Flag-013【オータムGP3rd開催!栄光への切符】
『各車一斉にスタート!さぁトップを行くのはアバンテ!』
一斉・・・じゃない、出遅れた。俺のドライブウイングは一群を追ってバンクに突入し、コーナーを曲がり、じわじわ速度が乗ってくるが、やはり追いかけるポジションのままだ。
『テーブルトップは?・・・お、みんなクリアしましたね!』
今日はここで飛ぶ心配はなさそうだった。俺のドライブウイングはいつものTZXシャーシじゃなく、MSシャーシに乗っている。ボディ以外は余りもんのパーツで組んだ、本日デビューの立体コース専用車だ。ローラーは大昔に使ってた9mmベアリング、軸受けは丸穴ベアリング。タイヤは普段フラットコース専用車では使うことがない小径。ジャンプ対策としては、今日はバンクもあるんでスポンジブレーキを程々に効かせ、マスダンパーは小さいのを二つと最低限に抑えた。
『二周目のテーブルトップは・・・残念、二台リタイアですねー。』
ドライブウイングは踏みとどまった。先を行く残る二台に、まだストレートセクション二枚分以上引き離されてるが。午前の一次予選ではハイパーダッシュモーターの過剰な速度でコースアウト。その反省からトルクチューンモーターに変更して出力ダウン。代わって、とことんポケットのホカロンであっためた新品アルカリ電池を積んだ。が、ご覧の通り、速度域は全く足りてない。
『残る二周!このまま決まるか?・・・ここでトップがコースアウト!さぁどうなる!?』
それでもまだ二位との差は十分ある。人の不幸を願うのもどうかとは思うが、次のテーブルトップで相手が転がってくれれば、棚ぼたもあり得る状況なんだが。
『ゴール!ナイトロフォースの選手は襷を受け取ってくれたまえ。』
棚ぼた狙って遅くした訳じゃないし、どのみちこの速度じゃ、この先戦いようがない。俺は自ら戻ってきたドライブウイングを拾い上げると、コースを離れた。
「見てた。ちょい遅くね?」
コースの外には、首から黄色い襷を下げた壮太が待っていた。
「・・・ああ、わかってる。」
十一月頭の土曜、上野公園のフットサル場は三百人を越えるミニ四レーサーで埋め尽くされていた。前回参加したオータムGP2ndに比べれば、やや少ない。
『さぁオータムGP3rd、午後の一次予選もいよいよ大詰めだ。』
『午後一度もレースに参加されてない方は、急いで車検場へお越しくださーい。この後は続いて二次予選に進みたいと思います。』
『襷を持った選手諸君はマシンの準備を怠りなく。年間チャンピオン戦への切符は残る二つ。今日を逃せば来月の本戦当日に開催される、ウィンターGP1stのみだ。』
ミニ四ノーブルが言うように、一年を通しての公認グランプリ自体も、年末を前に大詰めだ。ここで、アシスタントMCを務める声優の近世もよりが補足する。
『あ、ちなみにですね、今回のオータムGP3rdは土日開催となっております。本日はジュニアクラスのみですが、明日日曜は大人も参加できるオープンクラスとなります。ジュニアレーサーの皆さんもオープンクラスに参加できますので、腕に自信ある方は明日も振るってご参加ください!』
そんなわけで、今日はジュニアレーサーとその親御さんで半々といった感じだ。日曜のみ開催のメーカー公認大会に比べれば、中学生以下のジュニアに限られてるから参加者は少なくなる。それでも三百人越えってのは多い方で、最近だんだん増えつつあるという。
「やっぱ小径トルクじゃ無理か。」
壮太のマシンみたく大径にすればそれなりの速度になったはずだが、大径ホイールは主力のフラットマシン用に取っておきたい。それに立体コースじゃ小径タイヤにダッシュモーターってパターンが主流とあって、慣れないセッティングながら押さえておきたいとも思ったんだが。
「大径でもトルクは正直キツいぞ?だんだんみんな飛びにくくなってるし、速度も上がってきてるんだよなー。」
