第二十五話 増えていく虫
「僕は信用しない方がいいと思うんですがね」
食事を終え、三人でとある場所へと足を進めていた。
ルシアンは先程から、嫁なんて嘘だ、信用しない方がいいと何度も話している。
「君に信用される必要は無いが、彼は私のことを信じてくれるようだよ。何か言い返せる言葉はあるかな?」
「……っ! ヘクトル様! 早く行きましょう!」
ニコニコと微笑むヴェルナスに対し、ルシアンは怒りを隠せずに居るようだ。
ヘクトルはそれを気にする様子も無く、ただ真っ直ぐと目的地へと足を早めている。
——少し、嫌な予感がしたのだ。
「あれは、警備隊?」
目的地付近まで進むと、何やら警備隊の人間達が集まり、道を塞いでいる。
周りには大勢の人が立ち、通らせてくれと叫ぶ者、何があったのかとヒソヒソ会話をする者で溢れていた。
「おい、何があったんだ?」
近くに居た警備兵に声をかける。
「貴女達は先程の……。ならば、話しても良いでしょう」
ゴホン、と咳払いをした後、警備兵はゆっくりと話し始めた。
「先程逃げた一人の信徒が、この先にある店の店主を殺害。その後逃走しました。動機は不明ですが、明らかに店主だけを狙っていたそうです」
この先の店……。まさか。
「洋菓子屋の店主、か?」
「えぇ。お知り合いですか?」
——やられた。
一足遅かったということか。
でも何故、奴らが彼を襲った? 俺たちが彼に話を聞こうとしたことがバレたのか? それとも、黒髪黒目の人間を殺して回っているのか……。
「ヘクトル様が向かおうとしていたのは、その店主の所だったのですか?」
ヘクトルがグルグルと思考を回していると、ルシアンが声をかけた。
急に黙った様子を見て、気を使ったのだろう。
「私が取り逃してしまったせいだ。すまない」
ヴェルナスはヘクトルに深々と頭を下げる。
「確かにそうだ。俺はその店主に会いに行くつもりだった。だが、奴らが何故彼を狙ったのか、その動機を探らなくては行けなくなったな。……ヴェルナスは頭を上げろ。お前は謝る必要なんてない。被害を最小限に抑えられたのはヴェルナスのおかげだろ? ありがとう」
逃げた信徒を追いたいが、警備隊達の様子を見るに、今さっきの出来事では無いのだろう。
今更追っても仕方が無いと判断し、とりあえずカイト達の所へと戻ることにした。
◇◇◇
「其方は、捨て犬を拾う趣味でもあるのか?」
王宮へと戻り、まず初めに新たらしく増えた仲間を紹介しようとエドワーズの所へと向かった。
「言い方が悪いぞエドワーズ。こっちはカリスタの所の使用人で、今は一時的に俺が借りることになった。そしてコイツは……。俺の昔ながらの知り合いだ」
はぁ、とエドワーズはため息を零し、殺意にも似たオーラを纏う。
広々とした部屋の中が重苦しい空気に包まれ、常人であれば呼吸をするので精一杯だ。
「そうか。だが、なにやら気に食わぬ奴らだな」
ヘクトルに向けられていた柔らかい視線ではなく、突きつけるような瞳で二人を睨む。
「そうですか? 僕は貴方の方が気に食わないですよ。コイツよりかはマシですが、あまりヘクトル様には近づかないでください」
「君にとっては初対面のはずだが、やはり記憶が無くても失礼なのは変わらないようだね。一国の王である者が、一人の人間に執着をするなど、あまり良いとは言えない。それに、子孫を残す気がないと聞いたが……。それは如何なものかと思うよ。ヘクトルに子は孕めない。手を出すようであれば、私は容赦なく腕を切り落とすことをお忘れなく」
王に対しての態度とは思えないほどの威圧ぶりを見せる二人に対して、ヘクトルは頭を抱える。
自分も失礼な態度を取っていることは分かってはいるものの、初対面の時はもっと礼儀正しくしていたはずだ。なのに、コイツらは何故こんなにも堂々としていられる? 殺されても仕方ない程のことをやらかしているぞ?
