Flag-010【黄昏を破る者】
「なんだかなぁ・・・。」
俺は小雨に降られる中、そそくさと歩きながらぼやいた。駅を出た途端、降りそうで降らなかった空の下、アスファルトがポツポツ言いだした。傘はない。傘が要らないこと前提の用向きで出てきたんだから、しょうがない。知らない住宅街の中、建物の壁寄りに歩きながら、パソコンで打ち出した地図を辿る。行き先はそんなに遠くはない。
「リブラン鶴見・・・ここか?」
五階建てくらいのマンションを見つけ、中へ駆け込む。これ以上は傘なしじゃちょっと、というくらいの雨足になってきた。この先、しばらく降るんだろう。ため息混じりに外を眺めた後、俺は上の階へ向かった。
ある一室の前、俺はインターホンを押そうとして、一端指が止まる。中学に上がってからは人の家に遊びに行くなんてあんまないし、ましてや初めて来た家だ。そんな緊張感も抱きつつ、昔を思い出しながらセオリー通りにやった。ホンを押す、程なくして、女性の声が応じた。
『はーい?』
「こんにちわ、依酉と言います・・・壮太君はいらっしゃいますか?」
『イトリ?ああ、壮太の。ちょっと待っててね。』
それから30秒ほど経って、ドアが開いた。
「どうぞー・・・あら?壮太のおっきいお友達にしちゃ若いわね。」
女子高生・・・いつか大会で見かけた、壮太のお姉さんだ。出掛けの身支度中だったか、着替え途中の制服に解けたネクタイを首から掛けていた。
「どうも、初めまして。あの、今日は、」
「あ、聞いてる聞いてる。ちょっと台所で待っててくれる?壮太!?依酉君来たよー?」
お姉さんは髪をまとめ上げ、手首に巻いてあったバンドでポニーテールに束ねた。そうしながら、家の奥へ消えていった。俺は入ってすぐ、電気が消えた薄暗い台所で待った。テーブルに椅子は四つ、すぐに来るだろうと、その側へ立ったまま。台所の棚を見回すと、ティーカップの並びの隣に、金色の四角い缶がしまってあった。先日、御堂家で一服したのと同じ銘柄の紅茶だろう。そういえば前にデパートの地下で見かけたことがあるが、割と高級なもんだった気がする。なので、壮太もいい家の子か、と思ったが、この一室を見渡す限り、さほどそうは思えなかった。きれいに整えられた部屋だが、このマンション自体はそんな高級物件って感じじゃないような気がする。外から見たときもそう思った。
「よー翔司郎!待った?」
「いや。それよか、雨降ってきたぞ?」
「マジで?自転車乗れないくらい?」
「まぁ、俺なら普通乗らないわな。・・・どうする?」
「うーん・・・しょうがねぇ、最終手段だ。なー翔司郎、バスでもいいか?」
「ん?バスでも行けるのか?」
「・・・金さえありゃなー。」
その時、支度が済んだお姉さんが玄関の方に出てきた。
「あ、ねーちゃんちょい待ち!」
「ちょっとバイト遅刻しそうなんだけど、何?あたしの自転車の鍵ならキーボックスの予備使って・・・てか、じゃんじゃん降りじゃん。」
お姉さんがドアを開いた途端、さっきより雨足が強まってる音が聞こえた。
「げげ、ホントに降ってるよ。こりゃちょっとな・・・。ねーちゃん、臨時予算申請!ホビーショップよもぎまでのバス代をお願いします!」
壮太は台所から持ってきた大学ノートを、頭を下げながら差し出した。
「んああ、そうゆうことね。いいけどさ、今月の予算スッカラカンよ?」
「今日の晩飯も作っとくからさぁ。」
「そう?じゃ、お願い。野菜炒めでいいから、材料あったはずだし。でも、こないだみたく片栗粉入れすぎないでよ。」
「あんくらいドロッとしてる方がおいしい気するけどなー。」
壮太がノートに何か書き込み、それを受け取ったお姉さんはそこにサインし、五百円玉を壮太に渡した。それから、ふと俺の方を向いてお姉さんは言った。
