら下がったカウンター越しの壁を見上げていた。店の奥から出てきたマスターが声を掛ける。
「お、うちは初めてかい?依酉君の知り合いかな?」
「いえ、」
その子はそのまま、しばらくパーツを眺めていた。いろいろあってなんだかわからない、といったところか。荷物は肩掛けポーチ一つで、ミニ四駆を走らせに来た感じはない。何となく覗きに入ってきた、そんな風にも見えた。それからやっと、少年は口を開いた。
「どれか、黒いVSシャーシの小径マシン、ありますか?」
「だったら、ディオマースネロなんてどうかね。こいつは1番シャーシ入りのとっておきだ。」
マスターが棚から一箱取り出すと、それをカウンター上に置く。そんなシャーシの金型番号なんて言ってもわかんないだろ、と内心思った、矢先だった。
「じゃあそれと、830を3セット、620を3セット、ベアリング用段付きワッシャー一袋。あと、FRPのスーパーX用フロントとリヤと、ワイドプレートを2セット、MS用のリヤダブルローラーセットと、ボールスタビキャップ、ビスセットAと、」
突如、少年はぽつぽつと、しかし延々とパーツ名を唱え始めた。マスターはあたふたと壁に掛かったパーツを拾い出していくが、とうとう追いつかない。
「あー待ってくれよ、ボールスタビと、ビスセットは・・・これと。それから?」
「ええと、S1用の中空プロペラシャフト、60mm中空シャフト、大径バレルタイヤ、スーパーX用大径ホイールは・・・黄色の方がいいです。それと片軸アトミを。」
俺は唖然とした。ミニ四駆やらない子だなんてとんでもない。パーツの呼び方もそうだが、高速セッティングに必要なものを的確に述べ挙げる様は、熟練のレーサーを思わせるものだった。
「おおお!お前コレ全部買うのか?」
「結構な金額になるぞ。君、お金あるのかい?」
ざっと五千円くらいにはなってるはずだ。すると、少年はポーチの奥から封筒一つを取り出した。中には0が一番多いお札が一枚。
「お父さんがお小遣いくれました。・・・足りますか?」
「あ、ああ。ちょっと待ってくれよ。いい買い物だ、気の利いた袋に入れてやろうな。」
マスターは会計の前に、カウンター奥で袋を漁った。普段はミニ四駆がプリントされたメーカーデザインのビニール袋だが、もう少ししっかりした紙袋もあるらしい。その時、壮太が言った。
「なー?時間あるならさ、ここで組み立ててけばいいよ。コースあるからすぐ走らせられるしさ。」
「でも工具とか持ってきてないですし、」
「オレの貸してやるって!色々教えてやれるし。それでさ、出来上がったら早速勝負してくれよ、な?」
言われた少年は少し、ためらい顔をした。無理もない。こういう買い物をする奴なら、カウンター席に置かれた壮太のエスペランサを見て、それなりに速いマシンだってのは察しがついたはずだ。しかし意外にも、その返事は明るかった。
「・・・じゃあ、お願いします。」
「よっしゃ、そうこなくっちゃだな!」
マスターは袋をその辺に一旦置くと、レジを打ち始めながら言った。
「ところで、ボディはどうするんだい?大径アトミのマシンを組むつもりなんだろうが、ディオマースは小径だし。加工する道具は貸してやれるが、手間だぞ?」
「これがあります。」
少年はポーチからビニール袋を取り出し、それに包まれたものを見せた。黒いボディの細部には赤と青と金とが添えられ、肉抜きされたキャノピーにはシルバーのメッシュ。どことなく壮太のマシン、アストロブーメランエスペランサに似た形状のそれは、第二次ブーム以降は再販無く、すっかりお目に掛からないレアなものだった。遠目に覗いていただけの御堂姉妹も、これには反応を見せた。
「ブーメランガンマ?古いな。」
