第二十八話 魔術の使い手
「カイト、今治すからな」
俺は急いでカイトへと駆け寄り、地面に転がる右腕を拾い上げた。
思い出した記憶についてはまた後でヴェルナスに問い詰めればいい。
今はとにかく、眼の前で苦しみ続けている仲間を助けなくては。
「何故助けようとするのか、私には分からないんだが……彼はヘクトルの意見を聞かず、勝手に冒険者登録をしようとしていた。君の言い分は正論で、彼の行動は根性論。ならば、それを止めようとするのは当然だ。そして、もう勝手な行動はしないと契約を交わしてから治すべきだと思うよ」
ヴェルナスの言葉は聞こえているが、返事をする気にもならない。
俺は自分の利益のためにしか行動せず、『人の心がない』と言われたこともあった。
だが、この男はそんなレベルの話ではない。
ヴェルナスは、自分にとって都合の悪い人間は簡単に切り捨てる。『悪魔のような男』だ。
右腕の切断面に拾い上げた物を押し当て、光魔法で修復していく。
ペンは転がり落ち、僅かな光を放っている。
「大丈夫か? 腕は今治した。これで動かせるはずだ」
綺麗に元通りになった右腕を動かし、カイトは再度ペンを握った。
俺の言葉に返事はなく、ただまっすぐと書類に手を伸ばしている。
何かが、おかしい。
この小屋に足を踏み入れたときから、充満しているカビ臭い匂い。
魔力感知では認識できなかったせいで気づくのが遅れたが、これはまさか……
急いでカイトの頬を掴み、書類へと向けられている視線を無理やりこちらに向かせる。
「やはりそうか」
黒いはずの瞳が、赤く染まっていた。
これは、『魔術』だ。
魔法とは別に、魔術といものが存在している。
体内の魔力を使う魔法とは違い、魔術は使用者の生命エネルギーを消費することによって発動する。
魔力量が少なく、放出口が狭い人間でも強力な力を扱えるため、手を出してしまう人間は多い。
自分の適正属性ではない魔法を扱うために魔術を使うという者も少なくは無い。
かく言う俺も、一度手をつけようとしたことがある。
魔術は魔法とは違い七つの属性には縛られず、生命エネルギーを使えば使うほど、『どんなことでも出来てしまう』のだ。
だが、魔術はこの世界では禁忌とされている。
生命のエネルギーとは、言い換えれば寿命だ。
命を削り膨大な威力を発揮する魔術は、この世界を滅ぼす可能性がある。
その為、使用すればどこの国でも罰せられてしまう。
グランヴェル帝国でも毎年百人以上の人間が魔術を使い、断罪されていた。
魔術を使う人間を見分ける簡単な方法がある。
それは、瞳の色を見ること。
魔術に影響を受けた人間も瞳の色が変わるが、使用者が魔術を解除したら色が戻る。
だが、使用者側は一度でも魔術に手をつけると瞳の色が赤から戻らなくなる。
この世界に赤い目を持って生まれてくる人間は数少ない。
居ない、とは断定出来ないが、千年に一人生まれるかどうかだろう。
書類にサインをしようとするカイトを闇魔法で作り上げたロープを縛り付け、ペンを取り上げる。
今のカイトは魔術で洗脳され、何をされてもギルドに登録しようとするだろう。
ヴェルナスに視線を向けると、エメラルドグリーンは消え、その瞳が赤く染まっている。
魔術の影響でおかしくなっていただけなんだろう。
腕を容赦なく切り落としたのが彼の素ではないことに安堵するが、次はその刀身が俺に向けられるかもしれない。
今のうちにコイツも縛り上げたほうが安全だろう。
「ヘクトル、どうしたんだい? カイト様を縛ったのなら、私が剣を向けることはもうない。あまり警戒しないでくれ」
そう口では言いながらも、ヴェルナスは剣を鞘に戻す気はないらしい。
左手にしっかりと握ったまま、ゆっくりと近づいてくる。
魔術の影響を受けている人間を信用など出来るはずがない。すぐにでも剣を奪わなくては。
「これでもう大丈夫だよ」
だが、ヴェルナスは最後に一振りしたあと、すぐに鞘へと戻した。
斬りかかられるのかと思ったその刀身は、俺の背後へと向けられた。
