Flag-011【女子供に用がある?Ladies & Girls!な走行会】
きっかけはミニ四駆専用SNS、ミニヨンネット上で、奈緒から送られてきた招待メールだった。
「すでに開場しております。さぁさ、お嬢様がお待ちかねでございます。」
再び御堂邸に招かれた壮太と俺は、執事の武之進さんの案内でホームサーキットがある大部屋へ急いだ。明るく日の射し込んだ会場には四人テーブルが幾つか並び、本日のパーティー客が十数人ほど見受けられた。ぱっと見、女性ばかりだ。
「・・・あ!今頃来た?あたしの開会宣言終わった後とか、いい度胸だわね。」
開口一番、そんな文句に出迎えられた。言った奈緒お嬢様の出で立ちは、ひらひらとしたレース入りのお洒落な一張羅。とてもミニ四駆をやる格好には見えない。まぁやれないことはないが、雰囲気として何か違う。傍らにいるもう一人の主、伊緒の方はというと、デニムジャケットにショートスカートと、いつも通り動き易そうな服装だ。
「だいたい駅から遠すぎるんだよなー。二十分くらい歩いたぜ?しかもこの辺の道入り組んでるし。」
「はぁ?駅でタクシー拾ったら、御堂家お願いします、ですぐなのに?」
「んな金あっかよ!ったく、育ちのイイお嬢様はこれだからなー。」
壮太が言うのはもっともだ。少しは庶民の財布の中身を察して発言してほしいもんだ。
「ま、そーゆーイイ訳はいいワケ。・・・ところで何か言うことは?」
「・・・は?」
「あー・・・お招きいただきまして光栄にございます?みたいなやつか?」
「ま、よろしくてよ。それじゃ、ざっくりだけど本日の趣旨を説明したげる。」
壮太が冗談っぽく言うのをムッとしながらも聞き流す奈緒。そして伊緒が話を進めてくれた。
「ミニヨンネットのコミュニティ、チーム【L&G】・・・聞いたことは?」
「いや、ないな・・・なんのコミュなんだ?」
「レディースアンドガールズで【L&G】、つまり女性レーサー限定コミュってことよ。その格式ある定例走行会が、このアプリコットティーカップってわけ。」
「どうせならアップルティーにし、」
「うるさい。」
壮太の茶々は奈緒の一言の下に断たれた。
「あそこの長い黒髪の女性のテーブルにある銅の杯、あれがアプリコットティーカップ・・・実は、うちの叶さんの作だ。」
小振りなワイングラスくらいのサイズで、その足は短い。言われてみればティーカップを模したと思われる形状に、杏と思しき何かの実が付いた枝が絡まった、そんな細工が施してある。そこへちょうど、トレーにティーポットを乗せた叶さんが通りかかった。
「メイドの姉ちゃん、何でも作れるんだな!」
壮太が言うと、叶さんは控えめな調子で短く答えた。
「趣味です。」
「そん時に余った銅で作った大皿、確か区役所に飾ってあるのよね。美術展に入賞したやつ・・・それが、趣味ねぇ。」
「恐縮です。」
叶さんは一礼すると、紅茶を注ぎにお客の方へ戻った。
「ちなみにカップを持つあの女性、彼女は前回優勝した天宮薫さん。京都在住ながら全国の公認大会に顔を出す、ベテランレーサーだ。」
「京都?そんなとこからか?」
「他にも、今日はミニ四駆界の名だたる女性レーサーにお集まりいただいてるわ。」
「・・・つか、いいのか?そんな女性ばっかの気兼ねない?みたいな大会に俺たちが参加して。」
「主催者の私的なオトモダチ枠ってやつよ。有り難く思いなさい?」
と奈緒は言い放ったが、伊緒は冷静に突っ込んだ。
「いちお、ジュニアレーサーは男女不問だ。」
「伊緒ちゃん・・・。」