「あ、依酉君は傘持ってる?」
「いえ、」
「やっぱ?じゃ、自転車じゃなくて傘貸してあげる。この辺にあるビニール傘、どれ使ってもいいから。大きいのもあるし。・・・じゃ、戸締まり忘れずにね。いってきまーす。」
ドアが閉じて、外の雨音が静かになった。壮太はまた家の奥に入り、バッグを持ってすぐに戻ってきた。
「さて、行くか?」
ホビーショップよもぎは、歩いて行けるような最寄り駅がない場所にある。そこで俺の通学定期券内にある壮太の家に一旦寄って、そこから自転車借りて行く手筈になってた。天気予報じゃ曇り時々雨くらいに言ってたが、油断した。今はもう本格的に降りしきっている。壮太の家のそばの少し大きな通りにバス停があり、十分も待たないうちに市営バスが来た。
「お前んちじゃ、晩飯、お前が作ってるのか?」
「まー、毎日じゃないけど、結構な。掃除洗濯はほとんどやってるけど。」
「お前、マジでしっかりしてんだな。」
「翔司郎はメシ、作んないのか?」
「え?・・・あまりやらないほう、かな。」
しどろもどろにそう答えておいたが、俺は家事らしいもんなんて一切やってないし、たぶんできない。
「母ちゃんも姉ちゃんも働いてんだ。オレだけ遊んでるわきゃいかないだろ?」
「共働きってやつか・・・?」
あのお姉さんのバイトっていうのも、小遣い稼ぎじゃなく家計の足しなんだろうか?それとも、壮太がそう言われて思ってるだけなのか。何にせよ、こんくらいの歳の子がそこまで家事賄ってる家庭ってのは、身近ではお目に掛かったことがない。
バスで二十分かそこら行った先で、俺たちは降りた。ニュータウンってやつか、周囲はでかいマンションと公園ばかり。その中に幾つか商店が集まった一角があり、俺らが向かう店もそこにあった。店内は普通の模型店といった感じで、プラモとかが積まれた棚が立ち並んでいる。コースが見えないのでふと不安になったが、店の奥からはマシンがコーナーを滑る、あの独特の音が聞こえていた。それに、何人かで賑わってるような雰囲気もある。
「ここもそれなりのコースだぜ?」
「らしいな。」
間口の割に奥行きがある店だった。棚を伝って店奥の広いスペースに出ると、そこには日吉同様に60mクラスのコースが設置され、周囲には五、六人の小学生が腰を下ろしてた。いい雰囲気に思えた。が、致命的なことに気づく。コースレイアウトは八の字・・・交差部分はテーブルトップ、つまり、立体コースだった。
「うわぁ・・・完璧しくじった、まじかよー!」
「最近、ツキが無いな・・・。」
立体とはいえ立派なコースを前に、失礼な物言いなのは充分わかってるが、そういうガッカリ感があった。壮太のエスペランサも俺のドライブウイングも、フラットコースを0.1秒でも速く走るため、最高の状態を突き詰めてるマシンだ。飛んだり跳ねたりの立体コースじゃ、着地の衝撃でギヤはすぐ欠けるし、シャーシは痛むし、走らせること自体が自刃行為にすらなる。コースアウトの危険が高いから、そもそもそんな高速性能だって要らないし、そういう細かい差は生きてこない。懐事情から今はやむなく一台を両用にしてるが、本当は立体コース用のマシンを別にすべきだろうと、最近特に思うようになった。
「あ、一応JCJCもあるんだな。」
よく見れば大きな立体コースに寄り添って、三周回って20mとなる、市販セット一つ分のオーバルコースも置かれていた。商品名、ジャパンカップジュニアサーキット、略してJCJC。レーンチェンジ一つと、ストレート二枚、ウェーブ一枚、それを折り返すだけの、もっともシンプルで一般的なレイアウトだ。フラット限定車へのささやかな配慮、といったところだろうか?