「久々見たわそれ、いいもん持ってるわね。」
「オレ、初めて見た・・・。あ、そだ。お前、名前は?」
聞かれた少年は一瞬黙り、それから小さく言った。
「・・・湊、です。」
「ミナトか。オレは壮太、よろしくな!」
Intermission
会計が済むと、湊は早速組立に取り掛かった。壮太もパーツの袋開けと分別を手伝う。
「いーよなー・・・人のだけど、なんかこういうのワクワクするんだよなー。」
実際、壮太は楽しげだった。新品のパーツを開けて新車を一から組む感覚・・・俺の小遣いでもそうそう味わえないことだが、新品のシャーシに載せ換えるときより、もっとわくわくするに違いない。完成形がわかってて、それに必要なものが全部揃ってる。当然、速いマシンに仕上がるはずという期待が否応なしに膨らむ。また、こういう感覚はそばで立ち会ってるだけでも共有できるんだから、不思議なもんだ。
「あの、ついでにすみません。ベアリング脱脂できるライターオイルとかって、ありますか?」
「お?おお、ちょっと待ってな。瓶もあるぞ。」
そんなもの持ち歩いてる壮太の用意の良さには驚きだが、それをシレっと要望したこの少年にも驚きだ。
「そのボディ、結構肉抜きされてんだな。お前作ったのか?」
「お姉ちゃんが昔使ってたのです。今まではお姉ちゃんのマシン触らせてもらうくらいで・・・ちゃんとした自分のフラットコース用マシン作るの、初めてなんです。」
「そっか!うちのねーちゃんはさーっぱりだもんなー。」
壮太は呑気に流したが、これだけ知ってて初めてなものか?しかし湊の表情はなんというか素直そうで、嘘があるようには見えない。
「初めてのマシン、か。」
そう言って伊緒は、ファルシオンを手に席を立った。電池の充電が終わったようだ。湊は少し手を止めて振り返る。
「それは?」
「あたしの、初めてのマシンだ。」
「・・・いいマシンですね。」
庭側のスライドドアを一枚開いて伊緒が出ていくと、奈緒がそれに続き、俺もついていった。
追い充電したての電池が冷めないうちに、伊緒は手早くコースにマシンを放っていた。チェッカーラインのインレーン側に備え付けられたラップタイマーを通過し、バンクも連続コーナーも軽やかにパスして周回を重ねる。そして三周目、レーンチェンジを危なげなくクリアすると、残る半周を終えてタイマーを止めた。
「調子は・・・どうなんだ?」
俺は恐る恐る聞いた。駆動系調整が難儀なスーパーFMシャーシだ。伊緒自身、うまく復旧できるかわからないようなことを言っていたのが、ずっと気にかかっていた。
「悪くない、タイムは幾らか良くなってる。前のシャーシ結構長いこと使ってたから、多少はへたってたんだと思う。」
それを聞いてほっとしつつ、俺のマシンでやっと勝てるかどうかのところまで追いついたあのファルシオンが、あれでもへたってとは・・・。
「何秒だった?」
「・・・9.72秒、まぁまぁ。」
俺のベストラップよりいくらか速い。俺が目指すべき9.5秒までもあと少しだ。
「それにしても、週末は各地転戦してるっつーお前らが土曜の昼から日吉とか、珍しいな。」
「ファルシオンのテストにはここが持ってこいだ。家のコースでも確認してるけど、コンディションが良すぎる。屋外環境で滅多にコースレイアウト変えないとこなんて、そうそうない。」
「そういや・・・確かに、レイアウト変えてないな。いつ変えるんだろ?」
これには奈緒が答えた。
「年に一回か二回でしょ。」
「え、そんなに?」
俺が意外そうに聞き返すと、奈緒が突っ込むように続ける。
「コースレイアウトころころ変えちゃったら、マシンが速くなったかどうかなんてわかんないでしょ。秒速で計ろうったって、そんなのレイアウトとかコンディションでも変わっちゃうんだから、微妙なセッティング変更の差なんて見えやしないし。」
