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「大丈夫ですか?」
年上の新入りへの口遣いに戸惑いながらも、アオイは初現場に入って1分も保たなかった鈴木に予備の水を渡した。
「アオちゃん、そんな雑魚に気遣いなんて一銭の価値も無いわよ。損する一方だわ」
「初めてがあの現場なら殆どがこんな感じになると思いますけど」
「その殆どに入らないアオちゃんが言っても説得力薄いのよ。それに、今回のは中の上ってレベルなんだから、あの程度で毎回こんなリアクションされちゃ無駄に時間かかるじゃない」
夏はまだ先なのでそれに関しては同意しかないと思いつつも、アオイも少しだけ喉を潤す。
貰った水を全て飲み干してもまだ動けそうにない鈴木を無視して、カマはアオイを置いて先に現場へと足を向ける。
「鈴木の給料の一部をアオちゃんに付けておくから、そいつが最低限動けそうになったら下で待機させておいて。私は先に部屋を見てるから」
「分かりました。いつも通り少ししてからカマさんの所に行きますね」
「ありがと。じゃ、行ってくるわ」
楽しそうに現場へと向かうカマを見ながら、鈴木はようやくと言った具合に口を開いた。
「カマオさんって凄いですね。この仕事を作ったのもあの人なんですよね......」
「本名を本人の目の前で言うとボコボコにされるので、気をつけてください」
「あっ、はい分かりまし、た」
「それに...」
「それに?」
「いえ、何でも無いです。それよりも、僕はカマさんの所に行くので鈴木さんは階段下で待ってください」
数少ない仕事道具を積んだリヤカーから黒い袋を取り出して、アオイはカマが先に向かった部屋へと改めて踏み込む。
お世辞にも良いとは言えない光景の中で不満げな顔をして立っているカマは、今回の仕事対象へと視線を落として恨めしそうにしていた。
「袋持ってきましたよ」
「ん、ありがとねアオちゃん。さっさとこのお荷物を運んで、飲みに行きましょ」
「僕は未成年なんで途中までしか行けないんですけどね」
「いつも通りね。まあ今回は使えないオマケがいるから、それで我慢するわ」
自分が未成年である事に感謝しつつ、今晩に地獄へ行くことが決定されている鈴木への気持ち程度の同情を持ってアオイは袋を広げる。人間サイズの袋を手慣れた様子で、死体の真横にアオイが広げるとカマと半身ずつ順序良くそれは収納されていく。
無言。
最初こそ気まずさで会話のネタを部屋から探していたアオイだが、半年もしないで死体の収納に慣れた。
「さて、いい加減この仕事に体が追い付かないけど、ひと頑張りしますか」
階段と呼ぶにはボロすぎる板を1枚1枚丁寧に踏みながら、下で待つ鈴木と合流しリヤカーへと3人で袋を乗せる。
「ウっ......」
先ほどの光景を思い出したのか、今にも吐きそうな顔をする鈴木の腹にカマが拳を入れた。
「なに今にも吐きますって顔をしてるの。もう出す物なぁんも無いじゃんよ!」
「ッ、す、すみません...」
殴られた箇所を庇いながらも何とか立ち上がってリアカーの後ろへと向かう鈴木。
体力的にオンボロのリヤカーを押せないカマは何もせず、焼却所までは主にアオイが運ぶ。押す係に不安はあれど、1人でしていた作業に気持ち程度でも手伝いがあるのは素直に嬉しく思う。
「あー、この作業着もっといい物ないのかしらね。汗べっとりになるから嫌いなのよね」
「水や汚れに強くて、捨てやすくて安いってなるとコレしか無いんですから我慢しましょう」
「ホント収入が安くて困るわこの仕事」
幸いにもリヤカーが押される感触はあり、焼却場まで近い今回の現場は比較的楽な案件になりそうだなぁとアオイが思っていると、鈴木が口を開いた。
「カマさんは何でこの仕事を始めたんですか?」
何人かにこの手の質問を聞かれてる所を見たことがあるが、アオイは同じ答えを聞いたことが無い。珍しくアオイの目の前で酔ったカマがぽろっと滑らせたのを本心とするなら、主亡き品々から金目の物を貰うのが回収屋の始まり。アオイは倫理的にも、見たことが無い法的にもこれは駄目な事だと思っているが、全てが放置され蓄積し、集まるこの街においてその一部を排除する回収屋の需要は尽きない。
