第18話 華麗なるデビュタントと皇太子の眼光
王宮の壮麗な大広間は、幾重にも吊り下げられたシャンデリアの輝きと、色とりどりのドレス、きらびやかな宝石、貴族が語らう気品のある声で満ちあふれていた。
13歳を迎えた私は、ついに社交界へお披露目となるデビュタントの日を迎えた。
「フェルディナンド公爵エドワード様、並びにご令嬢、リリア・フェルディナンド様のご入場です」
奏者たちの華やかなファンファーレとともに、重厚な彫刻の施された扉が左右に開かれる。
大広間にいた数百人の貴族たちが一斉に視線を向けたその瞬間、会場の空気が息をのむような静寂に包まれた。
お兄様のエスコートを受けながら踏み出した私は、月光をそのまま織り上げたような銀糸のドレスを身にまとっていた。
胸元には夜空を閉じ込めたような最高級のムーンストーン、そして繊細なレースの裾からは、歩くたびに黄金色の輝きが溢れ出す。
それは仕立て屋さんの美しい刺繍だけではなく、精霊さんたちが歓喜して振りまく光の粒だった。
「なんて幻想的な美しさなの」
「まるで精霊の降臨を見るようだわ。あれが冷徹公爵が手元で育んできた奇跡の妹」
会場のあちこちから感嘆と溜息が漏れ聞こえる。
そこに立つのは、圧倒的な気品と清らかな精霊力を秘めた、輝くばかりの公爵令嬢だ。
「リリア、すごく綺麗だよ。みんなリリアに見とれてる」
「おいらたちもドレスの模様みたいにキラキラしてあげるね」
光の精オリオンや風の精たちが楽しそうに私の周りを舞い、ドレスのあちこちに光のアクセントを加えていく。
精霊の波長を感じ取れる者たちからは、まさに精霊に愛されし奇跡として映っていた。
入場直後、群がってきた若い令息たちはお兄様の零度の眼光と、警備隊長レオンさんの圧倒的な圧迫感によって見事に散らされた。
その静寂を破って一人の人物が歩み寄ってきた。
金髪に紫紺の瞳を輝かせ、豪華な飾緒をまとった気品溢れる少年、この王国の皇太子セドリック殿下だった。
現在14歳の皇太子殿下は、類まれなる剣術と魔術の才能を持ちながらも、妥協を許さぬ厳格さゆえに婚約者を定めていないことで有名な方だった。
「公爵、噂の令嬢をよく隠しておいたな」
殿下が足を止めると、周囲の貴族たちがさっと息をのんで道を開ける。
紫紺の瞳が、じっと私を見つめる。
単なる物珍しさではなく、圧倒的な精霊力と清らかな瞳に対する純粋な強い興味と驚きが宿っていた。
「初めまして、リリア嬢。私はセドリック・グラン・ローゼンベルクだ。精霊に愛された奇跡の令嬢と聞いていたが、これほどまでに清らかで美しい光を纏っているとはな。私の目をこれほど奪った女性は、いままで一人もいなかった」
皇太子殿下は優雅に胸に手を当てて一礼すると、私に向かってそっと右手を差し出した。
「私のファーストダンスの相手として、踊っていただけないだろうか」
王国の次期国王からの、異例とも言える直接のダンスの申し込み。
会場全体に、あの皇太子殿下がと激震が走る。
その手が私に触れる直前、お兄様がすっと前に割り込み、殿下の手をさえぎった。
「お言葉ですが殿下。兄であるこの私がリリアのファーストダンスの相手を務めると決まっております。皇太子殿下とて、我が妹の記念すべき一歩を奪うことは許し兼ねます」
冷徹公爵対未婚の皇太子殿下。
二人の視線が交差し、周囲の空気が緊張で張り詰める。
後ろに控えるレオンさんも、静かに手を剣の柄にかけていた。
「公爵、相変わらず妹のこととなると甘いな」
セドリック殿下は苦笑を漏らしつつ差し出した手を静かに引いた。
「公爵、今夜のところは譲ろう。だがリリア嬢、二人のファーストダンスが終わった後、セカンドダンスは必ず私と踊ってもらうぞ。断ることは許さん」
「はい、セドリック殿下」
皇太子殿下からの強い眼差しに少し頬を染めて頷くと、殿下は満足そうに口元を緩め、一旦その場を後にした。
「生意気な若造め。リリア、近づきすぎるなよ」
お兄様が苦々しげに呟く姿に、思わずクスリと笑ってしまう。
やがて優雅なヴァイオリンが奏でられ、デビュタントの主役が踊るファーストダンスの曲が響き渡った。
お兄様が優しく手を差し伸べ、あたたかな手に自分の手のひらを重ねた。
大広間の中心へと進み出で、お兄様のエスコートのもとで滑らかにステップを踏み出す。
一歩、また一歩とステップを踏むたびに、私の周りに集まっていた精霊さんたちが歓喜の声を上げて光をはじけさせた。
銀糸のドレスの裾が翻るたびに、魔法のように繊細な虹色の光の輪がクルクルと広がり、二人を包み込んでいく。
「見てごらんなさい、あのダンス。精霊の光が舞っているわ」
「なんと美しい。まるで夢の中の出来事のようだ」
会場の参加者たちがうっとりとその舞に見とれる中、壁際で見守るセドリック殿下も輝く私から片時も目を離さずに熱い視線を送り続けていた。
曲が終わり、大広間全体を揺るがすような拍手が沸きおこった。
お兄様は満足そうに微笑みながら頭を優しく撫でてくれた。
「リリア、本当によく踊れたね。お前は今日、世界で一番美しく輝いているよ」
「お兄様、すごく幸せ」
私は社交界という華やかな舞台の中心で、愛するお兄様と、皇太子殿下の視線を浴びながら、誇らしく胸を張ったのだった。