「翔司郎、ほんっとにスマン!有楽町の二の舞だな・・・すまねー。」
「・・・まぁ、よくあることだ。」
実際、よくあることだった。ここ最近、ミニヨンネットで調べたコース常設のメーカー特約店巡りをしてるが、確かに立体の方が多いし、最初行ったらフラットだったのに、次に来たら立体に変わってる、なんてことはちょくちょくあった。世間的にも、そういう流れなんだろう。フラットコースじゃ埋まらない初心者とベテランの速度差も、レイアウト次第で限界速度が大幅に制限される立体コースなら、多少はマシになる。それに完走自体が難しいから、速いほどコースアウトの危険性だって高くなる。そんなわけで、異常に速いマシンが我が物顔でコースを独走、ってのがまずないから、ジュニアレーサーや初心者が気分的に入りやすくなるとも言われてる。だから、全国的にも常設コースが立体、という模型店の方が確実に多いらしい。実際、この第三次ブームが盛り上がったのも、メーカー公認大会が立体コース主体になって、間口が広がったからだ。・・・そこは俺だって理解するものの、だ。
「なんなら、今からでも日吉に流れるか?」
壮太の家からならここよりも近いはず。しかし、生憎の雨だ。
「電車賃がない・・・晴れてりゃ自転車で行けるけどな。歩くにはちとあるし。踏んだり蹴ったり殴ったり、だな。」
それに、晩飯当番を買ってまでして稼いだ足代で、わざわざ来た店だ。
「じゃ、今回はまじめに立体練習、と行くか。オータムGP3rdも近いことだし・・・お前も出るんだろ?」
「・・・まぁ。」
普段の元気な物腰とのギャップから、もの凄い落ち込みっぷりなのがわかった。
「オレのマシンは立体でも走れないこたないけど・・・わりぃな。」
「なに、俺のマシンだって走れないこたないさ。立体こそたまには練習しとかないと、いざってときまともに走れなくなるからな。ちょうどいいさ。」
俺のことは気にするな、と言ってもこいつは結構気にする奴なんだろう。そう思えたから、俺は努めて乗り気を振る舞うことにした。実際、立体に乗り気じゃないのは単に苦手だからって節もあるから、敬遠ばっかしてるとタメにならないのもわかってる。
「そだ。ここ、割と古い感じの店だし・・・変わったもんでも売ってないか、先に物色してみるかな。」
「・・・だな。なんかあるかも。」
そう言ってまた、商品棚が建ち並ぶ方へ戻った。パーツの品揃えは、ガーデン日吉よりちょっと少ないくらいか。830ベアリングとか、中空プロペラシャフトとか、よく使うもんがぽろぽろ品切れになってるが、扱ってないわけじゃなさそうだ。俺はそれらパーツ類より、ミニ四駆本体のキットが並ぶ方に注目した。再生産されてない、第二次ブーム頃の古いマシンだとか、そういうレアなもんが残ってる店が稀にある。見回すと、確かに古そうな箱のキットがちらほらある。その中に、俺はこれというもんを見つけられた。
「ブーメラン10GPA!うわ、この店やるな。」
「なんなんだ?」
「愛用してるTZXシャーシの白が入ってるんだよ、これだけ。」
家に一つしかストック無く、もったいなくて使えなかったTZX白。これは買いだ。他にめぼしいもんがないのを認めると、俺はそのままレジへ向かった。こりゃ来た甲斐あったなと気分良く財布を開きつつも、そこで俺はふと思い出した。そういや、壮太は買い物する金もないんだった。なんか、あんまし俺ばっか楽しげにしてるのも、という気まずさを感じる。
「はいお釣りね。ありがと。」
会計を済ませると、俺は隣にいない壮太を探した。壮太は、コースに近い方の店の壁、そこに貼られた何枚かの紙を見つめていた。俺がどう声を掛けたもんか迷いながら近づくと、壮太の方が先に呟いた。
「スゲ・・・オイこれ、マジでか?」
その声は、抑えた驚きに満ちていた。
「ん、どうした?・・・ああ、ここのタイムレコードか。モーター別にしてるんだな。大人とジュニアも別か・・・お、チューン系モーターも何人かいるな。」
壮太の目が釘付けになってたのは、まさにそのチューン系モーターの欄、ジュニアの部。しかもメインの立体コースじゃなく、二、三人分しか書き込みがないオーバルコース、JCJCの方に目線が行っていた。名前は【一】、年齢は【11才】、小五か?