それでも、今日の顔ぶれには他に男子はいない。よく見れば、お父さんと娘さん、という組み合わせも見受けられない。まぁ、この雰囲気だとお呼びでない感というか、居心地の悪さがないでもない。だいたいが二十代くらいの女性レーサーで、小中学生くらいの子が二人かそこら。そんな中で俺は、小さな女の子が母親といるのに目が止まった。
「ミヤねー、これつけてたおかげで一位になれたですー。」
「そうなの?そのそろばんみたいなの、何の役に立つの?」
「これはー、マシンが着地したとき、ぽーん!って浮き上がってー、マシンがぺたーってなる。」
多分壮太より歳下、小学三年くらいだろうか。母親はあの様子からして完全に付き添い、ミニ四駆をいじれる人じゃないんだろう。辿々しい口調とは裏腹に、その子のセッティング変更を進める手つきは確かだった。
「盛り上がってるんだな。そのコミュ、何人くらい登録してるんだ?・・・数十人ってとこか?」
「ミニヨンネット最大の承認制ガールズコミュを嘗めて貰っちゃ困るわね。走行会は毎回こんなもんだけど、ざっと151人ってとこよ。もちろん、ネカマ抜きでね。」
ミニヨンネットは大半のレーサーが登録しているとされる、メーカー公認のSNSだ。レーサー間の交流促進やレース情報の告知により、今や第三次ブームの盛り上がりを支える、無くてはならない場になってる。そこでは普通SNSで言うところのコミュニティが、チームと呼ばれる。主にはこうした定例走行会や模型店の常連同士、友人同士、同じ趣向の人たちの集まりで構成されている。これが横のつながり・・・つまり、仲間みたいな輪をつないでいた。もっとも、俺が参加してるのは未だにチーム【ガーデン日吉】だけなんだが。
「へぇ。女性レーサーって、割といるもんなんだな。」
「ミニヨンネット数千の登録レーサーのうち、女性なんてごく僅か。ミニ四駆界全体にしたってやっぱ幾らもいないわ。・・・でもま、だからこそミニ四駆やってたらモテる、って話もあるみたいだけど。」
「・・・は?」
急に何を言い出すのかと思いつつも、確かにそうかもしれない。公認大会で稀に見かける女性レーサーは、大抵いろんな人、もちろん男ばかりに囲まれて賑やかにしてるような気がする。
「あの環境でほっとかれるワケ無いわよね。だいたい、あの辺のお姉さま方はほとんど彼持ちだとか。無粋な話だけど・・・ま、それもいいわ。ミニ四駆やろうってきっかけになるんなら、なんだって無いよりあった方がいいのよ。」
「奈緒もモテるのか?」
壮太が唐突にイタズラっぽく聞くと、奈緒は自信たっぷりに応じて見せた。
「フンッ、もっちろん!」
「でも、おっきいオトモダチばかりにモテるってのもどうかと・・・。」
「・・・わかってる、それは言わない約束。」
そもそも今のミニ四駆界はオトナ主体。伊緒の突っ込みに、俺はちょっとアブない現実を見た気がした。
「あ、しょうじろうくん!しょうじろーくーん!」
なんか、聞き覚えのあるテンションの声だ。ゆっくり振り向くと、そこにいたのはガーデン日吉常連の一人、満面の笑みを浮かべた呉羽さんだった。
「あー壮太くんも!まさか二人もお呼ばれしてるなんて思わなかったわー。」
「おう!呉羽の姉ちゃん、負けても恨むなよな?」
「もう、壮太くんったら粋がっちゃってかっわいー♪」
といった感じでせっかく絡んできた呉羽さんだったが、そのやりとりは長くは続かなかった。
「呉羽さん、充電は?また放電しっぱなしってことないですか?」
「あ、いっけなーい!じゃ、まったねー♪」
伊緒の指摘で、呉羽さんは早々にピットの方へ戻っていった。
「呉羽さんもコミュ入ってるんだな。」
「さすがに日吉で走らせてるだけあって、腕は確かだ。」
