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小さな死神と老いた魔術師  作者: 樫吾春樹
何度目かの四季を越え
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第二十八話

 狙撃手に奇襲されてから俺はほぼ毎夜のように門のところで、建物に結界を張りながら座って寝ていた。同棲している彼には事情を話して、しばらくここにいることは伝えてある。だが日頃の疲れやしっかりと休養を取れていないせいもあってか、やはり眠りは浅く今日も夜中に目を覚ましてはその後は眠れずに、夕方ごろになった今になって眠くなってきていた。

「参謀、ね。どこがだろうな……」

 俺はその場に座り込み、あの出来事を思い出していた。任せられた頼みさえ満足にできず組長を危険な目に遭わせ、そして俺が庇って撃たれてしまった。今、俺がここにこうして立っているのは俺が神霊種の種族であり、宿っている神が寿命と引き換えに生き長らえさせてくれたからで、本当なら俺はあの時にすでに死んでいたはずだった。まだそのことを考えると、身体の震えが止まらない。あんな状況は何度も体験しているはずなのに、怖くて仕方なかった。

「しっかりしろ!」

 頬を叩き自分を奮い立たせ、煙草を一本咥えて火を点ける。今は何ができて、何ができないか。どれだけの危険があるのかを考えていく必要があり、恐怖に震えて立ち止まっている場合ではなかった。事態は常に変化していて、いつ天秤が傾いても不思議じゃないとは思っている。

「その時に何もできませんでした、では済まないしな」

 失ったあとでは取り戻すことはできずそれを俺は二度も経験していて、これ以上誰かを守れずに目の前で失うのは嫌だった。そうなるくらいなら、自分の寿命など死神にさえ捧げてやる。

 ふと組の入り口に目を向けると、組員と組長が押し問答をしているのが見えた。何をしているのだろうかと気になり、入口にいる彼らに声をかけた。

「どうした」

「組長が出てきてしまって……」

「いいよ、それくらい。缶詰めになっていたって仕方ないしな」

「へい……」

 止めていた組員が退いてから、そこら辺にあるようなヘルメットを被って出てきた組長を見て、俺はため息を吐いた。

「普通のヘルメットだと、全く役に立たないと言っておくよ……」

「マジか。軍事用でもさがさ…… いや、軍事用の弾丸みたいだったな」

「半分は正解だな。あとは、それに魔術でも施したんだろう」

 俺は自分の眉間を撃ち抜いた弾丸をポケットから取り出し、それを見えるように彼に見せた。

「だいぶ前から相手は、この策を企てていたのだろうか。証拠が少ないのが辛いな……」

「多分な。だがこれ以上長引けば、お前の命すら保証できなくなるからな。いい加減、決着をつけないとだぞ組長」

「わかってはいるが、決定打が足りない……」

「そこなんだよな。今のままでは、こちらがやられる一方だ

 あと一手。決定打となるあと一手が足りずに、この組織は足踏みをして前に進めずにいた。それをどうにかして探せれば、この状況を打開できると思うのだが。俺と組長は打開策は無いものかと、あれでもないこれでもないと着地地点が見えない話し合いをしていた。

 それから事態が動いたのは、約一週間後のことだった。組が問題を抱えている二体の悪魔のうちの片方が、組長を含めた何人かと戦闘になっているという情報を掴んで、俺は朝から胃に穴が開くのではないかと思った。

「そろそろ動くとは思ってはいたが…… 丁度この時期に重なるとは、誰が予想できるか!」

 会議室に誰もいないのをいいことに、悪い口調が更に悪くなる。世間で今は、この世界に紛れ込んだ人同士での闘技大会が開催されていて、毎日その話題で盛り上がっていた。ここの組長も俺もそれに参加表明を出しているため、練習試合等がある日も増えていた。その大会で盛り上がる中での突然の悪魔との戦闘なので、正直このタイミングで来るとは思っていなかった。

「おまけにあの馬鹿組長は巻き込まれているし。これで大怪我したら、楽しみにしている大会にすら出れないだろうしな」

 彼の行動に呆れながらももしもの時に備えて救急箱を用意し、手を伸ばせばすぐに届く範囲に置いておいた。戦闘のおこなわれている場所には既に使い魔の蝶を向かわせていて、俺が行かなければ対応できないような事態に陥る前に知らせがこちらに届くようにした。

「まあ、参加してない俺にはここで本部と中にいる人達を守りながら、組長の帰りを待つしかできないけどな」

 不安を抱え俺は無事に帰ってくることを、ただ祈りながら待っていた。

 どれくらいの時間が経っただろうか。「戦闘が終わって帰ってきている」という内容の連絡が届き、内心安心している自分がいた。だが、怪我をしているかもしれないと思いながら、救急箱を持って入り口を入ってすぐのところにある客間へと向かった。

