Flag-009【過ぎ去りし興亡】
奈緒に連れられるまま豪邸でのレースに挑み、決着をつけた俺たち。そこへ現れた、あのFMマシン使いの伊緒。壮太は二人を見比べながら、ぽつりと言った。
「・・・結局ここ、誰んち?」
「あたしの。」
これには二人が同時に答える。そこへ、御堂家執事の武之進さんがティーセットを片手に部屋に入ってきた。
「奈緒お嬢様!お客様にテーブルもお出しにならないで・・・これは伊緒お嬢様、今お帰りで?」
これには、伊緒と一緒に現れたメイド姿のお姉さんが答える。
「大学帰りにお迎えしました。」
メイドさんは伊緒から預かった荷物を一旦部屋の隅へ下ろすと、テキパキと部屋の隅に折り畳まれたテーブルを組み立てていた。
「たけのん、他の人は?」
「コレ!伊緒様まで・・・。ご主人様は天候不順で飛行機が遅れるとのこと。奥様は先ほど名古屋を発たれたとお電話がありました。文絵は買い出しでございます。」
留守を任せた執事に状況を訪ねる伊緒。俺と壮太は、俺らの日常からは少々外れたこのやりとりをポカンと眺めていた。
「わかった。ちょっと小腹空いた・・・何かおやつとか、ある?」
「心得まして・・・そういえば、そちらお二人もお食事を取られておられないのでは?」
「え?・・・あー、うん。」
壮太は腹が減ってそうな顔をして言った。そういえば、有楽町オフィシャルガレージでちょっと走らせて、途中にマックでも食おうかというつもりだった。
「そうなのか?」
「今日は予定狂いっぱなしでな。そちらのお嬢様に有楽町から引っ張り出されてさ、」
「お招き戴き、の間違いでしょ。言葉に気を付けなさいよ。」
まぁ、ついてきて正解だったとは思う。二人が持つあのマシン、俺も気にならないことはない。
「これは失礼を致しました、すぐに何か軽食などご用意させていただきますゆえ。」
武之進さんはティーセットをメイドさんへ託すと一礼して、また部屋を出ていった。伊緒もまた自分の荷物を拾い上げて言った。
「バッグは自分で置いてくる、叶さんはお茶をお願い。」
メイドさんに紅茶を煎れて貰う図、そんな場面に出くわし、かつ自分がそれを受ける身になるとか、ちょっとありえない。ナントカ喫茶じゃあるまいし。歳は二十歳くらいか、大学生らしい。髪は首下までに短く揃えられ、生真面目そうな顔をしている。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ・・・その、メイド服とか、初めて見たもんで、」
キレイな人だなと思ってちょっと見とれてた節もあり、俺は慌て口調で言った。
「自前ですが、何か?」
「へぇ!姉ちゃん服作れるんだな!」
「・・・趣味です。」
メイドさんは短く答えた。
「某ブランドにデザイン提供してるの、趣味って言う?叶さんの言う趣味って、全然趣味の領域じゃないのよね。」
「・・・恐縮です。」
叶さんはまた短く答え、奈緒のカップに紅茶を注いだ。そこへリュックと充電器を抱えた伊緒が戻ってくる。
「お待たせ。にしても、まさかうちに来てるとは思わなかった。」
「そりゃ俺もだ。・・・話の通じそうな奴がいて助かったよ。」
奈緒はムッとして言った。
「教えたげるけど、あたしの方が口は達者よ。」
「達者過ぎて話が噛まないってこともあんだろ?」
「フンッ。」
壮太の小学生らしからぬ、かつ素早い突っ込みに奈緒はまた膨れた。奈緒はいかにもお嬢様風、伊緒はボーイッシュ。格好の好みは違うようだが、二人が茶を啜って置くタイミングは一緒だった。似てない双子、といったところか。それから、伊緒はリュックから愛車のFMマシンを取り出す。確か、ファルシオンだったか・・・それをテーブルの上、俺らのマシンのそばへおもむろに並べた。