「・・・ちなみに、彼女はフリーらしいわね。」
きれいなお姉さんって感じの人ではあるんだが・・・まぁ、諸事情あるんだろう。
俺たちは御堂姉妹がピットを広げるテーブルに案内された。さほど有り難く思っちゃいないとはいえ、お呼ばれした経緯からして、破格の好待遇なのはわかってる。
「今日は立体コースだって言ってたな。」
「ああ。見ての通り、バンクの下くぐってるストレートの始めにTTを追加してる。他のレイアウトはこないだと変わってない。」
TTとはテーブルトップのことだ。スタートからの長い直線の先を折り返し、そこでTTに突入。その後も数枚のストレートセクションが続くから、そんなにテクニカルな立体コースじゃない。
「ストレートでひたすら加速した後に大ジャンプってやつか?おもしれぇ!」
他のレーサーのマシンにちらりと目を向ける。だいたいがメーカー公認大会で見かけるような典型的な立体コース専用車で、ダッシュ系モーターに小径タイヤ、といったところか。それに錘やらブレーキやらがごちゃごちゃと付いている。モーターを除くマシン自体のスペックで言えば、ぱっと見あまり速そうなマシンは見受けられない。が、それはあくまで立体コースに疎い俺の感覚からすれば、だ。ジャンプポイントを含む立体コースの場合、どれだけ安定性を高められるかで、完走できるギリギリの最高速度ってのが決まってくる。だから、ちゃんと着地対策とかされたああいうマシンの方が結果的に速い・・・それは、わかってるつもりだ。わかってるつもりだが。
「はぁ!?あんたたちそれで走る気?」
「・・・あ?」
俺がおもむろにドライブウイングを取り出すや否や、奈緒が非難の声を挙げた。
「立体車ないわけ!?」
「そんな二台も持っちゃいねーよ。今日はジャンプ一つだし、着地のストレート長いからなんとかなるんじゃ、」
「ならないわよ。勢いのある高速ジャンプほど着地がシビアなの、わかってる?貧弱なブレーキ一つでマスダンパーもないとか・・・しかも大径タイヤ?そんな危なっかしいマシンに冴ねぇのボディ載せて走ってるわけ?信じらんないわ。」
ひとしきり非難を積み重ねられるも、仰ることはごもっともかもしれない。
「・・・まぁ大径っつっても、チューンモーターならなんとかでき、」
「できないわよ。特に3レーン立体じゃ、重心低い小径タイヤマシンの安定性がどれだけ有利か知ってる?ま、知らないでしょうね。小径ダッシュの方がパワーあるから重量負担の影響も少ないし・・・はっきし言って、みんな相当速いから覚悟しとくのね。」
壮太はというと、奈緒のクレームは俺に任せきりで聞き流し、淡々と作業を進めていた。やはり俺とそう変わらない、いつも通りトルクチューンモーターと大径タイヤのマシンに、リヤアンダーブレーキ追加といった程度。ただ、マスダンパーと呼ばれるそろばんの玉のような錘は、フロントに二個追加されていた。これは真っ直ぐ立てた長ネジに、穴があいた錘一つを通したもの。着地の瞬間に錘だけ跳ね上がることで、その反動でマシンの衝撃を緩和させる。着地時はマシンがバウンドしたりと挙動が乱れるため、最近の立体コースではこうした可動式の錘が必需品になっている。俺も一応二個は持ってる・・・後でサイドステーにでも付けておくとしよう。
「んで、そういうお前らはどうだってんだ?」
壮太がメンテ中のマシンから目を離さずに言うと、伊緒と奈緒が揃ってマシンを差し出した。
「立体専用車ってのはこういうもんよ。」
奈緒のマシンはボディこそお馴染みのSSクレイモアだが、そのシャーシは強度自慢のスーパーX。もっとも径が小さい24mm小径ワイドバレルタイヤにハイパーダッシュモーター。そして前後左右に取り付けられたマスダンパー四個と、フロントバンパー下のスポンジブレーキ。確かに立体車らしい取り合わせだ。