比較的歩きやすい会場内を壮太と戻る。スタンド席とフットサルコートを仕切るフェンス脇に、俺らはレジャーシートを広げて陣取っていた。バッグなどはそこに置きっぱなしで、お隣さんに番を頼んだ。
「お疲れさま。これでお帰りかしら?」
そのお隣さんは折り畳みのデスクとイスを持ち込み、足を組んでゆったり座っていた。中にはこういう準備のいいレーサーもいる。机の上にはスーパーXシャーシに載ったシャイニングスコーピオンが、出番を待ち構えている。
「この後ちと用もあるが・・・ま、お前ら負けるまでは見届けてやるさ。」
「な!優勝候補に向かって言うじゃない?」
「え、奈緒そんな強いか?」
「・・・せいぜい油断してなさい。」
壮太の茶々に、奈緒はふんっとして言った。その手首には壮太のと同じ黄色い襷が巻かれている。
「それとたけのん、録画はレースだけでいいっての。」
「お嬢様はそれでよろしくとも、ご主人様と奥様はそうは仰らないと思いますが?」
彼女の傍らには、御堂家執事の武之進さんがピシッと立っていた。先ほどから時折カメラを回しては会場内を眺めるように撮り、また俺らのやりとりなども収めていた。それがこいつの親御さん向けとなると、正直俺も気になるんだが。さっきの俺の言い草もあの御堂財閥当主に晒されるのかと思うと・・・今更ながら大汗だ。
「・・・それから、公衆の面前でたけのんはおやめくださいと、」
「わかったわ、たけのんの好きにしてちょーだい。・・・今の下り、消しといてよね。」
奈緒は思い出したように、武之進さんをキッと見上げた。
「あの、俺が戻ってきた辺りから、」
と言いかけたところで、壮太がそれを遮り、隠滅のチャンスを失う。
「ところで伊緒、ほんとにこなかったな?」
一次予選はこれで終わろうとしている。車検場はもう締め切られていた。しかし、あいつはいない。
「伊緒ちゃんが行かないって言ってたんだから、そりゃこないわよ。ああ、今日は新小岩でフラットの大会あったかも。」
「似てない姉妹・・・実はお前ら、仲悪いのか?」
壮太がわざわざ声を落として聞くと、奈緒はそうでもないという様子で答えた。
「そんなんじゃないわよ。伊緒ちゃん、最近は各地の店舗大会巡りに熱心でね。もちろん一緒に行くこともあるけど、レギュレーションに寄っちゃお互い向き不向きもあるし。・・・それにしても、今日はこっち優先すると思ったんだけど。」
つまり、奈緒にとっても意外な不参加ってことらしい。以前、立体車への取り組みを熱く語っていただけに、俺も意外だった。すると突然、話半分で聞いていた壮太が急に声を上げた。
「あ、あいつ!おーい!」
「ちょっとあんた!人に話させといて、」
壮太がすぐそこを通り掛かった少年の肩を掴む。ついでに何を思ったか、壮太はニヤニヤしながら掴んだ手の人差し指を立て、ほっぺ待機していた。少年はしばし静止の後、言った。
「・・・用がないなら呼ぶな。用があるなら前に出ろ。俺が振り向く義理はない。」
この状況でそんな返しを放った上、少しも振り向こうとしない少年の堅牢さに、端から見ていて唖然とした。壮太はなおも指を立てたまま続ける。
「お、お前なぁ・・・この声、忘れたとは言わせないぞー?」
「だが、思い出す義理もない。」
「・・・ちぇっ、もろくそお堅いヤツだなー。」
ついに壮太が折れて手を離し、肩をすくめて見せた。鋭い目つきで振り向いたそいつの名は、乾一。忘れもしない、いつぞやJCJCオーバルで俺と壮太が完敗した、凄腕のジュニアレーサーだ。左手を突っ込んだポケットからは、黄色いものがこぼれていた。俺が取り損ね、奈緒と壮太が首尾よくゲットした、あれだ。
「お前か、せっかく忘れかけてたんだがな。幸い名前は出てこないが、」
「壮太だよ!負かした相手の名前くらい覚えとけよなー?」
「そんな相手の名前、覚えてなんになる?・・・次はフラットコースでと言ったはずだ。」
「あ、それは覚えてるのか。どっちでもいい、せっかく鉢合わせたからには勝負してもらうかんな!」
「・・・好きにしろ。」
