Flag-014【顔無き刺客】
『れでぃーすあんどじぇんとるめん!誇り高きミニ四レーサー諸君、おはよう!名誉と栄光を賭けた熱きレースの見届け人、ミニ四ノーブル、参上した!』
『おはよーございまーす!君のソバに、君のトナリに♪耳元のアイドル、声優の近世もよりです!本日はオータムGP3rd二日目、皆さんお待ちかねのオープンクラスになります!』
俺が会場のフットサルコートに入ったのは、そんなタイミングだった。すでに開場から三十分は経ち、会場内はすっかりミニ四レーサーでごった返している。今日は大人も参加できるオープンクラスのみ。昨日のジュニアクラス限定開催に比べ、遙かに参加者が多い。ジュニアレーサーはというと、親が走るからついてきてるって場合がほとんどで、その姿はかなり少ない。そんな中で、俺はあるジュニアレーサーを捜していた。あいつは必ず来ているはずだ。その姿を求めてうろうろしていると、俺はどこからか声を掛けられた。
「おー!翔司郎じゃん?」
「え・・・壮太?なんでお前が、」
知ってる顔に会えてよかったが、探していたのはこいつじゃない。
「なんでったって、なー。ジュニアだって参加できるんだし、小遣いある限りはオープンの日も来てる。あ、あっちに日吉のみんなでシート広げてるから、来なよ?」
「あ、ああ。」
壮太に連れられ、フットサルコート内のメインサーキットとは逆サイドにある、小振りな練習コースの方へと人を掻き分けながら進んだ。そのコース脇に、二畳は軽くあるブルーシートが敷かれ、そこにガーデン日吉常連の面々がいた。
「お、ヨックじゃね?オープン参加とは感心だねー。」
「あ、ユッケさん。雅人さんも・・・おはようございます。」
「やぁ。その辺まだスペースあるからさ、荷物広げるといいよ。」
「ありがとうございます。んじゃ、お言葉に甘えて。」
模型店常連が集まったピットスペース、これもメーカー公認大会じゃよくある光景だ。もっとも、そういうとこに自分がお世話になる日が来るなんて、ついこないだまでは思っても見なかった。そこにいたのはユッケさんと雅人さん、それと見覚えのない二人。
「今日は・・・どなたが来てるんですか?」
「ムカデさんは仕事だってさ。呉羽さんとムリクリさんは用事。オイチさんはフラット専門なんで、あんま公認はこないかな。ま、僕も立体は正直苦手な方なんだけどね。」
「俺らみたくフラット一辺倒だった古参レーサーにとってもツライとこだが・・・かといってやらないってのもつまらんだろ、なぁ?」
「そうだな。」
そう言いながら、立ち枯れさんとNコードさんがピットへ戻ってきた。
「あ、こんにちわ。・・・もしかして、Nコードさんも?」
「いや・・・今日はまだ見学だ。立体用のマシンは、まだ見いだせていない。」
「そいつも早いとこ見いだしちゃってくれよな。年寄りが元気なとこ見せないと盛り上がらんだろ?」
年寄り、といっても三十代前半くらいのはずだが、第一次ブームから走らせてるから、ミニ四駆歴としては一番長い部類に入る人たちだ。
「それ知ってる・・・ローガイってやつな?」
「おー壮太よく知ってるなーって、違うだろ!」
「え、そうなの?」
ところで、あとは見知らぬ二人のレーサー。俺の視線に気づいてか、ユッケさんが声を掛けてくれた。
「あ、ヨックは初めてだっけか?やさぐれさん、ころりんさん、チョチ。」
先に応じたのは大柄で体格のいい、二十代半ばくらいの人。関西弁っぽい口調でややぶっきらぼうに話す。
「ん?あー最近来てるっちゅージュニアの?沢崎や。まーもっぱらやさぐれ言われとんねん、好きに呼んでくれや。」
「あ、よろしくお願いします。」
もう一人は細身でジャケットを羽織り、眼鏡を掛けた大学生っぽい人だ。
「翼駆り君だっけ?僕のことは、ころりんとでも呼んでくれ。」
「はぁ?のっけから自分、噛み噛みやなー。ろ、り、こ、ん、やないかー?」
「やさぐれさんってば!初対面の健全そうな少年の前でそのネタやめてくださいよー。僕の爽やかな第一印象が、」
「アホ。」
「ちょ、最後まで喋らせてくださいよ!」
