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公爵様の妹~5歳まで忌み子として地下牢で育てられたリリア~  作者: 春告草


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第23話 側近たちの変貌

王立魔法学園の敷地内を深く覆い隠すように、形容しがたき狂気が静かに、しかし確実に牙を剥いていた。

その毒牙の最たる犠牲となったのは、皇太子殿下の側近を務める宰相家の嫡男、騎士団長の嫡男、魔法省長官の嫡男という、次代の王国を背負うべき優秀な若さを誇る令息たちであった。

彼らの傍らに寄り添うはずだった高名な高位貴族の令嬢たちこそが、最も残酷な破滅の淵に突き落とされていた。


「ルーク様、どうしてそのような冷たい目をなさるのですか。私たちの婚約は、幼い頃から両家の親同士が交わし、互いの未来を誓い合った大切な約束のはずです」


夕暮れ時の静まり返った大理石の廊下に、令嬢の絞り出すような悲痛な叫び声が空しくこだました。


宰相を務める侯爵家の嫡男であり、皇太子の側近として絶対的な信頼を得ていたルークは、かつて愛を誓ったはずの婚約者を、道端の不要物でも見るかのような冷徹な眼差しで冷ややかに見下ろしていた。


「見苦しいぞ。ミーナ様のような真の聖女の気高さと慈愛を知ってしまった。いま、お前のような高慢で我が儘な女など私の隣に立つ資格すらない。家同士のしがらみなど最早無意味だ。この場で婚約を破棄させてもらう」

「そんな、ルーク様がおかしいのです。それはミーナさんの放つ邪悪な魅了の魔力に完全に惑わされているだけであって、正気ではないのです」

「これ以上口をきくな。万が一にもミーナ様を侮辱するような言動を重ねるならば、たとえお前であっても容赦はしない」


ルークは一切の情けを断ち切った冷酷な声音で言い放つと、すがりつこうとした婚約者の腕を乱暴に振り払い、冷たく突き飛ばした。

かつては貴族の模範と称えられ、婚約者を誰よりも紳士的にエスコートしていた青年と、目の前の狂気に囚われた男が同一人物であるとは、微塵も思えないほどの凄まじい変貌ぶりであった。


とりわけ学園全体に衝撃を与えたのは、魔法省長官の嫡男であるジュリアンの変わり果てた姿だった。

学園内でも屈指の優秀な魔導士として将来を嘱望され、卓越した魔力鑑定眼と理知的な頭脳を誇っていた彼でさえ、ミーナの放つ魅了の毒によってその精神を完全に麻痺させられていた。


「ミーナ様こそが、我が王国に降り立った唯一無二の奇跡だ」


かつての輝きと理性を完全に失った瞳で、呪文のようにその賛美を虚ろに連呼するだけの存在と成り果てていた。

幼馴染として共に育ち、誰よりも彼の才能を信じて支えてきた婚約者令嬢の涙を流しての必死の訴えにも、一切の感情を排した冷たい目で耳を貸さず、床へと無残に蹴落とした挙句、完全にミーナの忠実な従僕へと成り下がっていた。


愛する婚約者を奪われ、冷たい石畳の上で声を殺して泣き崩れる令嬢たち。

彼女たちの流す絶望の涙と張り詰めた悲しみは、学園全体に暗い暗雲となって立ち込め、人々の心を重く圧迫していく。

ミーナが気まぐれに撒き散らす甘ったるい薄桃色の毒は、触れる者の理性と正義感を根底から塗り替え、永い年月をかけて築き上げられてきた尊い絆を容赦なく引き裂いていった。


「いい気味だわ。高貴な生まれだか何だか知らないけれど、男なんて所詮は魅了の力ひとつで簡単に私の従順な犬になるのよ。魔法省長官の息子まで私のものになったのだから、もう誰も私の魔力の正体を疑うことはできないわね」


ミーナは中庭に面した柱の陰から、くすくすと嫌らしい嘲笑を漏らしながら、その惨状を満足げに眺めていた。


「みんな、本当の自分をすっかり奪われてしまっているわ」


リリアはしっかりと拳を握り締め、爪が手のひらに食い込む痛みをも無視した。


自分自身に向けられる理不尽な嫌がらせや陰口になら、耐えることもできる。

しかし、ミーナの肥大化した承認欲求のために、罪なき人々の尊い人生やかけがえのない絆が次々と踏みにじられ、不当に壊されていく光景だけは、どうしても見過ごすことができなかった。

