EP 10
雷帝神ユイのささやき(真の目的の露呈)
『——うんうん。龍魔呂、とっても頑張ったね!』
神の巨龍が完全に消滅し、安堵の空気が流れていたポポロ村の広場。
だが、その背後から聞こえた鈴を転がすような無邪気な声に、龍魔呂の全身が硬直した。
ゆっくりと振り返る。
月明かりが落ちる瓦礫の影。そこに、透き通るような白い肌と、豪奢で神秘的な神衣を纏った一人の少女が、重力を持たないかのようにフワリと浮遊していた。
見た目は10歳ほどの幼い少女。だが、その小さな体から発せられる神気は、先ほどの青龍すらも凌駕する、絶対的で底知れぬ圧力を放っている。
「……結……なのか?」
龍魔呂の掠れた声に、少女はパッと花が咲いたような笑顔を見せた。
「えへへ、正解! 久しぶりだね、龍魔呂。……あ、今は『雷帝神ユイ』って呼ばれてるけど、僕はずーっと、君だけの結だよ」
精霊帝にして、聖獣機神ガオガオンのシステムを構成する上位神格の一柱。
かつて龍魔呂を救うために炎へと飛び込み、生贄の巫女として命を散らしたはずの幼馴染が、文字通り『神』となって彼の目の前に顕現したのだ。
「えっ……龍魔呂さんの、お知り合い……?」
龍魔呂の背中にしがみついていたキャルルが、不思議そうに純白の兎耳を傾ける。
その瞬間。
ユイの笑顔が、スッと消えた。
「……君、誰?」
温度の無い、絶対零度の声。
ユイの視線がキャルルを射抜いた瞬間、ポポロ村の空気が一気に数度下がったような錯覚に陥る。大気中の静電気がバチバチと鳴り、ユイの周囲に紫色の雷が這い回り始めた。
ただの嫉妬ではない。神が放つ、純度100%の『殺意』。
「ひっ……!?」
キャルルが本能的な恐怖に息を呑む。
「やめろ、結ッ!!」
龍魔呂が、キャルルを庇うようにその身を前に出した。
その行動を見たユイは、一瞬だけ悲しそうに目を伏せた後、すぐにまた元の無邪気な笑顔に戻り、パチンと指を鳴らして雷を消し去った。
「……ふふっ、冗談だよ。龍魔呂が命懸けで守ってるおもちゃだもん、壊したりしないよ。……今はね」
ユイは空を歩くようにして龍魔呂の目の前まで近づくと、そっと彼の頬に、冷たく透き通った手を添えた。
「青龍のコアを撃ち抜いたあの『因果律の弾丸』、見てたよ。……世界律のソースコードに直接アクセスして、事象を書き換えようとしたんだね。ふふっ、相変わらず無茶するなぁ」
通信機越しにその会話を聞いていた地下指令室で、輝夜がハッと息を呑んだ。
『……事象の、書き換え?』
輝夜の明晰な頭脳が、これまでの龍魔呂の行動、あの異常なまでの執念、そして青龍が最期に発した「歴史のログの書き換え」という言葉を線で結びつける。
『龍魔呂さん……貴方、まさか。この村を守るためじゃなく……神のシステム(管理者権限)を乗っ取って、過去の『ユウ君の死』を、最初から無かったことにするつもりなの……!?』
インカムから響く輝夜の戦慄の声。
広場にいる信長も、そしてキャルルも、驚きで目を見開いた。
世界を救うのでも、復讐でもない。
「自分の弟が死ななかった世界」を強制的に上書き(クリエイト)するための、究極のエゴ。それが、龍魔呂という男がこの異世界に降り立ち、DEATH4として修羅の道を歩んできた『真の目的』だったのだ。
龍魔呂は、輝夜の問いに答えなかった。
ただ、痛みを堪えるような目で、目の前のユイを見つめ返す。
「……結。お前は、俺のせいで……」
「謝らないでよ」
ユイは、龍魔呂の唇を人差し指でそっと塞いだ。
「僕はね、龍魔呂が何をしようと、ずーっと君の味方だよ。君が世界を壊して過去を書き換えるなら、僕がその手伝いをしてあげる。……君に手出しする奴は、たとえガオガオン様でも、僕の雷で全部消し炭にしてあげるからね」
狂気すら孕んだ、純粋すぎる無償の愛。
「でも、システムの書き換えには、メインコアの最深部に到達しなきゃいけない。次は『朱雀』が来るよ。……頑張ってね、僕の龍魔呂」
ユイは背伸びをして、龍魔呂の耳元で甘く囁いた。
「もし本当に死にそうになったら……僕がぜーんぶ壊して、君の事、神の座に連れて行ってあげるから」
チュッ、と。
ユイが龍魔呂の頬に軽く口づけを落とす。
直後。
彼女の体は眩い稲妻へと変化し、夜空に向かって一筋の光となって消え去った。
後に残されたのは、オゾンの焦げた匂いと、重苦しい静寂だけだった。
「……おいおい」
地下から上がってきた義正が、セブンスターに火をつけながら、呆れたように笑った。
「まさかウチの用心棒の最終目標が、世界の歴史のハッキングとはな。……とんだエゴイストだぜ。算盤の桁が違いすぎる」
「……すまねぇ」
龍魔呂が、深く俯いた。
村を守護する大義名分など、彼には無かった。彼はずっと、自分の過去を清算するためだけにこの村の戦いを利用していたのだ。彼らに軽蔑されても、当然だと思っていた。
だが。
「……いこっか、龍魔呂さん」
キャルルが、泥だらけの小さな手で、龍魔呂の大きな右手をしっかりと握りしめた。
「キャルル……?」
「エゴでも何でもいいよ! 龍魔呂さんがずっと一人で抱えてた地獄……ユウ君の事、私たちが一緒に助けに行く!」
キャルルは、太陽のような満面の笑みを向けた。
「あの神様には、絶対に負けないんだからっ!!」
嫉妬交じりに鼻息を荒くするキャルルを見て、信長が「ガハハハッ!」と腹を抱えて笑い出し、義正もやれやれと肩をすくめる。
インカムの向こうでは、輝夜が『まったく……ウチの村は、不良債権ばかりね』と、優しく月に微笑みかけていた。
冷酷なる処刑人は、彼の手を引く温かい光たちを見つめ。
不器用に、ほんの少しだけ、口角を上げた。
神の理不尽と、人間のエゴ。
因果を巡る真の『神殺しの戦争』が、いよいよ最も苛烈な領域へと足を踏み入れようとしていた。