「それは、冴様の・・・?」
そう呟いたのは叶さん、見ているのはファルシオンが添えられたすぐ隣にある、俺のドライブウイングの方だった。
「知ってるんですか?神楽さんを。」
「やはり・・・冴様も幼少の頃はこちらの邸宅にお住まいでしたので、よく存じ上げています。」
「え?・・・結局ここ、誰の家?」
壮太じゃないが、これには俺もついていけなくなった。
「冴様のお母上はご主人様の姉にあたり、神楽家へ嫁がれた後も、ご事情あって冴様と共にこちらへお住まいでした。」
「うーんとえーと・・・わかんね、いいや。」
「ちょっとぉ!つまりね、」
「冴ねぇは、あたしたちの従姉妹なんだ。」
奈緒の言葉を遮るように伊緒は言った。それで、大方俺は納得した。なぜこいつらが神楽さんのマシンを持つのかも。壮太はいまいち飲み込めないというように、続けて聞く。
「ところでそのカグラサエってさ、ミニ四駆界じゃそんなに有名なのか?」
それは、少々意外なニュアンスに聞こえた。
「え、お前も会ったことあるんだろ?」
「名前、聞いてないし・・・エスペランサくれたねぇちゃんかどうかはわかんねーよ。」
「まぁ、な。確かに俺も、今までこいつ走らせてて、誰かにああだこうだ言われたことなんてほとんど無いんだけどな。」
俺たちのやりとりが面白くなかったか、奈緒は相変わらずむすっとしたまま言った。
「あんたたち、しょーもないモグリね。誰のマシンで走ってると思ってんのよ?」
「・・・言ったろ?」
「こいつはオレのマシンだ!」
これには俺より先に壮太が言った。奈緒は押し黙り、代わりに伊緒が応じた。
「ああ、わかってる。」
「・・・まぁ、冴ねぇの名声ったって、ごく限られたもんよ。今のミニ四駆界じゃ、ほんとに知る人ぞ知るってってとこかしらね。第二次ブームだったら、もうちょい名が通ってたはずだけど。」
「伊緒が前に言ってたな、昔の大会で優勝したとか、なんとか。」
神楽さんをよく知るはずのあのNコードさんからも、あまりあれこれとは聞いてない。なので、漠然とすごい人、ぐらいの感覚しかない。
「1997年オータムカップを、このSSクレイモアで優勝。」
「そして1998年、サマーカップをGBファルシオンで再び制した。」
「双剣の神楽・・・そういうことか。」
クレイモア、ファルシオン、どちらもゲームとかで聞いたことがある、剣の名前だったはずだ。
「今みたいに毎月やってたわけじゃないメーカー公認大会で、二回も優勝なんてそうそういるもんじゃないのよ。」
「だから、当時のジュニアレーサーとしてはそれなりに知られてた。・・・そして、冴ねぇはあの、廃園の住人だった。」
「・・・廃園?」
前にどこかで聞いた響きだ。と、記憶を辿りかけたところに壮太の声が割って入った。
「なーなー?コース、走らせていんだよな?」
「あんた、話聞いてた?」
「いんや。長くなりそうだし・・・こんなでっけぇコース前にしてさ、お茶して眺めてる場合じゃない!っと。」
壮太は紅茶を飲み終えるとカップを置き、代わりにエスペランサを手に取った。
「・・・好きになさい、お子様は。」
「お子様いってきまーす!」
コース脇の床に広げたままのピットスペースへ向かうと、壮太は早速セッティング変更に取り掛かっていた。叶さんも空になったティーポット一式を持つと、一礼して部屋を下がっていった。
「・・・じゃあまず、廃園の話をしようか。」
改めて切り出す伊緒。そうだ、廃園がどうこうと言ってたのは、Nコードさんだ。
「ガーデン、日吉?」