「お!伊緒、立体だとMSなんだな。」
「そういうこと。」
壮太は伊緒のマシンの方が気になったようだ。ボディはSFMシャーシ用のGBファルシオンだが、今はMSシャーシに乗っていた。こちらは大径ワイドタイヤで、比較的壮太のマシンに近いセッティングだ。ただしリヤだけワンウェイホイールなのと、白いハードスリックタイヤを使っていた。グリップの低いハードタイヤは横滑りしやすく、フロントに使えばコーナーでの回頭性が上がって速度アップにつながる。が、これだと逆効果のはずなんだが。それとマスダンパーの数が多く、だいぶ重そうに見えた。
『ここからのMC?・・・えー、司会進行はわたくし、御堂家の天然執事、上条武之進が務めさせていただきます。それでは一回戦第一試合は奈緒お嬢様と依酉様、チェッカーラインへどうぞ。』
充電器から電池を拾うとマシンへ入れ、それをスタート地点のミッドレーンに添えた。奈緒はインレーンだ。
「・・・あれ?トーナメント順いつ決まったんだ?」
「来ないうちにくじ引いといてあげたわ。」
「本当だろうな?・・・ま、いいか。」
俺のセッティングが甘いの見て弄くったんじゃとも思ったが、勝ち進む気ならいずれ当たる相手、不利も有利もない。
『げっとれでぃ・・・・・・ゴォー!』
スタート直後の長い直線、徐々に速度を伸ばす幅は奈緒の小径ダッシュモーターマシンが上回っていた。そしてコーナーを折り返してすぐ、問題のテーブルトップを舞う。奈緒のクレイモアは幾分低く飛び上がり、さほど危なげなく着地していた。これが、小径タイヤとマスダンパー前後四つの効果なんだろうか?一方、俺のドライブウイングは大いに飛び上がり、ストレートレーン二枚先で着地。マスダンパーがあるにも関わらず、一回跳ねてフロントバンパー左がフェンスに一瞬乗り上がり、それからレーンに収まっていた。
「言わんこっちゃ無いわね。三周持つかしら?」
「まだレースは始まったばかりだ。」
そう言いつつも、ひたすらクレイモアを追う形のドライブウイング。連続コーナーでも追いつく様子はない。最後の大型バンクでは登り口でお互いブレーキが効くが、その後の再加速はやはり小径ダッシュモーターの方が有利だ。
『奈緒お嬢様リードのまま二周目でございます。』
規模の大きいコースだ。奈緒のクレイモアは電池消費が大きいハイパーダッシュ、そのうちペースダウンする事もあり得る。そうして一周目以上に速度の乗った状態で、二度目のテーブルトップに差し掛かった。奈緒のマシンはさっきより高く飛び、着地時につんのめるような挙動を示したが、何とか持ちこたえてその先へ進む。が、俺のマシンは・・・。
『ここで依酉様、コースアウトにございます!』
まっすぐ飛ばなかったのか、着地時にフェンスに乗り上げ、弾かれるようにコース外へ転がっていった。
「ま、出直してくるのねー。」
後はウィニングラン同然の奈緒は、勝ち誇ったように言い放つ。が、コースから目を離したその数秒後だった。
『なんと!奈緒お嬢様のマシンもコースアウト!・・・残念ながら両者リタイヤでございます。』
「・・・は?」
奈緒のクレイモアも、俺のマシンが転がったのと同じような場所にひっくり返っていた。
「・・・なんで?なんでよ?練習じゃ全然転がらなかったのに?」
マシンを拾い、信じがたい様子で自問する奈緒。そばで見ていた伊緒が言った。
「正直、奈緒のマシンは調子よかった。強いて言うならギリギリ狙い過ぎたか・・・。フロントブレーキの調子が変わったんだろう。」
