第45話 王家の裁定
国王陛下と王妃陛下が重厚な絨毯を踏みしめ、厳かに歩みを進めるたび、大ホールは息を呑むような絶対的な威圧感に支配された。
先ほどまで見苦しく逃走を図ろうとしていた皇太子セドリック殿下とミーナは、強大な魔圧に縛り付けられたかのように立ちすくみ、蒼白な面持ちでガタガタと震えている。
「父上、母上。なぜ、このような場所に」
皇太子が震える声を絞り出すと、国王陛下は氷のように冷ややかな怒気を湛えた瞳で我が子を射抜いた。
「愚か者め。国賓をも欺くような惨めな茶番劇を、この国の未来を背負うべき皇太子が演じるとはな。王家の血と威信を汚す恥さらしめ」
国王の低く地響きのような威圧に、皇太子の膝ががくがくと砕けた。
続いて、絢爛たる王冠を戴く王妃陛下がすっと一歩前に出ると、リリアを慈愛と気高さに満ちた瞳で見据えた。
そして、大ホールの高天井にまで澄み渡る明瞭な声でこう告げたのだ。
「リリア・フォン・フェルディナンド公爵令嬢、そして気高く立ち上がった勇敢な令嬢たちよ。長きにわたり、あなた方が受けた理不尽な苦難と暗黒の日々、我が王国の中枢として深く心より詫びよう」
王妃陛下の思いがけない謝罪の言葉に、ホール内の生徒や貴族たちからどよめきの波紋が広がっていく。
リリアは驚きに翠の瞳を丸くし、ドレスの裾を静かに引いて深く頭を下げた。
「王妃様、勿体なきお言葉にございます」
「顔を上げなさい、リリア」
王妃陛下は穏やかな微笑みを浮かべると、冷徹な視線をミーナと皇太子へと向けた。
「偽りの大聖女と祭り上げられたミーナよ。お前が隣国の第一皇太子殿下の命を救ったという逸話。あれは漆黒の偽りだ。真実は、お前が放った拙い光の魔法が闇の呪詛を大暴走させ、あわや皇太子殿下の命を絶ちかけた。それを、リリアが誰にも気づかれぬよう陰から完璧なる神聖浄化魔法で行使し、命を救い上げたのではないか」
「なにを」
ミーナは血の気を失った顔で声を張り上げた。
「違いますわ。私は真の大聖女です。彼の命を救ったのはこの私」
「もう見苦しい言い訳はやめよ」
王妃陛下の言葉を遮るように、来賓用扉の陰からもう一人の人物が静かに姿を現した。
精霊の加護を感じさせる気品を纏ったその男は、隣国から極秘裏に来国していた第二皇子であった。
「第二皇子殿下」
皇太子セドリックが絶叫する。
第二皇子は冷ややかな冷笑をたたえながら、ミーナと皇太子の前へと歩み出た。
「我が国の宮廷高位医師団、そして私自身のこの目でしかと見届けた。あの夜、兄上の命を救い、暴走した闇の呪詛を完璧に浄化してみせたのは、ミーナの如きまやかしの光ではない。リリア嬢、その優しくも気高く澄み渡る真実の光だ」
隣国皇子による揺るぎない証言に、ミーナの唇がおののいた。
「そんな、嘘よ」
頭を抱えてその場に崩れ落ちる。
自身が踏みにじり利用してきたすべての欺瞞が、いまや逃げ場のない動避ぬ証拠となって突きつけられた。
大ホールの空気が静まり返る中、国王陛下が一歩前へ踏み出し、重々しい声ですべての邪悪な真実を暴いた。
「それだけではない。ミーナ、そして愚かなる我が息子よ。貴様らが隠し通してきた罪の全貌は、王家直属の暗部情報網によって完全に暴かれている」
国王の指先が、床に這いつくばるミーナとセドリックを容赦なく指し示した。
「ミーナ男爵令嬢。お前はかつて、宮廷や学園の地下ルートから魅了の魔道具や禁忌の精神改変薬を極秘裏に入手した。そして我が息子の皇太子をはじめ、数々の側近たちを意図的に洗脳し狂わせたのだ。真面目な婚約者たちから大切な者を奪い、自らを崇拝する忠実なかいらいへと仕立て上げていた。その証拠として、お前の私室の隠し金庫からは、実際に使用された魅了の魔石と、被害者たちの名が刻まれた黒い帳簿が押収されている」
その衝撃的な事実に、会場の生徒たちから悲鳴に似たどよめきが巻き起こる。
魅了の魔道具。
では側近の先輩たちが豹変したのは、そのせいだったのか。
側近の元婚約者である三人の令嬢たちは、胸を熱く焦がしながら静かにその言葉を受け止めていた。
「さらに、皇太子セドリック。貴様はその魅了の毒に溺れて国政を混乱させ、国益を損ない続けた。そればかりか、幼少期から不当な扱いを受けていたリリア嬢に対し幾度となく侮辱を重ね、あまつさえ彼女の秘められた正統なる神聖力を隠蔽し、弾圧しようと企てた。これほどの狂気と怠慢、この国の王位継承者として到底許されるものではない」
すべての悪事と陰謀が公の場で光の下に晒され、皇太子は顔面を蒼白にした。
「これですべての真相が裁きの場に提示された」
国王陛下が玉座の主としての絶対的な神聖威厳を解き放ち、氷の如き宣告を下す。
「皇太子セドリック。偽りの聖女と結託して無実の公爵令嬢を陥れ、国政と王家の名誉を深く傷つけたその罪は重い。皇太子の地位を直ちにはくだつし、平民へ落としたうえ最果ての辺境地への永久追放とする」
「父上。そんな、待ってください」
見苦しく悲鳴を上げるセドリックの腕を、黒銀の鎧をまとった近衛騎士団が容赦なく背後から拘束し、引き立てていく。
「そして、ミーナ男爵令嬢。偽りの大聖女として人心を惑わし、数々の禁忌を犯した。その爵位を即刻はくだつし、国内すべての聖域への立ち入りを永久禁止、および光の届かぬ修道院の地下牢への無期幽閉を命じる」
「嫌よ、私は大聖女なのよ。私に触らないで」
ミーナの醜い叫びと狂乱の声は大ホールの高天井に虚しく響き渡る。
精鋭騎士たちによってあたかも穢れた不浄物のように引きずり出されていった。
彼女が夢見た栄光も虚飾の誇りも、すべては泡となって霧散した瞬間であった。
悪夢のような断罪劇が終幕を迎え、大ホールには再び静寂が戻る。
国王陛下と王妃陛下は、混乱の渦中にありながらも微動だにせず、気高く光をまとって佇むリリアの美しき姿をじっと見つめていた。




