第十九話 リンゴジュースとストーカー
「ヴェルナスさんが、どうしたの?」
カイトとヘクトルの二人は、宿で休んでいるというアリステラの部屋へと足を運んでいた。
「アリステラ、ヴェルナスのこと知ってんの?!」
驚いた様子のカイトを見、アリステラは困惑しながら言葉を続ける。
「えぇ、ヴェルナスさんって騎士団の中で二番目に強い人でしょ? 有名じゃない」
さも当然だと言うようなアリステラの物言いに、ヘクトルは驚いたように口元を抑えた。
カイトがふざけているだけかと思っていたのに、事情を知らないアリステラまでもが“ヴェルナス”という男を知ってると言う。
なら、本当にそんな人間が存在したのか?
「どうしたの? そんなに驚いたような顔して。まさか、ヴェルナスさんに何かあった?」
少しの沈黙が流れた後、カイトがゆっくりと口を開いた。
「その、ヴェルナスの事なんだけどさ。俺とアリステラ意外覚えてないらしいんだよ」
「……え?」
アリステラの赤い瞳がゆっくりと見開かれた。
「急にこんなこと言われて、驚いたよな。でも、エルミナもヘクトルも覚えてないっていうんだよ」
「そう……」
手の甲を口元に当て、アリステラは何かを考えているように真剣な眼差しで床を見つめている。
覚えていない、なんて急に言われて困惑しているのだろう。
何故ヘクトル達は覚えていないのか、何故カイト達は覚えているのか。
「もしかしたら、ヴェルナスさんに親しい人から忘れていってるのかもしれないわね。私はあったことが無いから、まだ覚えているのかも」
「なるほど、それなら俺とエルミナが覚えていないのにも納得がいく」
ならば、街の人たちならヴェルナスについて知っているかもしれない。
だが、聞き込みをしたところでどこに居るのかなんて分からないだろう。
「……それって、俺は仲良くなかったってことぉ?」
瞳に涙を浮かべながらカイトがべそべそと何かを言っているのを無視し、ヘクトルが話を切り替えた。
「とりあえず、今はそのヴェルナスとかいう男の話よりも大事な事がある」
言い方に文句があるのか、カイトは不服そうな顔をしながらも静かに話を聞いていた。
「第六信徒を倒した今、奴らがまたすぐに襲ってくる可能性は低いだろう。なら、今のうちにカイトの返し方を探しておきたい」
カイトの表情が明るくなり、先程とは打って変わってうんうんと相槌を打ちながら話を聞いている。
「そこで、なんだが。さっき記憶を辿っていたときに思い出したことがある。かつて故郷へと帰ったという異邦人だが、彼はこの世界の六大国をすべて巡り、その先でやっと見つけることができたという」
この世界には六つの大国が存在しており、グランヴェル帝国もその中の一つだ。
アリステラは少し悩むように首を傾げる。
「でも、他の大国に行って、大丈夫なの? “オルフェリア王国”なんて、グランヴェル帝国と敵対しているし……」
「それなら問題ない。オルフェリア王国のエドワーズ王とは知り合いなんだよ」
小さい部屋に数秒の沈黙が流れ、アリステラとカイトの二人が同時に口を開いた。
「「えぇー!!!???」」
ヘクトルは耳を塞ぎ、眉をひそめる。
興奮する二人をよそに淡々と話を続けた。
「とにかく、まずはオルフェリア王国に向かう」
地図を開き、ヘクトルは現在のグランヴェル帝国から見て北西方向にある隣国を指さした。
二人からは今も尚、聞きたいことが山程あると様々な質問が飛んでくる。
それらは全て無視し、ヘクトルは腰掛けていた椅子から立ち上がった。
「飯を食ったら出発するぞ」
扉を開き、ヘクトルは部屋を後にする。
アリステラとカイトも急いで立ち上がり、駆け足で追いかけた。
◇◇◇
「なんで飯屋じゃなくて酒場なんだよ」