「カツいな、マジか。それで、9.5秒か・・・。」
なるほど、レイアウトが変わらないからこそ、あれは意味があるタイムなんだろう。
「え、なに?」
「いや!何でもない、」
何気ない呟きを奈緒に拾われ、俺は慌ててごまかした。
「いろんなコースを走りたければ他の店に遠征したっていい。実力を計るためのホームサーキットは、一年くらいは変えない。それがガーデン流フラットだ。それに・・・レイアウトが変わらなければコースに飽きる。そうなれば今あるマシンの基本スペックを上げる以外、やることが無くなる。」
「こー兄・・・。」
振り返ると、Nコードさんが店から庭へ入ってきていた。
「二人とも、珍しいな。」
「ファルシオンの試走も済まないうちにまたやられちゃ、かなわないでしょ。伊緒ちゃんが本調子じゃないうちは下手なとこで走らせらんないわよ。」
つまり、遠征を自粛してるってのもあるようだ。それを聞いて、俺は今日のキリギリスでの出来事を思い出し、内心ヒヤリとした。
「・・・いや。こいつならもう、大丈夫だ。」
「それじゃ、この顔触れが揃ってることだし・・・わかってることと、わかってないことの整理でもしようかしら?」
そう言うと奈緒は、店に入るドアが全て閉め切られているのを確かめるように、一瞬目を走らせた。
「そうだな、聞かせてくれ。翔司郎、君とドライブウイングにも関わることだ。疑問があれば何でも聞いてくれ。」
「え・・・はい。」
Nコードさんも含め、みんな真剣な面もちをしている。何の話をしようとしてるのか、それは聞くまでもないだろう。
「【クグツ衆託宣堂】・・・サーバーの在処は特定できないままか?」
「そうね。いくつかある経由サーバーはともかく、肝心の本体は掴めずじまい。経路が短時間でコロコロ変わる上に、お堅い暗号化まで掛けちゃってるみたい。誰でもアクセスできるってのに潜り込めないなんて・・・うちの叶さんが手こずるくらいよ。」
「結局そのサイト、まだ見てもいないんだが・・・どうやって最適なセッティングなんて示せるんだ?」
第一声にしちゃ、ちょっと基本過ぎな質問だったか?しかし、伊緒は丁寧に説明してくれた。
「会員はそのサイトにログインすると、専用エディターでこれから走るコースレイアウトをインプットする。日付とか時間帯、設置環境まで要求される。より正確にコースコンディションを把握するためなんだろう。マシンについては、手持ちのパーツ類を一通り入力しておく。それらが中古か、新品か、指定されたレシピ通りにメンテされたパーツかも含めてね。ついでに、追加パーツの予算額まで指定できる。それらを踏まえて、もっとも理想的なセッティングパターンを提示してくるらしい。・・・連中はその託宣を告げる存在を、クリヌシ、とか呼んで崇めてる。」
「クリヌシ?・・・ともかく、本格的なんだな。」
確かに、そこまで細かい事前情報があればお勧めセッティングくらいは思いつくかもしれない。だが、不可解なことがある。Nコードさんは続けて言った。
「それにしても、クグツ衆からのリクエストに対し、数秒足らずでリプライするクリヌシ・・・か。」
「ある種のシミュレーター?ボットみたいなもんかも。」
奈緒の言う通り、インプットする情報が具体的なことからしても、シミュレーターってのはしっくりくる気がした。
「多数のアクセスをその程度のタイムラグで裁けるとなると・・・、」
「叶さんの見立てだと、いわゆるスーパーコンピュータークラスなら十分対応できるんじゃないかって。そうなると国内に限ったって、そんなに少ないもんじゃないし。」
「ん、そういや、あのチップはどうやって送られてくるんだ?」
