第十四話 低級魔法
ローデルの街は妙に静かだった。
人通りはある。店もいつも通り開いている。住民たちはいつも通りの生活を送っている。
それなのに
どこか落ち着かない。
「なぁ……」
カイトは隣を歩くエルミナに声をかける。
「どうしたの?」
「嫌な予感がしないか?」
エルミナは少し考えるように首をかしげ、カイトの方をを向きながら問いかけた。
「それ、ヘクトルくん達のこと?」
左右に首を振る。
そうじゃない。ヘクトルならきっと大丈夫だろう。
第六信徒が相手だろうが、そう簡単に負ける男では無いと信じている。
問題は、別だ。
胸の奥がザワつく。何かを見落としているような、そんな感覚が体を覆っている。
「……考えすぎじゃない?」
「だと、いいんだけどな」
周囲に視線を巡らせる。視覚から得られる情報に異常はない。
だが、それが逆に不自然だった。
魔力感知が出来ないせいで、これ以上は分からない。
本当に勘違いならいいんだけど。
「エルミナ、魔力感知頼んでもいいか?」
——カイトがそう口にしたと同時に、遠くから悲鳴が聞こえた。
やはり、信徒達は街も襲いに来ていたのか。
「今のって……」
「エルミナ、急ごう」
悲鳴の聞こえた方向に足を向け、全力で地面を蹴る。
間に合え、間に合ってくれ。
視線の先には映るのは、血溜まり。
信徒達は既に移動したらしく、数え切れない人数の怪我人のみが存在していた。
「これは酷いわね」
「……俺がやる」
どこを見ても血、血、血。これだけの人数を生き返らせるなんて、どれ程の痛みを味わうのか。
「ダメよ」
近くにいた怪我人の手を取りながら、エルミナは首を横に振った。
「まだ息があるわ。全員急所を外れてる。アタシが治すから、カイトくんは奴らを追って」
「でも……」
「いいから早く! このままでは怪我人が増えるだけよ。カイトくんも、英雄になってからの一年間で少しは戦えるようになったんでしょう? 一人でも被害者を減らすために急いで」
六信徒ほどの実力者には勝てないかもしれない、でも、確かに俺だって戦えないワケじゃない。
「頼んだぞ!」
カイトはエルミナが指を指す方に向かって走り始めた。
◇◇◇
エルミナ達が見えなくなる程走ったところで剣を抜き、周りを警戒しながら歩く。
いつ、どこから奴らが襲ってくるか分からない。
一瞬でも気を抜いたら、そこで死ぬかもしれない。
——ピシッ。
空気が冷える。
気付かぬうちに目の前に現れていた、赤いローブを纏った男。
……いや、元は白だった。
信徒が倒れ、目の前に少女が現れた。
「アンタ、エルミナの仲間?」
氷の粒を纏った紺髪の少女。右手に持っている氷の剣は、先程の攻撃で赤く染っている。
「エルミナを知ってるのか?」
「質問に答えて」
下に向けていた剣先がこちらに向く。殺意も何も感じないが、答えなければ殺されるのだろうと本能で理解した。
「あぁ、仲間だ。今、エルミナは怪我人の治療をしてくれてる」
「そう」
氷の剣がパラパラと崩れていく。信じてくれたということだろうか。
「アンタ、可哀想にね」
「?それはどういう……」
言葉の意味が理解できず、カイトは首を傾げた。
だが、質問をする時間なんてない。
左右の建物から人影が飛び降りた。石畳が砕ける音がし、左を向いて剣を構える。
白いローブ……こいつも信徒か。
「そっちは任せる」
背後から聞こえた声に応える余裕なんてない。
ただ、目の前の敵から視線をそらさないことだけに集中をしていた。
——視界が青白く染まる。
バチッ。
耳元で雷鳴が弾け、カイトは反射的に首を傾けた。
「マジか……」
雷撃が頬を掠める。熱い。
焼けた皮膚の匂いが鼻を刺した時、痛みが遅れてやってきた。
信徒はこちらを見ている。表情は何も変わらない。
まるで、感情がないみたいに。
「気持ち悪いやつだな」
男の右手には雷を纏わせている。
この威力の魔法をモロに食らったらどうなるか。そんなもの、死以外にはない。
俺が勝つには、まず近づかなくては。
右手に握るこの剣を、どうにか相手の首に当てなくてはいけない。
次々とこちらに向けて光が放たれた。
右に飛び、光を避けると石畳が砕ける。
左に避けると、背後の扉が吹き飛んだ。
また左に避けようと足を動かすとバランスを崩し、雷光が肩を掠める。
「クッソ…」
腕が痺れ、剣を握る指先に力が入らない。
少し掠っただけだ、ただそれだけなのに、右腕が自分のものじゃないと思わせられるほどに上手く動かせない。