振り返ると、そこにはナイフを振りかぶる、頭のない人間が立っている。
力が抜けたのかその死体は膝から崩れ落ち、地面へ転がった。
「魔力感知をするのは良いことだけれど、魔術だとわかったのなら目を使って周りを警戒するべきだ。味方である私ばかり警戒するよりも、なにをしてくるか分からない人間を気にしてくれ。こんなナイフでは傷一つつかないだろうが、万が一のこともあるだろう」
グチグチと説教を垂れているヴェルナスだが、その瞳は赤く染まったままだ。
ならば、魔術を使ったのは先程の人間ではない。
「そんなことより、今は魔術の使用者を探すべきだ」
「あぁ、それなんだが。魔術の使用者はここには居ない。きっとこれが原因だろう」
ヴェルナスが手に取ったのは、先程までカイトが握っていた一本のペン。
「魔力感知で見つけたんだが、この中に魔法石が組み込まれている。きっと、これに魔術をかけたんだ」
「……なるほど、そこから溢れ出した魔術の香りがこの部屋に充満したのか」
そのままヴェルナスはペンを握り潰し、中の魔法石も砕かれた。
だが、魔法石が入っていたのなら俺が魔力感知をした時に気付けるはずだ。
それなのに気付くことなく使用者ばかりを探していた。
引きこもっていたせいで魔力制度が落ちたのか?
それとも、腕を失ったせいで……
「ヴェルナス、お前は」
「あれ、俺何してたんだっけ? ……って、なんで縛られてんの!?」
意識の戻ったカイトが騒ぎ始め、言葉を遮られてしまった。
いつもの黒い目に戻ったのを確認し、体を縛っていたロープを解く。
ヴェルナスと話をするのは後にし、今は戻ったカイトへ説明することにした。
「ここに入ったところから記憶がないんだけど……また俺何かやっちゃいました? ……カウンターの血は俺のじゃないよね? え……なんか死体ある!? 人死んでるよ!?」
「安心しろ、まだ未遂だ。そこの血はカイトのだけどな」
「え、やっぱ俺の血!? うわ、記憶にない自分の血ほど怖いもんねえよ……っていうか人死んでて未遂って何?」
カイトは立ち上がり、騒ぎながら血まみれのカウンターへと近付いた。
俺は血の着いた契約書を手に取り、ゆっくりと文字をなぞる。
「……面倒な事になったな」
「なになに、俺にも見して!」
——黎明の神子はこの国の人間を神への生贄として捧げる。グランヴェル帝国の英雄、キリュウ・カイトはそれに同意し、我ら黎明の神子へ協力することを誓う——
これにサインをしていたらどうなっていたことか。
腕を切り落としたヴェルナスの判断は間違って居なかったということだろう。
いや、もっと穏便に止める方法はあったとは思うが。
それよりこの契約書、おかしい点が多すぎる。
「黎明の神子ではないだろうね」
背後からヴェルナスも覗いて居たらしく、思っていたことをそのまま口にしてくれた。
これは、明らかに奴らの仕業ではない。
確かに魔術を使うのは間違いない。だが、こんな契約書を書くことなどしないはずだ。
それに、カイトが強力したところで奴らにメリットなど感じられない。
それならば、俺やルシアン、ヴェルナスのように戦える人間を欲しがるだろう。
だからこそわかる。
黎明の神子を名乗る何者かが仕掛けた罠であると。
◇◇◇
情報収集は一度中断し、このことを二人にも伝えるべく王宮へと戻った。
「今この国には、俺達を黎明の神子の関係者として仕立て上げようとする人間が存在している。むやみに行動するのは危険だ」
「そんなことをするなんて、一体何の意味があるのかしら」
アリステラは首を傾げながら、ルビーのように赤い瞳をこちらに向けている。
「分からない。だが、少なくともこの人間は俺達がグランヴェル帝国から来たことを知っている。王宮と関係のある人物の可能性が高いな」
エドワーズがそんなことをしでかすとは思えない。
使用人がどこかに情報を流したか?
いや、ここで働いている使用人は、代々王家に忠誠を誓った一族。そのような行動をするとは思えない。
なら、他に俺達が出入りしているのを知っている人間といえば
「……レノール」