「イチって、ハンドルネームか?タイムは【3.28】秒、か。」
「オレのベスト、ギリギリ3.3秒台・・・こいつ、すげぇヤツかもしんない。」
全長20mのJCJCなら、レイアウトが決まってるし個人でも用意しやすいから、ネット上でタイムを競い合ってるのを見たこともある。基本的な実力を計るには打って付けかもしれない。が、俺はあんま計ってみたことがない。3.5秒は切ってたはずだが。
「シャーシはVS・・・面白れぇ!店長さん、このJCJCのジュニアのベストラップの人、今日来てんの?」
壮太の興奮気味な声に呼び出され、店長さんはカウンターから身を乗り出す。少し離れたそこからタイムレコードが読めたわけじゃないだろうが、壮太が誰を指しているのか、すぐにわかったようだ。
「ん?・・・ああ、ハジメ君だねぇ。だいたいこんくらいの時間に来ると思うんだけどな。まだ、いないね。」
すると壮太はコースのそばまで行って、JCJCのレーンチェンジ出口に近いところへ腰を下ろした。すぐさま荷物を開き、マシンのメンテに取り掛かる。
「よぉーし、面白くなってきた!」
どうやら、立体練習はお預けになりそうだ。
「うわっ・・・これ完走できんのか?」
俺は二度目のコースアウト。今のセッティングのままじゃ速度はともかく、まるで完走する気配がない。追い充電してのタイムアタックは一旦やめて、セッティング変更に取り組む必要がありそうだ。
「翔司郎はJCJC何秒なんだ?」
「あいや・・・真面目に計ったこと無いな。てか、ちょっとなめてた。大して速度乗らないからレーンチェンジ楽かと思ったら、大間違いだな。」
コース全長のうち、直線の数に対して、減速区間となるコーナー、ウェーブ、レーンチェンジが多いほど、速度は伸びにくくなる。その点、JCJCはそんなに速度が乗るレイアウトじゃないと思ってたが。
「レーンチェンジ直後が左コーナーだしな。着地区間もねーし。」
反時計回りの場合、レーンチェンジ出口の下りスロープは緩やかな右カーブ、出口すぐのコーナーは左回りだから、マシンは左右に揺さぶられることになる。下りスロープの終わりまでにしっかり着地できてなけりゃ、そこで弾き飛んでくわけだ。
「逆回りよりかは・・・マシか?」
「かもな。」
このコースを時計回りする場合も結構辛い。レーンチェンジ入口の登りスロープは左カーブだから、右壁に沿って走ることで、下向きのフロントローラーでマシンを押さえつけることができる。ところが直前のコーナーが右回りになるから、マシンは左壁に沿ったままレーンチェンジに突入する。するとスロープの途中まで右壁から離れたまま上ることになり、ローラーによって減速できる部分が短くなる。下りスロープは右カーブ、その後のコーナーも右回りだから着地は幾分気楽だが、たぶん、リスクはこっちの方が高い。
「おっと!・・・ダメだな、こりゃ。」
壮太はフロントローラーのスラスト角を上げてトライしたが、ダメだった。俺は奥の手として、角度調整プレートを使ってプラス3°と、一番急なスラスト角に変更することにした。壮太の方も、角度調整プレートを含むフロントローラー部分をまた弄っていた。
そうやって俺らが試行錯誤してる間に、時折、立体コースを走ってる子供たちも何人か、JCJCにマシンを入れていた。皆ワンランク上のダッシュ系モーターを積んでたが、完走こそするものの、俺たちのマシンほど速くはなかった。立体コース対策で、錘やブレーキを付けてるからには無理もない。それに度重なるジャンプでダメージが溜まり、十分なメンテもされてないんだろう。誰かがJCJCを走るとき、壮太は作業に没頭してるかに見えて、チラッとだけコースに目を向けていた。まずはマシンをコースに入れるとき、これはセッティングを確認するためだろう。そして走って回ってるとき、これは速さチェックだ。そして自分が待ち望む相手でないのを見届けると、すぐに視線を手元に戻していた。あまりに真剣すぎるその様子は返って滑稽なくらいだったが、そんな呑気なことを言ってる余裕は俺にもない。
