第41話 快癒の宴
隣国の王宮では、第一皇太子の奇跡的な全快を祝し、極上の光に彩られた盛大な快癒記念祝宴が催されることとなった。
大広間には幾重にも連なるクリスタルのシャンデリアが眩い光の粒子を投げかけ、最高級の料理と優雅な弦楽の調律が空間を満たした。
ミーナは大陸随一の大聖女と持て囃され、無数の貴族たちから惜しみない称賛の拍手を浴びていた。
「聖女ミーナ様。我らが第一皇太子殿下を救ってくださり、なんと感謝を申し上げればよいか」
「これぞ真の奇跡、我が国の至宝であられる」
隣国の高官や貴族たちが次々と純銀の杯を掲げ、ミーナの功績を称える。
魅了の魔道具によって囚われたセドリック殿下や側近たちも誇らしげに胸を張り、ミーナはどこまでも高慢な優越感に満ちた笑みを浮かべていた。
その華やかなスポットライトから遠く離れた大広間の壁際、リリアは影に隠れるようにひっそりと佇んでいた。
「あんなところにみそっかすが紛れ込んでいるぞ」
「聖女様の威光に与かって隣国まで付いてくるなんて、恥知らずな公爵令嬢だ」
心ない嘲笑と冷徹な魔圧の視線が注がれる。
リリアは傷つく様子も見せず、死の呪縛から無事に解き放たれた第一皇太子の健やかな姿を遠くから見つめ、そっと胸を撫で下ろしていた。
「本当に、ご無事でよかったわ」
その時、一人の気品と威厳をまとった青年の姿が、賑やかな群衆を押し分けるようにして静かにリリアへと近づいた。
隣国第二皇子の精霊の加護が施された絢爛たる正装だった。
「リリア嬢」
低く温かな響きに振り向いたリリアは、パッと翠の瞳を輝かせた。
「隣国の第二皇子殿下でいらっしゃいますか」
「仮初めの名を名乗っていたことを許してほしい。君を想う心に偽りは一切ない」
隣国の第二皇子は周囲の貴族たちの視線も意に介さず、リリアの前で静かに片膝をつき、手を両手で優しく包み込んだのだった。
二人が正面から互いの瞳を見つめ合い、言葉を交わすのはこれが初めてのことでだった。
「あの暗く冷たい病室で、兄上を救うために君が影から温かな聖光を灯してくれたのだね」
「それは」
戸惑うリリアの美しい頬が朱に染まる。
隣国の第二皇子は至上の愛おしさに満ちた瞳でリリアをまっすぐに見つめたのだった。
「ミーナの狂おしき毒の光ではなく、君のあの小さくも澄み切った光が兄上の闇の呪詛を解いた。リリア、君は私の命の恩人であり、魂のすべてだ。あのような者たちに蔑まれる必要などどこにもない。私と共に我が国へ来てくれないだろうか。生涯をかけて君を護り愛すると誓う」
大広間の影で繰り広げられる情熱的な求愛。
リリアは驚きと胸の高鳴りに言葉を失い、静かに息を呑んだ。
そして、その光景を少し離れた彫刻柱の陰から万感の想いで見つめる男がいた。
リリアの兄であり、公爵家当主である兄だ。
「リリア、私の愛しい妹」
兄の胸の中には、荒れ狂う激浪のような葛藤が渦巻いていた。
本当ならばリリアをいますぐ腕に抱き寄せ、学園で妹をみそっかすと蔑み嫌がらせを重ねてきたセドリック殿下やミーナ、そして不礼な貴族どもの首を今すぐ落としたい。
公爵家の絶対的な兵力をもって王立魔法学園ごと潰し尽くしたいという怒りが、臓腑を焼いていた。
だが、感情に任せて騒ぎを起こせば、リリアが余計な政争と悪意の渦に巻き込まれて傷ついてしまう。
妹の名誉を完璧に守るためには、真実を突きつける瞬間を耐えて待たねばならない。
そして何より、目の前でリリアの手を握り締める隣国第二皇子の揺るぎない眼差し。
隣国の第二皇子殿下、あの御方ならばリリアの真の尊厳と光の美しさを理解し、生涯をかけて心から大切にしてくれるかもしれない。
兄としてリリアを遠い異国へ旅立たせることなど、私の魂が引き裂かれそうだ。
妹を護るために刃を収める焦燥感と、幸福を願うがゆえ手放さねばならぬ切なさ。
兄は相反する二つの強い感情に身を苛まれ拳を固く握り締め様子を見守る。
快癒の祝宴が終わり、一行はいよいよ自国への帰路につく。
大聖女ミーナは偽りの栄光に酔いしれ、真実に気づかぬ愚かなセドリック殿下たち。
すべての因縁を断ち切る、王立魔法学園の卒業パーティーでの断罪劇へと加速していく。




