第29話 眩い降臨
学年の最後を飾る最大の節目であり、全生徒の魔導練度が試される魔法学年発表会の日が到来していた。
荘厳なる気流に満ちた広大な大講堂には、王国中の貴族子息である全校生徒たち、そして王国から招かれた高名な教師陣が一堂に集結していた。
壇上に掲げられた魔導の水晶が青白い光を放つ中、生徒たちが順に呼ばれ、日頃より研鑽を重ねてきた修練の成果を次々と披露していく。
そして、ついにその圧倒的な主役の出番が訪れようとしていた。
「私が誰も見たことがない至高の奇跡を見せつけて、皇太子殿下の永遠の妃として正式に迎え入れてもらうわ。リリアなんて、これでもう二度と私の視界に入り込むことすらできないくらい、底の底まで見下してやるのだから」
ミーナは周囲の視線を一身に集めながら、笑みを浮かべて堂々と壇上の中央へと登り詰めた。
彼女は両手を空高く掲げ、学園全体を覆うように張り巡らせた魅了の魔力を全開で解き放ち、講堂の空間そのものへと波及させた。
「私の聖なる呼び声に応えなさい、大いなる光よ。今こそその気高きお姿をこの私に見せなさい」
呪術的な美しさに満ちた純白の光が講堂の天井を突き抜け、空間がまるでガラス細工のように激しく裂けた。
その裂け目の向こう側から現れたのは、本来の理を歪められた高次元の存在、圧倒的な威圧感と神聖な光芒をおびた光の大精霊の姿であった。
顕現した大精霊が放つ神聖なる圧迫感に、会場の誰もが息をのんで硬直した。
本来であれば、人間の持つ不純な欲望や歪んだ魅了の波動など一目で見抜き、傲慢な術者など一瞬で灰にしてしまうはずの絶対的な高位精霊。
だが、ミーナの放つ魅了の光と精神干渉の波動に完全に同調させられた大精霊の瞳は、どこか深い霧に包まれたように濁り、抵抗することなく彼女の隣へと静かに寄り添ったのだった。
「我が永遠の契りの者よ。汝の望むままにこの光を授けよう」
ミーナの支配的な意思に従い、大精霊は暴走することなく、絶大な威光と荘厳な眩い光を後光のように背後から輝かせ始めた。
「光の大精霊様が、わずかな狂いもなく完全にミーナ様に臣従していらっしゃるぞ」
「なんと恐ろしく、美しい奇跡なのだ。やはりミーナ様こそが、この王国に降臨した本物の聖女様だったのだ」
講堂の観覧席からは、割れんばかりの熱狂的な歓声と惜しみない称賛の嵐が巻き起こる。
強力な魅了の呪術に囚われた皇太子セドリックも、興奮のあまり瞳を爛々と輝かせ、ミーナへ向けて誰よりも熱心に拍手を送っていた。
続いて、教官のどこか冷ややかでやる気のない声によってセリーヌの名前が読み上げられた。
「次、セリーヌ」
しかし、会場の空気はいまだミーナと光の大精霊に対する異様な興奮に満ちており、魅了された生徒たちからは冷ややかな失笑や嘲りの声が飛んだ。
「あんな圧倒的な大精霊の後によくのこのこ出てこられるものだな」
「時間の無駄だ、さっさと終わらせろよ」
「見ているこっちが恥ずかしくて、早く逃げ出したい気分だわ」
セリーヌは極度の緊張と恐怖で震える細い手で、愛用の杖をしっかりと握りしめた。
だが、客席の最前列で、リリアが一切の曇りもないまっすぐな瞳で自分を見つめ、優しく力強く頷いてくれている姿が視界に入った。
自分を信じ、どんな時も味方でいてくれた最愛の友人。
背中を優しく押されたセリーヌは、胸に溜まっていた息を深く吐き出すと、心をすべて杖の先端へと集中させて凍てつく魔力を解き放った。
「氷花よ、私の想いに応えて咲き誇りなさい」
その清らかな声に応えるように、澄み渡る純白の氷結魔力が空間を美しく舞い踊った。
