第30話 高らかに響く嘲笑
学園の魔法学年発表会がその狂騒の幕を閉じ、光の聖女ミーナの傲慢な高笑いが広大な大講堂の舞台上でけたたましく響き渡っていた。
「皆様、どうかご覧になって。これが身の程知らずの公爵令嬢リリア様の真の底意地と、あまりにも惨めな実力というものよ」
ミーナは欺瞞に満ちた光の大精霊を背後へ従え、眩いばかりの特別なスポットライトを全身に浴びていた。
彼女は客席に向かって誇示するように腕を広げ、リリアを指さしながら腹を抱えるようにしてせせら笑った。
「平民であるこの私が気高き光の大精霊様を降臨させ、この王国を守る絶対的な魔導の力を証明してみせたというのに、最高峰の公爵家の令嬢ともあろうお方が、数か月かけてようやく出せたのは、あの弱々しくもしおれた小さな芽がひとつだけ。あまりにもお粗末で、惨めで、笑いが止まらなくてよ」
ミーナの品のない大笑いに引きずられるように、魅了の呪術に完全に蝕まれた生徒や教師たちからも、一斉に下劣な嘲笑が沸き起こる。
「みそっかすの公爵令嬢め、自分の無能さを恥を知って出直すがいい」
耳を覆いたくなるような苛烈な嘲笑の渦が、大講堂全体を飲み込んでいく。
ミーナは狂信的な熱狂の視線にうっとりと浸り、自分こそが絶対の主人公であると微塵の疑いもなく確信していた。
隣でセリーヌが悔しさに自身の唇を血が滲むほど強く噛み締め、涙をいっぱいに浮かべながらリリアの前に身を挺して立とうとする。
「リリア様、あいつらの言い様はあまりにも酷すぎます」
「大丈夫だよ、セリーヌさん。ありがとう」
リリアは静かに、けれど強い意志を込めてセリーヌの袖をそっと押し戻すと、一歩前へと歩み出た。
大講堂の天井を揺らすほどの悪意と嘲笑の嵐。
しかし、その嵐のただ中にぽつんと立つリリアの佇まいは、傷つき怯えるどころか、息を呑むほどに美しく、どこまでも気高く神聖であった。
美しい銀の髪をふわりとなびかせ、背筋をまっすぐに凛と伸ばす。
彼女がその身にまとうのは、どんなに下劣な罵詈雑言や悪意の泥でも決して汚すことのできない、心から愛され、深い慈愛を受けて育った者が持つ気品があった。
私には、あの冷たく暗い地下牢から奇跡のように救い出してくれた、お兄様がいるわ。
お兄様からいただいた深い愛と、決して折れない誇りがあるの。
リリアは一点の曇りもない透明な瞳で、狂気に満ちたミーナと偽りの大精霊をまっすぐに見つめ返し、優雅で完璧な気品にみちたカーテシーを滑らせてみせた。
「ミーナさん。素晴らしい光の大精霊様のお披露目、本当におめでとうございます。学園の生徒の一人として、心よりお祝いを申し上げますわ」
それは一分の隙もない完璧な貴族の所作であり、一切の怯みも、羨望も、嫉妬すらない、あまりにも凛とした清らかな声であった。
嘲笑い、惨めに泣き叫ぶ姿こそ期待していたミーナの勝ち誇った高笑いは、その圧倒的な気高さの前に気味悪くピタリと止まったのだった。
「なによそれ。どうして、なんでそんな涼しい顔ができるのよ」
リリアの魂に宿る本物の気品と誇りは、どれほど周囲から見下され、嘲笑され、学園中で孤立させようとも、その精神を傷つけることなど何一つできなかったのだ。
欺瞞の大精霊を従えて誇る偽りの聖女よりも、わずかな魔法しか出せなかったはずのリリアの方が、遥かに気高く美しい存在としてそこに立ち続けている。
「リリアは、本当にかっこいいよ」
光の精オリオンが、あまりの誇らしさに感極まったように声を詰まらせた。
しかし、この発表会における圧倒的な敗北感と精神的動揺は、かえってミーナの醜悪な憎悪を完全に暴走させる結果となった。
学園内におけるリリアへのいじめや嫌がらせは、もはや単なる陰口の域を大きく超え、組織的かつ極めて露骨なものへと激化していく。
リリアの机や愛用の教科書には毎日のように、「死ね、学園の面汚し」といった卑劣な落書きが深く刻み込まれた。
たった一人の理解者であるセリーヌの私物までもが何者かによって徹底的に荒らされる不当な事態が頻発した。
ある昼休み、リリアがセリーヌと二人で大図書館の奥にある陽だまりのテラスへ向かおうとした時であった。
ミーナの魅了の毒に完全に冒された数人の男子生徒たちが、冷酷な笑みを浮かべて二人の立ち塞がるように立ちはだかった。
「あいにくですが、そのテラスは、平民の聖女であらせられるミーナ様と、皇太子殿下の専用席となりました。みそっかすの落ちこぼれ令嬢と、その腰巾着に使う許可などありませんよ」
心ない生徒たちによって、心安らぐ唯一の聖域であった大図書館のテラスすら容赦なく奪われてしまったのだった。
居場所を完全に追い散らされた二人は、冷たい雨が激しく吹き付ける屋外の軒下や、校舎の最奥にある薄暗く湿った物置の近くで身を寄せるようにして過ごすことを余儀なくされた。
「リリア様、私、リリア様と一緒にいられて本当に嬉しいです。でも、こんなのあまりにも酷すぎます」
悔し涙を流すセリーヌの小さな手を、リリアは優しく力強く握り返した。
「セリーヌさん、本当にありがとう。でも、大丈夫だよ。あんなに冷たくて誰もいない暗い地下牢にいた頃に比べたら、セリーヌさんがいてくれるもの。私はちっとも辛くないよ」
それに、お兄様はいま私たちの家と領地を守るために、遠くで一生懸命戦ってくださっている。
私なんかのことで、お兄様の大切な手をこれ以上煩わせるわけにはいかないもの。
自分に向けられるすべての理不尽な悪意を、リリアはかつての地下牢の過酷な記憶とお兄様への深い愛を心の支えにして耐え抜き、決して心折れることはなかった。
しかし。
その傍らで姿を消して彼女を守り続けていた光の精オリオンの怒りは、ついに限界を突破していたのだった。
「リリアは優しすぎるんだよ。なんでこんな酷い目に遭わなきゃならないんだよ」
光の精オリオンは目元に溢れた涙を乱暴に拭うと、リリアが勉強に没頭して目を離したすきに、学園の強力な魔導結界を力任せに突き破り、夕暮れの空へと飛び立った。
「お兄さんに言わないで言われたけど、おいらが勝手に言いに行く」
激怒した光の精オリオンは、夜空を引き裂く一筋の雷光のような速さで、公爵邸へと向かって一直線に爆走していく。
愛しい妹の気高くも健気な決意と、それに耐えかねてついに爆発した精霊の怒り。
学園内での理不尽な迫害が最悪の頂点に達した時、公爵邸で妹からの連絡を極限の飢えと渇いた想いで待ちわびていた過保護なお兄様のもとへ、ついに真実の報せが届けられようとしていた。




