第15話 8歳の誕生日
フェルディナンド公爵邸に引き取られてから、早くも3年の月日が流れようとしていた。
地下牢で虐待をうけやせ細った5歳の少女は公爵邸のあたたかな愛と豊かな食事を一身に浴びていた。
18歳となったお兄様は、リリアの頭を愛おしそうになでていた。
顔立ちの美しさと威厳は増すばかりだ。
だが、冷徹だった性格はリリアの前でだけは跡形もなく崩れ去る。
「そうかよかった。リリア庭に出るときは必ず羽織ものを着るようにと頼んでおいたはずだ。風邪でも引いたらどうする」
「お兄様。今日はとっても暖かいよ」
「私の目が届かないところでリリアに万が一のことがあっては困るのだ。そうだ、明日の乗馬の予定はキャンセルしよう。怪我でもしたら大変だ」
「 乗馬楽しみにしてたのに」
頬を膨らませて抗議するリリア。
「過保護だな。リリアが楽しみにしていた予定を勝手に消すなよ」
肩の上で、光の精オリオンが翼をパタパタさせながらお兄様に文句を言う。
お兄様には妖精の声こそ聞こえないものの、リリアが空を見つめている様子から何か話しているなと察した。
「なんと言われようと構わん。我が家に舞い降りてくれた天使を傷つけるわけにはいかないからな」
真顔で言い切ると、リリアの手を包み込み、指先にキスをした。
「お兄様」
リリアは照れくさそうに笑いながら、無償の愛に胸がいっぱいになる。
冷たく湿った地下牢で、誰からも愛されず暗闇に震えていた記憶はもう遠い昔のことだった。
「お兄様。大きくなったらお手伝いがしたいの」
小さな胸を張って宣言するリリア。
お兄様は一瞬目を見開き、この上なく優しく目を細めた。
「ああ、楽しみにしているよ。私のリリア」
8歳の誕生日。
「リリア、お誕生日おめでとう」
目を覚ますと、ベッドの脇に立ったお兄様が、優しい笑顔でわたしを迎えてくれた。
手には、綺麗にラッピングされた大きな箱がある。
「わたしが貰ってもいいの」
「もちろんだ。開けてごらん」
箱を開けると、月光のように輝く繊細な銀の刺繍が施された、シフォン生地の可愛らしいドレスが入っていた。
わたしが以前お星さまみたいで綺麗と呟いたのを、ずっと覚えていてくれたのだ。
「お兄様ありがとう。わたしすごく嬉しい」
「リリアが喜んでくれて何よりだ。屋敷の者たち全員で、お前の誕生日を祝う宴を用意しているからね」
「お誕生日おめでとう」
「おいらたちからのプレゼントもあるよ」
光の精オリオンや風の精たちが、部屋の中で舞い踊る。
精霊さんたちが手を重ね合わせると、光の粒子が集まり、わたしの頭の上にちいさな光の王冠を作り上げてくれた。
「ありがとう。すごく綺麗」
ドレスに着替えて一階の大広間へ降りていくと、公爵邸の使用人さんたちが勢揃いしていた。
侍女長のマリアさん、美味しい料理をたくさん作ってくれる料理長、警備隊長となったレオンさん。
「リリア様、お誕生日おめでとうございます」
レオンさんは目元にしわを寄せて深々と頭を下げ、大事そうに小さな木彫りの小箱を手渡してくれた。
「わしが彫った、精霊様の木彫り人形にございます」
箱を開けると、光の精の姿をした可愛らしい木彫りの人形が入っていた。
「レオンさん ありがとう。ずっと大切にするね」
わたしが抱きつくと、感極まったように目元を拭った。
大広間のテーブルには、料理長が腕によりをかけた豪華な料理と、イチゴがたくさん乗った大きなケーキが飾られている。
お兄様を中心に、みんなでテーブルを囲んで笑い合い、美味しいご飯を食べる。
こんなにも温かいお誕生日があるなんて、3年前のわたしには想像もできなかった。
宴が落ち着いた夜、庭園のベンチでお兄様と2人で夜空を見上げる。
「わたしね、このお家に来られて本当にしあわせだよ」
「私もだよリリア。お前が我が家に来てくれてから、本当の笑顔が屋敷に戻ったのだから」
お兄様はわたしの手その大きな手で優しく包み込み、ゆっくりと言葉を続けた。
「リリア、お前はもうすぐ本格的な家庭教師を迎え、公爵家の令嬢としての教育を受けることになる。マナーや教養、その豊かな精霊力を正しく使うための学びだ」
「わたし、お勉強がんばるよ。 お兄様の自慢の妹になりたいもん」
「お前は既に私の自慢の妹だ。無理はせずゆっくりと大きくなっていきなさい」
夜空に輝く満天の星々と、わたしを取り巻く温かな精霊たちの光。
8歳になったわたしは、大好きなお兄様の手の温もりを感じながら、未来への期待に胸を膨らませた。




