第3話 冷たいパンと温かいスープ
地下室にはお腹の虫が鳴る音だけが響いていた。
罰を受けて、わたしは昨日の夜から何も食べていない。
重い足音が近づいてくる。
鉄の扉が開くと綺麗なドレスを着たおかあ様グラーツ伯爵夫人が現れた。
おかあ様がこの地下室に来るなんて、珍しいことだ。
お顔に浮かんでいるのは優しさではなく冷たい軽蔑の色だけ。
「本当に見苦しい子ね。アリアーネと同じお腹から生まれただなんて吐き気がするわ」
高級なレースのハンカチで鼻を覆うと、お付きのメイドに持たせていたお皿と、泥と油で汚れた作業着をしめした。
「ほら食べなさいよ」
おかあ様が冷たく言い放つとメイドはお皿を床に投げ捨てた。
転がったのは、固くてカビの生えたパンの切れ端と、濁ったお水の入った皿。
そして、おかあ様はメイドから泥と油で汚れた作業着を受け取り投げ捨てた。
「冷徹公爵のところに行くときはこれを着ていくのよ」
用事が終わると、おかあ様は冷たい微笑みを浮かべる。
一度もわたしを抱きしめることなく優雅に去っていった。
扉が閉まり、静まり返る地下牢。
床に転がった固いパンと、汚い作業着を見つめ涙が零れ落ちる。
おかあ様、わたし生きていてはだめなのかな。
そのとき、地下室の陰から見張りをしている老兵士のレオンさんが歩み寄ってきた。
レオンさんは怖い顔をしたおじさんだ。
おかあ様たちが去ったあと、周りを気にするように見回すと、上着のふところから、湯気の立つ木彫りのカップを取り出しふたをとった。
「リリア様。お飲みなされ」
「いいの」
「わしの昼飯のスープです。奥様のお言葉はお気になさるな。5歳の小さな体が固いパンを食べられるわけはございません」
レオンさんが差し出してくれたカップの中からは、温かい甘い匂いがふわりと漂ってきた。
わたしが小さな手でカップを受け取る。
指先から温もりが広がった。
「おいしい。あたたかい」
ひとくち飲むと、お腹の中が温かくなって、心まで温かくなるようだった。
わたしの周りにいた小さな光の精たちも、嬉しそうにレオンさんの周りをくるくると飛ぶ。
「本当に精霊様が見えておられるのだな」
レオンさんは少し驚いたあと、目元を優しく細めた。
「リリア様。不吉な子ではございません。暗い地下でも、精霊様やわしに微笑んでくださる。本当にお優しいお子だ」
「うん。 ありがとう」
おかあ様の冷たい言葉で傷ついた心に、レオンさんのスープの温もりと優しい言葉が心にじんと染み渡る。
家族から愛されなくても、温かい人がいる。
わたしは固いパンをかじりながら思った。