「そっちの廃園じゃないわ。」
となると、思い当たる店はあと一つ。
「新宿、オフィシャルガーデン?」
「・・・ああ。当時のメーカー直営店、第二次ブームの頃は連日たくさんのレーサーで賑わい、ミニ四駆の聖地とまで言われたところだ。中でも、そこのコアな常連達は互いに技術を磨き合い、ただひたすら速さを追い求めた・・・それこそ、廃人みたくね。ゆえに、廃園と呼ばれた。冴ねぇも、その一人だった。」
「ミニ四駆の高速化が進んだのは第二次ブーム。今あたしたちが当たり前に思ってるフラットのノウハウのほとんどは、あの頃完成したって言ってもいいくらいよ。ガーデンは、その先端を行ってた。」
確かに、オフロードで遊ぶところから始まった第一次ブームの頃と、フラットみたいな高速レーススタイルが当たり前になった第二次ブームの終わりじゃ、速度域がだいぶ違うと聞いたことがある。速度アップに向いたパーツが出揃ってきただけじゃなく、その使い方も進歩してたはずだ。井桁とかの加工マシンはある意味、その最たるものかもしれない。
「それで廃園・・・か。確かに、あそこの連中は尋常じゃなく速かったな。俺が神楽さんからこいつを貰ったのも、新宿オフィシャルガーデンだ。もっとも、俺がよく出入りしてたのはとっくにブームも終わって、閉店間際の頃だったからな。噂に聞くよりかは、だいぶ寂れてたが。」
「第二次ブームの衰退は、ほんとに急だったわ。それこそ音もなく・・・いや、聞こえなかっただけかもしれないけど。」
そう言った奈緒の表情は、どことなく悔しげに見えた。
「俺の感覚からすると・・・アニメとか終わったあたりからか?」
「理由はいくつもあるだろう。メディアが手を引いた、ってのもあるかもしれない。何より、ブームを支えていたはずのジュニアレーサーが主体性を失った・・・それが大きいと思う。」
主体性・・・そう言われて思いつくことはある。奈緒がそれに続いた。
「あの頃、もっとも栄誉あるメーカー公認大会は中学生まで。そうなると、挑むべき行き場のない大人は、自分の子供にマシンを持たせる・・・言ってみれば代理戦争よ。それで勝ち抜く子も、破れた子も、結局は主体性を失う。」
「親父マシンってやつか?それは今でもある話だろ。」
これには、伊緒がもっともな事を言った。
「今は大人も参加できるオープンクラスがあるから、そっちで栄光を目指せばいい。上位クラスがある以上、ジュニアクラスで代理戦争、なんて状況にはならない。」
「ああ・・・確かに。」
オープンクラス開催、そのおかげで大人が堂々と牽引役になれたからこそ、第三次ブームの盛り上がりがある。これはメーカーの功績としてかなり大きいと思う。
「まぁ、知り合いでそういう親子はいっぱいいるけどね。子供がマシン作れないからってほったらかして、自分だけミニ四駆に興じるわけいかないんだし。そしたら、何かしら作って持たせるしかないでしょ?」
「大人の事情ってやつか・・・まぁ、そりゃそれでしょうがない、か。」
そのせいで俺らは余計な強敵を相手にしなきゃならないこともあるわけだが、そう言われると納得できなくもない。
「でもみんな、自分の子供にミニ四駆をやってほしいと思ってる。当時だって、そこは大して変わらなかったんだと思う。ただ親子で一緒にミニ四駆をやりたかった。子供がミニ四駆から離れるのを望んだ人なんているはずない・・・でも結果、そうなった。」
皮肉な話だ。だが、例えば俺がそういう家庭にいたとして、やっぱりやる気をなくすだろうか?そうは思えない。
「それも引き金の一つでしかない、と思う。冴ねぇは言ってた。そもそも子供たち自身が、自らマシンを走らせる気にならないんじゃないかって。冴ねぇは、一番そこを気にしてた。」