学園の空気を蝕む魅了の毒は、日を追うごとにその澱みを増し、逃げ場のない凄惨さを深めていく。


第一のしもべと化したのは、学園の騎士団長を務める侯爵家の嫡男ガブリエルであった。

普段は誰よりも冷静沈着で武道に秀で、凛とした気高さを誇っていた彼だったが、いまやミーナの足元に跪く忠実なかいらいに成り下がっている。


「リリア嬢。可憐なミーナ様が歩まれる大切な廊下に、不浄な精霊の光の余韻を散らすのは直ちにやめていただきたい。ミーナ様が眩しがっておられるのがわからんのか」


かつてはリリアの清らかで高潔な精霊術を王国の至宝と絶賛していた男が、濁った桃色の光を宿した瞳で、凍りつくような冷たさをもって言い放つ。


第二のしもべとなったのは、宮廷魔導師の最年少天才と謳われるジュリアンだった。

彼はミーナの放つ異質な魔力を、神から授かりし真の聖なる奇跡と心から讃え、リリアの紡ぐ正統な精霊力を偽りのまやかしと激しく蔑んだ。


「公爵令嬢、そんな浅はかな精霊術などミーナ様の奇跡の前では無価値な塵に等しい。魔導師会の一員としても、これ以上自分の無能さに嫉妬して醜態を晒すような真似をするなら、これ以上黙って見ているわけにはいかないよ」


そして何より、リリアの心を最も深く、耐えがたいほどに抉ったのは、誰よりも固い誓いで結ばれていたはずの皇太子セドリック殿下の冷酷な変貌だった。

生徒会室の前を偶々通りかかるだけで、殿下からは容赦のない冷ややかな言葉が投げつけられる。


「リリア、また懲りずにミーナの様子を探りに来たのか。お前がどれほど陰湿で愚かな策を弄しようと、私の心がミーナ以外の女性に向くことは絶対にあり得ない。これ以上ミーナの心身を困らせるならば、たとえ公爵家であっても厳正な処分を検討せざるを得んぞ」


かつてデビュタントの夜に、君がこの学園に入学してくるのをずっと心待ちにしていたと優しく耳元で囁いてくれた、あの温かな面影はどこにも残されていなかった。

殿下は怯える素振りを見せるミーナの細い肩をしっかりと抱き寄せ、慈しむようにその頭を優しく撫でている。


「私をいじめる人が周囲にたくさんいても、セドリック殿下がこうしていつも守ってくださるから平気です」


ミーナはわざとらしく無邪気な笑みを浮かべ、殿下の腕にしがみついていた。


ミーナ自身は、明確な悪意を持って彼らを意図的に操っているわけではなかった。

本物の聖女である自分に誰もが夢中になりひれ伏すのは当然のことなのだという、無垢で異常に肥大化した自負心こそが、魅了の毒を一層色濃く周囲へと拡散させる原因となっていた。


その歪んだ影響はクラスメイトや一般の生徒たちにも伝染し、リリアに対する嫌がらせは日増しに陰湿さを極めていった。


「見てみなさいよ、殿下からも有力な側近の方々からも完全に捨てられた哀れな姿を」

「当然よ。ミーナ様という本物の聖女様がいらっしゃるというのに、公爵家の権威と威光だけでこれまで気取っていただけなのだから」


リリアの机には毎日消えない悪意の落書きが刻まれ、授業で使う大切な教科書はビリビリに引き裂かれ、愛用していた羽根ペンは中身が抜かれてゴミ箱へ投げ捨てられた。

廊下を歩くだけで故意に足を引っかけられそうになり、食堂の席に行けばお前の座る場所など用意されていないと冷たく追い払われる有様だった。


リリアは頬を伝う熱い涙を必死に堪え、床に散らばった破られた教科書を静かに、一枚ずつ拾い集めた。

自らの机に向かい、震える指先で糊を使い、元の形に戻そうと黙々と本を修復し始める。


「リリア、本当にごめんね。おいらたちが許されるなら、あいつらの心を吹き飛ばしてしまいたいのに」

「リリアのせいなんかじゃないよ。あいつらの心は、今や黒くてネバネバした邪悪な糸にがんじがらめに縛られているんだから」


光の精であるオリオンや風の精たちが、小さな瞳に涙をいっぱいに浮かべながらリリアの頬に寄り添ってくる。


「大丈夫よ、精霊さんたち。私にはすべて分かっているから。殿下も、側近の方たちも、クラスの皆さんも、決して自分の本当の意志でそんな酷い言葉を口にしているわけではないわ。あの危うく強大な光に、ただ心を囚われてしまっているだけなのよ」


ここでもし実兄や警備隊長のレオンに直接助けを求めれば、公爵家の圧倒的な武力と権勢によって学園は瞬く間に完全包囲され、魅了に毒された生徒や殿下たちは容赦なく排除されてしまうだろう。


「大切なお兄様の手を、こんなことで汚させたくはないわ。私がこの魅了の本当の正体を完璧に解き明かして、必ず自分の手で殿下たちの目を完全に覚まさせてみせるわ」


周囲からの冷酷な拒絶と、毎日のように容赦なく浴びせられる悪意の嵐の中で、リリアの美しい翠の瞳には、どのような試練にも決して折れることのない強固な決意の光が鮮やかに宿り始めた。


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