「青いスポンジブレーキだったよな?あれならあんま削れたりしないんじゃないか?」
「だから、効きが変わってくのに気づかなかったか・・・わからない。でも、立体コースに絶対はない。」
「・・・いいわ、こうなったら再レースよ!」
と言い放った奈緒。だが、武之進さんはすぐにはそれに応じなかった。
『大変申し上げにくいのですが奈緒お嬢様、ご自身がお決めになった本走行会のトーナメントルールに寄りますと、決勝レース以外で全員コースアウトの場合、皆敗退とする、とございますが・・・いかが致しましょう?』
そんなことマイクで述べられたら、いくら主催者でも参加者の面前でそれをどうこうできるはずもない。
「いかがも何もないじゃない、フンをお食べなさいだわ・・・じゃあたけのん、代わりにそのマイクを貰うことにするわ。」
ここで主催者は、敗者からMCへと鞍替えになった。
『バーニングビッグバンがコースアウト!そして・・・バレンヌエンペラーがゴール!にんぎょう姫選手の勝ち抜けです!』
気を取り直してMCにノリノリの奈緒が、粛々とレースを進める。そして、
「よっし、オレの番~!」
『さぁお次は佐々薙壮太選手のエスペランサと、対するは言わずと知れたジュニアレーサー、観音寺雅選手とミクルーザー!』
チェッカーラインに進み出たのは、会場で最年少と思われた、あの女の子だった。その手にあるマシンは白いトルクルーザー。セダンタイプスポーツカーのようなフォルムを持つ、MSシャーシ初期のシリーズのマシンだ。そのボンネットにはアニメのキャラと見られる、緑の髪の女の子のイラストがデカデカとあった。・・・あの歳にして、まさかの痛車ってやつだ。
「ん?・・・あー!お前こないだの、」
そのマシンを見た壮太が急に声を挙げる。知り合いか?
「あ、おにーちゃんのマシン・・・こないだ上野で勝手に飛んでったのだー。」
上野でコースアウト・・・俺と壮太が揃って敗退した、メーカー公認大会オータムGP2ndの二次予選のことか?そういえば、あのレースで俺らが負けたのは、白いトルクルーザーだった。
「おうおう、今日は負けねーかんな!」
「それ、完走できるですかー?飛んだらまたショーブにならないですー。」
他のレーサーのマシンに比べれば、壮太のマシンはいかにも身軽だ。立体をやり慣れてる人間からすれば、俺らが立体車に感じるのと同じような違和感を覚えるのかもしれない。
「ケッ、よく見とくんだな!」
「・・・ま、飛ばなくてもミヤのミクルーザーは負けないですー♪」
自信がおありのようだが、あんな小さい子に舌っ足らずに言われると殊更気に障る。ボンネットの緑のツインテのキャラからは、吹き出しで【ペッタペタにしてあげルー♪】とあった。そんな諸々から少しイラっと来てるのは、壮太も同じようだ。
「うるせー・・・メッタメタにしてやる。」
壮太のマシンはミッドレーン、観音寺雅のマシンはインレーンスタートだ。
『ゲットレディ・・・ゴー!』
メインストレート、わずかに前に出るのはインレーンのミクルーザーだが、エスペランサもそう遅れてはいない。そしてコーナーを折り返した直後、二台がテーブルトップで跳躍する。ミクルーザーはこれまた低く長く飛び、着地。一方のエスペランサも、俺のマシンほどは浮き上がらなかった。よく見ればタイヤを交換したらしく、リヤは白いハードタイヤだ。つまり、伊緒のマシンと同じようなセッティングになっていた。隣で、伊緒が意味ありげに呟く。
「フロントグリップか。壮太・・・ああ見えて侮れないな。」
「どういうことだ?・・・お前のもそうだけど、リヤだけハードにしてるのはなんでなんだ?」