「貴様ら、今ここで首を切り落とすこともできるのだぞ?」
「君に私は殺せないよ、エドワーズ。剣の鍛錬をしている時、君は一度も勝てなかったのだが……。今は覚えていないんだったね。失礼」
これ以上煽られては困るため、ヘクトルは話を止めようと掌を高く上げる。
「ヘクトル? 其方、一体何を……」
魔力を掌へと集中させる。
「ヘクトル様!?」
黒い塊が現れ、次々と周囲の物を吸い込み始めた。
花瓶や絵画。飲み込まれてしまったものが何処に行くのかは分からないが、この魔法を使えば大体のことは丸く収まると知っている。
王の冠までもが飛びそうになったところで
「もういい、ヘクトル」
白い手袋がヘクトルの手首を掴み、黒い塊が消え去った。
「悪い。やりすぎた」
周囲を見渡すと、煌びやかに飾られていた装飾品は剥げ、所々壁がかけてしまっている。
この魔法のデメリットは、場を収めることは出来るが、その後の対応が面倒だということだ。
「とにかく、この二人も今日から泊めてもらう事になった。後は頼んだ。ルシアン、行くぞ」
早口でエドワーズに伝えると、ヘクトルはヴェルナスの手を握り、そそくさと部屋を後にした。
「あれ! ヘクトル! ……と、ルシアンにヴェルナス!?」
三人で廊下を歩いていると、向かい側から歩いてくる人間が二人。
「カイト。レノールさんの授業はどうだった?」
「お前に貼られた紙を剥がすのが一番大変だったよ」
それは少し可哀想なことをしたな。
そんなことより、とカイトが続け、二人を指さす。
「お前ら! なんでここにいるんだよ!」
「カイト様。お久しぶりです」
「元気にしてましたか?」
先程までとか打って変わって和やかな雰囲気に、風邪をひきそうになる。
ヘクトルはとりあえず座ろうと部屋に入り、出会った経緯と店主の死について簡潔に説明した。
アリステラは何か考え事をしているようで、ずっと黙ったまま話を聞いている。
「ま、マジか……。でも、戦力が増えたのは助かるな! 戦える人間が二人も!」
「それより、私はカイト様に聞きたいことがあるんだが」
一呼吸おき、口を開く。
「君は、私のことを覚えているのか?」
真剣な眼差しのヴェルナスに対し、カイトはいつも通り返す。
「勿論! あんま話したことは無いけど、騎士団の凄い人だってことは前から知ってたしな! それに、アリステラも覚えてるんだってよ」
唐突に話題を振られ、アリステラはビクッと肩を震わせる。
「何の話? 私は、その、ヴェルナスさんって方とは初対面よ?」
「え?」
確かに、前は覚えていると言っていたはず。
アリステラの理論に基くのであれば、カイトが覚えているのにアリステラが忘れているのはおかしい。
「とにかく、カイト様は覚えているということだね。……そうか、良かった」
ヴェルナスは胸を撫で下ろし、安心したように笑った。
「ところで、アリステラさんというのは……」
「あぁ、神子アリステラとは関係ないから安心してくれ」
問われるだろうと思っていたものに、ヘクトルはすぐさま返答する。
初対面の人間は皆そう思ってしまうのも仕方が無いが、こう何度も言われてしまうとは。やはり、彼女はこれまで相当苦しんできたのだろう。
「えぇ、紛らわしくてごめんなさい」
申し訳なさそうにアリステラが応えるが、ヴェルナスは何かを考えているようだった。
気を取り直して、これからどうするかを話し合う。
手がかりの男が消え、信徒の行動もわからない。
「私から一つ、伝えなければ行けないことがあるんだ。ここに来る前、少し調べ物をしてね」
視線がヴェルナスに集まる。
「故郷へと帰ったと言われる異邦人について、分かったことがある。とある本に記されていたのは、"六大国全てをめくり、鍵を見つけた”と」
「鍵?」
「あぁ。ページがいくらか燃えてしまっていたから、扉にさす鍵なのか、なにかの比喩なのかはわからないが」
……鍵。
そういえば、昔。不思議な形の鍵を見たことがあるような……。
「王様なら何か知ってるんじゃないかしら」
「あぁ、そうだな。聞いてみるか」
アリステラの問いに思考が遮られ、思い出しそうだった何かの正体が分からないままだった。
日も落ちてきた所で、エドワーズに会いに行くヘクトルとアリステラ以外は自室へと戻ることになった。
ヴェルナスとルシアンは喧嘩をするから無し、カイトと行こうとしていたが、男を連れていくとまた不機嫌になりそうなので無し。消去法で選ばれたアリステラは、一人勝ち誇ったような顔をしている。
「普通にさえしてくれたらな」
「でも、王様は男の人だと不機嫌になるんでしょう?」
二人が口を開く前から不機嫌だったということは、きっと男が嫌いなのだろう。
何故自分は大丈夫なのかは知らないが、何かと執着されているのは鈍感な俺にでも分かる。
「さあ。男が嫌いなんだろ」
ヘクトルは無駄に大きな扉へと手をかけた。
◇◇◇
「アリステラ……」
自室へと戻ったヴェルナスは、ベッドへと寝転んでいた。
白銀の少女、アリステラ。
柔らかい笑みを浮かべる女だったが、纏うオーラが只者では無いことを物語っていた。
ヘクトルは片腕と片目を失ってから体内の魔力回路が崩れ、前と同じような魔力精度を保てていない。
ルシアンは魔力量が多いものの、魔力精度はまだ常人か少し上レベル。
カイト様は論外とすると……
「——見えたのは私だけ」
異様なオーラ、それもどこかで見覚えがあるもの。
表面上では笑顔を作っていたものの、心の奥底では笑っていないような人間。
何か大切なもの以外では感情が動かない、狂人。
私と、同じか。
もし、彼を傷つけるようなことがあれば、必ず殺す。
神子だろうと関係はない。
いや、そんなことよりも。
ヘクトルと再び出会えた。その事に感謝をしなければいけない。
彼は、やはり運命の相手なのだと改めて分かった。
私と同じだった。
でも、隣にいるのが私ではなく、忌々しいあの男。
やっと身を引いたかと思えば、私が居なくなった途端こうだ。
エドワーズも、本当に諦めが悪い。王でなければ、一切ヘクトルと関わらせないのに。
一人でご飯が食べれるようになっていたヘクトルには驚いたが、どうせまた私を頼らないと生きていけないと気付けるはずだ。
私だけが、彼を理解できる。私以外を頼っても、なんの意味も無いのだから。
彼がケジメを付けようとするのを止め、彼を支え、虫を排除する。
私はそれだけを考えればいい。そうすれば、彼は幸せになれるのだから。
「やはり、ヘクトルは魅力的だから虫が寄ってきてしまうんだね。大丈夫だよ、私が守るから」