性格に幾らか問題あるのと、言い回しがいちいち癪なのは相変わらずだった。一は去り際、こちらに一瞥していったように見えた。
「・・・あいつとレースしたわけ?フラットで。」
そう言ったのは奈緒だ。
「ああ、手痛くやられたけどな。知ってるのか?」
「ジュニアクラス開催してる店舗大会巡ってたら、ちょくちょく見かける顔よ。トワイライトブレイカー・・・、」
「ああ、あいつのマシンな。ありゃ確かに速かったな。お前もやりあったことあるのか?」
「特にフラットじゃ、天敵・・・みたいなもんかしらね。」
警戒している・・・天敵というニュアンスからして、奈緒もやられたことがあるんだろうか。いずれにせよ、手強い相手なのは確かなようだ。
『それではこれより、二次予選に移ろう。』
『襷を持っている選手は車検場へお越しください!』
俺は壮太に付き添って、車検場の入り口にいた。壮太は列に入っていくジュニアレーサーたちに目を走らせている。お目当ては、あいつだろう。
「お、待ってたぜ?」
一は立ち止まり、しかしあまり興味なさそうな目で壮太を見返す。
「・・・二次予選、一緒に走って勝手に負けるのはお前の勝手だ。だがその襷をふいにしたくないなら、やめた方がいい。」
「どうせ勝ち残ったらいずれ当たるんだしさ。優勝する気あんなら、いつやり合ったっておんなじじゃん?」
あくまで目指すは優勝、二次予選通過とか、そんな途中成績はどうでもいいって口振りだ。そんな風に言い切る奴はそうはいないだろう。優勝できなくても、ちょっとでも後まで勝ち残れた方が普通は気分がいい。
「・・・その襷をどう使おうが、お前の勝手だ。」
一はそれだけ言って列に入っていく。壮太もそれに意気揚々と続いた。
『一次予選同様、五人で走ってトップのレーサーに決勝参加権を与えよう。』
『それでは最初のレース・・・今スタートです!』
列がじわじわと動く中、デュエルエッジが刻まれた専用ケースから、壮太がエスペランサを引き抜く。駆動絡みは大径タイヤにトルクチューンモーター。姿勢制御はフロントのマスダンパー二個とリヤブレーキ、そしてリヤタイヤだけ白いハードグリップタイヤというセッティングだ。
「そんなマシンで、あの自信か・・・。」
「そう言うのはさ、勝った後にとっといた方がよくないか?おー、お前も立体だとMSなんだな!」
対する乾一のトワイライトブレイカーも、以前フラットコースで戦ったときはVSシャーシだったが、今はMSシャーシに乗っている。ボディは形状が特殊なMSシャーシにもフィットするよう加工されていた。こちらは小径タイヤ、おそらくハイパーダッシュモーターだろう。ブレーキは前後に備え、マスダンパーを前後に複数積んでいた。
「フラットはVS、立体はMS、そんなのは定番だ。珍しくもない・・・ん?」
一はマシンに元々入っていた電池を取り外した後、ズボンの右ポケットに手を入れ、それから左も探るようにした。何か無いのか?俺がそれに気づくより先に、壮太はすでに察していた。
「使えよ。」
壮太はビニールを破いたばかりの新品のアルカリ電池四本を、一に差し出していた。
「敵に塩、か?・・・お前、よほど後悔したいらしいな。シュミか?」
「どうかな?オレはお前に勝ちたいんで、負けてもらうってのはゴメンだし。どうせならお互い新品電池で勝負させろよ?」
一はしばらく戸惑ったように、それを見つめていた。
「勝負は譲らない。だが、この借りは返す・・・すまない。」
その根性ひん曲がった口から出るとは思えなかった言葉が、わずか漏れる。それから一は、壮太から見て左から一本目と三本目の電池を引き抜いた。
「いいっていいって・・・まぁこれ、誰かさんの真似なんだけどな!」
その誰かさんにしても、あの人を真似ただけなんだが、と俺は内心苦笑した。
『それでは二次予選第五レース・・・スタートだ!』
シグナルが赤から青へ変わった瞬間、五台のマシンはほぼ揃ってスタートレーンを降りていった。一は最アウトとなる第一レーン、壮太はその隣の第二レーンだ。スタート直後に右コーナー、左バンク、右コーナーと振られ、それから少し直進して右コーナーを曲がり、テーブルトップに突入する。
