第33話 忍び寄る終局
学年が三年生へと進級し、学園内に張り詰める緊張感と不穏な気配は、隠しようのないほどに濃厚なものとなっていた。
命の息吹を告げる春の柔らかな風が王立魔法学園の広大な敷地を吹き抜けていくものの、その爽やかさとは裏腹に、校舎を覆う空気は重く冷たく沈み込んでいた。
ミーナが放つ魅了の毒と大精霊の加護という偽りの権威は、学園の身分序列と秩序を根本から歪め尽くしていたのだった。
学園の頂点に君臨するのは、四年生となったセドリック殿下と、その腕に甘えるように寄り添うミーナでだ。
セドリック殿下の側近である宰相の令息、騎士団長の令息、そして魔法省長官の令息たちもまた、瞳から光を完全に消失させ、ミーナの意のままに動く忠実なかいらいへと成り果てていた。
そして、彼らの歪んだ愛憎の犠牲となり、一方的に婚約を破棄され捨てられた令嬢たちにも、容赦のない苦難の春が訪れていたのだった。
宰相の令息の元婚約者は、二年生へと進級していた。
広大な回廊の薄暗い柱の陰で、彼女は一人静かに膝を抱え零れ落ちる涙を必死に拭っていた。
学園内での後ろ盾と庇護を失った彼女に対し、ミーナを盲信する同級生たちからは露骨な嫌がらせや嘲笑が日夜浴びせられていた。
それでも彼女は、いつか彼が正気を取り戻して自分のもとへ戻ってきてくれるのではないかと信じ、彼のためにかつて二人で夜遅くまで作成した魔導勉強のノートを胸に強く抱きしめ、懸命に耐え続けていたのだった。
同じく二年生となった騎士団長の令息の元婚約者もまた、剣術の訓練場の冷たい木陰で寂しげに佇んでいた。
幼い頃、一生涯をかけてあなたを護り抜くと真っ直ぐな瞳で誓ってくれた彼の鋭い剣。
その剣が、ミーナの不吉な狂信に染まり、自分に刃を向けかねない凶器へと変貌してしまった冷酷な現実に胸を締め付けられながら、彼女はただ彼の身の無事と、いつか訪れる心の救済を静かに祈り続けていた。
そして、三年生の別クラスに在籍する魔法省長官の令息の元婚約者は、本来であれば学年トップクラスの高位な魔導知識を持ちながらも、誰からも正当に評価されることなく、暗い教室で完全に孤立していた。
お前の使う魔導回路は不浄で汚れていると、幼馴染でもある彼から冷たく吐き捨てられた残忍な言葉が鋭く胸を突き刺さりながらも、彼女は彼が操られている術式の異常性にいち早く気づいていた。
解呪のための手がかりを必死につかむため、大図書館の禁忌の資料を寝食も忘れて貪るように読みあさった。
リリアとセリーヌは、そんな過酷な運命にほんろうされ傷つく彼女たちの痛々しい姿に深く心を痛めながらも、互いの手を強く握り合い、静かに自分たちの誇り高い居場所を守り抜いていた。
「リリア様。三年生になっても、大図書館のこのお席が変わらなくて、少しだけ心が落ち着きますね」
「ええ。この場所が、私にとって一番あたたかくて安心できる大切な聖域だわ」
大図書館の最奥、何重もの重厚な書棚に囲まれた静寂の中。
三年生になっても、リリアとセリーヌ、そしてセリーヌを健気に支え続ける婚約者の青年は、互いに身を寄せ合うように静かに並んで勉学を続けていた。
真向かいの席には、あの日から変わらぬ深い静けさを湛え、隣国の第二皇子が禁忌の魔導書物を静かに広げていた。
「学年が上がり、あの女の放つ魅了の毒は学園全体を完全に蝕み切ったようだな。理不尽に傷つけられた者たちの悲痛な叫びすら、あの狂信者どもには届かんとは」
隣国の第二皇子は古代の羊皮紙を優雅にめくりながら、捨てられた令嬢たちの惨状と、それでもなお気品と高潔な誇りを失わずに佇むリリアの横顔をじっと深く見つめた。
どれほど学園中で孤立させられ、みそっかすと下劣な嘲笑の的にされようとも、リリアの美しい翠の瞳には一切の屈服や絶望の色はなく、誇りと大切な友人を想う深い慈愛の光が満ち溢れていた。
「セリーヌさんと一緒に焼いた特製のクッキーなのです。もしよろしければ召し上がってください」
リリアが少し照れくさそうに頬を染めながら、小箱に入った可愛らしい焼き菓子をそっとテーブルの中央へ差し出す。
隣国の第二皇子は一瞬だけ驚いたように瞳を丸くすると、上質な手袋を優しく外しクッキーを口へと運んだ。
「香ばしくてとても美味い。君たちの心根の優しさと美しさが、そのまま形になったような温かな味だね」
「ありがとうございます」
嬉しそうに可憐な花が咲くように微笑むリリアの表情。
そのあまりにも無垢で愛おしい笑顔に、隣国の第二皇子は胸の奥を激しく締め付けられながら、心の中で静かに固く誓いを新たにするのだった。
三年生となり、セドリック殿下の卒業もいよいよ刻一刻と近付いている。
愚か者どもが近いうちに最後の一手を仕掛けてくるのは確実だ。
だがリリア、心配はいらん。
奴らが君を無惨に捨て去ろうとした瞬間に、私が君の手を強く取り、我が妃として喜んで迎え入れてみせる。
穏やかな大図書館で、深まっていく四人の絆と、密やかに育まれる隣国の第二皇子の深い執着と愛情。
しかし、過酷な大嵐の前の静寂は決して長くは続かない。
卒業期へのカウントダウンとともに、ミーナとセドリック殿下による断罪の刃が澄まされようとしていた。




