第9話 冷徹公爵との対面
大きく馬車が揺れながら重い車輪が音を立てて馬車は走り続ける。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
伯爵家から離れるにつれ、窓の外の景色は明るい街並みから深い森へと変わっていった。
道は次第に険しくなり、冷たい風が馬車の隙間から吹き込ん込んできた。
「リリア、寒くないか」
作業着の大きすぎる袖の中から、光の精オリオンが顔を出した。
風の精さんがやさしい空気の層を作り、地の精さんが足元から温もりを分けてくれる。
「みんな、ありがとう。わたし大丈夫だよ」
ぶかぶかの作業着のポケットにあるレオンさんの巾着袋を握りしめると、勇気が湧いてきた。
突然馬車のスピードが落ち、大きな鉄の門をくぐる。
ガタリと馬車が止まった。
「降りろ」
御者の声とともに扉が開けられた。
目の前に広がっていたのは、黒い石造りの壮大なフェルディナンド公爵の屋敷だった。
周りの木々は静まり返り、噂通り冷徹公爵の名にふさわしい冷気が漂っている。
わたしはおどおどしながら、ぶかぶかの作業着の裾を引きずり馬車から降り立った。
泥と油で汚れた服にぼろ布を抱えた5歳の幼い姿。
他に荷物はなにもなかった。
公爵邸の前に並ぶ使用人たちが、驚きと戸惑いの視線で見ているのがわかる。
家令が口を開く。
「グラーツ伯爵家のアリアーネお嬢様。ようこそお越しくださいました」
「はい」
おずおずと、わたしが答えた。
「ご当主様がお待ちでございます。こちらにどうぞ」
重厚な玄関の扉が静かに開き、泥と油で汚れたぶかぶかの作業着を着てボロ布を抱えた5歳リリアは屋敷の中へ通されていった。
「こちらで、お待ちください」
重厚な応接室に通された。
身代わりが、ばれはしないかと心配しながら待っていた。
扉が静かに開き一人の男性が従者を連れて入ってきた。
仕立ての良い黒いの衣装をまとった圧迫感すら覚えるほど姿だ。
ただ、顔に黒い斑点が多数ある。
15歳の若き冷徹公爵、エドワード・フェルディナンドだ。
恐ろしさで身をすくめるわたしに、エドワード公爵は静かな足取りで近づいてきた。
わたしの目の前に座りじっと見つめた。
眼光が、大きすぎる作業着、抱えたぼろ布へ注がれる。
銀色の髪を見つめた瞬間、公爵様の蒼い瞳がわずかに揺れる。
「グラーツ伯爵からは精霊に愛された美しい長女アリアーネを差し出すと聞いていたが」
公爵様の低く重みのある声が響いた。
「なぜやってきたのは忌み子なのだ」
一瞬で伯爵家の偽りを見抜いた言葉に従者たちは息を飲む。
わたしは息が止まりそうになった。
光の精オリオンが寄り添ってくれるのを感じて、小さな唇を開いた。
「わたしはリリアです。お姉様の身代わりとしてきました」
震える声で告げる。
公爵様はわたしを見つめ言った。
「身代わりか」
従者に命じる。
「温かい風呂と、一番良い洋服と、食事を用意しろ」
従者たちがいっせいに動き出す。
恐怖の館だと思っていた公爵邸で、あたたかな言葉がわたしを包みこんだ。
公爵様が小さく微笑んだように見えたのだった。




