第72話:断頭台の真実(序章)
夜の六畳一間。
テレビを消した。エアコンの微かな音だけが、部屋を満たしている。
るんすけが充電ドックに入ったまま、じっとこちらを見ている。いや、ルンバに「見る」機能はないはずだけど、最近のこいつは明らかに空気を読む。
エリオットが、テーブルを挟んで私の正面に座った。
正座。
あの長い足を折りたたんで、背筋を伸ばして。まるで、裁きの場に立つ被告人のように。
「……正座しなくていいよ」
「いや。これは、そうすべき話だ」
蒼い目が、真っ直ぐに私を見ている。
呪縛が消えたからだろう。今まで常にどこかに影を落としていたエリオットの表情から、あの苦しげな翳りが消えている。代わりに、覚悟の光。そして——恐怖。
この男が、怖がっている。
私に真実を語ることを。
「エリオット」
「何だ」
「怖いの?」
「……ああ」
あっさり認めた。
「四百年間、語りたくても語れなかった。だが、いざ語れるとなると——怖い。君がこの話を聞いて、どう思うか。私をどう見るか」
「さっきも言ったでしょ。逃げない」
「わかっている。わかっているが……」
長い指が、膝の上で握りしめられた。
「では、始める」
§ § §
「前世の話からだ。カレンシュ……君が国家反逆罪で逮捕されたあの日。表向きには、聖女フィオの神託により、ハーゲン伯爵家が王家への反逆を企てていたことが暴かれた——ということになっている」
「うん。それは知ってる。完全な冤罪だったって」
「ああ。冤罪だ。首謀者は枢機卿。共犯は国王。動機は、王家の莫大な借金を帳消しにするため」
エリオットの声は、淡々としていた。事実を報告するような、抑制された語り口。
「ハーゲン伯爵家は、王国で最も有能な財務官僚の家系だった。君の父上は王家の金庫番として絶大な信頼を得ていたが、それは同時に、王家の不正な支出と膨大な負債を全て把握しているということでもあった」
「父が……負債を知っていたから?」
「そうだ。債権者にして秘密の管理者。王家にとって、ハーゲン家は最大の脅威だった。君の父上が『王家は破産寸前だ』と公表すれば、王政は一夜にして崩壊する」
胃の底が、冷えた。
「枢機卿は聖女を操り、『ハーゲン家は魔族と通じている』という偽の神託を出させた。聖女の神託は絶対だ。民衆は疑わない。国王はこれに乗じて、合法的にハーゲン家の全財産を没収し、借金を完全にチャラにした」
「そのために……私を?」
「君が処刑の対象に選ばれたのは、君の父上を完全に屈服させるためだ。伯爵本人を殺せば殉教者として祭り上げられるリスクがある。だが、愛娘を処刑すれば、父は二度と逆らえない」
吐き気がした。
前世の記憶が、鮮明に蘇る。逮捕された日。父の絶叫。家臣たちの泣き顔。そして——地下牢の冷たさ。
「ここまでは……前回も語った部分だ。呪縛を通じて、断片的に」
「うん」
「だが、ここからが——」
エリオットの声が、初めて詰まった。
「ここからが、私が四百年間、語れなかった部分だ」
§ § §
「国王は、処刑の前に——《《公開拷問》》を命じていた」
血の気が引いた。
「こう……もん……?」
「処刑は見せしめだ。だが国王にとっては、それだけでは足りなかった。ハーゲン家が隠した財産の所在を全て吐かせること。そして、民衆の前で令嬢の尊厳を完全に破壊し、『反逆者にはこうなる』と見せつけること。その二つが、処刑の前に必要だった」
エリオットの声は平坦だった。だが、膝の上の拳が、白くなるほど握りしめられている。
「拷問官は既に指名されていた。期間は三日間。その間に行われる内容は——」
「言わなくていい」
私が遮った。
「内容は、言わなくていい。わかったから」
エリオットが、一瞬だけ目を閉じた。
「……すまない」
「謝らないで。続けて」
§ § §
「私がそれを知ったのは、処刑の二日前だった」
エリオットの目が、遠い場所を見ていた。六畳一間の壁の向こう、数百年の彼方を。
「宮廷魔術師として、私は処刑の執行に立ち会う義務があった。国王の勅令を受け、形式上の『処刑の監督』として配置された。だが、その裏で回っていた密命書——公開拷問の詳細な手順書が、偶然私の目に触れた」
エリオットの声が、かすかに震えた。
「読んだ瞬間、世界が赤く染まった」
その一言に込められた感情の密度に、私は息を呑んだ。
「あの瞬間から、私に残された時間は二日。二日で、君を救う方法を見つけなければならなかった」
「それで……」
「ああ。それが、全ての始まりだ」
エリオットが、私を見た。
「次に語るのは——私がどうやって君を救おうとしたか。そしてその代償として、何を差し出したかだ」
六畳一間の時計が、静かに時を刻んでいた。
深夜零時を回っていた。
「……続きは、明日にする?」
「いや。今日、全て話す。明日に延ばせば、私はまた臆病になる」
私は頷いた。
お茶を淹れ直した。エリオットの分と、自分の分。
温かいお茶を渡すと、エリオットが受け取った。その手が、まだ微かに震えていた。
長い夜が、まだ始まったばかりだった。
§ § §
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
断頭台の真実、序章。
処刑の前に待っていたのは、三日間の公開拷問だった。それを知ったエリオットに残された時間は、たった二日——。
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