近付こうにも雷の攻撃が止まず、避けることで精一杯だ。
このままでは剣の間合いに入る前に殺される。どうにか、どうにかしなければ。
視線を背後で戦っている少女に向ける。
相手が炎の魔法を使うらしく、避けた雷が飛んでくるのも相まって、少し苦戦している様子だった。
彼女に助けを求めることはできない。
一人でこいつを仕留めなくては。
何か弱点があるかもしれない。先程から飛んでくる攻撃をひたすらに避けながら、相手の仕草、攻撃の軌道を観察する。
——なんだ、この違和感。
雷が飛ぶ。
速さじゃない。
雷が飛ぶ。
威力でもない。
雷が飛ぶ。
「……全部、同じ軌道だ」
狙う場所は違う。だが、軌道は変わらない。
まるで剣を振るように、一直線。
曲がらない、追尾もしない。
ただ真っ直ぐ撃っているだけだ。
それなら、ほんの少しだけでも曲げられれば……
そう考えている間に信徒は魔力を練り上げ、右手に纏っていた雷が先程までとは比べ物にならない程の大きさにまで育っていた。
「や、やるじゃねぇか……」
こうなってしまえば、一度死んでから奴を倒すしかない。刃を相手に当てるために、とにかく近付くんだ。
でも、この攻撃が放たれたあと、後ろで戦っているこの女の子にも当たってしまうんじゃないか?その場合、この子はきっと死ぬ。
そんなの、絶対にダメだ。
「ははっ……」
思わず笑いが漏れた。
終わったと思った。
焼かれ、骨まで焦がされる痛みを味わうと、そう覚悟した。
だが——
見えてしまった。
“勝ち筋”が。
雷が走る。
青白い閃光が蛇のように石畳を這い、一直線にカイトへと迫った。
避けることはしない。ただ、真っ直ぐにそれを見つめる。
「風よ」
刀身へ風を纏わせる。
とても弱い風だ。自分に使える魔法はたったこれだけ。
一か八かの行動。これでダメなら、二人とも死ぬ。
雷が触れたその瞬間。
——軌道がズレる。
雷が刀身の横を滑り、空へと弾かれた。
「綺麗に真っ直ぐ飛ぶもんなんだな」
信徒の顔が歪む。
「な、なぜ……!」
初めて信徒の表情が変わった。先程までの感情のないものではなく、焦りの表情。
だが終わりじゃない。
すぐさま二発目。
三発目。
四発目。
剣を振り、雷を弾く。
横へ、上へと軌道が逸れる。
完全に防げている訳じゃない。
腕が焼け、足が痺れている。
それでも、止まらない。
「止まれねぇんだよ」
雷を弾く。
痺れた右腕が悲鳴を上げた。
握力が抜け、剣が手から滑り落ちていきそうになった。
それでも、握る。
歯を食いしばる。
ただ、前へ。
「く、来るなァーー!!」
また雷が放たれる。
だが、先程連射していたせいか、威力が極端に下がっていた。
「魔法の強さで負けてんなら」
最後の雷を弾いた。腕はまだ痺れている。
だが、そんなことは関係ない。
力いっぱい地面を蹴った。
「頭を使うしかねぇんだよ!」
信徒の瞳がゆっくりと見開かれる。
残りの力を全て右手に込め、痛みに耐えながら剣を振り抜いた。
信徒の首に赤い線が浮かび上がり、頭部がゆっくりと地面に落ちる。
遅れて鮮血が噴き上がった。
カイトは確実に仕留めたことを確認し、急いで踵を返す。
「そっちも終わった?」
少女はとっくに倒していた様子で、こちらの戦闘が終わるまで待ってくれていたらしい。
「じゃあ、急ごう。ここに居たら危険」
こっち、と声をかけてくる少女。
「どこに行くんだよ。それに、俺はお前の名前も知らないし……」
「ワタシはセレナ。エルミナの知り合い。これでいい?」
どこに行くのか、という問いに対しては答えてくれないようだった。先程も助けてくれたし、信用してもいいのかもしれないな。
そう考えていると、セレナは痺れを切らしたのか足を進め始めた。
「わかった、ついてくから!」
仕方なくセレナについて行こうと、駆け足で近づく。
だが、セレナの足が止まった。
「……もう遅い」
急に止まった背中に気付かず、カイトはそのまま小さな体にぶつかってしまった。
「あら、まだ逃げられるかもしれないわよ?」
そこに、立っていた。
いつから居たのか分からない。
まるで最初からそこに居たかのように、白いローブを身に纏った人影が道の中央を塞いでいる。顔は深く被ったフードに隠されており、見えるのは口元だけ。
それなのに、こちらに視線を向けられているのだけは分かった。
胸元の宝石が妖しい光を放っている。
理由は分からない。だが、本能が告げている。
——目の前に居るアレは、人間の形をしているだけのナニかだと。




