第42話 偽りの戴冠
隣国での賑やかな祝宴が終わりを告げ、王国への帰路につく豪奢な馬車列。
その重厚な車中で、公爵家当主である兄は向かいに座るリリアを静かに見つめていた。
膝の上には、リリアの愛しい気配が残る毛布を離さず大人しく収まっている愛犬のヴァイス。
リリアは長旅の疲労からか、ヴァイスを抱きかかえたままそっと瞳を閉じ、小さな寝息を立てていた。
その幼い横顔を見つめながら、兄の胸には愛おしさと切ない思慕が溢れ出していた。
リリア、私のかけがえのない妹。
本当なら、胸を張って我が公爵家の至高の宝だと称えたい。
隣国の地で妹は、己の偉大な力すら誇示せず影で人の命を救った。
そして隣国の第二皇子が宴の片隅で真実を見抜いた、命がけの眼差しと切実な求婚。
あの第二皇子殿下はお前の本当の光を見抜いていた。
あの方のもとへ嫁ぐことが、本当の幸福へと導く道なのだろうか。
私の手からお前が離れていくことなど、兄としての心が引き裂かれそうだ。
妹を護るためにあえて静観を貫く焦燥感。
いずれ手放さなければならないかもしれない切なさ。
兄は拳を強く握りしめ、眠るリリアの肩にそっと自らの上着をかけてあげた。
やがて自国へ帰還した。
一行を待っていたのは、国王主催による全快祝勝大宴会であった。
隣国の第一皇太子を不治の闇の病から救い出し、国威を大いに発揚したという偉業を祝うため、大広間には王国の全貴族が集結していた。
宴の頂点において、ファンファーレの清らかな音色とともに国王から神聖なる宣言が下される。
「聖女ミーナの奇跡なる光は隣国の皇太子殿下の命を救い、我が国の威信を大陸全土に示して見せた。これよりミーナを、大聖女として正式に襲名させるものとする」
盛大な拍手と歓声が大広間に湧き起こる。
ミーナの頭上には眩い大聖女の冠が授けられた。
満面の笑みを浮かべるミーナの隣で、セドリック殿下が誇らしげに胸を張り前へ進み出る。
「ここに宣言する。私とミーナの正式な婚約を、この聖女襲名の場をもって発表する」
「まあ、皇太子殿下」
ミーナは可憐に頬を染め、セドリック殿下の腕にすがりつく。
集まった貴族たちや魅了の魔道具に支配された側近たちは、惜しみない祝賛の声をあげる。
名声、栄誉、そして皇太子妃の座。
ミーナは己の欲するすべてを完璧に手に入れ、どこまでも高慢な優越感に酔いしれた。
「見たかしら、みそっかすのリリア。私は大聖女として歴史に名を刻み、未来の王妃になるのよ。次はいよいよ、学園の卒業パーティーで貴女たち邪魔者を完全に叩き潰して追放してあげるわ」
大聖女襲名と婚約発表に沸き返る会場の片隅。
リリアはセリーヌと共に、華やかなスポットライトから遠く離れた陰影の中で佇んでいた。
「リリア様、ミーナ様が大聖女として襲名され、皇太子殿下と婚約されてしまいましたわ」
心配そうに寄り添うセリーヌに、リリアは優しく微笑みを返した。
「いいのよ、セリーヌさん。地位や名声がどうなろうと、お病気だった隣国の第一皇太子殿下が無事に回復された。私にとってはそれだけで十分なのよ」
リリアは一切の羨望も憎しみもなく、どこまでも澄み切った翠の瞳で静かに佇む。
偽りの栄光に酔いしれる大聖女ミーナと、真の尊厳を胸に静かに微笑むリリア。
二人の運命が決定的に分かたれたこの大宴会を経て、王立魔法学園の卒業パーティーでの最終的な断罪劇へと向かって突き進んでいく。




