第34話 穏やかな夏休み
学園の3年生となって初めて訪れる、夏の長期休業。
リリアたちは狂気と魅了の毒が渦巻く不浄な学園から身を引き、公爵家が所有する静寂なる湖畔の魔導別荘へと身を寄せていた。
眩い真夏の陽光を受け、エメラルドグリーンにきらめく広大な湖。
冷涼な風が吹き抜ける美しい庭園には、リリア、セリーヌ、セリーヌの婚約者、そして商人として身分を隠す隣国の第二皇子の四人が一堂に集っていた。
「リリア様、見てください。湖の清流にとても綺麗な鳥が飛んでいますわ」
「セリーヌさん、本当だわ。吹き抜ける風がとっても気持ち良いね」
学園での苛烈な迫害や凍てつくような冷視から解き放たれ、リリアの頬には可憐で自然な紅潮が差していた。
セリーヌと仲良く湖畔の長椅子で冷えた霊草ハーブティーをたしなみながら、天使のごとき笑顔を咲かせている。
その少し離れた場所では、セリーヌの婚約者が丁寧に湖釣りの魔導仕掛けを準備し、第二皇子は木陰の椅子に優雅に腰を下ろして古代魔導書物を広げていた。
「彼女たちの本来あるべき気高い姿だな。学園のあの狂暴な悪意が偽りのようだ」
第二皇子は、湖畔で嬉しそうに跳ね回るリリアの姿を愛おしげにじっと見つめていた。
学園では正体を隠して接してきたが、この夏休みにリリアから、日頃の感謝を込めて別荘へ招待したいとの心温まる申し出を受けたのだ。
そんな折、公爵家当主のお兄様が、領地の多忙を極める執務、国政、魔導執務を奇跡的な全速力で終わらせ、数日間だけの休息を得て別荘へ駆け込んできた。
「リリア、兄さんはこの日のために仕事を終わらせた」
愛しい妹との至福の夏休みを夢見て、意気揚々と別荘の重厚な扉を開けたお兄様。
そこで彼が目にしたのは、庭園の木漏れ日の中でリリアが恥ずかしそうに焼き立てのクッキーを差し出し、高貴な雰囲気をまとう隣国の第二皇子が嬉しそうにそれを受け取って優しく微笑み合う、あまりにも仲睦まじい光景だった。
「あの、お兄様」
稲妻に打たれたかのように硬直するお兄様。
瞳孔を開き、信じがたい光景を前に蒼白となり、胸を固く押さえて激しい絶望と衝撃に打ちひしがれる。
「なんだあの男は。誰だあの男は。私の天使のようなリリアと、あんな距離感で親密そうに」
妹を至高の宝として溺愛するお兄様にとって、リリアが自分以外の若い男と可憐に談笑している姿は、まさに天変地異の破滅に匹敵する衝撃であった。
お兄様は嫉妬とショックに肩を震わせながら、隣国の第二皇子を殺気立った魔圧の眼光で鋭く牽制する。
第二皇子もまた一切引くことなく、冷徹な理知の瞳で公爵家当主の覇気を堂々と受け止めた。
「リリア嬢。いつも素晴らしい温かなもてなしをありがとう。君の周りには、いつも澄んだ優しい風が吹いているな」
「こちらこそ。いつも図書室で難しい魔導を教えてくださるお礼です。ゆっくり羽を伸ばしてくださいね」
お兄様の胸を刺す心の叫びをよそに、無邪気に微笑み返すリリア。
第二皇子はリリアの可憐さに胸の奥を強く締め付けられながら、心の中で静かに固い誓いを新たにした。
「夏休みが明ければ、あの愚かな皇太子やミーナどもが再びうごめき出すだろう。私はこの無垢な光の笑顔をどんな邪悪な陰謀からも絶対に守り抜く。この夏が終わったら、正式に我が国へ迎え入れるための盤石な体制を整えるとしよう」
お兄様がショックで激しい魔圧を放ち、セリーヌと婚約者の睦まじい笑い声が湖畔に響く。
第二皇子の静かに深まっていくリリアへの深い情愛。
湖畔で過ごすこの静寂な時間は、過酷な歪みに耐え続けてきた四人にとって、生涯消えることのない奇跡の夏となった。
眩い夏が終わりを告げ、学園への登校が再開された時、ミーナたちの断罪の刃が迫っていた。