唯一、クグツ衆と首謀者を繋ぐ現物があれのはずだ。しかし、これもありがちな質問だったか。これにも伊緒が答えた。
「どこからともなく郵送されてくるらしい。投函場所は首都圏近郊のポスト・・・こっちの線も、絞り込みようがない。クグツ衆は指定されたセッティングのマシンでレースに出て、その結果に応じて昇格だの破門だの言い渡されるらしい。あれはたぶん、それを判定するツールに違いない。」
「あのチップが走行データを発信してるのは間違いないが、それをどう受信してレース結果を判断しているかも謎だな。チップから直接ネット接続しているわけではないと言っていたな?」
「発信器程度の簡素なもんだったわ。無線LANでもなんでもない、ただ、単純な信号を短波で出してるだけ。」
「これだけ蔓延しつつあるってのに、わからないことだらけだ・・・。」
「実際、どんだけいるんだ?そのクグツ衆ってのは。」
現に俺の知ってる奴までが手を出してる、そう少なくはないだろう。Nコードさんは言った。
「会員数は千人を超えるらしい。もちろん冷やかしも多いようだが、真面目に利用してる根っからのユーザーも少なくない。」
「そういう奴は自分がクグツ衆だってのを隠そうともしないわ。与えられたおしゃぶりみたいなマシンで満足してるくせして、全くどういう神経してるのかしらね。・・・ま、そういうのほど自惚れ酷いから、勝負仕掛けてチップ回収するには、いいカモなんだけど。」
奈緒が何の気なしに言うのを聞いて、俺は心底ギクリとした。中池君のことは、とても話す気になれなかった。
「ちなみに・・・チップ見なくても、連中ってわかるもんなのか?」
俺は、恐る恐る聞く。
「ジュニアとは思えない走りを急にするとかね。でも、いわゆる親父マシンってのじゃないのよ。有り合わせの最低限のパーツで違和感無く作られてて、それで速い、みたいな。」
「へぇ、うまいもんだな。」
素直にそう思ったが、場にそぐわない一言だった。奈緒が睨むような目つきを返してくる。
「それが勝利の知恵だとでも?私は、ゴメンだわね。」
「もちろん、我々もそういうセッティングを教えることはあるが・・・クリヌシは技術を教える訳ではない、ただ結果を与えるだけだ。そして指示に従わなければ容赦なく切り捨てるとも聞く。その託宣を利用するつもりが、結果手足に準じているだけのレーサー達、それがクグツ衆の実態だ。」
どことなく、もやっとしている。セッテイングがぽんと示されるだけでも、そこから技術を得ることだってある気がする。手足止まりかどうかは結局、レーサー次第のような気もするんだが。
「そういう安易な勝利のために飛びつく連中もどうかと思うけど・・・それを誘う連中は、もっと気に入らないわね。」
奈緒が殊更不快そうな顔で言うのを見て、俺は聞き返す。
「誘う、連中?」
「いまだ尻尾を掴めてないが、クリヌシの直接の手足とされてる奴らだ。ツギテ・・・とか、言われてるらしい。」
その時、店のドアが開くガラガラとした音が、話を遮った。
「電池はこいつがお勧めなんだ。どっちのセットがいい?」
「じゃあ・・・こっちを。」
壮太が白いニッケル水素充電池を湊に渡す。湊はそれを、速くも組み上がった新車に押し詰めた。
「え、もうできたのか?」
「はい。手伝って貰ったおかげでスムーズに組めました。」
「お前手つきホント早かったなー。でもマシンの速さなら負け無いからな?」
つまり、決して壮太が組み立ててやったわけではないようだ。遠目に見る限り、これは速いと思える順当なマシンに仕上がっていた。湊が軽くフロントローラーを弾くと、これがまたいつまでも音もなく回り続けるという具合だった。
「さ、できたてほやほやのVS大径か・・・オレのマシンで試してやるよ!」