『まず一周目を終えてトップはブレイジングマックス!若干のリード、各車にそう差はない!』
一のトワイライトブレイカーのことだ。アウトレーンスタートですでにこのポジション、かなり速いはずだ。一方、壮太のエスペランサはまとまった一陣をやや追う形になっている。そのまま、二周目に入った。バンクを降りた直後のコーナーでは、最インの第五レーンのみバンクになって、上って下ると最アウトの第一レーンにシフトする。バーンルーフチェンジという、コースアウトの危険性が少ないレーンチェンジ方式だ。しかし、この上り坂がかなり急で、前後バンパーの下に仕掛けたブレーキが異様に効いて減速する。壮太のエスペランサが目前に追いかけていたナイトロサンダーは、案の定ここで大減速。それをパスして、エスペランサはようやくビリを脱した。
『二周目のテーブルトップを・・・クリア!さすが一次予選通過マシン、そう簡単にはコースアウトしませんね。』
『依然トップはブレイジングマックス、これは速い。』
その間にも一のトワイライトブレイカーはじわりとリードを広げる。そして三周目、ぼちぼちダッシュモーターマシンが速度を落とし始め、壮太のトルクチューンモーターマシンが逆に速度に乗ってくる頃だ。
「今のうちに逃げとけよ?勝負はこっからだ。」
壮太が不敵に呟く。一方、一の方は押し黙って自らのマシンの動きに目を凝らしていた。エスペランサがもう一台、サバンナレオを抜いて三位に躍り出る。モーターが弱く減速させやすい分、壮太はブレーキの利きを必要最低限に落としてるんだろう。エスペランサがバンクで減速する様子は見られず、だんだん他車と遜色ない速度になってきた。そしてテーブルトップへ。
『ここでサバンナレオがコースアウト!順位は変わらず、ですね。』
トップのトワイライトブレイカーはその速度を保ったまま、なんら挙動を乱すことなく滑らかに着地する。ところが、一の表情はなお一層険しく見えた。四周目、いよいよエスペランサがバーンルーフチェンジに突入する。急な登り口でリヤアンダーブレーキが路面に擦れるが、やはり、他のマシンほど目立った減速はない。
「さ、追いついてきたぞ?」
トワイライトブレイカーに対してストレートセクション二枚分の遅れ、しかも最アウトレーンに移っている。さすがにこれは追いつかないだろう。そう思った矢先だった。
「っ!?」
一が声にならない息をもらす。トワイライトブレイカーは勢いが乗った着地で挙動を乱し、それから、あっけなくコース外へと転がっていった。
「うわっ、大丈夫か?」
「今は自分のマシンを心配しろ。」
一はマシンを拾ったスタッフの元へ向かいながら、壮太に返す。コースに目を戻せば、エスペランサはまだ二位だ。
『トップは入れ替わってラスト一周!アストロブーメラン、追いつけるか?』
相手はエスペランサより3レーンもイン側、速度は落ち気味に見えるが、追いつこうにもさすがに分が悪い。
『ゴール!トップのトルクルーザーの選手は決勝参加権を受け取ってくださいね。』
「やったですー♪」
・・・どこか聞き覚えのある、舌足らずな口調だった。
「あああっ!お前いたのかよ?」
壮太も気づいたようだ。手にする白いトルクルーザーは、ボンネットに緑のツインテの少女が描かれた痛車。薄い半券をスタッフから受け取るその女の子は、観音寺雅。一同様、こいつも俺らにとっちゃ因縁の相手だ。
「あ、こないだのおにーちゃんだー。今回は飛ばなくてよかったですー。」
「いや、よくないし・・・はぁ、やっぱトルクじゃムリかー。」
うなだれる壮太の前に、マシンを拾った一が戻ってきた。
「襷をふいにしたのは、俺の方だったらしい。」
「・・・なんだよそれ?」
「はっきり言って速度過剰だった。電池、暖め過ぎだ。・・・お前に絡んだ俺がバカだった、それだけだ。」
攻めるような口調ではないが、その様子はすっかり気が抜けた、という風だった。