とりあえず、楽しげな人たちであることはわかった。そんな二人のやりとりより、今は気になることがある。
「なー翔司郎、コース見に行こーぜ?」
「ん?そうだな。」
ひょっとすると、あいつもメインサーキットの方にいるかもしれない。
「翔司郎も、今日はアイガーの練習狙いなんだろ?」
「・・・まぁな。」
アイガーってのは、公認大会ではもはやおなじみとなったテーブルトップを、さらに高くした台地型セクションだ。より急な登りで飛び出すか、より急な下りで前転するか、あるいは着地の衝撃がでかくてバウンドするか。ちょっと台が高くなっただけなのに、その難易度は今までのテーブルトップとはわけが違った。オープンクラスでは最近定番になりつつあるが、ジュニアクラスではそこだけ従来のテーブルトップに置き換えられてることが多く、まだ実際に走ったことはない。
「いずれ、ジュニアクラスでもアイガーやるようになるだろうしな。立体は遅れてる分、ちょっとでも先手打ちたいってのもある。」
「おー!言うじゃん?・・・あ、あいついる!」
「ん?」
壮太が指差す方を見ると、奈緒がいた。ちょうど、何人かの大人レーサーに会釈してるとこだった。
「昨日優勝したって?おめでとうね。」
「ありがとうございますー♪」
あいつがミニ四駆界で顔が広いってのは、本当らしい。見ていると、さっきから行き交う人行き交う人に声を掛けられっぱなしだ。そっち見あっち見しながら歩いてくる奈緒がすぐそこまで来ると、壮太は茶化すように声を掛けた。
「ありがとーございますー、だって!」
「なによ・・・あら、あんたたちも来たわけ?」
「まぁな。そっちは?」
「今日は、伊緒ちゃんの応援ってことで。」
つまり、奈緒は走らないらしい。こいつも、伊緒とかち合わないよう気を遣ってるんだろうか。似てなさそうで、やっぱり姉妹なんだな、と俺は思った。
「あいつ、来てるんだな。」
「ここにいたのか・・・やっと見つけたよ。」
「翔司郎か。」
伊緒はリュックを担いだまま、相変わらずメイド姿の叶さんと一緒にコース脇にいた。後から来た壮太はコースをぱっと見渡した後、怪訝な声を挙げる。
「あれ?あれれ?アイガーないじゃん!」
これには奈緒が答えた。
「なんか、前回のオープンだか輸送中だかに破損して修理中らしいわね。今朝フェンスが一部割れてるの見つかって、急遽普通のTTに変更したって話よ。」
そんなわけで、TT、つまりテーブルトップはそのまま。その少し前に芝生セクションが追加されてるが、他は昨日のジュニアクラスと変わらないレイアウトだ。
「あーあ。ま、それならそれでいいけどな。気楽だし。」
壮太の言う通り、戦う上では負担が減る。内心、俺も少しほっとしていた。
「いよいよだな・・・ん?」
そんなコースを見つめるにしては、伊緒の表情は、なぜか渋かった。
『さぁ、トップのエンペラーがなおも引き離す・・・しかしここでコースアウト!トップは変わって?』
『ゴール!おめでとうございます。』
見事襷を受け取る・・・誰かを横目に、俺はやや遅れてきたドライブウイングを拾い上げた。俺のマシンは昨日の小径MSシャーシにハイパーダッシュモーターを積み、速度は十分上がってる。フロントのマスダンパーを重いものに変えたせいか、テーブルトップからの着地もなんとか押さえ込んで完走できた。悪くない走りのはず、しかし、トップ二台には追いつかなかった。
「やっぱ、大人相手はツライか・・・いや、」
俺より遅かった二台も大人だ。そちらも見た感じセッティングは的確、レーサー自体も不慣れな印象は感じられない。やはり率直な感覚としては、トップ二台が妙に速かった、そんな風に感じられた。コースから離れて車検場の列を見ると、もう少しのところに壮太が、そして最後尾の方には伊緒がいた。俺はピットへ戻る前に、人通りに面した伊緒のそばへ寄った。
「これからか?」
「・・・今走らせてた翔司郎のマシンは、昨日の?」
「あれからは特に変えてない。おかげさまでダッシュモーターでも完走できたんだけどな。・・・お、そろそろ壮太が走るな。」
