第92話:新しい関係(後編)
ある夜、帰宅すると、エリオットがテーブルの上にファイルを広げていた。
紙の書類。何枚も。印刷されたもの。
「おかえり」
「ただいま。……何それ」
「見てくれ」
エリオットが、ファイルを開いた。
中身を見て、固まった。
住民票。戸籍。パスポート。マイナンバーカード。運転免許証(なぜ?)。
全て——「エリオット・クリフォード」名義。国籍はイギリス。生年月日は——
「一九九七年四月一日生まれ!? エイプリルフールじゃん!」
「日本の行政システムにおいて、外国人が最も自然に登録される生年月日を算出した結果だ」
「そういう問題じゃないの!!」
頭を抱えた。
§ § §
「これ、全部偽造でしょ」
「偽造という言葉は正確ではない。行政データベースに直接アクセスし、正規のプロセスを模倣して登録した。技術的には——」
「犯罪じゃないの!?」
「法律上は……グレーだ」
「グレーで済むと思ってるの!?」
「済ませるつもりだ」
ポーカーフェイスで言い切った。この男には、後ろめたさという概念がない。いや、あるのかもしれないが、「奈々のため」というフィルターを通すと全ての倫理観がゼロになる。
「なんでこんなことしたの」
「君と、この世界で生きていくためだ」
エリオットが、静かに言った。
「魂の婚姻契約は結んだ。だが、この国の法律上、私は存在しない人間だ。認識阻害の結界で誤魔化してはいるが、いつまでも透明人間のままではいられない」
「……」
「君と一緒に外を歩きたい。君の同僚に紹介されたい。君が病院に行く時に、保護者として付き添いたい。そのためには——この世界の身分証が要る」
胸が、詰まった。
この男が欲しいのは、偽造書類じゃない。
「普通の人間として、奈々の隣にいる権利」だ。
§ § §
「運転免許まで作ったの……」
「日本社会では身分証明として最も汎用性が高いと判断した」
「車、運転できるの?」
「交通法規は全て暗記した。実技は——魔法で車両を制御すれば問題ない」
「それ運転って言わないから!!」
「そうか。では実技は別途練習しよう」
教習所に通う最強の大魔法使い、という絵面が浮かんだ。縦列駐車で苦戦するエリオットとか。S字クランクで真顔のまま脱輪するエリオットとか。
(見てみたい……けどダメでしょ)
「とにかく。これ、バレたら大変なことになるからね」
「バレないように設計してある。データベースの整合性は完璧だ」
「完璧とか言わないで。犯罪なんだから」
「必要経費だ」
「経費って言うな!!」
§ § §
でも。
正直に言えば——嬉しかった。
この男が、「この世界で普通に生きていきたい」と思ってくれていること。透明人間のままじゃなく、私の隣で、名前と顔と書類を持って、堂々と存在したいと願っていること。
前世では宮廷の影に隠れていた。現代では認識阻害で透明になっていた。ずっとずっと、この男は「見えない存在」だった。
それが今、偽造書類という手段はさておき——表の世界に出たいと言っている。
「ねえ」
「何だ」
「今度、一緒に買い物行こう。靴とか、服とか。あんた、私服がローブしかないでしょ」
「ローブは最も合理的な衣服だが」
「日本じゃ不審者なの」
「そうか。では購入しよう」
「あと、区役所にも行かなきゃだけど……まあ、それは後で考えよう」
「婚姻届の提出も——」
「早いって!!」
エリオットの耳が、またピンクになっていた。
§ § §
その夜、布団の中で考えた。
(婚姻届、か)
魂の契約は結んだ。でも、法律上の結婚はまだだ。
二十八歳。結婚なんて考えたこともなかった。自分が誰かと家庭を持つなんて、想像したこともなかった。施設育ちで、親の愛を知らなくて。「家族」という単語に、実感がなかった。
でも今——隣のソファ(まだソファだ。布団問題は未解決)で眠るこの男と、「家族」になるということ。
(悪くない)
悪くない、どころか——最高かもしれない。
目を閉じた。
エリオットの寝息が聞こえる。穏やかな呼吸。魂が繋がっているから、彼の夢がうっすらと流れ込んでくる。
——うどんの夢を見ていた。
(この男の夢、いつもうどんだな……)
笑いながら、眠りに落ちた。
§ § §
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
エリオットが行政データベースをハッキングして戸籍を作成!「犯罪じゃないの!?」「グレーだ」
ハチャメチャだけど、その根底にあるのは「君の隣で、普通の人間として生きたい」という切実な願い。
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