「ナイス電池!だったろ?ホカロンと保温シートでバッチシ加熱!・・・でも、トルクじゃ足りないかー。」
ダッシュ系のモーターで完走しないことには、今日のコースでは勝てない。つまり、そういうことなんだろう。
Intermission
「あら、依酉君も一緒なんだ。ごめん壮太、待ったよね?」
見計らったかのようなタイミングで、壮太のお姉さんは会場に現れた。壮太はムスッとした顔で言う。
「・・・ねーちゃんそれ、イヤミかよ?」
「だってこの時間まで勝負長引いてたことないじゃん。・・・ん、帰らないの?」
「どうすっかな。負けを見届けなきゃいけないヤツがまだ残ってるからなー。」
俺らがコースへ目を戻そうとしたとき、不意に、隣で武之進さんが呟く。
「お嬢様、お見事ですぞ!」
武之進さんはコース脇からビデオカメラでレース展開を収めていた。俺らが目を離した隙に、その勝負がついたようだ。薄い半券とクレイモアを手にした奈緒が、意気揚々とコースから出てきた。
「行くわよ。次は三時決勝、念のためニカドも炊いとくわよ。」
「左様にございますか。」
そのまま武之進さんを引き連れ、そそくさとピットへ戻っていった。それを見送ってからのっそり続こうとすると、壮太のお姉さんはそこに立ち止まったまま、呟いた。
「・・・ちょっと何あの子、カワイイじゃん。どこのお嬢様よ?執事?ホンモノ?」
「そ、ホントに執事。」
「あー待って、あの子なんか雑誌で見たことあるかも、ジュニアモデルの姉妹・・・もひとりいるよね?」
「いるね、御堂姉妹。」
「そう、御堂姉妹!・・・ん、ところで御堂って、」
お姉さんは少し思考を巡らせる顔をした後、中腰になって壮太の耳元に囁くように聞く。
「・・・まっさかぁ、あの御堂財閥関係ないよね?」
「そう、たぶんそれ。」
お姉さんが驚くのも無理はない。
「はぁ!?そんな立派なとこのお嬢様とお近づきになれたわけ?やるじゃん壮太!」
「はぁ!?なにがだよ!」
「お姉さん?壮太の?」
ピットに戻った奈緒はマシンから手を離さず、中腰で覗き込む壮太の姉さんをちらりと見上げるようにする。
「姉の葵です。壮太がいつもお世話になっております!」
「いつもじゃないし、お世話になってな、」
言い差す壮太が沈黙する。お姉さんの肘が静かに、軽やかに、しかし正確に、壮太の鳩尾に入るのが、見えた。
「これはこれはご丁寧に。こちらこそ、壮太様にはよくお嬢様のお相手をして頂いております。」
これに、奈緒の突っ込みはなかった。
「ああ!この間お呼ばれしたお屋敷って、御堂さんのお宅だったんですね。いろいろご馳走になったそうで・・・手ぶらでよこして失礼致しました。」
「とんでもございません。お招きしたのはお嬢様の方ですから、どうぞお気遣いなさらず。」
「いえ、そういうわけには、」
葵さん、見た目はちゃらい感じだが、その受け答えは結構しっかりしていた。接客バイトなんだろうか。奈緒は脇目もくれずマシンのメンテに励みながら、ぽそりと呟く。
「壮太のお姉さんにしちゃ、しっかりしてそうね。」
クレイモアのセッティングは以前俺と対戦したときと少し違っていた。グリップが低いハード材質の小径ナロータイヤを装備し、モーターはスプリントダッシュ。リヤブレーキは減速が大きい黒スポンジだ。そして、小さなマスダンパーを前後に複数乗せている。今日のコースに合わせ、さらに調整したんだろう。
「今日、勝てそうか?」
奈緒のこと、もちろん、と自信たっぷり言うかと思いきや、返ってきたのは意外な反応だった。
「あんたは、どう思う?」
こいつでも、緊張することがあるんだな。それが傍目じゃ知り得ない、メーカー公認大会決勝の重さなんだろう。俺は努めて軽い調子で、苦笑混じりに返した。
「そんなん、早々に出番無くなった俺に聞かれてもな。」
「・・・フッ、それもそうね。」
