EP 2
地獄のハイウェイ(ランクル、発進)
天界のコタツ部屋。
息を切らして戻ってきたリリスが、純金のデッキブラシをドサリと畳の上に置いた。
「ルチアナ様ぁ……! 返してもらってきましたぁ……!」
「お、おおっ! よくやったわねリリス!」
缶ビール片手にスマホゲームのガチャを回していたルチアナが、目を輝かせて純金ブラシを撫で回す。
「これですぐに換金して、今月のカードの引き落としを……って、あんたどうやって返してもらったの?」
「はい! その人間さんの下で、35年間働くっていう雇用契約を結んできました!」
リリスが、えっへんと誇らしげに胸を張る。
「…………は?」
ルチアナの動きが止まった。
「見習いとはいえ、ウチの可愛い女神を35年ローンでこき使うだと? どこのどいつよ、その神をも恐れぬ悪徳ブラック企業(人間)は」
「えっと、ポポロ村にいるヨシマサって人です!」
「……あぁ、あそこか」
ルチアナはポンッと手を叩き、興味を失ったようにコタツに潜り込んだ。
「ならいいわ。あの村、今ちょっと因果律のバグで色々めんどくさい事になってるし。あんた、神様の威厳を見せつけて適当に手伝ってきなさい」
「ふぇ!? わ、私一人で行くんですか!?」
「仕事なんだから当然でしょ! ほら、35年しっかり働いてきなさい。いってらっしゃーい!」
天界のトップによる「完全な丸投げ(責任放棄)」により。
見習い女神リリスは再び、芋ジャージ姿でトボトボとポポロ村へと向かうことになった。
***
ポポロ村、広場。
そこには、無骨な黒いボディを持つ巨大なオフロード車——トヨタ・ランドクルーザー70系が、重低音のエンジンを響かせて停まっていた。
「よう、大将。良いのを連れてきたぜ」
ランクルに寄りかかっていた龍魔呂に、義正が声をかける。
その後ろには、涙目で「よ、よろしくお願いしますぅ……」と頭を下げるリリスの姿があった。
「なに?」
龍魔呂が、真鍮のオイルライターを指で転がしながら眉を寄せる。
「俺たちがこれから殴り込む場所には、どうしても『扉』を開ける鍵が必要だからな。こいつは、その為の便利なマスターキーだ」
義正が、リリスの頭をポンポンと叩く。
「……義正君。貴方、神様を借金のカタにしてブラック労働させるなんて、どこの国の法律でもアウトよ?」
助手席に乗り込もうとしていた輝夜が、呆れたようにため息をついた。
「うるせぇ。ルナミス帝国の労働基準法には『神様の過重労働』に関する記載はねぇよ。法の抜け穴だ」
義正がセブンスターを咥えながら悪びれずに笑う。
「あのう……私、何をすればいいんでしょうか……?」
オドオドと尋ねるリリスに、義正は極めて事務的に命令を下した。
「おら、リリス。地獄のゲートを開けろ」
「じ、じごく!?」
リリスがヒィッ!と悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 地獄はルチアナ様も管轄外の、死蟲王サルバロスの残党や恐ろしい鬼たちが蔓延るアンタッチャブルな領域でして……ッ!」
「あ? 口答えするなら、あの金のブラシの『利子』を日歩で計算するぞ?」
「ひいいいいっ! やります! 開けますぅぅぅッ!!」
リリスは慌てて『エンジェルすまーとふぉん』を取り出し、涙目で画面をスクロールさせた。
「えーいっ!」と画面を強めにタップすると、ポポロ村の空間がグニャリと歪み、赤黒い瘴気が渦巻く巨大な『地獄の門』が音を立てて開いた。
「上出来だ。ほら、お前も乗れ」
義正に首根っこを掴まれ、リリスがランクルの後部座席に放り込まれる。
後部座席には、すでにダブルトンファーを抱えたキャルルと、特殊警棒を肩に担いでニヤニヤ笑っている信長が陣取っていた。
「よっしゃ! これで全員揃ったな!」
信長がバンッと拳を鳴らす。
運転席のドアが開き、龍魔呂が巨体をシートに沈めた。
彼がカーオーディオのスイッチを入れると、車内に重厚で荘厳なクラシック音楽が流れ始める。
——ベートーヴェン:『交響曲 第7番 イ長調 Op. 92 第2楽章』。
それは、処刑人が戦場へ向かうための、静かで不気味な葬送行進曲。
「……行くぜ」
龍魔呂が短く告げ、アクセルペダルを深く踏み込んだ。
ランクルのV8エンジンが、獣のような咆哮を上げて唸る。
『キュルルルルルッ!!』
太いブロックタイヤがポポロ村の土を蹴り飛ばし、無骨な鋼鉄の車体が、赤黒く口を開けた地獄のゲートへと一気に突っ込んだ。
空間のねじれを抜け、ランクルのフロントガラスの向こうに、血の池と針の山、そして暗雲の垂れ込める荒涼とした大地が広がっていく。
地獄。死者の魂が裁かれ、責め苦を受ける最果ての世界。
「まさか……地獄に『車』で殴り込みに行くとはねぇ」
揺れる助手席で、輝夜がどこか楽しげに笑いながら、シートベルトを締め直した。
「ガハハハッ! ええじゃねぇか!」
後部座席で、信長が窓から顔を出し、地獄の熱風を浴びながら豪快に笑う。
「兵士は地獄に浸かって、綺麗にしなきゃいかんと……親父によぉ言われたわい!! これがホンマの『地獄の特訓』じゃあッ!!」
「あわわわわ……私、とんでもない人たちと契約しちゃいましたぁ……ッ」
リリスが後部座席の真ん中で頭を抱えて震え、キャルルが「大丈夫だよ、リリスちゃん!」と謎のフォローを入れていた。
ベートーヴェンの調べと共に、地獄の荒野を爆走するランドクルーザー70。
やがて彼らの眼前に、血のように濁った巨大な川——『三途の川』と、そこを不法に占拠するおぞましい鬼たちの群れが姿を現した。
因果を書き換えるための、神殺しの旅路。
その最も物理的で、最も狂気に満ちた「地獄へのカチコミ」が、今ここに幕を開けた。