彼女が披露したのは、派手な演出など一切ない、愚直なまでに磨き上げてきた繊細な氷結の魔導回路。
壇上の空間に美しく咲き誇る一輪の氷の花は、圧倒的な規模こそないものの、完璧な魔力コントロールとガラス細工のように澄み渡る圧倒的な美しさを湛えていた。
「セリーヌさん、とっても綺麗だよ」
リリアが客席から、心からの温かな拍手を惜しみなく贈る。
その姿を見て、一部の魅了をかろうじて免れていたまともな生徒たちの間からも、純粋な感心の声が漏れ聞こえた。
「あの大人しいセリーヌ様、陰でもの凄い努力を重ねて練習したのだな」
その一方で、壇上の特等席に控えるミーナは退屈そうに鼻を鳴らし、取り巻きの令嬢たちと下劣な笑みを交わし合っていた。
そして、ついに運命の瞬間が訪れた。
「続いて、リリア」
教官に呼ばれたリリアの名前に対し、会場の空気は氷のように冷え切った。向けられたのは、悪意に満ちた冷ややかな嘲笑のみであった。
「大精霊様のご降臨の後によく平気な顔で壇上に立てるものだな」
「どうせ何の才能もないみそっかすの恥さらしに決まっているだろ」
そして、ミーナが背後に従えた光の大精霊を誇示するように、歪んだ優越感に満ちた視線がリリアの全身を突き刺す。
「リリア様、負けないで頑張って」
セリーヌの切実な声援を背に受け、リリアは静かに壇上の中央へと足を踏み入れた。
リリアは、学園の片隅で日夜ひそやかに練習してきた魔導の成果を純粋に見せようと、細心の注意を払いながら心を込めて微量の魔力を練り上げた。
しかし、大講堂の中央に現れたのは、小さな掌にすっぽりと収まってしまうほどの、あまりにも弱々しく頼りない、ちいさな光の芽がひとつだけだった。
一瞬だけ儚く優しく明かりを灯したものの、誰かが強く息を吹きかければたちまち消えてしまいそうなほど小さく、地味なものだ。
兄と公爵家がリリアの身の安全のために二重三重へと施した極秘の隠蔽結界は、あまりにも完璧すぎた。
「お兄様にこれ以上ご迷惑をかけたくないわ。目立たず、ただ静かに平穏に過ごさなければならないの」
リリア自身の控えめで優しい心が、無意識のうちに全魔力を極限まで抑え込ませてしまった結果、誰の目にも頼りないとしか映らない魔法しか発現しなかった。
「見たかしら、あれこそが我が物顔で振る舞う公爵令嬢の真の実力よ」
「大精霊様を召喚されたミーナ様とは、比較することすらおこがましい愚行だな」
大講堂の天井を震わせるように、生徒たちの心ない爆笑とあざけるような嘲笑が響き渡った。
ミーナは勝ち誇ったように光の大精霊の肩に優雅に手を置き、壇上からリリアを見下ろしながら歪んだ優越感の頂点に酔いしれた。
「大精霊様に価値を認められた私と、あんな不甲斐ない芽しか出せないみそっかすのあなた。これで、二人の決定的な実力の差は完全に決着がついたわね」
「リリア、あんな大精霊の幻影なんて本気を出せば一瞬で霧散させられるだけの魔力があるのに」
影に隠れていた光の精オリオンが悔しさのあまり地団駄を踏む。
リリアは自身の掌の上で頼りなく揺れる小さな光の芽を愛おしそうに見つめると、静かに微笑んだ。
「これでいいのよ、精霊さん。お兄様が私を護るために用意してくれた大切な力だもの。どれだけ笑われても、私自身は少しも平気よ」
リリアは自分が大勢の前で笑いものにされようとも、その気高い誇りを微塵も失うことはない。
しかし、ミーナの周到に仕組まれた圧倒的な実力差の誇示によって、学園内における二人の運命を揺るがす暗雲は、もはや取り返しのつかない。




