第十三話 簡単
「ここか……」
廃墟群の中央に経つ旧礼拝堂は、まるで巨大な墓標のようにこちらを見下ろしていた。
近づくほどに胸の奥がザワつく。
この場所には何かがある、そう思わせるには充分過ぎるほどの不気味さを纏っていた。
アリステラがこちらを不安そうに見つめている。
「入るぞ」
「えぇ……」
今にも壊れそうな歪な音を立てる扉を開き、右へ左へ視線を巡らせる。
信徒が、居ない。
辺りを警戒しながら旧礼拝堂の中へと足を踏み入れた。
奥へと進んでいくと、鎖で縛られ、身動きの取れなくなっている貴族達が視線に入る。
「良かった、生きてたのね」
安心したように胸を撫で下ろすアリステラ。
直ぐに助け出そうと、貴族の元へと早足で駆け寄る。
「……おっとぉ、ダメだよ? まだコレは渡せない」
無から現れた少女が、貴族の首筋にナイフを突き立てる。
「第六信徒、命令通りに俺たちは来た。目的を教えてもらおうか」
ヘクトルは後ろに回した左手に魔力を込める。
……セレナは水魔法から氷魔法へと変化させていた。俺になら、それを再現することが出来るかもしれない。
信徒はニヤリと笑い、口を開く。
「ボクは黎明の神子、六信徒のうちの一人。第六信徒、ミリエル。徇光の加護を与えられしモノ」
ミリエルは右手を胸に当て、優雅に一礼した。
白いフードから現れた夕焼けのような髪は肩まで伸びており、紅紫色の瞳で真っ直ぐこちらを捉えている。
金属音が、無駄に広い部屋の中を響き渡った。
先程まで貴族の首元で光っていたはずのナイフが地面へと落ちた音。
「黎明の神子の奴らは戦う前に自己紹介をする決まりでもあるのか? 礼儀正しいな」
これまで戦ってきた六信徒達も戦闘の前に自己紹介をしてきたのを思い出し、ヘクトルは気味の悪さに吐き気がした。
「こういうのをなんて言うか知ってる?」
瞬きから目を開くと、目の前には貴族とアリステラの姿が目に入る。
——ミリエルはどこだ
咄嗟に振り返り、先程魔力を込めていた左手に水魔法で剣を生成する。
……氷に、ならない。
「舐めプだよ、元英雄」
耳元に聞こえてきた声。
——背後だ。
アリステラ達の方に体を戻そうとしたが、右肩に何かが触れた感触がした。
その瞬間、右腕が熱い液体で覆い隠される。
「気色悪いな、お前」
ミリエルが消えたのを確認したあと、振り返るのがバレていた。わざと誘導し、確実に右肩に触ろうと企んでいたのか。
「ありがとー! 褒め言葉として受け取っとくね」
無邪気な子どものように笑う女に対し、ヘクトルは苦笑した。
「俺を殺すのが目的だったのか? なら、なぜ貴族たちやアリステラを」
最後まで言葉を発する前に、ミリエルの姿が消える。
話すつもりは無い、ということか。
「キミはボクと戦うことだけを考えなよ。元英雄様なら、ボクを殺すことなんて簡単、でしょ?」
背後から声がしたと同時に、顔が熱湯に浸かったような熱を発し始める。
——右目を触られた。
痛い。痛い……が。
「当たり前のことを確認するのも、信徒の決まりか?」
「ふぅん? 言うじゃん」
また姿が消えた。次はどこから来る。
後ろか、前か……。
目を瞑り、魔力の流れを感じる。
転移魔法というものは、魔力の消費量が極端に多い闇魔法だ。連続で使えば、制度が落ちる。
そうなればどうなるかなんて、答えは簡単だ。
「頭を使えよ」
セレナの作り出した氷槍を思い出す。あれはどうやっていた。もっと思い出せ、あの時の魔力の流れを。
——パキッ
左手に握っていた刀身の先端が白く染まる。そこから亀裂のように霧が走り、一瞬で全体を覆い尽くした。
揺らいでいた水の刀身は輝きを増し、透き通る氷の剣へと変貌していく。
完璧な剣、というよりは少し歪な形をしているが、威力は充分。
氷の刃は、無から現れた少女の胸元を迷うことなく貫いた。
「なっ……!?」
完璧に死角へ転移したはずなのに。そんなことでも考えてるんだろう。
理解が追いついていない様子のミリエルをよそに、胸を貫いた刀身を眺め、自分の才能に心を踊らせた。
歪ではあるが、成功させることができるなんて。
胸元から剣を引き抜き、すぐさまミリエルの右腕を切り落とす。
それだけでは飽き足らず、右目をも潰して見せた。
「どうだ? 同じ痛みを味わうのは」
「ぃ、いや、いたい、ゴホッ……。おぇ」
口から大量の血を吐き出すミリエル。
左目からは涙が溢れ、右目からは赤い液体。
「お前の敗因は、自分の能力に頼りすぎたことだ」