「よし!これでどうだ?」
セッティングを変更した壮太は、まずは追い充電しないままの電池で試走した。そして、ついに完走する。
「やっぱこれっきゃないな。」
「結局何やったんだ?・・・あれ、スラスト角マイナス1°のまんまか?」
「フロントアンダースタビを擦らせた。どうせバンクとかないから減速して困るとこ、他にないし。」
フロントローラーを固定するネジの下端、そこに取り付けられたボール状のスタビを、登りスロープで路面をこするところまで位置を下げていた。スラスト角は最初と変わらず、それでも完走するようになったってことは、それだけ効果があるんだろう。
「でも、たかがスタビでブレーキ代わりになるのか?」
「いんや、実は大して減速しないって言われた。よくわかんないけど、スタビこすったときにちょっとだけ前のめりの力が加わるから、それだけでレーンチェンジ楽になるとかなんとか。・・・これ、ホントかもしんないな。」
ブレーキ効果がほとんどなくても、これだけ走りに違いが出るっていうのは意外だった。そういう姿勢制御が期待できるんなら、スラスト角を闇雲に急にするよりは効果的かもしれない。・・・やっとスラスト角をプラス3°にし終えたばかりの俺は、まずはこれで行ってみるしかないが。
「よーし!んじゃあいっちょ追い充電すっかな。」
そう言って壮太は壁際のコンセントに充電器を差しに行った。その時、また誰かがJCJCにマシンを投入するのがわかった。俺は特に見向きするでもなく、フロントローラーのネジを締め直した。これで俺も使い掛けの電池で試してみて、それで完走できるなら追い充電と行きたいところだ。
「お前、それ・・・。」
戻ってきた壮太は棒立ったまま、そう呟きかけてこちらを見ていた。いや、正確には俺の後ろか?今さっき、JCJCから聞こえていたマシンの音はすでに止んでいた。
「・・・なんだ?」
振り返ると、ちょうど小学生くらいの少年がJCJCからマシンを引き上げたところだった。身長は俺より下、壮太よりは上といったところ。寝癖が跳ねた、地味な感じの子だが、その目つきにはどこか鋭さがあった。それと、首に巻いた青いバンダナはトレードマークか?・・・そういやさっきからいた気もするが、立体コースを走らせてたんだろうか。
「そのマシン、アトミ大径か?」
「・・・だったらなんだ?」
少年は壮太の問いかけに、無愛想に応じた。ローラーは全て830ベアリング、大径バレルタイヤにアトミックチューンモーター、そしてVSシャーシ。ボディはブレイジングマックスのプリズムブルースペシャルに、肉抜きと大径タイヤ対応加工を施したもんだった。青地ボディの細部に白いラインが入ったデザインで、キャノピーはクリアオレンジ。
「もしやそれも・・・あいや、なんでもない。」
そのクリアキャノピーの奥に、GPチップはなかった。かなり特徴が似通ってるから、もしやデュエルエッジかと思ったが、そんな偶然そうそう続くわけがない。
「ズバリ、お前がハジメだな!?」
「・・・初対面で呼び捨てか。俺の名は、乾一。」
「イヌイ、ハジメ?・・・わかった。一!今からJCJCでこのオレ、佐々薙壮太と勝負だ!」
壮太はエスペランサを突き出し、待ち侘びた相手に早速挑戦を申し出た。乾一はしゃがんだまま、その鋭さのある目でエスペランサを一瞥し、言った。
「そんなマシンで・・・ハイパーダッシュか?」
「バカにすんな!トルクだぜ?」
「トルクだと?なおさら気が引けるが・・・負ける勝負で構わないんなら、やってもいい。」
かわいくない・・・いや、かわいげがあるような奴でもないんだが、その上から目線な言い草、よく口をついて出てくるもんだと呆気に取られた。
「じゃあ、俺も混ぜて貰おうか。」
「・・・そんなリヤバンパーで?別にいいが。」
一は俺のドライブウイングに一瞬目を留めた後、すぐに興味ないような調子で目を逸らした。リヤステーのカウンターブレードにケチをつけた上で。ただ者じゃない雰囲気を感じつつも、正直、ちょっとむかつく奴だ。