「FMシャーシもそうだけど、フロントグリップが強いか、あるいはリヤ側の駆動系で遊びが大きいほど、マシンは前のめりになりやすい。雅ちゃんのマシンも、それでリヤをワンウェイホイールにしてるはず。」
そして伊緒のマシンも、だ。ワンウェイホイールは内蔵されたギヤにより、自転車の車輪のように進行方向に対しては空回りする。だからコーナーでは内輪より外輪がより速く回転し、回頭性がよくなるというパーツだ。ただしそんな構造だから、ギヤの噛み合わせの分だけ余計な遊びがある。それをリヤのみに付ければ、実質はフロントモーターシャーシのように、フロントグリップっぽくなるはず。そこまでは、わかる。
「えーと・・・どういうことだ?」
「リヤグリップだとバイクが急発進でウィリーするみたいに、前が浮き上がりやすくなる。けど、フロントグリップならそういう動きにはならない。・・・詳しくはウェブで、だ。」
俺の呑み込みきれない顔を見てか、伊緒はそう付け加えた。まぁ、言ってる意味はだいたいわかった。
「奈緒のSXシャーシはフロントブレーキのみにすることで、マシンがつんのめるように制御しようとした。狙いはだいたいおんなじ。」
単に減速させるためだけのブレーキかと思いきや、そんなマシンの挙動にまで気を使って配置してるもんだとは。フラットで駆動系を気にするように、立体にもそういう大事なポイントがあるってのを、改めて思い知らされた。
『さぁミクルーザー先行のまま二周目、ジャンプはどう?・・・両車クリア!』
多少フェンスに乗り上げるも、着地ストレートの終わりまでにはレーンに収まる壮太のエスペランサ。
「しかもマスダンパー付けて重心はフロント寄り、ブレーキはリヤのみにして真っ直ぐ飛びやすいよう気を使ってる。もしかすると、スポンジブレーキの幅も少し小さいかもしれない。」
「なんでだ?横幅いっぱいの方が減速効果大きいんじゃ?」
「両端にまでブレーキがあると、左右の効きが偏ったときにマシンが飛んでく方向が変わりやすくなる。ブレーキは中央、タイヤのトレッド幅より狭くしておいたほうが直進性がいい。・・・しかし、」
「どうした?」
相変わらずエスペランサは二番手のまま、三周目のテーブルトップを越える。
「トルクチューンじゃ厳しいな。このコース、公認大会ほど長くはない。ダッシュモーターマシンのペースが落ちるより、ゴールが先になる。」
公認大会だとよく後半でパワーダウンするマシンを見かける。この前の雅のマシンもそうだったが。
『さぁ大型バンクをクリアして・・・順位はそのままー!雅選手の勝利!』
「なにぃ!・・・うぅ、そんなマシンにやられるとはなー。」
壮太はマシンを止めると、コース脇に膝を屈した。
『・・・あんた、知らないわけ?雅ちゃん、公認大会じゃほぼ毎回二次予選通過してんのよ。甘く見たもんね。』
「おにーちゃん、落ち込まずにまたがんばるですー♪」
壮太ならずともイラッと来そうなもんだが、最高成績が二次予選敗退の俺たちより上手なのは、確かなようだ。
早々に出番が無くなった俺と壮太。後はティーカップを片手に、用意された茶菓子を摘みながら、大会の進行を見守るしかなかった。
「どうぞ、アップルティーなどいかがでしょう?」
「あ、どうも・・・。」
ティーポットを差し出した年配のご婦人の後ろには、武之進さんがいた。
「家内の文絵にございます。・・・佐々薙様、ご用意しておきましたぞ?」
「おーコレコレ、この香り!ありがとおっちゃん!」
「さぁさ佐々薙様もどうぞ。こちらのフレーバーがお好みと伺っておりますよ。」
「おばちゃんもメイドさんなのか?」