コースに目を戻すと、ちょうど壮太を含む五人のレースがスタートしたところだった。あいつのエスペランサは大径ホイールに薄手のローハイトタイヤを履かせた、いわゆる中径タイヤとダッシュモーターという組み合わせ。タイヤの径が少しでかい分、俺のマシンより幾らか速いはずだ。確かに快調な走りで、テーブルトップも無事クリアできてる。しかし、ここでもさらに上が一台いた。
『マンタレイMk-Ⅱ、これは速い!二位のアストロブーメランを引き離します!』
「壮太のは中径ダッシュ?」
「そのはずだ。それで負けるってんだからあのトップ、よっぽど速いな。」
伊緒のマシンはガンブラスターファルシオン、シャーシは昨晩有楽町で調整していた、MSシャーシだ。ハイパーダッシュモーターに大径タイヤだから、俺らのマシンよりさらに速度が出せるはずだが。
「駄目だ・・・一旦戻る。」
「え?おい、」
伊緒は急に列を離れ、ピットの方へ足早に去っていった。そこへ入れ替わり、レースを終えた壮太が寄ってきた。
「あれ?この辺に伊緒いなかったっけ?」
「なんか戻っちまった・・・あ、今のレース結局?」
「ぜーんぜん。あのトップ速すぎっつーか・・・なんか知んないけど、バンクもバーンルーフも減速しないのに、テーブルトップ前、芝生のあたりで都合よく遅くなるんだよなー。」
言われてみれば、俺が敗れた相手もそんな感じで、テーブルトップ周辺以外は終始豪速だった気がする。今思えば、それだけのヒントがあれば、彼らがやっていたこと、伊緒がやろうとしたことがなんなのか、気づいても良さそうなもんだった。
「あ、ぼちぼちころりんさん走るぞ。」
ちょうど、ころりんさんがサンダーショットMK-Ⅱをスタートレーンに添えたところだった。マシンは至る所極端に肉抜きされ、しかもローラー六個が全てプラスチック製という異端っぷりだった。マスダンパーは幾つか付いてはいるが。
「・・・軽そうだな。」
「ころりんさんは軽さが命でさ。でも速いぞ?ほら、勝ってる。」
中径ダッシュだろうか、確かに速い。コーナーでの走りも軽やかで、プラローラーとは思えない切れの良さだ。しかし、
『出だしからダントツトップのサンダーショット、今テーブルトップを越え・・・られない!』
速度が出過ぎていた。テーブルトップの登りでブレーキが掛かったように見えたが、勢いは落ちきらず。着地で転がり、しかもコーナーのフェンスにぶち当たったところでマシンは弾け飛び、部品を撒き散らしながら転がっていった。
「あちゃ・・・いっつも勝つか散るか、どっちかなんだよなー。」
完走できる最低限の強度、といったとこか?潔いというか、趣味というか・・・。
「そういや、やさぐれさんは?」
「翔司郎走るちょっと前、襷とってた。でもあの速度で残れっかな?今日、偉く速いマシンちらほらいるし。・・・戻るか?」
「んああ・・・いや待て、」
俺はスタートレーンを見つめたまま、壮太を制した。いつの間に列に戻ったか、伊緒がちょうど走るところだった。その手にあるのはもちろんファルシオン・・・しかし、特徴的なリヤサイドガードがちらりと目に入る。さっきまでの立体用MSシャーシじゃない。あれはスーパーFMシャーシ、いつものフラットコース専用車の方だ。
「伊緒?」
『スタート!いきなしリードするのは・・・?』
『ガンブラスター、しかもスーパーFMシャーシだ。これは速い!』
この速度域、アトミックチューンモーターじゃない。ダッシュと名の付くやつに違いない。しかもシャーシやローラーは高速フラットコースのために、無加工ながら徹底的に抵抗を低く抑えられている。おまけに大径タイヤ・・・これ以上ないくらい、速度重視のセッティングだ。そんなマシンが、いよいよ迫るあのテーブルトップを越えられるはずがない。しかし、
『芝生で減速して、そのままテーブルトップを・・・クリア!さぁまた加速していきます!』
その走りはまさに、俺や壮太が破れた相手マシンと同じ・・・いや、それ以上に明確な減速と、圧倒的な速度を見せていた。
「一体、何をどうしたってんだ?」
Intermission