俺のドライブウイングも、とりあえず使い掛け電池では完走するのを確認できた。それからすぐ、俺ら三人は決戦前の追い充電とメンテに取り掛かった。乾一は、俺らと同じ1000mAのニッケル水素充電電池を使っていた。駆動系チェック、ターミナル磨きと、メンテの内容もほとんど同じだった。
「あいつ、やるな・・・。」
壮太は小さく呟いた。レースはこれからだが、ミニ四駆の場合、この時点で勝負はとっくに始まってる。小学生でここまで慣れた手つきの奴は、そうそう見かけない。ターミナルをさっさと磨き上げていく手の早さは俺以上かもしれない。
「なぁ・・・聞いてもいいか?」
「・・・なんだ?」
乾一は手を止めることなく、目を逸らすことなく返事した。
「親御さんもミニ四駆、やるのか?」
「・・・いいや。なんでだ?」
「830とか、ずいぶんいいパーツ揃えてるから大したもんだと思ってな。」
「前の誕生日に買って貰った・・・お前のマシンとそう変わらないだろ?」
「まぁ、な。」
他の子がTVゲームとか買って貰うところで、ミニ四駆のパーツを優先するあたり、ホントに根っからのミニ四レーサーなんじゃないかと思えた。そしてもう一つ、気になることがある。俺は遠回しに探りを入れた。
「そのボディ、大径つけられるし、軽そうだし、よく出来てるな。それもお前が作ったのか?」
これには一瞬沈黙があり、それから答えがあった。
「・・・いや。ある店で景品代わりに貰ったもんだ。第二次ブームの頃のものらしい。埃被ってたから、俺が使ってやることにした。」
「なぁ、そいつ名前あんのか?」
壮太はそんなことを聞いていたが、自分のマシンにいちいち名前付ける奴なんて、ミニ四駆界では比較的少数派だ。一がそんなところを気にする奴には思えず、名前なんて無いだろうと思っていたが。
「トワイライトブレイカー、とでも呼んでくれ。・・・店に飾ってあったとき、そう書いてあった。それ以上は、知らない。」
「そうか・・・。」
何か因縁めいたものを感じつつも、それ以上は詮索のしようがなかった。
「本当にやるのか?この狭いJCJCに、三人で。」
言われてみれば、この手狭なオーバルを三台が高速で回って、目がついていけるんだろうか。
「勝負は10セット30周とかどうだ?そんだけ走りゃ差が付くだろ。」
「200mコース想定か・・・いいだろう。だが、追いつきそうになったら引き上げさせてもらう。」
追いつかれたら失格、はあまりないケースだが、競技会規定にもあるルールだ。
「へっ、甘く見てっと痛い目見るぞ?」
コースは反時計周りのまま。壮太がイン、一がミッド、俺がアウトで初っぱなにレーンチェンジブリッジ突入となる。
「じゃあお二人さん、行くぞ?レディ・・・ゴー!」
三台は疾走を始めた。案の定、三台は一丸となって順位を奪い合いながら周回し、誰がリードしてるのかわからないまま1セットを終えていた。
「お、おお?勝ってる?ない?」
壮太も追い切れてないようなので、俺は周回数カウントに集中した。ようやく目が慣れてきたのと、各車の速度差が徐々に現れ、順位が見えてきた。トップは一のトワイライトブレイカーか、壮太のエスペランサか。ここはまさにデッドヒート中で見極めつかなかったが、俺のドライブウイングが若干遅れ気味なのはわかった。やはり、フロントローラーのスラスト角が足を引っ張ってるのだろうか。すでに3セットを終えており、今更レーンチェンジで飛んでいくマシンもないだろうから、ちょっと勝機はなさそうだ。そうこうしてるうちに、いよいよトワイライトブレイカーが一歩前に進み出て、俺のドライブウイングに半周弱まで迫っていた。まだ5セット、完走前に追いつかれ兼ねないペースだ。
「本格的にヤヴァ・・・い!」
と呟きかけたところで、ドライブウイングは7セット目のレーンチェンジブリッジで宙を舞った。不安がないでもなかった俺はレーンチェンジ出口側に控えていて、幸い懐に受け止めることができた。電池も多少は落ち始めてるのに、なんで今更?と思ってコースを見ると、床とフェンスを固定する養生テープがギシギシ音を立て、剥がれかけている。俺らのマシンがコーナーに突入する度、その衝撃がコース全体を激しく揺さぶっていたようだ。