基本、転移魔法はどんなに魔力量の多い人間でも戦闘時に連続で使うことはしない。一回の魔力消費量が非常に多く、使う度に制度が落ちる。
魔力量の多い人間でも連続一、二回程度しか完璧に使えない。三回目以降は転移先に多量の魔力が溢れ、魔力感知で簡単に場所がバレてしまう。
魔力感知の制度が高い相手に対しての戦闘の仕方としては、一番やってはいけない行動だ。
「ゴポッ……ふぅ、ゔ…」
「あ、視界に入ってる間は治らないんだよな? 俺の傷」
残った方の目も潰すか、と左手に力を込めると、体の痛みが消えていった。
「ごめんなさぃ、なおした、ので……」
涙と血液のせいで綺麗な顔が台無しになりながら謝ってくる少女に対し、少し罪悪感を感じてしまった。
左手で右目に触れて光魔法を注ぐ。潰れていたはずの右目が元の姿に戻り、こちらを真っ直ぐ見つめている。
「今から情報を聞き出さないといけない。死なれると困るからな」
「ヘクトル! もう大丈夫なの?」
貴族を守るように立っていたアリステラが、心配そうにこちらに駆け寄ってくる。
顔を見ると、瞳がいつもよりも輝いているように感じた。
……あぁ、泣きそうになっていたのか。
「傷はもう塞がった。あとは、この女から情報を聞き出すだけだ」
右腕を見せ、傷が塞がっている証明をして見せた。
すると、アリステラは安心したように笑顔になる。
「それで、お前たちはなんでこの街に来た?」
下手な動きをしたら直ぐに殺す。と氷の剣を首元に当てながら問いかけた。
「……神は、この街に居る貴族に祝福をもたらしたと、そう聞いたからきた」
「祝福?」
アリステラが首を傾げながら聞く。
「どんな物かは分からない。神子アリステラ様がそう仰っていた」
「それで? 貴族たちから情報は得られたのか?」
ミリエルは静かに首を左右に振った。
「何も得られなかった。だから仕方なく、人質として使うことにした。キミ達をおびき出すために」
「なんで、なんで私たちなの? 私は神子とは関係ないのに!」
ミリエルは目を逸らし、弱々しく言葉を続ける。
「元英雄を呼び出したのは、弱くなったと聞いたから。ボクは第一信徒様達を尊敬してる。あの方達はキミを認めてたから、弱くなった今がチャンスだと思ったんだよ。ボクが殺せば、認めて貰えるんじゃないかって」
呆れて声も出ない。
アイツらは今の俺に興味が無い。殺したところでコイツらの関係が何か変わることは無いだろう。
「アリステラ……を呼び出した理由は——言えない」
「どうして!? 私は関係ないのに、こんなのおかしいわ!」
「——っ」
ミリエルは苦虫を噛み潰したような顔で口を閉ざした。
「話せないなら、ここで死んでもらうことになるが」
剣先がミリエルの首に触れる。赤い液体が、一筋の線を引いて零れ落ちた。
「……今、ボク以外の信徒は街に向かっている」
どうりで、誰も援護してこない訳だ。
「第三信徒も来ている。早く行った方がいいんじゃない? 大事なお仲間が、死んじゃうよ」
ニヤリと気味悪く笑うと、ミリエルはそのまま地面へ倒れ込んだ。
右目は直したが、右腕と胸の傷からは絶えず血液が溢れ出していた。
まだ脈はあるようだが、そのうち事切れるだろう。
——第三信徒。なんでこんな時に。
「俺は街に急ぐ。アリステラ、貴族たちを頼んでもいいか?」
「えぇ、勿論よ。カイト達を、よろしくね」
アリステラが本物の神子だった場合、この場に残していくのは危険だろう。
「……ああ、任せたぞ」
だが、もう疑う余地なんてないほどにアリステラは、
大切な仲間になっていた。
◇◇◇
ヘクトルが街に走り、すぐに背中が見えなくなるほど遠くへと行ってしまった。
旧礼拝堂に残されたのは、意識のない貴族たちとアリステラ、そして第六信徒ミリエル。
「あ、アリステラ様! なんで……」
ミリエルが目を覚まし、目の前に立っている白銀の髪の女に声をかけた。
瞳が揺れている。
助けを求めるように、震える左手を伸ばす。
必死に、何かを訴えるように。
——だが、その言葉が最後まで発せられることはなかった。
グシャリ。
アリステラの靴底に肉片がへばりつく。
赤く綺麗な液体が飛び散る。
ただ静かに、冷徹に、アリステラは肉片を見下ろしていた。
数秒の沈黙の後、アリステラは靴底についた血や肉片を軽く払い、踵を返す。
そして振り向いた時には、いつもの笑顔が浮かんでいた。
「——さぁ、みんなを助けてあげないと!」
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