「あれか?最近の小学生はプラモデルとか自分じゃ作らない的な・・・ミニ四駆が、必ずしも子供たちにとって魅力的なもんじゃ、ない?」
俺自身、あまり言いたくはない一言だが。伊緒は否定しなかった。
「・・・ああ、そんなところかな。」
第二次ブームの終わり、世間的にも、子供たちにとっても、ミニ四駆への興味は薄れていった気がする。俺の友達が皆そうだった。ゲームやら別のブームやらに移って、それきりになった。
「子供たちの・・・俺たち自身の問題、か。」
ブームが、とか親が、とかいうより、俺にはその方がしっくりくるような気がした。その子がやりたいと思えるか、それだけのことなのかもしれない。
「ブーム衰退後、あれだけあったコース常設店は次々消えて、ジュニアレーサーの行き場はますます無くなってった。ミニ四駆界には一部のコアなレーサーばかりが残って、粛々と活動を続けた。廃園の住人たちもどこ吹く風で、さらなる速さを求め続けたという。」
「半端なジュニアレーサーはますます引いて、ガーデンにすら寄りつかなくなってったわ。ガーデンは、誰にでも開かれた場じゃなくなりかけてた・・・誰が意図したわけでも、望んだ訳でもなくね。」
俺も当時、そんな疎外感を覚えたことはある。そういう豪速レーサー達も、話しかければいろいろ教えてくれたかもしれない。だが、圧倒的な速度差を見せつけられると住む世界の違いっていうか、そういう近寄り難さを感じるもんだ。モチベーションが半端な子なら、なおさらだろう。
「そんな時だった、冴ねぇがブーム再燃計画として、ビギナーズガーデンを始めたのは。」
「ビギナーズ?」
英語はからっきしだが、初心者とか、そんな意味だったと思う。
「このまま自分たちだけの楽しみにしてたら、後に続く者が立たなくなる。この状況でミニ四駆界の発展なんて、とても望めない。だから、間口を広げたい・・・同じような行き詰まり感を持ってた廃園のレーサーたちも、冴ねぇの呼び掛けに賛同した。」
「夕方以降は今まで通り自分たちの技を磨き合って、昼間はジュニアレーサーが一人でもいたら、とにかく教える。お金無い子のマシンをいかに速くするか、一緒になって考えてさ。」
「なんつーか、ミニ四駆教室、みたいなもんか?」
「あー、だっさく言い回してくれちゃったけど・・・要はそんなとこ。そんなビギナーズガーデンの一つのスタンスが、無加工技術の普及・・・つまりうちらにはおなじみの、ぽん組ってやつよ。」
「なんで、ぽん組なんだ?」
神楽さんの好みか?あるいは自ら課した足枷か?今まで漠然とそんな風に考えてたが。実際のところ、他に意図があるんだろうか。
「ミニ四駆本来のスペックを知るには、ぽん組で突き詰めるのが一番わかりやすい。それにだ、パーツ加工しなければ、大抵はやり直しが効く。ジュニアレーサーのお財布事情考えたら、加工にしくじってパーツ買い直すようなことは避けたいからね。当時はシャーシやらギヤやら、ひたすら肉抜きして削ってが流行ってた。けど、それで本当に性能アップにつながるのは、よほど熟知したベテランレーサーがやった場合だけだ。そもそも、そんな加工が必要な限界の速度域を目指してるわけじゃないから、リスクを負ってまでやる意味がない。」
「でも、ホイール貫通だけはOKにしてるんだよな。それは?」
神楽マシンの無加工の例外だ。長いシャフトをホイールの外側まで貫通させ、外から接着剤をちょん付けして抜けを防ぐもんだ。
