第39話 隣国への出立
隣国で第一皇太子が突然倒れ、古代禁忌の呪詛と黒斑霊腐病によって死の淵をさまよっているという未曾有の危機。
その緊急事態の報せは国境の結界を越えて直ちに、リリアたちの通う王国の宮廷へと持ち込まれた。
「聖女ミーナ様の光の大精霊の加護こそが、隣国皇太子殿下の命を救う唯一の希望にございます」
隣国からの切実なる魔導書状を受け、事態を重く見た王国の国王は、直ちに隣国への緊急派遣を決断した。
国王が発した勅令はそれだけにとどまらなかった。
「これは隣国との極めて重要な外交の命運を分ける案件である。我が国の威信を示すため、皇太子をはじめ、国内最高峰の貴族である公爵家当主、公爵令嬢リリアにも随行を命じる」
万が一にも不備があってはならぬと、王宮からの指示は公爵家当主である兄と、令嬢であるリリアにも下されたのだった。
名目は国の最高位貴族としての公式な式典随行および外交使節であった。
セドリック殿下やミーナたちの目には異なる意図として映った。
「リリアもついて来るのね。私が隣国の皇太子殿下を救う一部始終を特等席で見せつけてやるわ。自分がどれほど無力で無価値か思い知るといいわ」
ミーナは醜悪な優越感をたぎらせ、勝ち誇った笑みを浮かべた。
朝、王宮の紋章を掲げた直属の勅使が、王立魔法学園の石畳の広場に雷鳴のごとく蹄の音を響かせて駆け込んできた。
「聖女ミーナ様、ならびに皇太子殿下、公爵令嬢リリア。国王陛下より大至急の勅命にございます。直ちに隣国へ出発の準備を」
勅使の叫び声に、騒然とする生徒たちからどよめきと感嘆の声が上がったのだった。
「聖女様だけでなく、皇太子殿下や公爵家まで付き添いで出かけられるなんて」
「さすがミーナ様だ。我らが聖女の威光に国全体が動いているのだな」
魅了の魔道具に支配されたセドリック殿下や側近たちも胸を張り、リリアに向かって蔑むような視線を投げかける。
「リリア、お前のようなみそっかすが付き添いとはな。ミーナが隣国の皇太子を救う奇跡の瞬間を、陰から指を咥えて見ているがいい」
セドリック殿下の心ない言葉にも、リリアは静かに背筋を伸ばし美しく気品あるお辞儀を返す。
「お病気で苦しんでいらっしゃる方がいるのなら、無事にお治りになると良いのだけど」
己を排斥しようとする者たちの嘲笑など意に介さず、リリアはただ純粋に、見知らぬ隣国の病人の平癒を祈っていた。
国王が用意した絢爛豪華な大馬車隊と、重厚な魔導鎧を身につけた精鋭の近衛騎士団が整列する。
公爵家当主である兄も妹のリリアを護衛するため、険しい表情を浮かべながらも覇気を漂わせ、馬車へと乗り込んだ。
「皆様、行って参りますわ。私の祈りを信じて待っていてくださいね」
ミーナは窓から可憐に手を振る。
セドリック殿下一行と威圧感を放つ公爵家を乗せた大馬車隊は、疾風のごとき勢いで隣国を目指して街道を駆け出した。
聖女も皇太子も公爵家も不在となり、嵐の前の静寂が広がった王立魔法学園。
その上空を、学園から公爵邸へと向かっていた光の精オリオンが、行き違いになった一行を追いかけるようにして、一筋の光となって隣国への街道へと方向転換していた。