「悪魔と戦って怪我の一つも無かったら、それこそ組長が人間なのかを疑うけど。まあ、ここの世界は人間じゃない方が多い世界だし不思議でもないか」

 ぼやきながらも手を動かして、机の上に店を広げていつでも帰ってきていいように準備する。

「遅くなって悪い。帰ったぞ」

「おかえりなさい。怪我とかしてないですか?」

「いや、大丈夫だ」

「本当か?」

「本当だ」

 彼の泳ぐ視線に違和感を感じて、俺は隠している腕を掴んでみた。

「いたた! 痛い痛い、悪かったから離してくれ」

「まったく…… 隠してもどうしようもないから、さっさとそこに座れ。手当くらいはしてやる」

 組長を半ば強引に椅子に座らせて、怪我している箇所の手当を始める。火傷に切り傷、他にも色々と怪我をしていて大変な戦いだったことが言われなくてもわかった。

「すまない…… だけど、これで一つは片付いた」

「そうか、それはよかった」

 短くそう答えて、俺は怪我の手当を進めていった。

 闘技大会の最中に起きた騒動も終わり残るはあと一体の悪魔との決着だった。だが、予想外の出来事が起きた。

「あれ、なんか手紙が来てるな?」

 組の入り口に設置されたポストの中に、入れられていた一通の手紙。宛名は組長宛となっており、差出人は書かれておらず不明だった。

「とりあえず、組長に届けにいくか」

 ポストの封筒をそのまま持って、俺は組長室へと向かった。扉をノックしてから、組長がいるのを確認して部屋の中へと入る。

「組長。お前宛に手紙が届いてるぞ」

「俺に?」

 彼は不思議そうに首をかしげながら、その手紙を受け取り中身を読み始めた。しばらくして読んでから、ホッとしたような表情になり手紙を机の上へと置いた。

「何が書いてあったんだ?」

「停戦すると、例の悪魔から届いた」

「そうか、よかったじゃないか。これで、少しは静かになるといいんだけどな」

「そうだな。済まなかった、巻き込んでしまって」

「礼を言うなら、俺じゃなくて自分の嫁に言ってくれ。俺は彼女から頼まれただけだしな」

「わかった。それで、君は今後どうするんだ?」

「どうするかな。このまま残っててもいいかとは思っているが、お前はどう思っているんだ?」

 少し悩んでから、彼は口を開いた。

「組長としては君を参謀として置きたい。だが、俺としてはこれ以上巻き込みたくはないと思っている」

「右腕になるか、客人に戻るか…… 確かに、今回は大変だったさ。俺も、こんな役回りになるとは思っていなかったしな。だけど」

 そこで一旦、言葉を止める。ここで過ごした日々を思い出し、少しだけ頬が緩んでいた。

「楽しかったさ。とてつもなく多忙だったが、ここで過ごした時間は間違いなく楽しかった。だから俺は、力を貸すよ組長」

「ありがとう」

「こちらこそ。まだ頼りないかもしれないけどな」

「それを言うなら…… いや、程々にしようか」

「俺の方が頼りないとか言ったら、張り倒すからな?」

「言うわけないじゃないか」

「どうだか。まあ、そういうことにしとくよ」

 からかうように笑う俺の目の前には、若干焦ったような表情を浮かべている組長がいた。「俺の方が頼りない」その気持ちはわかるが、彼は自分で思っているよりも強くて、しっかりと基礎を学べばもっと強くなるだろう。それに本人が、気づいているかはわからないが。