「パーツを少しでも長持ちさせるのが無加工の狙いだ。その点、すぐ抜けやすくなるホイールに関しては、貫通させた方が接着剤で延命しやすくなる。それにホイールなら、よりぽん組にこだわって貫通なしで使っても、さほど性能に差は出ない。だったら、普段は使い勝手を優先した方がいい。」
「そうか、あくまで実用性ってことなんだな。」
「それと冴ねぇがこだわったのは、無加工技術なら誰でも速くできるってことよ。だから、ミニ四駆界全体の実力を底上げすることだってできるはず。・・・それを証明するため、あたしたちは冴ねぇのマシンを受け継いだわ。」
「クレイモアとファルシオン、これを一から組み直して、冴ねぇのベストラップを再現して見せた。」
俺が神楽さんから教わったのと、同じだ。生憎、俺はドライブウイングのベストラップを更新するには至らなかったが。ここでふと、俺は妙なことに気づいた。
「ん?それって2001年とか、そんくらいだよな・・・ちょっと待て、お前ら、歳いくつだよ?」
「まだ小学校には行ってなかったわね。箸が握れてドライバー握れないってこと、ないでしょ?」
俺も最初にミニ四駆買ってもらったのは似たような歳だが、とてもじゃないがこのレベルのマシンを扱えたはずがない。ドライバーでネジ一本固定するのに四苦八苦してたくらいだ。これが、エリートとの差なのか?
「さすがにこのボディ加工は無理だったけどね。フルカウルボディで重量10g以下、大径対応可ってのは、ちょっとテクが要るわ。」
奈緒は話しながらクレイモアのボディを外し、その裏面を見せた。ベースとなっているシャイニングスコーピオンと、見た目はそう変わらない。しかし、軽量化のため随所が肉抜きされている。
「シールの裏側も肉抜きしてんのか?」
「カバードフレーム構造よ。クリアキャノピー同様、冴ねぇの常套手段ね。元々のデザインが好きで選んだボディだから、極力イメージ変わんないようにしたんだってさ。それに、こんな大して手加わってなさそうなマシンが速けりゃ、自分にもできるんじゃないかって思えるでしょ?」
その通りだ。もっとも、その外見から真価を見誤って、俺の加工マシンは大敗したわけだが。
「ドライブウイングも、一見そんな速いマシンとは思わなかった。だが、ぽん組でも速かったからこそ、俺はミニ四駆を続けようと思えた・・・。」
「とにかく、冴ねぇはパーツの使い方がうまかったわ。強度見越したバンパー構成、駆動系調整、ローラーの状態維持・・・その方法はどれも、誰にでもすぐできるもんばかり。だから、ビギナーズガーデンのジュニアレーサーはどんどん腕を上げてったわ。」
「それに、冴ねぇは彼らのモチベーションを上げるのに、何より気を使ってた。技術を教えるだけじゃなく、自分のマシンが少しずつ速くなるのを実感できるように、タイムアタックとかミニレースをこまめに開催したり。・・・そうそう、ガーデンレーサー用のGPチップとかも配ってたな。あれはかなり子供ウケがよかったらしい。」
この間の日吉大会でオイチさんが見せてくれた、【SOG RACING】と刻印されたやつだろう。当時、神楽さんは今の俺と同じくらいの歳だったはずだ。が、そんな模型店を丸々巻き込んだ活動を、自ら旗振って展開してたとは・・・とても、同じ中学生のやることとは思えなかった。
「じっくり取り組めば、マシンはちゃんと速くなる。そうやって自信を持ったレーサーは、もっと先に行けるはず・・・。常連同士で技術を引き上げ、一方でジュニアレーサーの速さも底上げする。ガーデンには、そういう環境が出来つつあったわ。・・・それが、冴ねぇが求めたミニ四駆界の姿なのよ。」
やる気溢れるベテランとジュニアで、賑わうガーデン、その光景が思い浮かぶ。が、それは想像の中にとどまるものだ。
