第二十六話 国の主
「鍵、か……」
いつも通される部屋ではなく、長椅子が二つ向かい合う、比較的小さい部屋で三人は腰掛けていた。
ヘクトルの隣にエドワーズが座り、反対側の隣にアリステラもちょこんと座っている。
せっかく立派な椅子がふたつもあるのに、仲良く横並びとは。なんとも勿体ない事をしている。
「六大国全てに存在してるらしいんだが、お前も知らないのか?」
「知らない、と言えば嘘になるな。正確には知っておる」
言い方的に、部外者には教えられない何か、ということか。
「場所を教えてもらうことは出来ないの? 私たち、その鍵が必要なの!」
「……」
黙り込み、何かを考えている様子のエドワーズを横目に、何としてでも聞き出さなくてはとアリステラと手を取り合う。
「もし教えてくれれば、エドワーズの願いを一つ聞くってのはどうだ」
我ながら斬新な提案をしてしまったが、カイトを帰すためには必ず必要になるピース。
手に入れるためにはなんだってして見せる。
「……それは、なんでもということか?」
「ここで暮らせ、という提案は受けられないけどな。俺はグランヴェル帝国を捨てる訳には行かない。だが、それ以外ならなんでもだ」
アリステラが心配そうな顔でヘクトルを見つめるが、それを気にせず堂々と話す。
エドワーズは視線を落とし、真剣に悩んでいるようだった。
もしこれがダメならば、力ずくでも聞かせてもらうしかない。
「……仕方ない。教えてやろう」
エドワーズはヘクトルの方へと向き直る。
「ありがとう。エドワーズ」
「まず、初めに話さねばならぬことがあってだな。……大前提として、余の一族はここの王族とは異なっていた。元々は別の一族が収めていたこの国を、余は譲り受けたのだ」
代々、オルフェリア王国は、オルフェリア一族という王族が国を収めていたと聞く。
……確かに、改めて考えれば、エドワーズ・ギルバード。オルフェリアという名前ではないな。
「誤解しないで欲しいのだが、余はこの座を奪ってはおらん。譲り受けただけであるということは忘れんで欲しい。……そして、その鍵とやらは、余の手元には存在せぬ」
無い……?
「だが、オルフェリア一族の人間が持っておる。余は一度、変わった形の鍵を大切に持っているのを見たことがあるからな。それのことであろう。とても大切そうに保管されていたのだ、あまり部外者に話さない方が良いと判断した」
「……今、オルフェリア一族はどこに住んでるんだ?」
真っ直ぐとエドワーズを見つめ、ヘクトルは問う。
それを聞き、エドワーズの表情が少しずつ崩れていった。
せっかく手に入れた手がかりなんだ、ここまで来たんだ。
何か、何か少しだけでも……。
——だが、エドワーズの苦虫を噛み潰したよう顔を見て、嫌でも理解してしまう。
「わからぬのだ……」
震えた声で話すエドワーズ。
こんな顔を見るのは、幼少期以来か。
いつも堂々と取り繕っている男だが、根っこはビビりの人見知り野郎。
「何故オルフェリア一族は居なくなってしまったの?」
「……それも、わからぬ。ある日突然出ていってしまったのだ。きっとどこかで生きているはずだが、どこに居るのかなんて余には分かるはずもない」
ふと、左手の指輪に視線を移す。
もしかしたらコイツは、俺も急にどこかへ行ってしまうのではと心配してストーカーをしていたのか。
それなら少し……いや、全く許せないな。
「……分かった。他に、鍵について知ってることはないか?」
「すまない」
「そうか。ありがとな」
ヘクトルは立ち上がり、握っていたアリステラの手を引っ張り、部屋を後にした。
「結局、鍵については分からないままね」
「六大国全てにあると言っていたなら、他の国に向かうべきだろう。これ以上ここにいても仕方ない」
アリステラを部屋の前まで送り、ヘクトルは手を離す。
「明後日、ここを出る。他の奴らには明日伝えるが、直ぐに出れるように準備をしていてくれ」
「えぇ、分かったわ。おやすみなさい、ヘクトル」
「あぁ。おやすみ、アリステラ」
手を振り挨拶を済ませると、アリステラは自室へと入っていっあた。
ヘクトルはそれを確認し、踵を返して自室へと戻った。
◇◇◇
「貴様。この国で悪さを働くとは……ありえんな」
昼は赤髪の男に襲われ、今回の標的だった黒髪黒目の男を殺して命からがら逃げてきたというのに……。
「聞いておるのか? まあ良い。直ぐに息絶えてしまう運命なのじゃ。少しくらいは絶望に浸る時間をくれてやる」
目の前に立っている女。
顔は見えないが、威圧感が凄まじい。纏うオーラが常人のそれとは全く異なっている。
魔力量は上の下と言ったところか?
