第53話:大魔法使いの限界(後編)
エリオットの身体から、蒼い光が溢れた。
それは魔力の光ではなかった。
魂そのものが燃えている光だった。
魔素のない現代日本で、彼が私のために大魔法を使い続けてきた真実。
空間拡張も、全回復ディナーの錬成も、認識阻害の結界も。キスで得たなけなしの魔力だけでは、到底まかなえない。足りない分は、自らの魂――つまり命を削って補填していた。
そしてエリオットは今、その最後のストッパーを外そうとしている。
神の呪詛空間を力ずくで突破する。
必要な出力は、通常の空間転移の数十倍。現在の魔力残量では、その出力を得るためには魂を致命的なレベルまで削らなければならない。
「――開け」
魔法陣が再展開した。
蒼い光が部屋を満たし、マンションの壁が震える。るんすけが必死に後ずさりしている。
神の呪詛空間に、再び突入した。
衝撃。
透明の壁が、今度は砕けかけた。亀裂が走り、向こう側が見えかける。
だが、亀裂は即座に修復された。神の力は一度破壊しても自動回復する。魔法とは格が違う。
「まだだ……!」
魂を、さらに削った。
燃えている。胸の奥で、自分という存在の核が、溶けるように燃えている。
二度目の衝突。三度目。四度目。
呪詛空間に亀裂が走り、修復され、また亀裂が走る。
五度目。
壁が砕けた。
一瞬だけ、完全に穴が開いた。向こう側に霞が関のビルが見える。
跳ぼうとした。
だが、身体が動かなかった。
「――がっ」
口から、赤い液体が溢れた。
血。
大量の血が、白いシャツを染めた。
膝が折れた。
リビングの床に、エリオットはくずおれた。
§ § §
「空間の座標は固定できても……時間の因果が、揺らいで……?」
倒れたまま、かすれた声で呟いた。
魂を削りすぎた反動で、エリオットの認識が歪み始めていた。
千里眼の映像にノイズが走る。現在の霞が関の映像に、別の時間の光景が重なる。
宮廷の回廊。処刑場の広場。金色の髪の令嬢。断頭台に立つ彼女の姿。
あの日の記憶が、今の映像に混ざっている。
(時間が……これは、時間軸の干渉か……?)
意識が薄れていく。
最後の千里眼の映像に、私が映った。
公安の男たちに促されて、廊下を歩いている。背筋は伸びている。前世の令嬢のように。
だが、その手が小さく震えているのを、千里眼は映していた。
(カレンシュ……すまない……今の私では……)
視界が暗転した。
§ § §
二十分後。
千里眼が、最後の映像を映した。
私のスマホに、エリオットからのメッセージが届いていた。
いつもの無骨な文面ではなく、血まみれの指で打たれた、震える文字。
『カレンシュ、すまない。今は動けない。帰ったら話す。約束する。……だし巻きは明日の朝に』
私がスマホを見て、一瞬だけ足を止めた。
何かを感じ取ったのかもしれない。
だが、公安の男に促されて、再び歩き出した。
§ § §
マンションの床に倒れたままのエリオットの横で、るんすけが静かに旋回していた。
主人の血を吸い取ろうとしているのか、それとも心配しているのか。
エリオットの蒼い目が、薄く開いた。
「……るんすけ。すまないな。掃除の仕事を増やして」
小さな電子音が返ってきた。
叱られているような気がした。
§ § §
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
最強の大魔法使いが、血を吐いて倒れました。
彼がこれまで、私のためにどれほど自分を削ってきたか——その真実の一端が明かされました。そして魂を限界まで燃やした代償として、「時間の因果が揺らぐ」という、まだ誰にも理解できない現象が起きています。
倒れたマスターの横で、健気に旋回するるんすけ。
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