「でも、俺が通ってた2002年の閉店間際、そんな光景はなかったな。俺もそんな風に神楽さんに教えて貰ったが、他に子供なんて、ほとんど見かけなかった。・・・何があった?」
奈緒も伊緒も黙った後、伊緒が重たそうに口を開いた。
「草の根活動一つで、ミニ四駆界全体の衰退はどうこうなるもんじゃなかった。各地のコース常設店舗はさらになくなり、ビギナーズガーデンの時間制約に賛同しないレーサー達も集まるようになってきた。冴ねぇは、ミニ四駆の楽しみ方は自由であるべきだって、常連でない彼らが自由奔放に走らせるのを止めはしなかった。そして何より・・・、」
「・・・なんだ?」
「ガーデンのジュニアレーサーに、その先へ行こうとする者がほとんどいなかった。ぽん組では十分な実力があっても、彼らに本格的な加工マシンはハードルが高かった。」
「そんな変化があってもなくても、ブームが終わった以上、ガーデン存続は難しかったのよ。2002年、新宿オフィシャルガーデンの閉店が決まって・・・ビギナーズガーデンも、それでおしまいになった。」
深い、深い沈黙が降りた。俺がドライブウイングを貰ったのは、そんなことがあった後だったんだ。あの時の、神楽さんのどこか悲しげな表情の訳が、ようやくわかった気がした。Nコードさんがマシンを走らせなくなったのも、そんな手痛い過去に関係してるんだろうか。
二人はまた揃って一服後、順に口を開いた。
「その後、冴ねぇは高校上がってすぐにドイツへ留学・・・それっきりよ。」
「連絡もないし、ヨーロッパのどっかの大学にいるって以外、あたしたちも足取りを掴めてない。」
「大変お待たせ致しました。サンドイッチなどご用意しましたが、こちらで宜しいでしょうか?・・・おや、どうかなさいましたか?」
武之進さんが軽食を持って戻ってきたが、うちらがどこか深刻そうな顔でうつむいてるのを怪訝に思ったようだ。
「いや。ちょっと、昔話をしてた。・・・さて、壮太?」
ちょうど、エスペランサがラップタイマーを通過したところだった。壮太はマシンを引き上げるとそそくさと寄ってきた。
「おーきたきた!これ、いいのか?」
「これくらいのおもてなしはさせていただきませんと。」
外がカリカリ、中はしっとりの小振りなフランスパンみたいなのに、生ハムや野菜などを挟んだもんだ。手作りっぽいが、洒落た喫茶店で扱ってるような品がある。こうゆうもんが、御堂家のキッチンには常備されてるんだろうか。こんな上等な生ハム、最後に食べたのは、去年のクリスマスだったか。
「お茶もお注ぎしましょうか。叶にお湯を用意させておりますので、しばし。」
「お、それ知ってる!アップルティーか?」
武之進さんがトレーに乗せてきた金色の四角い缶に、壮太が食いついた。
「いえ、アールグレイです。佐々薙様はアップルティーがお好きで?」
「うちはそれのアップルティーって決まってんだ。」
俺にはさっぱりわからなかったが、缶の中身は紅茶の茶葉らしい。壮太は妙なことを知ってるもんだなと思った。
「生憎と切らしてましてな・・・次にお越しの時には、ご用意しておきましょう。」
「たけのん、そんな厚待遇は不要よ。」
「何を仰います!奈緒お嬢様のお客様ですぞ?」
奈緒はまた、膨れた顔で言う。
「だから、こいつらはそんなんじゃないって。」
「じゃあ、あたしの客ってことでもいい。」
「伊緒ちゃんまで!・・・ま、いいわ。」
「失礼します。」
叶さんがお湯の入ったポットを持って戻ってきた。壮太は自ら金色の缶を開けると、ティーポットに茶葉を入れながら叶さんに訊ねる。
