第88話:限界OLと最強童貞の激突(後編)
結婚。
魂レベルの。
二十八歳にして初めてのプロポーズ(されたのかこれは?)が、「魔力暴走の安全対策」という文脈で飛んできた。ロマンチックの概念が完全に別次元だ。
「……ちょっと説明してもらっていい?」
「ああ」
「その【魂の婚姻契約】ってのは、具体的に何が起きるの?」
エリオットが、講義モードに入った。テーブルの上に蒼い魔力で図を描き始める。
「二つの魂を、魔力回路で完全に接続する契約だ。通常、魔法使い同士が婚姻する際に用いられる最上位の儀式であり——」
「待って。通常って言った? 異世界じゃ普通なの?」
「最高位の魔法使い同士の婚姻では、一般的だ。ただし——」
エリオットの声が、僅かに重くなった。
「この契約を結ぶと、互いの魂が不可逆的に融合する。全ての魔力が共有され、全ての感情が流れ込み、全ての記憶が——」
「全部 筒抜けってこと?」
「……極端に言えば」
「あんたの四百年分の考えてることが、全部私に流れ込んでくるの?」
「否応なく」
(四百年分の激重感情が脳内に直撃……?)
情報量で脳がパンクするのでは?
§ § §
「リスクも話す」
エリオットの表情が、真剣さを増した。
「第一に、不可逆だ。一度結べば、二度と解除できない。魂が混ざり合った状態が永遠に続く」
「離婚できないってこと?」
「魂のレベルでは、そうなる」
「重い……」
「第二に。契約を結ぶ瞬間に、私の全てが——否応なく、君に流れ込む。三百年分の孤独も。狂気も。焦燥も。全て」
「全て……」
「耐えられるかどうかは、わからない。通常の人間なら——精神が耐えきれず崩壊する可能性がある」
ぞっとした。
「そうなったら、私はどうなるの」
「最悪の場合、意識が戻らなくなる。ただし——」
エリオットが、私を見た。
「君は通常の人間ではない。前世から引き継いだ極大の魔力タンクがある。あの規格外の容量なら——私の全てを受け止められる可能性は、充分にある」
「可能性、ね」
「確実ではない。だから——」
「やるわ」
§ § §
エリオットの目が、見開かれた。
「……今、何と」
「やるって言ったの。その契約」
「待て。今の説明を聞いていたか? 不可逆だ。失敗すれば精神崩壊だ。三百年分の——」
「聞いてた。全部聞いてた」
私は、テーブルの向こうのエリオットを真っ直ぐに見た。
「不可逆? 上等。離婚する気ないし」
「精神崩壊の——」
「私を舐めないでよ」
エリオットが、言葉を失った。
「限界OL歴六年。施設育ち二十八年。前世では処刑されて、今世では終電帰りで鍛え上げたこのメンタルが、大魔法使いの激重感情ごときで潰れると思う?」
「ごときは——さすがに心外だが——」
「あんたの全てが流れ込んでくるんでしょ? 孤独も。痛みも。私を探し続けた三百年も。全部」
「ああ」
「なら——」
深呼吸した。
「全部、受け取る。あんたが一人で抱えてきた全部を。半分こにする。それが——私の答え」
§ § §
六畳一間が、沈黙に包まれた。
エリオットの蒼い目が、震えていた。唇が微かに開いて、何か言おうとして——止まった。
「……本当に、いいのか」
「しつこい。何回聞くの。私の答えは変わらない」
「私の全てが、否応なく君に流れ込むんだぞ」
「望むところよ」
エリオットが、長い沈黙の後、小さく——笑った。
あの、不器用で、ぎこちない——四百年ぶりの笑顔。花畑事件の時と同じ、本物の笑みだった。
「……では、準備を始める」
「いつやるの」
「今夜」
「え、今夜!? も、もうちょっと心の準備が——」
「四百年待ったと言ったのは、君だ」
「それは理屈としてはそうだけど!!」
「では今夜」
「……わかったよ。今夜」
るんすけが、充電ドックの中で「ぴこ」と鳴いた。
(今のは祝福? それとも「またやるのか」的なため息?)
いずれにしても——六畳一間の歴史が、今夜また動く。
§ § §
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「限界OLのメンタルが、大魔法使いの激重感情ごときで潰れると思う?」
奈々の覚悟が、エリオットの最後の躊躇を打ち砕きました。魂の婚姻契約は——今夜。
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