叶さんがカシッと着てるとなんか衣装めいて見えるが、文絵さんだと落ち着いた感じがする。
「巷じゃそうも言うのでしょうけれどねぇ・・・要は、家政婦ですよ。」
「カセイフ?」
「ところで・・・二人の親御さんって、今日はいないんですか?」
少し気になっていた。会場を見回しても、部屋の外を眺めても、さっきからそのような人を見かけていない。この間来たときもそうだったが。これには文絵さんが答えた。
「ご主人様も奥様も、土日いずれかはおいでにならない日が多いのでございますよ。前回のこの催しの折りはいらっしゃったのですけれど、今回はご都合付きませんで。」
上条さん達がいるから面倒任せっきり、ってのは思い過ごしか。それにしても、親がいなくてもこれだけのイベントやれてるのは彼らお付きがいればこそ。こういう家の人の生活スタイルってのは、わからない。
『ファルシオンがここでゴール!伊緒選手は決勝進出!呉羽選手は二回戦敗退です!』
「伊緒ちゃんつーよーいー!」
惜しみ口の呉羽さんのマシンも、この間日吉で走らせてたフラット車じゃなく、立体専用の別マシンで、他に引けを取らない走りを一回戦で見せていた。が、伊緒のファルシオンはそれ以上に冴えた走りだった。何より、速度が違う。
『それではアプリコットティーカップ決勝戦、いよいよです!インレーン、天宮薫選手のネオフェニックス!』
いよいよ最後のレース。伊緒が充電池を拾って目の前を過ぎるとき、俺は聞いた。
「なあ伊緒・・・それ、実はダッシュ大径なんじゃないか?安定性で不利ってことはないのか?」
「今日みたいな立体なら、きれいに飛んで着地できれば問題ない。大径なのは、バンパーよりタイヤで着地したいからだ。過剰な速度はギヤを低速に、マシンを重くしてセーブしてる。燃費が悪いのはわかってる。それでも、今日はダッシュじゃなきゃ勝てない。・・・ここまで極端なことは正直やったことがない。だからこそ、試すことにした。」
自信に満ちた口調ではない。伊緒も、決して立体が得意な訳じゃないのかもしれない。それでも、普段フラットじゃ絶対使わないようなパーツをふんだんに使って、食らいつこうとしている。それだけ本気なんだろう。
「伊緒、よく考えてるんだな。」
「翔司郎も、よく気づいたね。」
『観音寺雅選手のミクルーザーはミッドレーン。そしてアウトレーン、御堂伊緒選手、ファルシオン!2セット勝負でいきます。』
三者がチェッカーラインにつく。いずれも俺のマシンじゃ到底太刀打ちできないだろうマシンばかりだ。ティーカップはテーブルに置き、俺は立ったままコースに見入っていた。
『ゴー!』
直線を揃って折り返し、最初のジャンプ。伊緒のファルシオンのジャンプは勢いも高さも他の二台よりあるが、着地でバタつく感じはなかった。そして大径な分、わずかに速い。
『さぁ伊緒選手ファルシオンがリードを見せ始めた!しかし差はわずか。』
大型バンクの上り坂、ここは辛いかと思いきや、ギヤ比を落としたMSシャーシのパワーはさほど減速を感じさせない。
『二周目のジャンプ・・・これも全車クリア、譲らない!』
伊緒のマシンはさらにリードを広げる。基本的な速度域の差が現れていた。観音寺雅と、前回優勝者の天宮薫のマシンはほぼ併走し、どちらが前とも言えない。
『さぁ三周目を終えて・・・トップはファルシオン!続いてネオフェニックス、ミクルーザー!』
この時点で、ファルシオンはストレート三枚分のリードを稼いでいる。
「やるな、伊緒。」
と、俺が呟くと、しかし壮太が言った。
「けど、速度落ち始めてるな。」
「え?」
「次の大型バンク見てみ?・・・な、さっきよりもたついてる。逃げ切れっかな。」