御堂姉妹のピットに向かうと、ちょうど俺が気になってるのと同じようなことを、奈緒が聞いていた。
「ちょっと伊緒ちゃん、どうゆうことよ?それ・・・スプリントダッシュモーター?そんなの積んだら、」
「スーパーFMのプロペラシャフト受けは太い、だから他のシャーシほどは磨耗しない。それにオレンジのクラウンギヤなら、ダッシュモーターに十分耐えられる。」
もう一つ、壮太が不可解な点に気づく。
「しかも伊緒、ブレーキつけてないじゃん!?・・・なんで?」
確かにファルシオンのリヤバンパーの下、立体車なら何かしら付いてるはずのブレーキが見当たらない。せいぜいフェンス引っ掛かり防止のパーツがあるだけ。見る限りはフラット用の大径マシンそのもの、それに回転数最高のスプリントダッシュを積んだら、完走できるはずがないのに、だ。
「いや・・・ブレーキなら、ある。」
伊緒は周囲にふと目を走らせ、それからファルシオンを持ち上げ、その腹を見せてくれた。SFMシャーシの平らな下面には、横長く切った青いスポンジが平行に二列、貼り付けられている。
「は・・・?そんなとこにブレーキ貼ったって、登りも下りも路面に当たらないんじゃ。」
ブレーキは前輪より前か、後輪より後にあれば、アップダウンでマシンが傾斜に入ったときに路面を擦ることができる。それが前輪と後輪の間じゃ、路面に触れるはずがない。バンクとかで減速しない理由はそれでわかる。しかしなぜ、肝心のテーブルトップ前だけ減速できるんだろうか。
「腹ブレーキ・・・そうゆうことね。」
「腹?路面に触れないのにブレーキになるのか?」
飲み込めない俺より先に、壮太が納得したように声を挙げた。
「あー!あーなるほどなー。」
「壮太、わかるのか?」
「芝生の毛先は当たるってことか?」
「ああ。新品でもない限り、芝生セクションには轍ができてる。進行方向に対して垂直にスポンジ貼っておけば、毛足が長い中央の芝が当たって減速できる。特に今日みたいなレイアウトなら・・・おおっぴらに公言したくないテクだ。」
それなら、テーブルトップ直前の芝生でブレーキし放題だ。ついでに大径タイヤなら再加速もしにくいから、低速のままテーブルトップを無難に越えられる。芝生一つ増えただけで昨日から一変、速度一辺倒勝負のコースに様変わりしたということか。
「気づいたレーサーはすでに何人かいるはず。でも、純粋なフラットマシンをここに持ち込んでる人間はそうはいない。しかも下り坂で浮き上がりにくいFMシャーシなら、ギリギリを狙える。・・・今日のは全くの高速コースなんだ。こいつの駆動系に頼らなきゃ、勝機はない。」
「でも、そんな速度でもしコースアウトしちゃったら、」
「腹ブレーキは前にもやったことがある。加減はわかってる・・・たぶん、問題ない。」
そう言う伊緒の顔にちらりと覗くのは、不安だろう。どんなに速度出しやすくても、テーブルトップがある以上、立体コースに違いはない。万が一コースアウトすれば、駆動系かバンパーか、いずれフラット車のスペックに関わる部分にダメージが及ぶのは必須だ。この必勝策には、そんなリスクがある。
「で、結局残ったのはやさぐれさんと立ち枯れさんだけですか。」
それが、日吉勢の成績だった。俺と壮太も、午後の一時予選に敗退していた。俺はリヤブレーキを外して腹ブレーキを真似したが、芝生の途中で止まるという惨めなオチで終わった。伊緒が言うに、腹ブレーキで浮いた分、小径だとタイヤが轍に届かなくなり、路面を十分蹴れなくなるという。とにかく豪速をブレーキさせることしか頭になく、ブレーキが効きすぎることなんて考えてもいなかった。これはもう反省するしかない。
「僕のマシンが軽やかに駆け巡る様を見せられなくて、残念だったよ。」
ころりんさんが俺に言うと、すかさずやさぐれさんが茶々を入れる。
「お決まりの潰れちょる様は見せられたからえーやろ?」
「やさぐれさん、キツいなぁ・・・。」
「でもそのマシン、大丈夫なんですか?」
「この切なさを胸に・・・また、せっせと削るさ。」
