EP 8
悪魔の算盤(独占禁止法違反)
キャルルの『超電光流星脚』によって、ポポロ村の郊外へと叩き落とされた青龍。
土煙が晴れたクレーターの底で、粉々に砕けたサファイアの装甲が不気味な青い光を放ち、ひび割れた巨体を強引に繋ぎ合わせようとしていた。
『……深刻な物理的損傷。自己修復プロセスを起動。特異点排除のための「絶対規律」を再構築する……』
青龍のシステムは、まだ死んでいなかった。
神の法とは「無謬(絶対に間違えない)」であること。どれだけ物理的に破壊されようと、彼らの根本である『ルール』が存在する限り、無限に再生を繰り返す。
だが、地下指令室のモニター越しにそれを見下ろす義正の目には、哀れみすら浮かんでいた。
口の中でガリッと砕けたコーヒーキャンディの、ほろ苦く甘い味が広がる。
義正は、セブンスターの紫煙をゆっくりと吐き出した。
「神様。あんたのルールに『市場開放』を付け加えてやるよ」
義正の合図と共に、隣でキーボードを叩いていた蘭が、エンターキーをスパーンッと勢いよく弾いた。
『侵入完了! 青龍の管理プログラム(OS)に、義正さん特製・《自由市場ウイルス》、注入ッス!!』
クレーターの底で再生を始めていた青龍の巨体が、ビクンッと不自然に痙攣した。
修復のための青い光が、突如として赤や緑の乱高下するノイズ(まるで暴落する株価チャートのような光)へと変色していく。
『……警告……未定義の概念【自由競争】……【規制緩和】を検知。……法の執行に、他者との【競合】が発生……エラー……エラー!!』
青龍の無機質な声が、初めてパニックを起こしたように歪み、裏返る。
「……何が起きたんじゃ?」
地上で息を整えていた信長が、苦しみもがく青龍を見て眉をひそめる。
通信機越しに、義正の冷笑が響いた。
「簡単なことだ。独占してる神様はな、“競争”を知らねぇ」
義正は、手元の端末で青龍のシステムが自壊していく数値を眺めながら、かつて5大商社で培った『悪魔の算盤』を弾き鳴らす。
「あのデカブツは今まで、自分だけが『唯一の正しい法律』だと思い上がっていた。完全なる【独占市場】だ。だが、そこに蘭が『他にも無数のルール(価値観)が存在し、それぞれが自由に競争している』という市場経済のプログラムをぶち込んだ」
「……競争?」
キャルルが不思議そうに首を傾げる。
「あぁ。今まで『俺がルールだ!』と一存で決めていた神様の脳みそ(CPU)に、『本当にその法は一番価値があるのか? 他のルールと競り合って、入札で決めろ』と強制させたんだよ」
神のAIは完璧がゆえに、その論理矛盾に耐えられなかった。
一つの行動を起こすたびに、「自分の法の価値」と「架空の法の価値」を比較し、終わりのない価格競争(計算)を強いられる。
『……執行権の入札を開始……価値の暴落……インフレーションを検知……我が規律の市場価値が……ゼロ……ゼロ……!!』
「お前みたいな『独占禁止法違反』のシステムが、自由競争の荒波に放り込まれたらどうなるか。……答えは簡単だ」
義正が、冷たく言い放つ。
「倒産するに決まってんだろ」
『ガ、アァァァァァァァァァッ!!!!!』
青龍の内部から、致命的な爆発音が連続して響き渡った。
絶対的な「規律」という名の足場を失った神のシステムは、論理の無限ループに耐えきれず、自らのCPUを焼き切って完全にフリーズしたのだ。
装甲の修復は完全に停止し、巨体は力なく地に伏せる。
そして、その粉砕されたサファイアの頭部の奥――神の命そのものである『メインコア』が、一切の防御を持たない無防備な状態で、夜風の中に露出した。
「……見事な手腕ね、義正君、蘭ちゃん」
霞が関の月である輝夜が、インカム越しに最大の賛辞を送る。
「仕上げの時間は稼いだぜ。……あとは頼んだぞ、処刑人」
義正がセブンスターを灰皿に押し付ける。
その言葉に呼応するように。
強化アーマーをパージし、満身創痍となった龍魔呂が、静かにクレーターの縁へと歩み出た。
ユウの幻影を見せられた絶望の底から、キャルルの温もりによって人間の心を取り戻した男。
彼の右手に握られた『Korth NXS』の銃口が、完全に無防備となった青龍のコアへと向けられる。
「……あぁ。俺の仕事だ」
龍魔呂の瞳には、DEATH4の空虚な殺気はない。
因果律を撃ち抜き、自らの地獄を終わらせるための、静かで、重く、絶対的な『意志』だけが宿っていた。




