第73話:断頭台の真実(前編)
お茶を一口飲んで、エリオットが続けた。
「君を救う方法は、理論上は一つだけあった」
「理論上?」
「処刑の場で、私が直接手を下すこと」
心臓が、ぎゅっと締まった。
「処刑は本来、拷問官の仕事だ。宮廷魔術師の職分ではない。だが、私が国王に進言した。『ハーゲン令嬢の魔力容量は規格外だ。拷問中に暴走すれば、広場の民衆ごと吹き飛ぶ恐れがある。最強の魔術師である私が直接手を下し、速やかに消滅させるべきだ』と」
「……国王は、信じたの?」
「信じたというより、恐れた。君の魔力容量は国家機密級だ。暴走の可能性は嘘ではない。万が一にでも広場で爆発すれば、王の権威は地に堕ちる」
エリオットの目が、冷たく光った。
「利用したのだ。国王の臆病さを。あの男は常にそうだった——利益には貪欲だが、リスクには病的なほど臆病だ」
「それで……拷問は?」
「中止にさせた。『魔力暴走のリスクがある以上、肉体的刺激による覚醒を避けるべきだ』と。拷問官への指示も、全て私が書き換えた」
§ § §
エリオットの声が、低くなった。
「だが、国王には一つだけ条件を出された」
「条件?」
「『処刑は公開で行え。民衆の目の前で、確実に消滅させろ。痕跡も残すな。誰もが"ハーゲンの令嬢は完全に消えた"と確信するように』」
背筋が凍った。
「つまり、私は——君を確実に殺す芝居を、完璧に演じなければならなかった。拷問は阻止した。だが、公開処刑そのものは避けられなかった」
「芝居……」
「ああ。芝居だ。処刑に見せかけて、君を別の場所に逃がす。それが、私の計画の全てだった」
エリオットが、お茶を置いた。
「だが、問題があった。処刑の場には国王も枢機卿もいる。数千人の民衆もいる。全員の目を欺いて、君の魂を無事に退避させなければならない。一つでもミスをすれば、即座にバレる。バレれば、私も君も——今度こそ本物の死だ」
「……どうやって」
「禁術を使った」
その一言が、部屋の空気を変えた。
「禁術?」
「王国の魔術院には、表の魔術体系とは別に、千年以上前に封印された禁忌の術式群が存在する。人の魂に直接干渉する術。使用すれば術者自身の魂が削れる。だから禁じられた」
エリオットの目が、暗く沈んだ。
「私はその中から、一つの術式を見つけ出した。正確には、二日間で禁術の封印を独力で解析し、再構成した。寝ずに。食事も取らずに」
「二日間で禁術を……」
「量子演算脳の全能力を使った。あの二日間だけで、私の寿命は五十年ほど縮んだだろう。だが、そんなものは対価にも入らなかった」
当たり前のように言った。五十年の寿命を、「対価にも入らない」と。
「その術式の名は——【断罪の雷】」
§ § §
「【断罪の雷】。表向きは、対象を完全に消滅させる最高位の処刑魔法。光と雷の奔流で、肉体も魂も跡形なく焼き尽くす」
「表向きは?」
「ああ。本来の効果はそうだ。だが、私が再構成した術式は——違う」
エリオットの目が、私を捉えた。
「私が組み替えた【断罪の雷】は、『対象の魂を光に変換し、指定した次元座標に転送する』ための術式だ。見た目は完全な消滅。光と雷が全てを包み込み、肉体は消え、何も残らない。観客の目には『完全な処刑』に見える」
「でも実際は——」
「魂だけを、別の世界に飛ばす。肉体は捨てる。魂だけを、安全な座標に」
私は、自分の手を見た。
この手。この体。二十八年間生きてきた、限界OLの体。
「……この体は」
「君の魂がこの世界に着地した後、新たに与えられた器だ。転生という形で」
頭がくらくらした。
「じゃあ、あの処刑台で——あんたが私に魔法を撃った時。あの光は」
「消滅の光ではなかった。送還の光だ。君をこの世界に——現代日本に送るための」
涙が、勝手にこぼれた。
あの日の記憶が蘇る。処刑台の上。鎖で繋がれた両手。目の前に立つエリオット。あの氷のような表情。
そして——光。
目が灼けるほど眩しい、白い光。
痛みはなかった。恐怖だけがあった。でも、痛みは——本当に、なかった。
「痛くなかったのは……」
「当然だ。痛みを与える術式など、組み込むわけがない」
エリオットの声が、初めて——震えではなく、怒りで揺れた。
「君に痛みを? 冗談ではない。指一本たりとも傷つけさせるものか。あの光の中で君が感じたのは、温かさだけのはずだ。私の全魔力で編んだ、最上級の保護結界で君を包んだ。たとえ次元の壁を越えても、一瞬たりとも不快な思いをさせないために」
泣いている場合じゃないのに、涙が止まらなかった。
「あの時の……あんたの顔。無表情で、冷たくて。私を見下ろして、何の感情もないみたいに魔法を撃った——って、ずっとそう思ってた」
「ああ。そう見えただろう」
「違ったんだね」
「……違った」
エリオットの声が、かすれた。
「あの瞬間、私は——」
言葉が途切れた。
四百年間、語れなかった言葉。呪縛ではなく、今度は感情が、喉を塞いでいた。
「……明日でいいよ。無理しないで」
「いや」
エリオットが、首を振った。
「あの瞬間、私は笑おうとしていた。君を安心させるために。『大丈夫だ、すぐに終わる』と、笑顔で伝えようとしていた」
「……」
「だが、できなかった。笑えなかった。愛する人を自分の手で送り出す瞬間に、笑える人間がいるか。私には——無理だった」
六畳一間が、静まり返った。
時計の針だけが、かちかちと動いている。
「だから、あの顔になった。何の感情もないような、冷たい顔。あれは——ポーカーフェイスですらなかった。ただ、全ての感情を押し殺さなければ、術式が崩壊するから。一滴でも感情が漏れれば、送還の精度が狂い、君の魂が次元の狭間で消滅する恐れがあった」
「エリオット……」
「だから私は、あの瞬間——世界で一番冷たい顔をして、世界で一番愛している女を、自分の手で光に変えた」
§ § §
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
断頭台の真実が、ついに明かされる。
処刑魔法【断罪の雷】は、消滅の光ではなく、送還の光だった。そして、あの冷たい表情の裏にあったのは——。
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