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神滅の魔剣士は英雄になれない  作者: 意思疎通
第二章 ローデル動乱

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第十六話 痛みは消えない

「うおおおおお!!!!」


 拳を力いっぱい握り、己を鼓舞するために腹から全ての空気を出す勢いで声を出す。

 勝てるなんて思っていない。いくら死んだところで、倒せるなんて思えない。

 目の前の怪物に対して恐怖の気持ちが無くなる訳もなく、今にも震え出しそうな拳を気合いで収める。


「あらあら」


 意を決して、白いローブへと飛び込んだ。相手へダメージを少しでも与えようと、力いっぱい拳を振りかざす。

 だが、拳に当たるのは生身の肉体ではなく、爽やかな風。

 ため息混じりの声が頭の上から聞こえた。見上げてみると、手に握られた剣が振り上げられているのが分かる。


「頑張ったご褒美に、一回休憩させてあげるわ」


 白銀の刃が自らの首へと迫る。今から入れる保険なんてあるのだろうか?

 否、無い。


 ——剣が弾かれ、石畳の上を転がった。


「……は?」


 エレーナの声が漏れる。一体何が起こったのか、理解が出来ていないという様子だった。

 それはカイトも同じ。死を覚悟していたはずなのに、今も自らの心臓はドクドクと鼓動している。

 視線を落とすと、そこには“氷剣”が転がっていた。


 まさか、セレナが戻ってきてくれたのか?

 いや、何か違う。セレナの氷剣は、もっとキレイな造形をしていた。目の前にあるこれはまるで、幼い子供が粘土で作ったように歪だった。

 だが、氷魔法を扱える人間なんて今まで見たことがない。一体誰が……


「弱いものイジメなんて、感心しないな」


 青く長い髪を揺らしながら、ゆっくりとこちらに向かってくる男。左腕には氷の剣を握っており、身体の周りには水色や赤、紫等の光を纏っている。

 危機一髪で現れたその男は、今のカイトにとっては英雄に見えた。彼ならきっと、この状況も難なく切り抜けてハッピーエンドを見せてくれるだろうという安心感がある。


「ヘクトル!!!」


「……あら、厄介な子が来たわね」


 エレーナは手持ち無沙汰となった右腕をヘクトルへ向けた。魔法を放つのかと思っていたが、掌からは何も出てこない。ただ、まっすぐとヘクトルに向けているだけだ。


「攻撃しなくていいのか?お前、何もできずに死ぬぞ」


「……やめた。そろそろ時間も丁度いいし、アタシはそろそろお暇させてもらうわ。勝ち目の無い戦いなんて、何も楽しくないもの」


 エレーナは右腕を下ろし、やれやれと左右に首を振る。

 ヘクトルはまだ警戒を続け、いつでも魔法を放てるよう白いローブから目を離さない。

 カイトはただ、その様子を何もできずに見ているだけだった。


「じゃあ、また遊びに来るから待っていてね。カイトくん」


 待つもんか!と返事をしてやろうと思ったが、既にどこかへと消えてしまっていた。なんて逃げ足が早いやつだ。

 脅威が目の前から消えたことに安堵し、強張っていた身体の力が抜けていくのが分かる。


「大丈夫か、カイト」


 ヘクトルがゆっくりとこちらに足を進めながら声をかけてきた。先程まで第六信徒と戦っていたはずなのに、傷一つないぞこの男。

 やはり、神滅の魔剣士というのは利き手があっても無くても最強なのだろう。


「何回か死んだけど、大丈夫。ありがとうな、ヘクトル」


 それを伝えたあとに、ハッと口を抑えた。

 まずい、死んだことは伝えないほうが良かったかもしれない。ヘクトルには死ぬなと、そう言いつけられていたのに。

 恐る恐る表情に視線を向ける。怒っているかもな、なんて考えは一瞬にして消え去った。


「……そうか」


 これは怒りの表情というよりは、哀しみや悔しさに近いように感じる。

 なんでこんな顔をするんだろう。理解が追いつかないでいると、ヘクトルがまた口を開いた。


「エルミナはどこにいる? 見張るように頼んでいたはずだが」


「今は怪我人を治してくれてるんだよ。俺は信徒を追う係ってワケ」


 パチン、と指を鳴らし、空気を和ませるためにウインクをして見せた。

 ヘクトルはその行動に一切触れず、踵を返す。


「とりあえず、エルミナ達と合流するか」


 二人で足並みを揃え、仲間達の場所へと足を早めた。


◇◇◇


「カイト!無事だったのね!」


 街の中心部まで戻ってきた所を、駆け足で近寄ってくる銀髪の美少女。ハグでもしてくるのかと思う程の勢いで体を近づけて来たが、無事だと確認が済めばすぐに隣の男へと同じように近づいていく。


「ヘクトルも、無事で良かったわ」


「あぁ、あの後は大丈夫だったか?」


 何か、おかしい。

 この二人の間に流れている空気が今朝とは全く違う。

 まず、手がおかしい。カイトの時は近付いてきただけだったが、ヘクトル相手の時は手を握っている。何故だ?この二人、一体何が起きた?


