2話
定刻の少し前に正門へ向かうと、すでに2、30人の人達が集まっていた。
細身の人からプロレスラーのように大柄な人まで様々な背格好の人がいた。
「結構集まってるわね」
「うん。それにしてもみんな強そうだね」
大会の前、会場ですれ違う人全員が強く見えるような感覚に陥っていた。
「まあ強いでしょうね。けど多分ここにいる人達よりイオリの方が強いわよ」
な、なんて事を言うんだ。
大声ではなかったものの、耳ざとい人には聞かれていたらしく睨まれた。
心持ち身を縮めていると、
「さて、そろそろいいかな」
後ろから誰かが声を出した。
振り返ると、筋骨隆々の体に褐色の肌、それに禿頭という地球ではカタギと思われないであろう出で立ちをした男性が立っていた。
なんだあの人。その辺にいる人達とは明らかにオーラが違う。
この人は強そうじゃなく間違いなく強い。
『強いやつもいるんだな』
今日は忘れず持ってきた剣が唸った。
(やっぱりあの人強いんだ)
『ああ。1人だけレベルが段違いだ』
剣にそう評されるあの人は何者なんだ。
「よく集まってくれた。感謝する」
剣からレベルが違うと評された男が、全員を見渡しながら話し始めた。
「あの人、誰?」
「王国騎士団のセシル団長よ」
小声で聞くと、アリアさんがそう教えてくれた。
「強いの?」
「ええ。この王国で3人しかいないレベル5の1人よ」
「へえ。どうりで」
他の人達とオーラが違うわけだ。
ただ、俺が思っていた王国騎士団の団長とはイメージが少し違った。
俺の思う王国騎士団団長のイメージは白銀の鎧に身を包み、髪はブロンドの細身のイケメンだった。
一方のセシル団長は、革製と思われる茶色い服に筋骨隆々の体、そして無骨な顔とほぼイメージと真逆だった。
「今から森に行き、魔物の巣の調査をしてもらう」
セシル団長がこれからやる事の確認をすると、男が1人手を上げた。
「依頼書にもそう書いてあったけど、調査だけで良いんすか?」
「ああ。今日は調査だけしてもらう」
「今日は、って事はいずれ退治するんだろ。なら別に今日全滅させても良いんだよな?」
「君達に実力があるのはわかっている。しかし魔物がどれだけいるかわかっていない以上戦うのは危険だ。だから巣を見つけ場合には必ず私に報告してほしい。というかできれば魔物を見つけた時点で報告して欲しい。いいかな?」
「へーい。わかりましたぁ」
「他に何か質問はあるかな?」
セシル団長が全員を見渡す。
「ないようだな。では向かおうか」
セシル団長を先頭にして森へ向かって動き出した。
森は街から15分程度歩いたところにあった。
「じゃあ、1番に行かせてもらうぜ」
さっき質問していた男が我先に森へと飛び込んで行った。
集まった他の人たちも彼に続いて森へ入っていく。
「私達も行きましょう」
続いて俺達も森の中へと入った。
「ああいう人が大概1番にやられるのよね」
「ああいう人ってのはさっき質問していた人?」
「そう。功績を上げてアピールしたいんでしょうけど、大抵空回りするのよね」
「そうならなけりゃいいね」
「どうでしょうね。イオリも油断はしないでね」
「わかった」
俺は頷いて、慎重に歩を進める。
森の中は薄暗く冷んやりしていて、歩き回るのはそれほど苦ではなかった。
『気を付けろ。上に何かいるぞ』
「え?」
剣に言われ上を向くと、リスと猿の中間のような生物が木の上からこちらを見下ろしていた。
目が異様に大きく、少し不気味な感じがした。
「どうかした?」
「あそこに変な生き物が……」
俺はへんてこりんな生き物を指差した。
「何アレ。かわいい……」
「あれが!?」
俺はアリアさんのセンスを疑った。
「チッチッチ。おいでおいで」
「そんなんじゃ絶対こないよ」
「キキッッキー!」
予想通り変な生き物は森の奥へと逃げていった。
「あーあ、逃げちゃった」
「そりゃあ野生の動物だもん。人には懐かないよ」
「人には懐かなくても私になら懐くと思ったのに……」
「アリアさんも人だよね」
時々彼女は少しズレた事を言うけど冗談なのだろうか?