「それ、硬水ってやつか?」
「はい?ええ、一応。」
「さっすが!うちじゃ水道水しかねーもんな。じゃ、もう一匙、かな。」
人数分に加えもう一匙、壮太の手つきは手慣れていた。
「よくご存じでらっしゃる。・・・当家のお嬢様も、嗜み程度にはお茶を煎れられるとよろしいのですが。」
「ちょっと!」
黙ったままの伊緒も、推して知るべしってところか。まぁ、俺だってティーパックじゃない紅茶の飲み方なんてよくわからない。壮太は手際よく人数分、カップがない武之進さんと叶さんを除く四人分を注いだ。その香り、味わいは俺にわかる限りでは、最初の一杯目と変わらないように思える。実際、そうらしい。
「ふーん。壮太、意外に器用なんだな。」
「うちじゃあこれがオレのシゴトだかんな。」
壮太の家には紅茶当番、みたいなのでもあるんだろうか。壮太が席に落ち着いたところで、傍らに控えていた叶さんが歩み寄った。
「依酉様、佐々薙様、こちらをご覧いただけますか?」
差し出されたのは写真だった。そこには女の子が二人・・・片方はどうも叶さんっぽかった。そしてもう一人は、見覚えがある。
「あ、冴ねぇの写真?」
「高尾山?・・・中学くらいかな。」
「お二人がマシンを受け取ったのは、この方でお間違いないでしょうか?」
「・・・ああ。」
間違いない、テンガロンハットを首から掛けたその出で立ちからして、まさにあの人だ。一方、壮太はしばらくじっと見つめた後、頭の後ろに腕を組んで言った。
「似てる気するけど・・・ちょっと若過ぎ?わかんねーな。」
「役立たず。」
「んなん言われてもよ!テキトー言うわけいかねーし。」
「・・・左様ですか。ありがとうございました。」
そう言った叶さんは、どこか寂しげだった。
「叶さんはたけのんの孫だから、奉公ってことで、子供の頃からうちに出入りしてた。」
「冴ねぇとは幼なじみみたいなもんだからね。」
「いえ・・・冴様は、冴様です。私の主人たるべきお方でした。」
そういうことか、と思った。足跡不明の神楽さんの手掛かりになるかもしれないと思ったんだろう。特に壮太は年齢からして、ごく最近、この第三次ブームに突入してから、エスペランサを譲り受けたはずだ。
「壮太、お前がその神楽さんっぽい人からマシン貰ったのって、いつ頃なんだ?去年とか?」
「あー、去年だな。」
「・・・それが本当なら、冴ねぇはごく最近、日本に戻ってたことになるわ。でもそれ、ホントに冴ねぇのマシンなわけ?GPチップもあるし、ボディ加工は確かにそれっぽいけど?」
「あたしには、ちょっと見覚えがある。」
そういえば以前、伊緒はエスペランサを見て何か思い当たるようなことを口走ってた。
「あれは、ビギナーズガーデンが軌道に乗ってた頃だった。冴ねぇの部屋に行ったら、久々に新しいボディを肉抜きしてた。それは、確かにアストロブーメランだった。まだ真っ白だったけど、加工は壮太のこれと同じだったはず。冴ねぇは言ってた。今こそ最強の剣、エクスカリバーを打つ、と。・・・ただ、その後ビギナーズガーデンが幕を閉じて、とうとう、完成した姿は見なかった。」
「俺は新宿オフィシャルガーデンが閉まる直前、最後に神楽さんとレースした・・・間違いなく、壮太のエスペランサだった。だからたぶん、間違いない。」
ガーデンの賑わいが再び上向いたときに作り始めて、その頓挫と共に未完で放置され・・・俺にドライブウイングを託した後、やっと完成させたマシン。その名をエスペランサと改めた神楽さんの思いに、俺はとてつもなく重たいものを感じずにはいられなかった。
また重い沈黙に落ち込みそうになったところで、伊緒は話題を変えようという調子で壮太に聞いた。