困惑した様子のカイト。視線の先には古びた看板の店、“サカバ”と掠れた文字でかかれている。
ヘクトルは訪れたことが無かったが、ここの料理とリンゴジュースが絶品だと聞いていた。
「ここの飯が美味いと聞いたからな」
カウンターの椅子に腰掛け、ヘクトルはメニュー表を手に取る。
酒、酒、酒。
視界の大半を占めるのは酒の名前ばかり。
食べられる物はないかと視線を滑らせていると、“オムライス”という字が目についた。
「え! オムライスあんじゃん! 俺これにするわ!」
カイトが興奮気味にそう言うと、ヘクトルとアリステラも同じものを店主に注文する。
「それと、」
「「リンゴジュース」」
飲み物も注文しようとヘクトルが声を出すが、聞き覚えのある女性の声も重なった。
聞こえてきた方向へ視線を移すと、そこには紺髪の少女と糸目の女性が座っている。
「……あら、キミ達も来てたのね」
「エルミナとセレナ! ちゃんとお別れ言えてなかったから、会えてよかった」
セレナはひらひらと手を振り、カイトの隣へと腰掛けた。
エルミナもそれに続くように、セレナの隣に腰を落とす。
「お、この前来てた譲ちゃんじゃねえか。街の人達を助けてくれたって聞いたぞ」
リンゴジュースを木製のジョッキに注ぎながら、店主がセレナに声をかけた。
「皆アンタらには感謝してる。前は譲ちゃんに悪いこと言っちまったし、今日の会計は俺の奢りだ」
店主はセレナに豪快な笑顔を向けながら、それぞれの前にリンゴジュースを置いていく。
カイトは置かれたジョッキを手に取り、すぐさま口へと運んだ。
「う、うめぇ……」
こんなに美味しいのは初めてと言うように、カイトは目を輝かせながら店主に視線を向ける。
「ホントだ、美味いなこれ」
それに続き、ヘクトルも一口。
想像していた以上の味に、感動を覚えた。
「そりゃあ良かった。うちの店で一番の自慢の品だからな」
◇◇◇
リンゴジュースも飲み干し、オムライスも完食してしまった。
もう少し堪能していたかったが、腹の容量はそう簡単には増えてはくれない。
胃袋の限界を感じ、一人前で留めることした。
「じゃあ、俺達はもう行くよ」
カイトが二人に声をかけ、立ち上がる。
「死にすぎないように」
「モチのロン! 二人共、元気でな!」
セレナは頷き、エルミナは微笑んでいる。
ヘクトルとアリステラは二人にお辞儀をし、サカバを立ち去った。
——視線を感じる。
街の正門を潜り、歩き続けること三十分。
気付けば周りは木々で覆われていた。
「転移ゲートを開く。少し待っててくれ」
ヘクトルの掌から黒いモヤが現れ、転移ゲートを生成していく。
「……誰かに付けられてた」
ヘクトルのその言葉に、カイトは瞬時に周囲へ視線を巡らせた。
サカバを出たときから何者かが付けてきているのには気が付いていたが、魔力量は多くもなく少なくもなく。至って平凡と言う他ない量だったため、特に気にすることなく放置していた。
だが、転移ゲートを生成し始めてから何処かへ走り去って行ってしまった。
あの速さ、風魔法の使い手だろう。
この魔法の存在はそろそろ知られてしまっても仕方がないと思っていたので、広められてもどうでもいい。
どうでもいいのだが、何故か先程の追手のことが頭から離れない。
カイトなら何かを知っているかもしれないと思い、何となく口に出した。
「今はもう居ないんだが、風魔法の使い手だった。多分、武器を使うタイプの人間だろう」
「それって……いや、また信徒か?」
何か心当たりがありそうな反応をするカイト。
それを問い詰めることなく、ヘクトルは首を左右に振る。
「信徒ではない。まぁ、気にするほどでもないか」
生成していたゲートが完成し、手を下ろす。
入る順番を決めるために三人でじゃんけんをした結果、ヘクトル、カイト、アリステラの順で潜ることとなった。
