EP 3
三途の川の不法占拠(令状なき拘束)
血のように赤く濁った水が流れる、地獄の『三途の川』。
そのほとりに広がる荒涼とした河原——いわゆる「賽の河原」では、目を覆いたくなるような惨状が繰り広げられていた。
「早く積め! 貴様らのような罪深きガキは、永遠に石を積み上げ続けるのが地獄のルールだァ!」
筋骨隆々で、頭に角を生やした巨大な鬼たちが、トゲのついた金棒を振り回して怒鳴り散らしている。
彼らの足元では、ボロボロの着物を着た幼い子供の亡者たちが、泣きじゃくりながら小石を積み上げていた。
「うぇぇん……お母さん……痛いよぉ……」
「ひぐっ、もう石がないよぉ……」
子供たちが積み上げた石の塔を、鬼がゲラゲラと笑いながら金棒で無慈悲に蹴り崩す。
「ほーら、崩れたぞ! また一からやり直しだァ!」
死蟲王サルバロスの残党や、地獄のシステムそのものに組み込まれた邪悪な獄卒たち。
彼らにとって、弱者の絶望は最高の娯楽であり、魂をすり減らすための餌でしかなかった。
だが、彼らの低俗な笑い声は、突如として響き渡った『異常な轟音』によって掻き消された。
『ヴオォォォォォォォォォンッ!!』
地獄の荒野に、似つかわしくないV8エンジンの咆哮が轟く。
鬼たちが驚いて振り返った瞬間。
猛烈な土煙を上げながら爆走してきた黒い鉄の塊——ランドクルーザー70が、河原の砂利を激しく巻き上げながらドリフトし、鬼たちの目の前でピタリと停車した。
「な、なんだあの黒い箱は!?」
「新しい拷問器具か……!?」
鬼たちがざわめく中、ランクルの分厚いドアが『バンッ!』と荒々しく開かれた。
後部座席から、特殊警棒を肩に担いだ信長が降り立ち、次いでダブルトンファーを構えたキャルルが飛び出してくる。
「……信じられない。子供たちに、あんな酷いことを……!」
キャルルが、怒りで純白の兎耳をピンと逆立てて鬼たちを睨みつけた。
「アバババッ……ほ、本当に三途の川に来ちゃいましたぁ……」
リリスが怯えながら義正の背中に隠れる。
そして、運転席からゆっくりと巨体を現した男。
龍魔呂は、漆黒のレザージャケットのポケットに両手を突っ込んだまま、目の前の「賽の河原」の光景を無言で見つめていた。
「痛いよぉ……! 助けてぇ……ッ!」
子供たちの、悲痛な泣き声。
普段の龍魔呂なら、子供の悲鳴を聞いた瞬間にトラウマがフラッシュバックし、強制的に制御不能の殺人鬼『DEATH4』へと堕ちていただろう。
だが、今の彼は違った。
キャルルの温もりを知り、ユウを「死ななかった事」にするという明確なエゴ(目的)を手に入れた彼の心は、かつてないほどに冷徹で、強靭な意志に満ちていた。
怒りは暴走する嵐ではなく、極限まで圧縮された氷の刃となって、彼の瞳の奥で静かに燃え上がっていた。
「……輝夜」
龍魔呂が、助手席から降りてきたスーツ姿の女官僚に、短く問いかけた。
「相手は神の理で動く地獄のバケモノだ。……これをぶっ殺すのは、無益な殺生じゃないよな? 俺がここで暴れても、問題ないよな?」
その問いに対し。
霞が関の月である日野輝夜は、落ちていた石を一つ拾い上げ、フッと冷ややかに笑った。
「えぇ。問題ないわ」
輝夜は、理不尽な拷問を楽しむ鬼たちに向かって、氷のように冷たい宣告を下した。
「令状なき不法拘束。並びに、適正手続き(デュー・プロセス)を完全に無視した非人道的な拷問行為よ。……こいつらは、地獄のルールを笠に着たただの『法治国家の敵』。保護する価値は一切ないわ」
「……言質は取った」
龍魔呂が、ポケットから右手を引き抜いた。
その指の間で、真鍮のオイルライターが鈍い光を放つ。
『カチッ』
重厚な金属音が、地獄の風に乗って響いた。
それは、死を呼ぶ四番が、悪党たちに下す絶対的な「処刑の合図」。
「な、なんだ貴様ら人間風情が! 我ら地獄の獄卒に逆らう気かァ!」
鬼の一匹が激昂し、巨大な金棒を振り上げて龍魔呂へと突進してくる。
「……俺は手を汚さねぇ」
龍魔呂がライターの炎を吹き消した瞬間。
彼の耳のインカムから、ジャンクフードをコーラで流し込む、オタクハッカーの興奮した声が爆発した。
『ヒャッハーーーッ!! お待ちかねッスよ、ボス!! 行くぜぇぇぇッ、ラビーク!!』
ガジェットの叫びと共に。
ポポロ村で青龍を粉砕したあの時と同じ、いや、それ以上に巨大な『次元の亀裂』が、地獄の赤い空を強引に引き裂いた。
『ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!』
三途の川のど真ん中に、隕石のように落下してきた超巨大な鋼鉄のコンテナ。
巻き上がる血の川の水しぶきと、圧倒的な衝撃波に、突進してきた鬼たちが紙くずのように吹き飛ばされる。
「な、何が起きたァ!?」
パニックに陥る鬼たちをよそに。
蒸気を吹き上げながら展開したコンテナの中から、地響きを立てて『それ』が立ち上がった。
純白のヒイロガネ(緋色金)装甲に身を包んだ、全高十メートルを超える巨大な人型機神——『ラビーク』。
その両腕には、護衛艦の主砲クラスである『127mmガトリング砲』が、禍々しくマウントされている。
「……お前らが、悪だ」
龍魔呂が、軽やかな跳躍でラビークの胸部コックピットへと飛び乗る。
モビルトレースシステムが起動し、純白の機体が、龍魔呂の巨体と完全に同期して『ギィンッ』と低い駆動音を鳴らした。
地獄のシステム(ルール)を、圧倒的な近代兵器(暴力)で蹂躙する。
真紅に染まる狂気の時間が、幕を開けた。