「おい、聞いておるのか? なにか返事くらいするべきじゃろう?」
「お、お前!! 一体何者だよ!」
黒いフードから少し見える口が、ニヤリと笑っているようにも、真顔であるようにも見える。
これはきっと……認識阻害魔法。それも、精度の高いものだ。
ならば、扱うのは闇魔法のはず。
……ほぼ負けが確定した、ということだ。
「妾のことを知らぬ人間などこの世には存在しておらん。だか、そうじゃな。今は認識阻害をしておるんじゃった」
女の足元から、黒い影が伸びる。
「なっ……」
影から現れたのは、二人の子供。
「もう良い。貴様と会話するのは飽きた。大切な民を襲った人間など、妾の人生に必要はない」
一人は剣を構え、もう一人は魔力を練り上げている。
子供なら勝てるかもしれない。だが、その後にこの女をどう始末するべきか……。
「やれ」
その一言と共に、二人の子供は地面を蹴り、瞬きをする間もなく目の前まで迫ってきていた。
手に握っていた剣で、一人を抑え、魔法使いの子供の方へと視線を向ける。
「なんだ、ハズレ魔法かよ」
手に見えたのは、赤い炎。ならば、俺が使う水魔法で簡単に消すことができる。
思っていたよりも素早いが、そこまで苦労せずとも倒せるだろう。
まずは剣の子供を始末しようと、手元に視線を移す。
先程まであったはずの人影が、ない。
「グッ……」
頭が殴られたような衝撃を感じ、直ぐに振り返ろうとする。だが、視界が揺れ動き、焦点が定まらない。
水魔法で体の周りを覆い、火属性での攻撃を防ぐことに集中する。
剣のガキの方は後でやればいい。先に魔法使いのガキを始末するべきだ。とにかく一人でも減らさなければ。
「なんじゃ、つまらん事をする奴じゃのう」
気付かぬ内に近付いてきた声。
「まずい……」
そう口にした瞬間、纏っていたはずの水が全て消え去り、自らの体が顕になっていた。
いや、水が消えたと言うよりも、俺が転移魔法で外に出されたのか。
息をつく暇もなく、剣のガキが迫ってくる。魔法使いの方は後方で魔力を練り上げているようだ。
どれだけ魔力量があろうとも、火属性は水属性には勝てない。これは誰もが知っている、常識なのだ。
「めんどくさいガキだな」
剣のガキは動きがすばしっこいと思ったが、よくよく見ると微量の風魔法を纏っているようだ。
それならばこの素早さにも納得する。
鬱陶しいとは思うが、倒せないほどのものではない。
剣をいなしながら、思考する時間すらもあるのだ。自分が圧倒的強者であることに違いない。
「レイス」
魔法使いのガキが何かを言ったようで、それに反応した剣のガキが数歩下がった。
何かをするつもりなのか?
いや、どうせ大したことがない。
「なっ……なんだそれ」
気に求めていなかった魔法使いの方へと視線を向けると、そこには青い炎が燃えがっていた。
とにかく、炎を消すために水魔法を操り、魔法使いのガキを目掛けて連射する。
これで消えるはずだ。少し魔力量が多いからと言って、青い炎が出せるからなんだと言うのだ。
「貴様の負けじゃ」
消えるはずの炎が、消えない。
「なんでだよ……」
ジュッと小さく音が聞こえたと思えば、消えてなくなったのは俺の水魔法の方だった。
有り得ない。こんなハズレ魔法に負けるなんて。
「何をしたんだお前は!! 有り得ないだろうが!!」
こちらの言葉は気にも留めていないのか、青い炎がこちらへと向けられる。
いや、よくよく見れば炎は小さい。やはり子供だ。
まだ上手く扱えていないのだろう。これならば、避けてしまえばそれで終わりだ。何も、焦る必要なんて……
「はぁ!!??」
放たれた青い炎に、剣のガキが風魔法をぶつける。
混ざりあった二つの魔法は、消え去るでもなく、ただ大きな炎へと変貌した。
「ま、待て!! 俺は命令されただけで!」
「戯言では妾の機嫌は取れぬぞ」
視界が真っ青に染まる。
——寒いな




