第48話 聖なる永遠の誓い
王国と隣国、両国を長年苛んできたすべての因縁と不吉な呪詛は綺麗に浄化された。
新旧の貴族社会を激震させた大嵐のような日々もようやく過ぎ去り、穏やかで優しい静寂が戻りつつあった。
ついに、リリアと兄による王都の大聖堂での正式な婚礼が翌日に迫り、静かな前夜が訪れていた。
荘厳な静寂に包まれた大聖堂の控え室。
明日には晴れて神前で永遠の契りを交わす二人だ。
今夜は互いの部屋で静かにその時を待つのがしきたりであった。
けれど、どうしてもリリアの顔を一目見たかった兄は、密かに彼女の控える部屋の扉を優しく叩いた。
「お兄様、こんな夜更けにどうされたのですか」
驚いて振り返ったリリアの姿に、兄は言葉を失って息を呑んだ。
高くそびえるステンドグラスを透かして降り注ぐ月光が、リリアの銀の髪と繊細なドレスを幻想的に染め上げている。
その佇まいは、かつて暗く冷たい地下牢の底で出会った幼き少女の面影を宿しながらも、言葉を失うほどに気高い美しさをまとっていた。
「どうしても、明日を迎える前に君の姿が見たくなってね」
兄は優しく目を細めるとリリアへ歩み寄り、彼女の華奢な両手をそっと自身の温かな手で包み込んだ。
触れ合う手のひらからは、静かな温もりだけが優しく伝わっていくのだった。
「リリア。明日、私たちはいよいよ正式に結ばれる。ずっとこの時を夢見てきた。いや、あの暗黒の地下牢から君を連れ出したあの夜から、私の命のすべては君のためにあったのだから」
「お兄様」
リリアの美しい翠の瞳から、愛おしさに満ちた雫がひとすじ、温かく零れ落ちた。
「私もですわ、お兄様。どんなに深い闇が訪れようとも、あなたのその温かい手が私を光へと導いてくれた。明日からは、私があなたの心を優しく包み込みます。永遠に寄り添わせてください」
満天の星々が静かに見守る中、二人はそっと額を寄せ合い、明日への揺るぎない愛と誓いを重ね合わせた。
翌日、王都の大聖堂は、かつてないほどの厳粛な気品と華やかな祝福の気配に満ちあふれていた。
最前列の特等席には、リリアを愛しき養女として温かく迎え入れた侯爵家の面々が座していた。
念願の愛娘が嫁ぎゆくこの晴れの日、気品あふれる侯爵家当主は、愛しい我が子があまりにも立派な公爵家当主のもとへ嫁ぐ感銘に堪えず、目元にハンカチを押し当てて感涙にむせんでいた。
優しい母も瞳にうっすらと涙を浮かべ、なんて晴れがましいのでしょう、リリア、本当におめでとうと、溢れ出る愛おしさを噛み締めている。
二人の義兄たちもまた、兄としての威厳を保とうと背筋を正しながらも、寂しくなったらいつでも僕たちの家へ帰っておいでと、名残惜しそうに小さく手を振っていた。
血の繋がりを超えて結ばれた家族の強い絆が、その一角を温かく満たしていた。
その少し離れた特別貴賓席には、この国を統べる最高権力者である国王陛下と王妃陛下が並び立ち、温かな眼差しで二人を見守っている。
その傍らには、廃嫡こそ免れたものの、人間性を一から鍛え直すため宮廷内で厳しい修錬の日々を送るセドリック皇太子の姿もあった。
かつてのごうまんさは完全に影を潜め、どこか引き締まった面持ちで静かに式を見つめている。
彼の隣には、数多のしがらみを乗り越えて新たに選ばれた気高き婚約者が寄り添い、穏やかな微笑みを浮かべながらセドリック皇太子の腕にそっと手を添えていた。
参列者の中には親友セリーヌの姿もあった。
彼女は己のことのように瞳を輝かせ、隣に立つ優しく頼もしい婚約者の腕にそっと寄り添いながら、心からの祝福を込めていた。
その周囲には、ミーナの呪いと洗脳によって運命を狂わされながらも無事に救い出された。
側近の三人の青年たちと、それぞれの元婚約者である令嬢たちの姿もあった。
彼らは固く手を握り合い、取り戻した平和と絆を噛み締めるように祭壇を凝視している。
さらにその傍らには、雪のように真っ白な毛並みと輝く赤眼を持つ愛犬ヴァイスがいた。
特別にしつらえた椅子の上に気高く腰掛け、ふさふさとした尾をパタパタと揺らしながら、大好きなリリアの晴れ姿を誇らしげに見つめている。
やがて、巨木のようなパイプオルガンから荘厳な旋律が響き渡ると、重厚な大聖堂の扉がゆっくりと開放されたのだった。
純白のウエディングドレスに身を包んだリリアが、一歩、また一歩と聖なるバージンロードを踏みしめていく。
その神聖な姿は、まさに真の大聖女たる慈愛と、気高く美しき光を放ち、参列者たちの呼吸を奪うほどだ。
祭壇の前で待つ兄は、胸を打たれた瞳でリリアを温かく迎え入れる。
二人が神前へと美しく並び立ち、神父の厳かな問診が静寂のなかに響き渡ったのだった。
「汝、ここにいる者を生涯の伴侶とし、苦難の時も喜びの時も、愛し、敬い、慈しむことを誓いますか」
兄は迷うことなく、力強く、そしてどこまでも深い愛を込めた声で応えたのだった。
「誓います」
続いて、リリアが晴れやかな微笑みをたたえ、澄み渡る声で告げたのだった。
「はい、誓いますわ」
その瞬間、リリアの魂の奥底から、真の大聖女としての純粋なる神聖魔法が奇跡のように解き放たれたのだった。
彼女のまとう純白のドレスが眩い聖光を放ち、王国全土を覆っていた過去の邪気や澱んだ瘴気が、一瞬にして綺麗に浄められていく。
その清らかな光は温かな結界となり、大聖堂全体を包み込みながら、二人の未来と参列者たちを永遠に護る安息の聖域を作り出した。
光の奇跡に応呼するかのように、天井やステンドグラスの破片から、無数の小さな精霊たちがふわりと光の粒子となって姿を現した。
かつてリリアが暗い地下牢の底で冷たさに震えていた際、寄り添い温もりを与え続けてくれた愛らしい光の精たちであった。
さらに、その光の群れの中で一際眩しく輝くひとすじの光が、柔らかい人型のシルエットを描き、鮮やかな色彩をまとっていく。
かつてリリアの孤独な闇を最初に照らした伴走者、光の精オリオンとしての真の姿を完全に現した。
「リリア。やっと、やっとこの日を迎えられたね」
光の精オリオンは、愛おしさに満ちた輝きをこぼしながらリリアの肩へと優しく舞い降り、祝福の声を響かせた。
彼の存在に気づいたリリアは、胸いっぱいの感謝を込めて柔らかく微笑み返した。
「ええ、ありがとう。ずっと見守ってくれていたのね」
満ち足りた光と割れんばかりの拍手と祝福の歓声の中、二人はしっかりと手を繋ぎ合い、永遠の愛と共に輝かしい未来の光の中へと歩み出していった。