「さてと、俺はそろそろマンションに戻るよ」

「そうか」

「しばらく帰ってないから、寂しい思いさせてると思うしな。お前もちゃんと帰ってやれよ?」

「耳が痛いな……」

 仕方ないやつだなと思いながら、軽く手を振って俺は組長室を後にしてマンションへと帰った。

 騒動が落ち着いたのも束の間で、今度は闘技大会の方で忙しくなっていた。俺も順調に勝ち上がり、明日にはシード枠だった組長との直接対決となった。

「やあ、参謀」

「おはよう組長。その呼び方どうにかならないか?」

「駄目か?」

「落ち着かない」

「わかった、善処しよう。ところで、ついに明日だな」

「そうだな。勝っても負けても、恨みっこ無しな」

「無論だ。手加減するつもりは無いからな」

「俺だってそんなつもりはないさ」

 互いに負けず嫌いな一面があるようで、どうしても譲れない戦いになるようだった。

「まあ、明日の試合楽しみにしてるよ。だから他所で変なものを拾って、騒動に巻き込まれるなよ?」

「わかってるさ。そういう君も巻き込まれるんじゃないぞ?」

「誰のせいで巻き込まれてると思ってる」

「その点は済まないと思ってる」

 申し訳なさそうに謝る彼を見て、俺は思わず笑ってしまった。

「何だよ……」

「いや、何でもない。今日はしっかり休んで、明日に備えろよ?」

「ああ、コトリさんもな?」

 その問いには手を挙げて返事として、背を向けて街の方へと歩きだす。相変わらず賑やかなこの街は、大会が始まってから更に賑やかさを増した気がする。

「おい、明日の試合の組み合わせ見たか?」

「見たさ。なんでも同じ所属での対戦らしいな」

「ああ。片方は組の組長で、もう一人は参謀なんだとさ」

「凄い組み合わせだよな。どんな戦いになるのか楽しみだな」

 立ち話をしている男性達から、そんな会話が聞こえてきて少しだけ気恥しくなる。流石にそこまで期待されているとは思っていなくて、明日の試合で緊張しなければいいなと思った。戦い慣れているのと、試合に慣れているのとでは意味合いが違う。前者は大抵は自分と相手だが後者には観客が付くことが多く、俺は人に観られることには慣れていなかった。

「三本勝負だったよな、確か。一本は取りたいものだが」

 こういうことを言うと大抵当てられないのだがな。明日はそうならないように、努力するか。

「あ。今日のうちに勝負服を取り出すか」

 勝負服は昔から使っているもので、チューブトップにホットパンツ、それにノースリーブの上着と赤い帽子というのが俺の勝負服になっていた。かなり露出は高いがこれくらいの方が俺にとっては、動きやすくて身軽だということを活かしやすいからだった。

「まあ、肌を出しすぎって怒られそうだけど、明日だけは許してほしいな……」

 家で待っている人物の顔を思い浮かべながら「ごめん」と心の中で呟き、その人のいる場所へと帰った。

 試合当日。時間は「決められた時間内で集まってもらうが、相互の都合がつかない場合は連絡すること」とのことだったので、事前に組長と打ち合わせをして確認を取っていた。会場に着いたのは良いものの、昨日メンテナンスしてもらっていた魔法銃を引き取るのを忘れてしまった。だが応援に駆けつけてくれたその人物が、リングの中へと放り投げてくれて、俺はその銃を空中でキャッチした。

「待たせたかな、組長」

「待っちゃいねーよ……」

「ならいい。気合は十分みたいだな?」

「おうよ。互いに勝負服とは、逢引のごとしやな……」

 少し先に到着していた組長は、赤い特攻服を着て不敵な笑みを浮かべながらそう答えた。

「まあ、そんな甘いものじゃないがな。これからやるのは」

「そうだな。じゃあ、やるか!」

「お相手願おうかな」

 俺は軽く帽子を持ち上げて挨拶をし、いつでも試合を始められるように準備をした。

「ならば、闘争デートと洒落込もうか!」

「ああ、そうだな!」

 互いに言い終わると同時くらいに動き出し、攻撃を仕掛ける。魔力で作った弾を数発、迫ってくる四本の投げナイフを撃ち落とすように放つが、遅れてくる一本に気づけずに肩をかすめて切り傷を作り俺は小さく舌打ちをした。それを見た組長が一気に距離を詰めてきて、長刀で次の一撃を繰り出そうとしていた。だが、俺もそう簡単にやられたくはないので、死角になるところに蹴りを入れようと足を伸ばす。

「やばい!」

 若干反応が遅れ、刀の軌道を読んでいる間に視力のない左側から腹部を峰打ちをされ、僅かにたたらを踏み相手に主導権を握られてしまう。今ので既に二本取られていて、次取られてしまえば試合は終了してしまう。何でもありのこの大会は、自分に正直な人間ほど有利なのかもしれないと思いながら、峰打ちされたところをさすりながら演唱をする。

「せめて、一撃だけでも見舞いたいな…… 発動。彼の者を縛る楔となれ!」

「悪いが、畳み掛けるぞ!」

 地面から黒い影のような腕が伸びて、迫ってくる組長と止めようとするがギリギリのところで躱され、握られた拳が俺の顎を狙って振り上げられる。

「だめか……」

 当たる寸前に困ったように笑みを浮かべ、俺はそのまま振り上げられた衝撃で後ろに吹き飛ばされた。

「っぁあああああああ!」

 雄叫びが会場に響き渡り、試合終了の合図となった。

「るっせ、叫ぶな! 頭がぐわんぐわんする……」

「悪い…… 立てるか?」

 差し伸ばされた手を取り、引き上げられる。

「お疲れさま」

「お疲れ」

 拳を彼に突き出し、彼もそれに応じて拳を軽く当てる。

「それじゃあ、またあとで」

「ああ、観客席でな」

 互いに笑顔で別れ、それぞれの出口から観客席へと戻っていく。まさか一本も取れないとは思わなかったが、彼の強さは実感できた試合だった。次の機会があれば、今度こそ負けたくはない。そう心に決めながら。

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