(結果、金欠のフリをしながら貯金はそこそこのカマさんが出来上がったんだよな)
「——こんな掃き溜めみたいな街でも、ある程度それを掃除する人間は必要でしょ。呼びかけても実行する人間が居ないから、私が街のお偉いさんから金を貰って仕事にしたの」
「な、なるほど...」
右から左にカマの説明を聞き流して、焼却場への唯一の難関地点へとたどり着く3人。
「さあ、ここの坂を上れば焼却場。この仕事の最終段階ね」
「......そう言えば何で焼却場なんですか? ご遺体なら火葬場って言いません?」
「んなねぇ、あんたココに火葬なんて上等な文化があると思ってんのかい? この街じゃ燃やせるモノは全部燃えるゴミなのよ。勿論この死体もね」
「ぇっ......」
カマの答えに何か言いたい事があったのか、はたまた言葉を無くしたのか。
鈴木は開いた口を無意味に動かすだけ動かして、リヤカーを押すことに専念し始めた。
(この後強制連行の飲み会があることは黙っておくか)
「さあ着いたわ。鈴木あんたもここまでの道を早く覚えるのよ」
着いた焼却場は煙が街へ流れない様に高い場所に建てられており、主に回収屋が集めたゴミを分別無く燃やすための施設と化している。人間などを燃やす時に溜まる骨を捨てるのが面倒というカマの意見で、後からスライドレール付きの炉が外に併設された。
「今日はいないけど、たまぁに管理人がいるから挨拶はしとくのよ。白髪の長い女だから見れば一発で分かるわ」
「分かりました」
リヤカーから炉の鉄板へと袋を移す3人。まだ非力な子供のアオイ1人でも移せる仕様だが、焼却の手順を覚えさせるために弱っている鈴木が1人で行うこととなった。
「そうそう、それを移したら鉄板を奥に押して——次はその赤いボタンを押すの。それで点火するわ。勝手に燃え上がるから、時間になったら青いボタンで消してお終い。ダイヤルは火力が決まってるから無視で良いわ」
一息に言うカマの操作指南を反芻しながら、鈴木は炉が熱を持つのを感じ始めた。
「それにしても...ここは、聞いてた以上に僕の常識が一切感じれなかったです。カマさんも外から来たんでしたよね? 来た時どんな感じに思ったんですか?」
「乙女に昔のことを聞くのはNGなのは外と一緒よ。まあ、今以上に荒れてたのだけは覚えてるから、鈴木なんか来た日には血の一滴まで絞られていたかもしれないわね。今でも当時に近い場所があるから、今夜案内しましょうか?」
リヤカーに積まれてる水筒を取り出すと、カマはそれを一口飲む。中身を知っているアオイも回されたそれを受け取り、舐める程度に飲んだ。
唯一中身を知らない鈴木はアオイから渡され、手にした水筒を見つめるだけ見つめて口にはしなかった。
「飲んでください。この仕事をしてる人には大事な儀式ですから」
「そうよ。早く飲みなさい。全員が飲まないと仕事達成にならないんだから......!!」
「...中身なんですか?」
急かす2人。その圧に戸惑う鈴木は恐る恐る水筒の中を確認する。その表情は直ぐに歪み、自身の鼻から水筒を遠ざけた。
「——れって、お酒ですよね??! 何の意味があるんですか!!」
「意味は無いですよ。ねぇカマさん」
「そうね。無意味な作業だわ。こんな安酒じゃなければまだマシなんだけどねぇ」
否定の言葉で揃えて、顔を歪めた鈴木へと向いた2人。早く飲めと言う視線が鈴木に刺さる。
逃げ場が無い事。自分が一口でも飲まないと、この視線のナイフが刺さり続けるのだと察し勢いだけで酒を飲み込んだ。
「ッ......」
安酒どころの話じゃない、今までの人生で味わったことの無いえぐみと苦みが口に広がり鈴木の喉を焼く。吐くのを堪え、なんとか胃まで流し込む鈴木を見終えるとカマが声を高くして締めに入る。
「ハーイ!! これで今日の業務はお終い。焼け残った骨はアオちゃんよろしくね」
「あっ、カマさん。最近、いつもの川にも出てきてるんですが場所を変えますか?」
「ああホーローね......良いわ。場所はそのままで、なんかトラブった時は教えてくれれば」
「了解です。じゃあ金づち取ってきますね」




