第二十話 想像の世界
「それは一体、どういうことだ?」
王から告げられた言葉に、ヘクトルは理解が追いついていなかった。
普段の彼ならば、ヘクトルの願いは何でも聞いてくれていた。あれが欲しい、これが欲しいと言っても全て与えてくれる。
それなのに……。
「俺だけ許可されても意味がない。頼む、コイツらも一緒に」
「ダメだ」
冷徹な王の言葉に対し、ヘクトルは眉をひそめた。
いつもはあんなに甘いのに、何故ここまで頑なに否定するのか。
二人の方へと視線を向けると、顔を真っ青にし汗が止まらない様子だった。
「神子アリステラと同じ見た目、そして敵国であるグランヴェル帝国の英雄を迎え入れることなど、できる訳がないであろう」
「わ、私は! 神子とは関係ありません!」
アリステラは王に向け、言葉を発した。
「だが、見た目が同じではな。貴様を見た民たちが不安を抱くやもしれぬ」
正論に対し、アリステラとカイトは下を向くことしか出来なかった。
「だから、ヘクトル。君だけはここで暮らせ」
「じゃあいい。俺達は他の国に行く」
ヘクトルは踵を返し、二人を連れて玉座の間を後にしようとした。
「待て。……今のは冗談だ。三人共、好きなだけここで暮らすがよい」
王の方へと振り返り、ヘクトルは三日月の瞳を睨んだ。
元々そんなことを気にする人間ではないはずのこの男が、何故そのようなことを言ったのか。
……二人が、邪魔だとでも思ったのだろう。
「それでなんだが、ここにある書庫で調べたいことがある。出入りを許可してくれ」
ここ、オルフェリア王国は情報の宝庫と呼ばれている。
何処の国よりも発展が進んでおり、魔法の研究技術が最も優れている。
ヘクトルが幼少期の頃は、良くこの国へと足を運んだものだ。
「住まわせてもらうだけでは飽き足らず、情報まで喰らうつもりと?」
「気に食わないなら、こちらからも情報をやるよ。異世界人のカイトなら、この世界には存在しない知識や技術があるはずだ。ここに居る間はいつでもこき使ってくれて構わない」
王は目を輝かせ、カイトに視線を向けた。
いつまで経っても探究心に溢れたやつだな。そんなことを思いながら、ヘクトルはまた続ける。
「俺からの要望は以上だ。暫くの間世話をかける。よろしく、エドワーズ」
ヘクトルは左手を王へと差し出す。
一歩も動かないその様子を見ると、王は立ち上がり、近付いてきた。
「余に対してこのような扱いをするのはヘクトルだけだ」
王はヘクトルの額に口吻を落とし、差し出された左手を力強く握り返した。
◇◇◇
それぞれが部屋へと案内され、ヘクトルはベッドへと腰を下ろした。
「で? お嫁さんって王様のことだったのか!? いや、お嫁さんじゃなくて、この場合は旦那さん?」
無駄に広い部屋へと案内され、きらびやかな装飾品ばかりが目立つ。
荷物を置いたら書庫へと向かおうとしていたが、何故かカイトが付いてきていた。
「何の話だよ。俺にパートナーは居ない」
嫁は居ない、と否定したところで、旦那なら居るのかと言われるのは目に見えていた。
「だからさあ、昨日言ってたお嫁さんの話だろうが! その指輪、結婚指輪だろ!」
まだ言うか。
昨日そんな会話をした記憶なんて無い。人のことを恋愛的に好きになったことも無い。
「てっきり、ヴェルナスがそのお嫁さん……じゃなくて、旦那さんなのかと思ってたけど、指輪贈ったの王様なんだろ?」
またその男の名前。
いい加減、ここまで頻繁に名前が出てくるのなら気になってきてしまう。
「そのヴェルナスってのも男なんだろ? なら、違うと思うがな」
女ならまだしも、男を好きになるなんて事があるか?いや、無いな。
はあ、とため息を付いたあと、ヘクトルは立ち上がった。
「男でも好きになるかも知んないだろうが! 時代は多様性ってやつだよ」
そういえば、この国では同性婚が出来ると聞いた記憶がある。
グランヴェル帝国では認められていない為、同性愛者は皆オルフェリア王国へと移住してくるのだと。
「なんだそれ。とにかく、俺に恋人はいない」
薬指にはめていた指輪を風魔法で外す。
確かに、左手の薬指では結婚指輪と誤解されかねない。
火魔法で熱を加え、大きさを調整してから中指へと位置を変えた。
「おでこにちゅーされてたくせに」
「……」
カイトの頬に光速のナニカが当たる。
頬に触れると、熱を帯びた液体がどくどくと勢い良く溢れていた。
「調子に乗るな」
「はい……」
ヘクトルはカイトの頬に触れ、傷を治すと扉の前まで進み、ノブに手をかけた。
「俺は書庫で情報を集める。カイトはエドワーズにこき使われてこい」
振り返ることなく、部屋を後にした。
「貴様、何者じゃ?」
部屋を出てすぐ、ヘクトルは誰かに声をかけられた。
初めて聞く声。王宮に来ることは度々あったが、エドワーズ以外と顔を合わせたことはほとんど無い。あるとしても、執事やメイド達のみだった。
ヘクトルは声の方へと視線を向けると、一人の令嬢が立っていた。
片目がピンクでかくれ、肩まで伸びた髪はウルフカットに整えられている。蝶の装飾品が目立ち、それは紫紺の瞳にまでも存在していた。
「エドワーズの知り合いで、ヘクトル・エルカディオンと申します。当分こちらに住まわせていただくことになりました」
ヘクトルが礼儀正しくお辞儀をすると、令嬢は扇を口元に当て、上へ下へと視線を巡らせた。
「そうか。妾の名は知っておろう? 下手な真似をしなければ、何もせん。貴様に興味など無いからな」
名前、別に知らねえよ。
気付けば、令嬢は歩き去っていた。
一人残されたヘクトルは頭を手で抑え、目を瞑る。
接する上で、一番苦手なタイプの性格の女だった。
これからのここでの生活に不安しかない。
「……選択、間違えたか?」
◇◇◇
令嬢が去ったあとすぐにカイトが部屋から出てき、エドワーズに呼ばれるまでの間は書庫で過ごすことになった。
「うわー、読めねえ」
カイトが一冊の本を手に取り、近付けたり遠ざけたりしながら呟く。
「視力の問題じゃなくて頭の問題で読めないんだろ。そんなことしても頭は良くならない」
目を凝らしているカイトの手から本を取り上げ、代わりに読み上げてやることにした。
タイトルは、『はじめまして、運命の人』?