ころりんさんの軽量マシン、あんだけ肉抜きだらけだと、作るにはかなり手間かかってるはずなんだが・・・あのダメージじゃほぼ、作り直しになるんだろう。
「あれ?立ち枯れさんはいつものマシンで勝った?」
「まぁな。ローガイの力、見せてやったぞ?タイヤは超大径に変えた、ブレーキも少しいじってる。」
立ち枯れさんはニヤリとして壮太にマシンを見せる。井桁化されたスーパー1シャーシ、超大径タイヤ、アトミックチューンモーターと、まさしくフラット車の装備。そして、リヤブレーキはスポンジなど貼っていない、FRPそのままというものがついていた。Nコードさんはそれを見て、即座に呟いた。
「芝ブレーキだな。」
「お、鋭いな。超大径とはいえアトミックで走るからには、減速は最小限に押さえたい。テーブルトップ前だけ、正確には芝だけで減速させたいなら、スポンジもゴムも貼る必要ないってわけだ。」
つまり、目の付け所は伊緒と同じだ。FRPの横板だけで芝の抵抗を受け、減速する。スポンジとか無いから、アップダウンの入り口で路面を擦っても大した減速にならない。
「でも、立体にそんな井桁マシンなんて使って、駆動系やられたりしませんか?」
「なに、こいつはあくまで立体用。古くなったフラット用井桁を立体に転用してるのさ。気兼ねなく使えるが性能は抜群!ってわけだ。それにバンパー自体は丈夫だしな。」
「なるほど・・・。」
あくまで立体用ということなら、いい。しかし・・・伊緒のファルシオンはというと、あれはまさに現役のフラット専用車。俺と壮太が勝てなかった、それだけの性能を誇るマシンだ。
『それでは、オータムGP3rdオープンクラス、二次予選を始めよう!』
『襷をお持ちのレーサーはどうぞ、車検場へお越しくださーい♪』
やさぐれさんと立ち枯れさんを車検場まで見送った後、そのままとどまっていると程なく、伊緒が現れた。
「・・・翔司郎、どうした?」
「いや・・・やっぱり、そいつで行くのか?」
奈緒も同様に言った。
「あたしも反対はしないけど・・・。ま、ついこないだまでフラット立体ごっちゃの人もいたわけだし、いまだにそういう人もいるわけだけど、」
「伊緒がやる気だってんだから、いーじゃん?珍しくかっ飛ばせるコースなんだし、思いっきりかっ飛ばして来なよ!」
壮太があっけらかんというと、なんだかそれでいいような気もしてきた。本気で勝つつもりだからこそ、伊緒はこの選択を選んだ。さっきのレースを見る限り、テーブルトップの挙動はしっかり安定してる。単に俺は、ころりんさんのマシンの散り様に当てられてるだけなのかもしれない。ピットの留守番は叶さんに任せ、執事の武之進さんが昨日と同様、ビデオカメラを片手に付き添っていた。
「伊緒お嬢様、ご武運を。」
「うん。」
車検場の列へ何人かが入っていくのに巻き込まれるようにして、伊緒はその奥へ進んでいった。
『おおっとここでコースアウト!』
『今のマシン、井桁ってやつでしょうか?公認大会では珍しいですね。』
立ち枯れさんのマシンのことだ。今、テーブルトップの着地で跳ね、敢えなくコースアウトした。
『トップは変わって・・・ここでゴールだ。』
マシンを拾った立ち枯れさんは、コース脇で観戦する俺らのところへ寄ってくる。すぐさま、Nコードさんは言った。
「タイヤか?」
「かもな。堅く作っちゃいるが、速度が乗ると危ないらしい。」
超大径のタイヤは重量増加を防ぐのと、グリップを適度にするため、極端に細く削られている。
「超大径のせいで跳ねたってことですか?」
「細いから多少たわむんだろうな。接地面が少ないのもあまりいいことじゃない。向いちゃいないのはわかっちゃいたが・・・やさぐれは?」
「まー速度負けですわ。立ち枯れさんほど見せ場もなく。」
やさぐれさんのマシンは順当な立体車らしいセッティングで、ダッシュモーターに中径タイヤ、MSシャーシ。いい走りだったが、伊緒や立ち枯れさんのマシンような、フラット車同然の豪速が出せる相手には分が悪い。
「さて、そんでぼちぼち伊緒ちゃんだな?」
「ああ。順当に完走できれば、あのファルシオンなら十分優勝を狙えるだろう。」