「え、テスト走行もなしにか?」
俺は思わず聞き返したが、湊は淡々と答えた。
「・・・はい、大丈夫です。」
どんな走りするか、そもそも完走するかもわからない新車でいきなしレースとか、何を考えてるのかわからない奴だと、俺は思った。そんな無茶振りをした壮太も壮太なんだが。壮太がミッドレーンにエスペランサを添え、湊はインレーンに促される。二周目に壮太、三周目に湊がレーンチェンジブリッジに入るポジションだ。パワーが落ちて完走しやすい方を譲ったんだろう。
「じゃ、特別にあたしが仕切ってあげるわ。ゲットレディ・・・ゴー!」
奈緒の掛け声で、二台はチェッカーラインを発った。最初の左コーナーとウェーブを湊のブーメランガンマが先行、しかし次の右コーナーと右バンクで壮太のエスペランサが抜き返す。連続コーナーを終え、走行距離がイーブンな一周目を終えたとき、二台に差はなかった。
「速い!?」
俺のマシンを併走させなくても、目で見てそうとわかる速さだ。エスペランサは最初のコーナーでアウトを回った後、レーンチェンジブリッジをかろうじてクリアする。しかし着地のロスもあり、ブーメランガンマが先を行った。
「こっからが見せ所だぞ?」
「・・・いや、」
壮太の声からわずかに遅れて、Nコードさんが小さく呟くのを、俺は聞き逃さなかった。三周目、先行するブーメランガンマがいよいよレーンチェンジブリッジに入る。初めてのマシンが完走するか否かの、緊張の一瞬だ。そう思って半周前に湊の顔をちらっと覗いたが、特に心配な様子もなく、しかも楽しげに眺めてるもんだから、俺は驚いた。コースに目を戻すと、ブーメランガンマは低い姿勢で危なげなく、大した着地ロスもなくレーンチェンジをパスしていた。イン側からエスペランサがすかさず迫るが、バンクの下りでやっと並んだところだった。連続コーナーの先、最後の左コーナーはブーメランガンマがイン側を回り、それで勝負は決まった。
「ゴール!・・・湊君、だいぶやるわね。」
「抜かったな、壮太。VSのスペックはそもそも高い。そんだけうまく組まれちゃ、あたしのファルシオンでも荷が重い。」
「うー、信じらんねー!でもま、お前のマシン、いい具合に仕上がってよかったな。オレも鼻が高い!」
「何言ってんのよ、あんたのなけなしの名声ならたった今地に落ちたとこよ。」
「なにおー?だったら奈緒も相手してみろよな!」
壮太と奈緒がうるさく言い合う脇で、湊はそのマシンを嬉しげに見つめながら、しかしふと憂うような目をして言った。
「これが、僕のマシン、なのかな・・・。」
誰も聞き取れないような、小さな声。そのふっと出た何気ない呟きに、俺はまた、言い様のない微かな違和感を覚えた。
次回予告
壮「コードの兄ちゃんが誘ってくるなんてめずらしーな!どんなレースだ!?」
N「いや・・・大和工業大学だ。とりあえずコースはある。」
奈「ああ、例の研究室?ミニ四駆で卒論書けるってウワサの。」
翔「卒論って、大学の?ミニ四駆で?」
伊「事実だ。工学部の宮田研究室・・・ミニ四駆を題材に力学研究してる、一応真っ当な研究室らしい。こー兄、あたし達まで呼んだってことは、」
N「ああ。あの宮田助教授なら、何か知っているかもしれない。あるいは、冴のことも・・・。」
翔「え・・・神楽さん?」
壮「なんかわかんない話してんなー。そういうの、予告になってないってやつだぞ?」
伊「詳しくは次回エアーズ、Flag017【卒論deミニ四駆!】で、だ。」
奈「チェッカーラインを見逃すな!」
マスター「この物語はフィクションだからいいようなもんだが・・・工具とか貸してくれる店ってそんなに無いからな、必要なもんはちゃんと持ってったほうがいいぞ?」