相変わらず目のいい奴だ。ただ、他二台もダッシュモーターなら消耗してるはず。
『四周目、残り二周!』
ファルシオンのリードはストレートレーン二枚分弱に詰まっていた。伊緒の目は自分のマシンの動きを細かく追っている。絶対の自信があるわけじゃないんだろう、差を読んでるに違いない。
『さぁラスト一周、伊緒選手逃げ切れるか?薫選手のネオフェニックスが迫る!雅選手のミクルーザーも食い下がる!』
「・・・あーでも行ったかな、これ。」
中盤の連続コーナーの時点でストレート一枚分の差。壮太にはそれが十分なリードに見えたらしい。そして、
『ゴール!アプリコットティーカップ、今回は伊緒選手が制しました!』
普段、あまり目立った表情を見せない伊緒がホッとしたような顔をして、それからマシンを拾い上げていた。
表彰式を終え、後はコース開放してのフリー走行タイムとなった。この後夕方までは、好きに走らせて歓談するティータイムなんだそうだ。奈緒はよほどコースアウトが納得行かなかったらしく、マシンを弄りながらの溜息つきだ。
「はぁ、納得行かないわね・・・。」
「うー納得いかねー!・・・おい雅、もーいっぺん勝負だ!」
壮太はセッティング変更を終えると、通りかかった雅に言った。
「またですかー?今日は諦めた方がいいですー。」
「壮太くーん、お姉さんの相手もしてよぅ。」
すかさず、呉羽さんも絡んでくる。
「よっしゃ・・・今度こそメッタメタにしてやんよ。」
と、意気込んでコースへ向かっていった。伊緒もまた、天宮薫さんとの再戦で席を立っていた。そんなわけで、テーブルには奈緒と俺だけが残っていた。
「しっかし、大したもんだ。こんだけのイベント切り盛りしてるなんてな。」
「ちなみに、ヤクモ模型のジュニア大会もあたしたちが取り仕切らせて貰ってるわ。そっちも今度、招待してあげていいわよ?」
「マジか?小学生レーサーがコミュからイベントまで旗振ってるとは、恐れ入ったよ。」
「・・・当然よ、それが務めなんだから。」
「・・・務め?」
奈緒はカップに一口付け、それから少し、真剣な面持ちをする。
「あたしたちが冴ねぇから受け継いだのは、マシンだけじゃない・・・ミニ四駆界の盛り上げは、何よりあたしたちレーサー自身にかかってるのよ。」
「俺たち、自身・・・。」
「あれから六年、待ったわ。やっと、ブームって言えるだけの盛り上がりが戻ってきたのよ。この火を消すわけにはいかない。だから、やれるだけのことはやる。何もできなかったあの頃とは、違うんだから・・・。」
覚悟めいたその口振りは、決して大袈裟には聞こえない。たぶん、俺が抱く思いに通じるものがあったからだろう。
「・・・そうだな。」
会場の窓際を射す西日に、今は憂いを感じずにいられる。
次回予告
壮「ついにNコードの兄ちゃんがマシンこしらえたってさ!」
翔「Nコードさんが?」
N「スーパーXシャーシの小径レブチューン、君らに合わせてぽん組にした。復帰戦にお相手願おうか。」
壮「小径でいいのかー?しかもスーパーXで。」
翔「・・・いや、実はマジで速いんじゃないか?」
伊「あれは、プロトブレイカーZ-X・・・こー兄のマシンだ、油断しない方がいい。」
壮「え、お前ら何?乱入?」
奈「そゆこと。久々だからって手抜かないんだからね!」
N「神楽マシンが揃ったか・・・見せてもらおう、君たちのデュエルエッジを。」
翔「次回エアーズ、Flag-012【時を越えた再戦!目覚めの隠者】」
壮「チェッカーラインを見逃すな!」
雅「このものがたりはー、ふぃくしょんです!またねー♪」