「なんて顔してんだよ、カイト」


 嫉妬でぐちゃぐちゃになった顔を、余裕そうな顔で眺めてくるヘクトル。彼のことは尊敬しているものの、今この状況だけは忌々しく、許せることではなかった。


 握られている左手。

 ——あれ?


「ヘクトルって、結婚してんの?」


 キラリと光るものが、ヘクトルの薬指に見えた。この国での意味合いは違うのかもしれないが、カイトの故郷ではそれを結婚指輪と呼ぶ。


「……まあ、そうとも言えるな」


「はあ?」


 ハッキリとは答えないものの、相手が既に居るということだろう。なら、そうならば。


「この浮気野郎が!」


 無理やり二人の交わる手を引き剥がし、アリステラの手を握る。そして、もう片方の手をヘクトルへと指差した。


「こんな奴、辞めといたほうが良い!アリステラ、俺にしとこう」


「なっ——」


 赤くキレイな瞳は、純粋無垢な子供のようにキラキラと輝きながらこちらを眺めている。

 これは、多分理解してないやつだな。


「なんのことかよく分からないけど、喧嘩は良くないと思うわ! ほら、仲直りして!」


 アリステラと握っていたはずの手が解かれ、手首を掴まれる。一体どうされてしまうのか。自分の腕の行く先を見届けようと目で追っていると、見慣れた左腕が視界の隅から現れた。


 赤く輝く宝石が薬指でキラキラと光を放っている。こんなにイケメンで、この国最強と呼ばれていた男だ。きっとお嫁さんも美女なのだろう。


 ——あれ、赤色?


「もしかして、相手ってアリステラ!?」


「お前はもう喋るな」


 ヘクトルの呆れたような声を聞き、相手がアリステラでは無いということが理解できた。良かった、これなら心置きなく仲直りができる。

 目の前にある左手を無理やり握り、仲直りの握手をした。


「後でお嫁さんの話聞かせてくれよ!」


「……気が向いたらな」


 ヘクトルは、とても寂しそうな表情を浮かべた。


「もう皆揃ってたのね」


 声の方向に目を向けると、二人の女性がこちらに向かって歩いてきていた。

 手を振りながら歩いてくるエルミナ。その隣に、紺色の髪の少女も付いてきている。


「セレナ!大丈夫だったか?」


「えぇ。あの後、残っていた信徒達を片付けておいたわ」


 冷静な判断に度肝を抜かれる。なるほど、こういう所に経験の差が出るのか。

 もし自分がセレナの立場だった場合、すぐにでも元の場所に戻ろうとしていただろう。


「怪我人たちは全員治療が終わったわ。セレナとカイトくんのおかげで、あれ以上被害者は増えなかったの。素晴らしい活躍ね」


 ふへへへ、と笑みが溢れると、「きもちわる」と声が聞こえてきた。おい、今言ったの誰だよ。


「とりあえず、今できる後処理は私とエルミナでやっているから、皆は宿で休んで! 回復が必要な人は……って、三人共無傷なのね。凄いわ!」


 俺は死んだらリセットされるから無傷なのはわかるが、他の二人が無傷なのは何故だ?派手な戦闘をしていたはずなのに。

 ヘクトルがバケモノなのは知っていたが、セレナもそっち側なのか……


 とにかく、今日は何回も死んで疲れてしまった。アリステラの言葉に甘え、すぐに宿へと足を向かわせる。

 改めて思うが、生きているって素晴らしい。


◇◇◇


 宿につき、部屋のベッドに潜り込む。

 毛布を被り、目を瞑ると今日の事を思い出してしまった。


 何回も死んだ感覚が今も残っているような気がする。

 痛くなんかないはずなのに、痛いような気がする。

 暗闇の世界で一人きり。

 苦しみが消えず、今も尚死に続けているような気がする。


「——家に、帰りたい」

 

 

 

 

 

 


 

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