「まだやるのか?」
「まだまだ追いつける!」
壮太は言ったが、ストレートセクション一枚分の差は広がりこそしないが、縮まりもしない。9セット目にもなると、コースの軋みと揺れがいよいよ激しくなってきた。仕舞いにはテープが完全に床面から剥がれ、JCJCはマシンに振られるがままに横滑りし始めた。そして、壮太のエスペランサがレーンチェンジブリッジ上で揺らぐ。
「ちょっ!・・・。」
レーンチェンジ出口の左コーナーで、エスペランサは弾かれるように身を浮かせて飛んでいった。一方、一のトワイライトブレイカーはウイニングラン同然の独走を続けた。そして、
「・・・これで10セット、もういいか?」
「ああ。」
一もしっかり周回を数えていたようだ。トワイライトブレイカー・・・ケチの付けようもない、彼の自信が示す通り、鮮やかの一言に尽きる走りだった。
勝負の後、一はそそくさとマシンと自分のピットを片づけ始めていた。
「あれ、もう帰んのか?まだ時間早いんだし、もう一勝負させろよなー?」
一はまとめ終えた荷物を担ぎながら言った。
「帰る。俺は、自分より速い奴しか相手にしない。」
「んだとー!?」
壮太は憤慨したが、一は本当に帰る気満々といった感じで、引き留めようがなさそうだった。それに引き留めたところで、そうそう勝てる相手じゃないだろう。
「今日はこれ以上やっても時間の無駄だ。どうしても勝負したければ出直してくるんだな。・・・次は、ちゃんとしたフラットコースで相手してやる。」
一はそう言い残し、さっさと店を出ていった。
「っておい、逃げるか?」
一を追って店を出ていく壮太を追って、俺も店を出た。すでに乾一の姿はなく、壮太は一人、店の前で辺りを見回していた。そこで、俺は頭上が明るいのにふと気づいた。
「あれ?・・・雨、止んでるな。」
時間は午後二時前。秋の終わりに差し掛かる季節柄か、雨上がりが少し肌寒い。日は若干黄みがかって幾分低いが、まだまだ眩しい光を湛えていた。
「くっそー!言いたい放題言う奴だったなー、ったく。」
そうわめく壮太に比べ、俺はどこか晴れやかな気分ですらあった。何だろう、この感覚は。負けたのに、鬱屈な感じは全然しない。むしろ希望にも似た、この感覚。それはちょうど、神楽さんのドライブウイングに破れた後のそれに、少し似ていた。乾一・・・あんな凄腕のジュニアレーサーがまだまだいるってことに、俺は少し安心したのかもしれない。
「壮太。まだ明るいし、これから日吉ってのはどうだ?」
「お・・・そうだな!そうすっか?」
すっかり気分も良くなったらしく、壮太は即答した。
次回予告
壮「お?いよいよ次回は立体コースか?」
翔「結構久々だな。・・・ところでこの大会、一体なんなんだ?なんか、女性ばっかり。」
奈「アプリコットティーカップへようこそ。」
壮「・・・なんでアップルティーじゃない?それと、奈緒は呼んでないぞ?」
奈「そうよ、あたしがあんたたちを呼んであげるの!主催者の特権、私的なオトモダチ枠ってやつ。とーっても光栄に思うことね。そこんとこ、わかって?」
伊「ミニヨンネットの女性限定コミュニティ、チーム【L&G】の走行会、それがアプリコットティーカップだ。」
翔「へぇ。お前ら、なんかいろいろやってんだな。・・・で、この子は?」
雅「ミヤのこと知らないとか、お兄さん、モグリですかー?ま、公認大会予選止まりで帰っちゃう人なら知らないかもですー♪」
伊「・・・手強いジュニアはまだまだいるってことだ。」
奈「次回エアーズ、Flag-011【女子供に用がある?Ladies & Girls!な走行会】」
伊「チェッカーラインを見逃すな?」
雅「ミヤはしっかりしてるから速いですー♪」
壮「そういやこいつの白いトルクルーザー、前にやりあった気がすんな・・・勝てたっけ?」
一「この物語はフィクションだ・・・だが忠告しておく。行き先のコースがフラットか立体かは、電話で聞いておくんだな。」