いや、多分本気だな。顔がマジだもん。
「まあいいわ。ペットを捕まえに来たわけじゃないし」
「だね。セシル団長に報告はしなくていいかな」
「いいでしょう。あの魔物は危害なさそだし」
気を取り直し、俺らは魔物の探索を再開した。
森の奥に向かって20分ほど歩いただろうか。後方からザッザッと地面を蹴る音が聞こえてきた。
アリアさんが目で合図を送って来る。
気をつけて。魔物が来るわよ、と。
俺は万一に備えて剣に手を掛けつつ魔物に見つからないよう、アリアさんと一緒に木の陰に隠れた。
足音がドンドン接近してくる。
森の奥から飛び出して来たのは、あの虎に似た魔物だった。
その魔物は俺たちに気付かなかったのか横を通り過ぎていく。
よかったと思ってもいられない。
魔物の口には、親猫が子猫を抱えるように人を咥えていた。
「アリアさん今の!」
「おそらく巣に持ち帰って子供に与えるんでしょう」
「どうする? 今からセシル団長に伝えにいく?」
「そんなことしてたら彼が食べられるわ」
「じゃあ……」
「追うわよ。巣に帰る前に倒しましょう」
言うが速いか彼女は走り出した。
俺も魔力を身体に漲らせ魔物の後を追う。
「さて、やるわよ」
アリアさんは服の中から革製の水筒を取り出し水筒の蓋を開け、手のひらに水をこぼした。
みるみる内に水が氷へと変わっていく。
そして今度はそれが分裂し、アリアさんの周りに無数の氷柱ができた。
「はあっ!」
アリアさんが手を横薙ぎに振ると、氷柱達が魔物目掛け飛んで行く。
魔物は背中に目が付いているのだろうか。
当たる寸前で木に向かって跳ね上がり、氷柱を全て避けた。
「素早いわね」
「じゃあ次は俺の番だね」
俺は剣に力を集中させ、縦に振る。
三日月型の衝撃波が剣から飛び出した。
衝撃波は魔物の横を通過し、木にぶつかり弾けた。
「ホント、素早いね」
「ただ外しただけでしょ」
冷たく言い放たれた。
図星なので何も言えない。
このままだと悔しいので、もう一度剣に力を貯める。
しかし、俺が衝撃波を撃つ前に魔物がスピードを上げた。
置いていかれないよう自分達もスピードを上げる。
少し走ると高木のない開けた場所に出て、魔物がこちらを向いていた。
俺達は急停止し、魔物と対峙する。
戦う気か?
けれど魔物は口に咥えていた人を下すと、森の奥へと消えて行った。
一体あの魔物は何がしたかったんだろう。
「敵わないと思って逃げたのかしら?」
「どうだろうね」
俺たち頭にクエスチョンマークが浮ぶ。
まあ、あの人を無事救出できたんだしいいか。
倒れている人に向かって歩き始めた時だった。
魔物が逃げて行った方から、バキバキっと枝が折れる音とズシンズシンと重みのある足音が聞こえてきた。
『何かくるな』
木をなぎ倒しながらやってきたのは熊に似た魔物だった。
ただ、熊というにはあまりにも大きく5メートルはありそうだ。
しかし、地球の生き物で言うとそれに1番近かった。
「強そうだけどどうなの?」
「そうね……見た目通り強いわよ。まさかこの森にこんな魔物がいるとは驚きよ」
「逃げるにしてもあの人を救ってからにしないとね」
「そうね。ただ人を抱えて逃げれるとは思わないわ」
「となると選択肢は1つ」
「ええ。戦うわよ」