決勝は参加人数次第だが、決勝トーナメント参加権、通称薄紙を手にしたレーサーがまず並び、それまでの予選のように数人ずつレースする。そして勝ち残りが五人以下となったところで、最終戦に移る。今回は一回戦を経て、五人が残った。会場に決勝を告げるBGMが鳴り響く。
『それでは、決勝戦最終レースを執り行おう!。』
『第一レーン、観音寺雅選手!お、すごい声援ですねー。皆さんお馴染みって感じですね。続いては第二レーン、』
公開車検をパスし、大会支給のアルカリ電池をセットした後、一人ずつ紹介されながらスタートレーンに現れる。
『そして第五レーン、御堂奈緒選手!・・・それでは皆さん、よろしいですか?スイッチオン!』
『ミニ四駆オータムGP3rdジュニアクラス決勝・・・スタートだ!』
シグナルが青に変わるや否や、ミニ四ノーブルが号令する。どれが遅れることもなく、一丸となって突き進む。そして最イン第五レーン、奈緒のクレイモアがまず、バーンルーフチェンジで最アウトのレーンに移る。一気に最後尾・・・だが、
「悪くないポジションじゃん?一番減速するとこ先に終わってさ、あと加速しながら追い上げてくだけだし。」
「そうか・・・そうだな。」
この最アウトレーンを乗り切った後は、じわじわ有利なレーンに移っていく。追い上げるポジションだが追われることはない。
「そうなの?いつ見ても速すぎてよくわかんないんだけど。あれ・・・奈緒ちゃんのマシン、どれだっけ?」
「ええぇ!もう?姉ちゃんさ、何見てんだよ。」
葵さんが言うのも無理ない。あのサイズであの速度、しかも複雑にレーンを移っていくのを追うのは、結構しんどい。見慣れない他人のマシンともなると、俺だって見失うことはある。一方、武之進さんは奈緒のお供に慣れてか、ビデオカメラで的確にクレイモアの位置を追っているようだった。全車無事テーブルトップをクリアし、二周目へ。
『トップはロデオソニック!白いトルクルーザー、バイソンマグナムが続きます!』
雅のミクルーザーは常にクレイモアの一つイン側のレーンを走るポジションだ。クレイモアはレーンチェンジの分だけ遅れ、さらにこの先、少しずつ引き離されていくことになる。速度差はそんなに無さそうだから、そのまま最後にもつれ込むだろう。五周目、雅のトルクルーザーはレーンチェンジで減速した上、最アウトのレーンに移る。そこでかわせるかどうかだ。今はまだ、読めない。
『さぁテーブルトップを・・・クリア!素晴らしい、実に鮮やかだ!そして三周目、トップはトルクルーザーへ交代した!』
雅のミクルーザーはセンターの第三レーン、二位のロデオソニックはイン側の第四レーン。クレイモアはアウト側の第二レーンだが、イン側で先を行く二台を着実に追い上げていた。
『四周目、トップは依然、白いトルクルーザーですねー。しかしここでシャイニングスコーピオンが迫ってきました!』
クレイモアの方が、確実に速い。ダッシュモーターのデメリットで二台は共に減速し始めてるように見えるが、この後のコース取りを考えても、有利なのは奈緒の方だ。
「おお、すげーな二人とも!・・・どっちも行け好かねーけど。」
「奈緒、勝てる・・・のか?」
このまま行けば、確かに奈緒は勝てるはずだ。だが、勝負に絶対がないのが立体コースだ。少なくとも最後のテーブルトップを越えるまで、完走できるとも言い切れない。すでに電池の勢いは落ちてるが、返ってバランスを崩すことだって全然ある。人事じゃなく思えたからこそ、俺はこれまでに感じたことがない程の緊張を覚えていた。当の奈緒はどうだろう?ちらりと見ると、腕を組んで仁王立ちしたまま、しかしその表情にはどこか張り詰めたものがあった。
『さぁ、テーブルトップを無事越えて・・・ラスト一周です!』
『そしてバーンルーフを抜け・・・トップはシャイニングスコーピオンクレイモア!このまま逃げ切るか?』
予想通り、ここで雅のミクルーザーを大きく引き離す。そしてコーナーを曲がり、最後のテーブルトップへ。登りスロープから跳ね上がったクレイモアの飛距離は、これまでよりやや短かった。下りスロープの手前でフロントバンパーから落ち、そこで一度バウンドし、不穏な挙動を見せる。
