第12話 グラーツ伯爵家の崩壊
フェルディナンド公爵邸でリリアが溢れる陽だまりと精霊たちの祝福に包まれていた頃、グラーツ伯爵家には恐ろしい絶望の影が差し込んでいた。
豪奢な応接間では、伯爵夫人が一枚の書簡を手に、顔を蒼白にして震えていた。
「フェルディナンド公爵家からの資金援助がすべて打ち切られたわ」
「 予定されていた資金が振り込まれていないのよ」
伯爵が乱暴に書類をひったくり目を走らせる。
事態はそれだけでは終わらなかった。
一瞬に間に、王都の銀行や商人たちが屋敷に押し寄せてきたのだ。
「伯爵。 莫大な借入金。本日限りですべて一括返済していただきます」
「返済だなんてそんな金、すぐに用意できるはずがない」
「支払えないのであれば、屋敷も、領地も、財産すべて差し押さえとなります」
蒼白な伯爵と泣き叫ぶ夫人。
フリルと宝石で着飾ったアリアーネが金切り声を上げる。
「嫌。ドレスや宝石はどうなるの。お父様、早くあの身代わりの虫ケラに公爵様へお金を出すようにお願いしなさいと言いなさいよ。 あんなゴミでも、役に立たせるために生かしておいたんでしょう」
その時だった。
応接間の重々しい扉が大きな音を立てて外から叩き開けられた。
入ってきたのは、漆黒の軍服に身を包んだエドワード公爵と、公爵家の騎士たちだった。
「フェルディナンド公爵様」
冷気すら孕む圧倒的な覇気と殺意をまとうエドワード公爵の姿に、一家は恐怖で腰を抜かし石畳の床にへたり込んだ。
「グラーツ伯爵。精霊の愛娘アリアーネと称して私のもとに送り込んできたのは、虐待で痩せこけ作業着を着せられた幼い少女リリアであったな」
氷のようなエドワード公爵の蒼い瞳が、震え上がる3人を見下ろした。
「何を仰います。あの子は精霊の加護を奪った忌み子」
「黙れ」
エドワード公爵の声が応接間に響き渡り、空気が凍りついた。
「リリアは精霊たちに心から愛された私の大切な妹だ。お前たちのような冷酷な悪鬼どもが、健気で温かい子を5年間も地下牢に閉じ込め、虐待を重ねてきたこと万死に値する」
冷ややかに手を挙げると騎士たちが一斉に踏み込んできた。
「グラーツ伯爵家は爵位を剥奪、全財産を差し押さえる。幼子への長年の虐待罪、および公爵家への詐称罪により、両親は国境の鉱山へ終身刑として送る、また、アリアーネは平民とする」
「 嘘でしょうお母様。平民なんて嫌よ」
「公爵様お許しください。 あんな子のために我が家を滅ぼさないでください」
伯爵を騎士たちが取り押さえ、アリアーネと夫人も悲鳴を上げながら床を引きずられていく。
リリアに与えてきた冷酷な仕打ちが、何倍もの絶望となって自分たちに返ってきた。
静まり返った屋敷の中で、老兵士レオンだけが、深く頭を下げてエドワード公爵を見送った。
リリアお嬢様、温かいお兄様のもとで、どうかお幸せになってください。
その夜、公爵邸のあたたかなベッドで眠るリリアの元へ戻ったエドワードは頭を撫でた。
「お前を脅かすものはいない。安心して眠りなさい」
「リリア。ずっと一緒だよ」
光の精オリオンたちがベッドの周りで温かい光を輝かせる。
リリアは幸せな夢の中へと落ちていった。




