第47話 婚約の誓い
リリアは、侯爵家の温かな家族に愛しき娘として迎えられ、新たな一歩を踏み出した。
だが、彼女の過酷な半生において最もかけがえがなく、そして誰よりも深く魂の結びつきを分かち合った存在、それはやはり、あの冷たく暗い地下牢の底から手を差し伸べ、死の運命から救い出して守り抜いてくれた兄に他ならなかった。
形式上の養女という立場を離れ、本当の意味で対等な伴侶として共に歩む道を選んだ二人のために、公爵邸の大広間にて、親密な者たちだけを招いた極秘の婚約祝宴が執り行われることになった。
夜の帳が静かに下りた公爵邸の大広間は、無数の純白の薔薇と、精霊の光を閉じ込めたかのように揺らめく真珠色のキャンドルによって幻想的な空間へと仕立て上げられた。
高天井からは星屑のような結晶鉱石が輝きを散らし、優雅な弦楽の旋律が空間を満たしている。
集ったのは、心からの親友セリーヌや、かつて呪いを乗り越えた側近たちの元婚約者である三人の令嬢たち、そしてリリアを実の娘のように温かく育んだ侯爵家の面々など、彼女の内に秘められた輝きと幸福を心から祝福する者たちばかりだった。
やがて、銀糸の刺繍が施された純白のドレスに身を包んだリリアと、漆黒と群青の気高い正装をまとったお兄様が並んで姿を現した。
「リリア様、なんてお綺麗なの」
「お兄様とも、まるで神話の一幕のようにお似合いですわ」
セリーヌたちが感嘆の溜息を漏らし、会場全体が温かな拍手と深い祝福の眼差しに包まれる。
兄は、隣に立つリリアの細く柔らかな手を優しく自身の腕に導くと、愛おしさと誇りに満ちた瞳でじっと彼女を見つめる。
「リリア。これまでの苦難と暗闇を越えて、ようやく君を私の正式な隣に迎えることができた。愛しているよ、私のすべてだ」
「はい、お兄様。私も、永遠にあなたの傍らに」
二人が静かに視線を重ね合わせ、永遠の愛を刻み込む甘い誓約の口づけを交わそうとした、その瞬間。
重厚な音を立てて、大広間の大理石の扉があまりにも荒々しく蹴破られた。
冷たい夜風とともにその場に雪崩れ込んできたのは、ボロボロの粗末な麻布をまとい、かつての面影すら失ったミーナの姿であった。
かつて偽りの大聖女と讃えられた気品は影を潜め、修道院の地下深くの監獄に幽閉されていたはずの彼女は、過酷な服役と絶望に心を苛まれたのか、髪はボサボサに乱れ、瞳には血走った狂気がらんらんと宿っていた。
「なんだ、お前は」
「警備はどうなっている」
会場にいた貴族たちがどよめき、一斉に警戒の色を強める。
ミーナは汚れ果てた裾を引きずりながら、怨嗟に満ちた目を剥き出しにしてよろよろと歩み寄り、高笑いに似たヒステリックな声を上げた。
「そうだわ。私は特別なのよ。私は大聖女なのよ。なぜ、こんなみそっかすごときのせいで、泥水をすすらなきゃいけないの」
ミーナは発狂したようにリリアを指差し、身の毛もよだつような呪詛の言葉を吐き散らす。
しかし、かつてのように彼女の言葉に怯える者など、この場には一人として存在しない。
兄は、氷のように冷徹な怒りを湛えた瞳で、目の前に膝をつく愚者を見下ろす。
「よくも、今日という祝福の日に泥を塗りに出てきたものだな」
兄が静かに手を掲げると、影の中から漆黒の軍服と魔導鎧を身にまとった公爵家の精鋭騎士たちが一斉に姿を現し、逃げ道を完全に遮断した。
「貴様がかつてリリアに与えた絶望と苦しみに比べれば、その落ちぶれた姿など当然の報いだ。二度と我が視界に入るな。不敬罪および無断侵入の極刑として、いますぐ最底層の地下奈落へ投獄せよ」
「嫌よ、私に触らないで。私は大聖女よ」
ミーナの醜い悲鳴は大広間の天井へと虚しく響き渡り、精鋭騎士たちによって払うべき汚れのように引きずり出されていった。
招かざる悪意が去った後、大広間には再び何事もなかったかのように、清らかな光と美しい弦楽の調べが戻ってきた。
兄は小さく息をつくと、心配そうに自分を見上げるリリアの手を再び愛おしそうに握りしめ、穏やかに微笑んだ。
「すまないね、リリア。せっかくの祝宴に水を差されてしまった」
「いいえ、お兄様。もうあのような影に怯える必要は、どこにもありませんわ」
リリアがふわりと咲かせた笑みは、光のように美しく、眩い慈愛に満ちあふれていた。
暗く冷たい地下牢の底から始まった彼女は、いまやすべての因縁と悪意を断ち切り、最愛の兄の腕の中で、永遠の幸福と光に包まれた新たな未来へ歩み出していく。