「・・・壮太、逆走コースで完走できたみたいだけど、タイムは?」
「やっぱ、さっきの周り方よかレーンチェンジ難しいな。相当スラスト落としたから、ちと遅くなったけどさ。いまんとこ18秒32。」
「はぁ!?あたしのベスト越えてんの?」
そう言った直後、奈緒は気まずそうに横を向いた。
「奈緒のマシンじゃ、得意の連続コーナーから突入するんだから無理ない。翔司郎のマシンも、そのセッティングのままじゃ厳しいだろう。・・・じゃあ、壮太と勝負させて貰おうか。」
「伊緒も完走できんのか?」
「全力で走ってもそうそう飛ばない、それがFMの強みだ。」
伊緒は自信たっぷりに言って、持ってきたラジコン用のごつい充電器をコンセントにつなげた。日吉の常連が使ってたのと同じようなもんだろう。この手の充電器は充放電機能が備わってるから、電池の状態管理に便利なんだとか。それと、充電時の電流値設定を上げ下げすることで、ある程度パワーを調整できるらしい。
「奈緒の充電器、貸してくれる?なるべくイーブンで走りたい。」
「いんや、勝手知ったるこいつで十分!前にそういうの借りて充電したけど、あんま変わんなかったし。」
壮太は俺のと同じ、小振りな白い家庭用充電器を振って言った。伊緒も、この間勝負したときはそれを使ってた。
「まぁ、壮太が使ってるのもかなり限界まで充電してくれるし・・・いいだろう。」
壮太は充電を始めると、勝負前のメンテに入った。ボディを外し、赤いデュエルエッジがあしらわれたGPチップが覗く。俺の持つドライブウイングに始まり、エスペランサに終わった、神楽冴の第二次ブーム。俺達はたぶん、その延長線上にいる。この第三次ブームにあって、今でも時々、俺はあの頃を思い出すことがある。急にふっと消え入った、あの第二次ブームの終焉を。いろんなことが、あの頃と変わった。でも、変わらないものもあるような気がする。俺があの頃から感じてた、漠然とした不安みたいなもんもそうだ。うまく言えないが、決して払拭されたようには思えない。このデュエルエッジを抱くマシンを手に、俺達はそれとどう向き合っていくんだろうか。柄にもなく、俺は深く考え込んでしまった。
「・・・さ、こっちは上がりだ。」
「こっちもだ。今日こそ借り返して貰うからな!」
二人は電池を拾ってマシンにセットする。そしてメインストレートの両端に二つあるチェッカーラインのうち、さっきスタートに使ったのと逆の方に二台を並べた。
「ゲット、レディ?」
「・・・ゴー!」
次回予告
壮「次回は打って変わってわびしーいコースで大暴れだぜ!」
翔「侘びしい言うな!ジャパンカップジュニアサーキットだって立派なコースだろ。」
壮「まぁな。お決まりの三周20mでどんだけタイム詰められるかってやつだな。」
翔「そんなわけで行き着いた模型店、ひたすらJCJCだけ走り込む羽目になった俺達。」
壮「なんと、チューンモーターで俺もビックリなタイム叩いてるヤツ発見!」
一「ビックリか・・・そんな速さじゃ無理ないだろうが、脳天気なもんだな。」
壮「おうおう言ってくれんじゃんか!そんじゃ勝負してもらおうか?」
一「・・・俺の後ろで良ければ、好きに走ればいい。」
翔「このガキ、ちょっとムカツク奴だな。」
壮「次回エアーズ、Flag010【黄昏を破る者】」
一「チェッカーラインを見逃すな。」
翔「うわ、気にいらねー・・・でも、速ぇ。」
奈緒「この物語はフィクションです。実在の個人、団体とは一切関係がございませーん。な、の、で、あたしを捜して全国の模型店巡るようなバカはやらかさないよーに!」