Nコードさんは確信めいて言っていた。
『それでは二次予選第九レース、行きますよー?スイッチオン!』
伊緒がファルシオンを中央の第三レーンに添える。そして、
『スタートだ!』
シグナルが青に変わった。最初のコーナーとバンクで、速くもファルシオンがリードを見せ始める。そして芝へ突入し、首尾よく減速する。俺のマシンみたいに止まる様子はない、ブレーキの調整は的確だ。そして再加速しきらないまま、テーブルトップに突入する。
『トップはガンブラスター!テーブルトップを無難にクリアした。続く三台と遅れる一台をさらに引き離す!』
二周目、ガンブラスターは後続に対してストレートセクション二枚分の差を付けていた。相手はもちろん大人レーサーばかり、しかし幸い、伊緒と同じ戦法のマシンはいないようだ。
『トップ速過ぎますが・・・また芝生で減速しました!すごいですねー!』
おもしろいほど完璧な走りだ。無難にテーブルトップをクリアし、それからまた猛烈に加速する。
「ブレーキの負担はでかいはずだが、伊緒が固定で抜かるとは思えない・・・このまま、行けるはずだ。」
「よし、行っけー!」
Nコードさんも壮太も、なんら心配ないという風だった。そんな、矢先だった。
『ガンブラスター、ここでレーンチェンジに・・・おおっと!?何が起こったんでしょうか?』
バンクタイプのバーンルーフチェンジをノンブレーキで駆け上がり、折り返して下るとこまで、何もおかしなとこはなかった。しかしその下りきったところで突然、ファルシオンは何かに衝突したかのように弾け飛び、気づけばコース外に転がっていた。突然の出来事で、その先の芝生、テーブルトップへと目で追っていた俺は、一瞬ファルシオンを見失ったくらいだ。
『ガンブラスター無念のリタイア!トップは変わって・・・、』
駆け寄った伊緒はバーンルーフ脇にしゃがみ込むと、あたりに散った部品を拾い始めた。ここからじゃよく見えないがその様子から、相当なクラッシュだったことは想像がつく。それから、コース脇に控えていたスタッフがバーンルーフの下りに何かを見つけ、次のマシンが来る前にさっと拾い上げる。灰色のボディのようなものだった。
「伊緒!大丈夫なのか!?伊緒・・・うっ、」
人混みを掻き分けそばまで寄った俺は、そこに凄惨な光景を見た。バンパーは衝撃でFRPごと外れ、そしてファルシオンの特徴的な肉抜きボディは、真ん中で砕けていた。
「・・・大丈夫だ。パーツは、全部ある。」
「そんな、大丈夫なわけ・・・、」
「伊緒ちゃん!・・・ちょっとそれ、まさか、」
わずか遅れて駆けつけた奈緒は、スタッフが拾い上げた問題の落とし物を見て、絶句していた。それは灰色のボディにFRPやら錘やらが付属したもので、そこそこ重そうに見える。そしてその真ん中には、俺らのマシンが積んでるのとよく似たGPチップがあった。ただしそこに描かれたマークはデュエルエッジじゃなく、半分に割った仮面のような図案だ。奈緒が唇を噛み、呟く。
「クグツ衆・・・やってくれるじゃない。」
「クグツシュウ・・・クグツ衆って、なんなんだよ?なぁ?」
壮太の問い掛けに、答える者はいない。
次回予告
翔「どうなってんだよ、おい。あのクラッシュは故意だってのか?」
奈「残念ながら、そのようね。」
翔「だいたい、クグツ衆ってなんなんだよ?」
奈「あんたは知らないかもしんないけど、割と知られたある闇サイトのことよ。」
翔「闇サイト?それが何の関係があるってんだ?」
伊「関係なら、ある。いずれ、何らかの妨害工作が及ぶことはわかってた。なのに・・・。」
奈「あんたたちにも、これは話しておいたほうがいいわね。」
壮「えと・・・じゃあ、オレにもわかるように、頼むな?」
伊「次回エアーズ、Flag015【遠き日のResolution】」
壮「チェッカーラインを見逃すな!なぁ、ファルシオン・・・直るのか?」
伊「直してみせる、必ず・・・。」
翔司郎「この物語はフィクションです。でなけりゃこんなこと、あってたまるかよ・・・。」




