第10話 冷徹公爵の真実
侍女長のマリアさんという女性に案内されわたしは部屋へ向かった。
地下牢の暗闇やカビの匂いとは違う。
あたたかな暖炉とやさしい香りに満ちあふれていた。
初めて入るお花を浮かべた温かいお湯。
こびりついていた泥や油の汚れ、おかあ様たちに擦り付けられたゴミが洗い流されていく。
お風呂上がり用意されていたのは、体にぴったりな柔らかなピンク色のドレスだった。
「なんて可愛らしいのかしら。本物の天使様ですわ」
マリアさんが優しく髪を梳かしてくれると、鏡の中には輝く銀色の髪、少し頬を赤らめたわたしが映っていた。
食事をのせたワゴンが入ってくる。
テーブルに食事並べられた。
温かいスープに焼き立てのパン、やわらかなお肉料理が湯気を立てて並んでいた。
「お腹が空いていませんか、どうぞ、お食べ下さい」
「たべていいの」
マリアさんが頷いてくれた。
美味しそうな料理を見るのも初めて。
わたしはスープを口に運んだ。
「おいしい。 こんなに美味しいもの食べたことないよ」
涙がこぼれ落ちていく。
ゴミ扱いされ、震えていた日々が嘘のようだ。
あっという間食事が終わった。
「公爵様にお礼を言ってはだめですか」
「お聴きして参りますね」
すこし間空いたがマリアさんが言ってくれた。
「ご当主は寝室にいらっしゃいます。こちらでございます」
従者の人が案内してくれる。
重厚な扉を開けた。
シルクの天蓋の寝台の上に、公爵様は苦しそうに横になっていた。
侍医が側にいた。
胸から首元にかけてだった漆黒の縄の模様が這い上がって、顔にまで斑点を作っている。
公爵様取り巻く空気は、普通の人間には見えない黒い霧のような縄がまとわりついていた。
周りにはまとわりつく黒い縄を、必死で払おうとしている精霊たちの姿が目に入った。
リリアは、思わず走って公爵様の傍に寄った。
「くろいのいたいの飛んでけ」
小さく呟き、手を当主の頬へ伸ばした。
指先から柔らかな金の光が溢れ出し公爵様を包み込んでいく。
「痛みが和らいでいく」
「ご当主、胸から首元までを覆っている黒い縄もお顔の斑点もありません」
侍医が言った。
そこにいた皆が息をのむ。
王国中を探させても見つからなかった妖精の愛し子がここにいるのだと悟った瞬間だった。
公爵様の手が、私の頬にやさしく触れた。
寝台の上に座る、エドワード公爵様が穏やかな声言う。
「私は、両親を馬車の事故で亡くし12歳で爵位を継いだ。肉親はいない。妹として大切にしていきたい」
「小さく痩せこけた体。泥と油に塗れたぶかぶかの作業着。5歳の幼い少女に残酷を強いておきながら、白々しく愛娘と嘘をついて差し出してきたグラーツ伯爵の冷血さに怒りはおさまらないのだ。私を見上げる健気な瞳を見たとき、一生の幸せを与えてやりたいと心から誓ったのだよ」
「うん」
冷徹で恐ろしい公爵という噂は偽りに過ぎなかった。
公爵様の蒼い瞳には妹を慈しむ温かな光だけが宿っている。
「リリア、良かったね。公爵様は優しい人だよ」
光の精オリオンや風の精たちが楽しそうに舞い踊る。
公爵様は光にきずくと静かに頷いて見せた。
「リリア、ここがお前の家だ。笑って暮らしなさい」
「公爵様。ありがとう」
暗く冷たい地下牢を抜け出し、わたしはついに、心から愛し守ってくれる本当の居場所へと辿り着いた。