ヘクトルは何も言わず、颯爽とゲートを潜る。
——目の前に現れたのは、王都の中心に鎮座する壮麗な王宮だった。
「でっけぇー……」
いつの間にか二人共着いていたらしく、王宮を眺めて目を輝かせている。
カイトはただ呆然と大きさに感動し、アリステラはその美しさに言葉を失っている様子だった。
「……とりあえず、入るか」
「俺こんな格好で大丈夫かな? ちゃんとした服今からでも買いに行った方が良い?」
「私も、こんな服じゃ良くないわよね……」
「……」
緊張している二人が面倒くさくなり、ヘクトルは真っ直ぐと歩き始めた。
「ヘクトル様、お待ちしておりました。王の下へご案内致します」
執事の衣服を身に纏った男が突如現れ、声をかけてきた。
魔力感知でヘクトルの存在に気付いたか、それともただの感か。
どうやってここに来るのが分かったのかは、本人に聞くことにしよう。
「ありがとう。頼んだ」
とりあえずは目の前の使用人に付いていくことにした。
◇◇◇
「久しいな、ヘクトル」
玉座に鎮座する滅紫髪の男は、まるで世界そのものを見下ろすかのような威厳を纏っていた。
辺りを見渡しても、視線に入るのは煌びやかな装飾品ばかり。普段質素な生活をしている人間からすれば、頭の痛くなる空間だった。
「元気にしてたか? 俺は元気じゃなかった。それで、頼みたいことがあるんだが」
ヘクトルの口の聞き方に対し、カイトとアリステラは顔を青くしている。
「……其方は建前というものを知らぬようだな。願いを口にする前に、まずは他愛もない話の一つでも交わすものだ」
やれやれ、と首を左右に振り、王は頭上の冠を光らせている。
「昔はあれ程愛らしかったというのに」
「……そうだな、他愛もない話と言えば。この指輪について何か心当たりはないか?」
付け加えられた言葉には反応せず、ヘクトルは左手の甲を見せつた。
「余には何のことだかわからぬな。ヘクトルによく似合っている。……それより、頼み事とやらを聞こうではないか」
明らかに話をそらした様子を見るに、この指輪はこの男からの贈り物だと考えて良いだろう。
宝石には微量ながらも魔力を感じる。これで居場所がわかるように細工をしていたのか。
「国の王がストーカーか? 感心しないな」
ヘクトルは風魔法で指輪を外し、掌に落とした。
拳を握り、赤く光る魔法石から魔力を吸い取る。
ただの宝石と化したその指輪をまた薬指へとはめた。
「仕方あるまい。其方のことだ、また無茶をしているのではないかと思ってな。今度こそは何かあれば助けに行けるよう、備えていただけにすぎぬ」
ヘクトルの行動を見ながら、王は悲しそうな表情を浮かべていた。
元々一声掛けてくれていれば少しは対応が違ったかもしれないが、こんなことをされてしまっては信用にかける。
視界の端に写ったカイトの顔が何かを言いたそうにしていたが、今話されても面倒なことになるのは分かっていた。
気にすること無く、本題へと入る。
「それで、頼みたいことなんだが。一ヶ月程、ここに住まわせてくれないか?」
「なんと……」
玉座の間に静寂が流れる。
王は下を向き、動かない。
ヘクトルの傲慢な態度に腹を立て、今にも死刑宣告を受けてしまうのではないかと気が気でない様子のカイト。
慌てふためくアリステラ。
ただ真っ直ぐと王を見つめるヘクトル。
「一ヶ月では短すぎる。一年……いや、一生ここで暮らせばよい」
ヘクトルはそう返ってくると分かっていたかのように余裕のある表情を浮かべた。
「それで」
「だが——」
言葉を発した後、すぐさま王に遮られる。
紺の瞳の中で揺れる三日月が、カイトとアリステラの二人を捉えた。
「其方ら二人を認めるわけにはいかぬ」