「第一頁、『私の名前はアサヒナ・ミウ。今年から高校生になる、ピカピカの一年生だ』……」
なんだ、これは。
「こっちの世界でも高校とかあんの?」
高校、という言い方をすることはない。
学園の中の高等部という言い方になるはずだ。
「いや、高校とは呼ばず、高等部という。初等部、中等部、高等部と順に上がっていくんだ」
そもそも学園へと通える人間が限られているため、一貫校しか存在していない。
なのに、この本は何故高校といっているんだ。
「じゃあ、これ書いた人も異世界転移者ってことか」
「多分、な」
著者として名を書かれているのは、クドウ・チカ。
名前的に女性だろう。
本の古さからして最近の物ではない。もしかしたら、既にこの世界には居ないかもしれない。
だが、
「探してみる価値はある」
同じ著者の本を探したが、見つかることはなかった。
仕方なくこの一冊だけを持ち、ヘクトルとカイトは街へと向かった。
◇◇◇
「クドウ・チカ? えぇ、私のペンネームですよ」
街に出た二人は、冒険者ギルドにて聞き込みを行っていた。
すると、クドウ・チカを知っている人間と出会い、トントン拍子で本人と顔を合わせることとなった。
「ペンネーム? 本名じゃないのか?」
「えぇ。本名はこんな名前じゃないですよ。異世界に憧れてつけた名前なんです」
眼の前に座っているのは獣人の女性。三角の耳を生やし、細長い尻尾、前進を覆う毛。
どこからどう見ても、異世界転移者ではなかった。
「じゃあ、前世の記憶を頼りにあの話を書いたとか?」
「前世の記憶? そんなものありませんし、私はオルフェリア王国で生まれ育った獣人です」
異世界転移者でも、異世界転生者でもない。
「……なんで、あの話を書いたんだ?」
クドウ・チカは首を傾げ、さも当然かのように言葉を発した。
「こんな世界があったらいいなと、そう思ったから書いたんです」
そうか、作家という人間はそういうものなのか。
少しの間沈黙が流れ、クドウは空気を変えるため口を開いた。
「私がこの話を思いついたのは、とある人が故郷の話をしてくれたからなんですよ」
その言葉を聞き、二人の瞳に光が戻った。
「幼少期の頃、クドウ・ミナトという方がよく故郷の話をしてくれていたんです。その故郷というのは、学園ではなく高校というものが存在し、殆どの人間が平等に通っていたそうです。様々な行事があり、体育祭、文化祭、修学旅行など、それはもう夢のような物ばかりでした」
まるで胸の内にしまっていた宝物を披露するように、彼女は楽しそうに語った。
ヘクトルは無駄足にならずにすんだことに安堵し、カイトと目を合わせ、頷く。
クドウ・ミナトは異世界人だ。
「そう、クドウ・ミナトは貴方と同じように黒髪、黒目の人でした。中々めずらしいですよね」
ヘクトルとカイトは思わず顔を見合わせる。
「その、クドウ・ミナトさんって人は今どこにいるんだ? 俺達はその異世界についての情報を探してるんだよ」
クドウ・チカは目を逸らし、口を閉じた。
「……」
死んだのか。
言葉にせずとも、その表情や仕草である程度のことは察することができる。
「無理して話さなくても」
「五年前、信徒達に殺されたんです。ほら、大量虐殺事件があったでしょう? 彼はその時、私を庇いそのまま……」
ヘクトルの言葉を遮るように、既にこの世には存在していないという事実を突きつけられた。
その事件については、よく覚えている。
まだ騎士団に入る前だったが、ヘクトルの独断でオルフェリア王国に足を運び、危機一髪でエドワーズを助けることが出来た。
その時からエドワーズは何でも言うことを聞いてくれるようになり、様々な場面で助けられた。
「辛い話をさせて悪かった。何かあったら俺らを頼ってくれ」
カイトがそう言うとヘクトルの手を引っ張り、王宮へと戻っていった。
◇◇◇
「結局、本人には会えなかったな」
書庫へと戻り、二人はまた新たな情報を探し始めていた。
「でもまあ、異世界人って気付いてないだけで以外と居るのかもな」
本に目を通しながら、ヘクトルは頷く。
確かに、かつて故郷へと帰った異邦人に、先程のクドウ・ミナト、そして眼の前にいるキリュウ・カイト。
異世界転移者だけでこれだけの存在が判明し、知らないだけでもっと沢山いるのかもしれない。
彼らは皆、カイトのように特殊な力を持っていたのだろうか。
「失礼致します。カイト様、国王陛下がお呼びです」
書庫の扉が開かれ、使用人が現れた。
「……頑張れよ、カイト」
拒否権もなく使用人に連れ去られたカイトを確認し、ヘクトルはまた手掛かりを探し始めた。