「っ!」
ずっと微動だにしなかった奈緒の体が、わずかにテーブルトップの方へと揺り動くのが、視界の端に見えた。クレイモアはフェンスに左バンパーを乗り上げたまま、最後の右コーナーを曲がる。大丈夫、コースアウトはしなかった。だが、乗り上げたまま減速しながら突き進むクレイモアに、遅れたミクルーザーが最アウトレーンで迫ってくる。そして、
『ごぉぉぉぉぉぉぉぉる!』
クレイモアはチェッカーラインを過ぎた後の最初のコーナーでついに止まり、ミクルーザーが追いついたのはその後だった。
『オータムGP3rdファイナルレースがここに決着した!優勝は御堂奈緒選手だ!』
『おめでとうございます!』
マシンを受け取った奈緒の顔にはもう、余裕の笑みが浮かんでいた。
「ご立派ですぞ、奈緒お嬢様!」
「すっげ、あいつホントに勝ちやがった!」
それにしても、自分の勝負でもないのにこの白熱感、まだ収まらない高鳴り、これは・・・。俺は自分の周りを見て、その訳に気づいた。応援すべき仲間と参加した公認大会ってのが、今日初めてだったってことに。
公認大会敗退後にレーサーが流れていくのが、メーカー直営店の有楽町オフィシャルガレージだ。ここには公認大会同様の5レーンタイプのコースがあり、特に最近は立体コースの場合が多く、公認大会の練習にはもってこいだ。俺も、今日はその流れに乗るつもりだった。今回、立体用にMSシャーシをこしらえたはいいが、正直走り込みも調整もろくにできてなかった。
俺が着いたのは、もう暗くなりかけた時間だった。仕事帰りの大人でも寄りやすいよう、夜八時かそこらまではやってる。まぁ、走れて二時間くらいってとこか。地下の多目的スペースに入ると、俺は見覚えがある姿を見つけた。コース脇に一人立ち、周回するマシンを見つめる、キャップを被った少女・・・なるほどな、と思った。
「ここだったんだな・・・納得した。」
伊緒はマシンを止めて引き上げる。ガンブラスターファルシオン、普段フラットコースではスーパーFMシャーシだが、立体コースではMSシャーシをベースにしていた。
「なぜ?」
「いや、なんとなく、な。こないだの意気込みからして、お前が立体やる気無いってこたないなと思ってさ。・・・そうか。明日のオープンに、出るんだな?」
今ここで練習してるってことは、そういうことなんだろう。伊緒はピットを広げたテーブルへと戻る。傍らにはメイド姿の叶さんが控えており、軽く会釈した。職業メイドなわけだが、家の外までその格好とは・・・ちょっと引く。
「奈緒のマシンは最近調子よかった。だから、今日は勝てると思った。」
「それ、身を引いたってことか?」
「あたしは、スプリングGP2ndで取った切符がある。」
「・・・そか。お前ら、そういう仲なんだな。」
双子って割に棲み分けできてるっていうか、ここまで性格からして被らないってのも珍しいかもしれない。まるで、受け継いだマシンの性質の如く、だ。
「あたしのレースは、明日だ。」
次回予告
翔「俺のレースは、今日だ。」
壮「はぁ?何言ってんの。」
翔「え、お前もオープンクラス、出るのか?」
壮「ま、勝っても負けてもいい練習にはなっからな!」
奈「あたしは伊緒ちゃんの応援ってことで。」
伊「奈緒・・・うん。セッティングは煮詰まってる、相手が誰だろうと引けは取らない。」
翔「コースレイアウト、ジュニアとオープンで少し違うんだったよな?確か芝生とアイガースロープがついて、」
壮「あれれ?噂のアイガーだけ無いじゃん!」
伊「まずいな、このコースレイアウトは・・・。」
翔「次回エアーズ、Flag014【顔無き刺客】」
奈「チェッカーラインを見逃すな!・・・伊緒ちゃん、ちょっとそれ!?」
伊「仕方ない、今は、こいつに頼るしかない!」
ノーブル「この物語はフィクションだ。しかしミニ四レーサーの魂は本物・・・君たちも誇り高き走りを見せてくれ。」




