EP 5
鋼鉄の処刑人(非正規戦の極致)
『Dies Irae(怒りの日)』の重厚なコーラスが、ポポロ村の空気をビリビリと震わせる。
赤黒い闘気を噴き上げる漆黒の強化アーマー。
そのバイザーの奥で光る深紅のツインアイが、無機質に神の近衛兵たちをスキャンした。
『……対象のバイタルに異常な変動を確認。排除を実行せよ』
青龍のシステムが無感情に命令を下し、数十体の近衛兵が全方位からDEATH4へと殺到する。
だが、彼は微動だにしない。
ただ、アーマーの大腿部ラックから、筒状の無骨な金属塊を三つ、無造作に地面へ放り投げた。
「……指向性破片地雷、起爆」
DEATH4のヘルメット内で、氷のように冷たい音声認識が作動する。
ガジェットが『TM 31-210(即席爆発物マニュアル)』をベースに異世界の素材で組み上げた、対神用カスタムトラップ。
『ドガァァァァァァァッ!!!』
放り投げられた金属塊から、数千発のタングステン鋼のボールが、扇状に爆発的な速度で射出された。
接近していた十数体の近衛兵の流線型装甲が、蜂の巣のように穿たれ、光の粒子となって吹き飛ぶ。
『エラー。対象の戦闘ロジックの変更を検知。格闘戦から、非正規戦(ゲリラ戦術)へと移行——』
青龍の演算が追いつく前に、DEATH4はすでに動いていた。
その巨体と重装甲からは信じられないほどの静かで無駄のない歩法。米陸軍特殊部隊の教範に記された、市街地における完全な制圧軌道。
「処理対象、残り24」
DEATH4の左手から飛び出したマイクロテックのナイフが、赤黒い闘気によって2メートル近い『プラズマの刃』と化している。
すれ違いざまに、三体の近衛兵の胴体を無音で両断。
さらに、死角から迫る敵に対しては、振り向くことすらしない。
右手の『Korth NXS』の銃身を脇の下から後方へ突き出し、C.A.R.システムによる超近接変則射撃。
動力ケーブルから供給された闘気の弾丸が、20ミリ機関砲の威力となって敵の頭部を正確に吹き飛ばす。
それは、怒り任せの暴走ではない。
完璧なまでに論理的で、冷徹で、一分一秒の無駄もない『解体作業』だった。
「す、すげぇ……けど……」
離れた場所で見ていた義正が、セブンスターの灰を落としながら冷や汗を流した。
「アレはもう、人間の戦い方じゃねぇ。ただの『殺戮装置』だ」
義正の言う通りだった。
DEATH4の赤黒い闘気は、近衛兵を破壊するたびに際限なく膨れ上がり、ついには周囲の空間そのものを歪ませ始めていた。
彼が歩くたびに、ポポロ村の石畳が溶け、家屋の壁がヒビ割れていく。神も村も関係ない。視界に入るすべての「事象」を破壊し尽くすまで、この殺意の嵐は止まらない。
『警告。特異点・龍魔呂の出力が臨界点を突破。……対象は、自らの生命維持機能を燃焼させて攻撃に転用している』
青龍のシステム音声が響く。
DEATH4は、自らの命を削って『世界を壊す力』を生み出していた。彼にとって、ユウのいない世界など、どうなってもよかったのだ。
「……処理対象、青龍」
DEATH4の銃口が、上空の巨大な青龍のメインコアへと向けられた。
アーマーから危険な警告音が鳴り響く。これ以上闘気をチャージすれば、彼自身の肉体が自壊する。
だが、彼は引き金を引こうとした。
過去の幻影に囚われたまま、自分もろとも世界を終わらせるために。
「——もういいよ、龍魔呂さんッ!!!」
その時。
青龍の重力結界を無理やり引き千切り、一人の少女が飛び出してきた。
純白の兎耳を振り乱し、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたキャルルだった。
「来るなッ!! 姉御、死ぬ気か!!」
信長の制止を振り切り、キャルルは赤黒い闘気の嵐の中へと飛び込んだ。
『……対象外の接近。排除』
DEATH4のシステムが、キャルルを『敵』と誤認し、Korthの銃口を彼女の眉間へと向けた。
だが、キャルルは一歩も引かない。
銃口を突きつけられたまま、真っ直ぐにDEATH4の胸の装甲へと飛び込み——その冷たい鋼鉄の体を、力いっぱい抱きしめた。
「誰も死なせないッ! 私はもう、誰も見捨てない!!」
キャルルの体から、これまでで最大の、太陽のような温かい治癒の魔力が溢れ出す。
それが、DEATH4の赤黒い闘気を優しく包み込んでいく。
「過去で泣いてるユウ君の分まで……私が、今の龍魔呂さんを抱きしめるから!! だから、帰ってきて……ッ!!」
冷たい装甲越しに伝わる、不器用で、圧倒的な体温。
それは、彼がずっと欲しかった『人間の温もり』そのものだった。
『…………』
ピタリ、と。
DEATH4の右手が止まった。
銃口から放たれていた放電が消え、空間を歪めていた赤黒い嵐が、嘘のようにスッと霧散していく。
『プシュゥゥゥッ……』
排気音と共に、漆黒のヘルメットが自動的にパージ(解除)された。
中から現れた龍魔呂の顔は、汗と血にまみれ、酷く青ざめていた。
彼は、自分に縋り付いて泣きじゃくるキャルルの頭に、震える大きな手をポンと置いた。
「……馬鹿野郎。撃ち殺されるところだったぞ」
「うわあああんっ! 龍魔呂さんの、馬鹿ぁぁっ!」
キャルルが龍魔呂の胸で大声で泣き出す。
龍魔呂はふっと息を吐き、膝の力が抜けたように、その場にドサリと座り込んだ。
『ラクリモーサ』の音楽が止まる。
狂気と殺戮の化身は消え去り、そこには、一人の不器用な男と、彼を救い出した傷だらけの女王の姿があった。
だが。
感動の再会を、神のシステムは待ってはくれない。
『エラーコード解除。……特異点の沈黙を確認。これより、全兵装をもってポポロ村の完全消去を実行する』
上空の青龍が、これまでの比ではない圧倒的な魔力を顎の奥に収束させ始めた。
ポポロ村を一撃で地図から消し去る、神の荷電粒子砲。
龍魔呂の体力は底を尽き、キャルルも魔力を使い果たしている。
「……ハッ。上等じゃあないか」
座り込む二人の前に。
特殊警棒を肩に担ぎ、口元に獰猛な笑みを浮かべた『狂犬』が立ち塞がった。
「うちのウサギと処刑人が、ええ仕事しよったわ。……ここから先は、俺の打席じゃい!!」
練馬の狂犬・坂上信長。
神の絶対的な光弾を前に、元・甲子園4番打者が、バッターボックスに足を踏み入れた。




