EP 4
DEATH4の咆哮(ユウの幻影)
「お兄ちゃん……助けて……寒いよ……お兄ちゃん!!」
路地裏の幻影。泥を啜りながら泣き叫ぶ弟・ユウの声が、龍魔呂の鼓膜を、脳髄を、魂を直接えぐり取る。
190センチの巨躯が、折れた大木のように膝をついた。
「ああ……あ……ッ」
龍魔呂の顔からは、完全に血の気が引いている。真っ白を通り越し、死人のような土気色だ。
愛銃Korthを握る右指がガチガチと音を立てて震え、引き金に指をかけることすらできない。
『分析。個体名:龍魔呂。精神的シャットダウンを確認。……これより、非合理的なバグの完全排除を開始する』
青龍の冷徹な指令。
龍魔呂の背後に立つ三体の近衛兵が、光り輝く大剣を振り上げた。
完全に無防備。今の彼には、通り魔のナイフ一本を避ける力すら残っていない。
「龍魔呂さん!! 逃げてぇ!!」
キャルルが叫び、飛び出そうとする。
だが、青龍の『監視の目』がその動きを許さない。空間そのものをロックする幾何学的な結界が、キャルルの足を、信長の特殊警棒を、物理的に停止させる。
「クソが……ッ!! 動け! 俺の足ィィッ!!」
信長が歯を剥き出しにして咆哮するが、神の「規律」は死よりも重い。
絶体絶命。
近衛兵の剣が、龍魔呂の首を刈り取ろうと振り下ろされた。
――その時だった。
『ギャアアアアアアッ!!! お母さん! お母さぁぁぁん!!』
村の広場の端、孤児院の近く。
逃げ遅れた一人の子供が、迫り来る神の兵の恐怖に耐えきれず、喉を引き裂くような悲鳴を上げた。
そのリアルな、生々しい、絶望の叫びが。
龍魔呂の脳内で再生されていた「過去の幻影」を、力ずくで叩き壊した。
『………………ッ』
龍魔呂の瞳から、光が消えた。
震えが止まり、呼吸が止まる。
心拍数は極限まで低下し、脳波は冷徹なまでのフラットラインを描く。
それは「復帰」ではなかった。
優しきマスターとしての龍魔呂が死に、深淵に眠る殺人鬼が目を覚ます音だった。
『――緊急事態ッス!! 蘭ちゃん、モニター見て!! ボスのバイタルが“第四段階”に突入したッス!!』
次元の向こう側。
ガジェットの絶叫が、モーツァルトの『ラクリモーサ』と共に通信機から爆発した。
『このままだとボスは、自分の心もろとも世界を壊しちまう!! 許可なんて知るか! 次元穿孔プロトコル、最大出力で開放ッス!! 吹っ飛べぇぇぇッ!!』
ポポロ村の空。
青龍の幾何学的な亀裂とは全く異なる、強引に、暴力的に抉じ開けられた「虚空の穴」が口を開いた。
「――来い」
龍魔呂の唇が、感情の欠片もなく動いた。
『ドォォォォォォォォォォンッ!!!!!』
空から落ちてきたのは、巨大な黒いコンテナだった。
神の近衛兵たちを物理的に押し潰し、大地に深々と突き刺さる鋼鉄の箱。
コンテナには、龍魔呂と同じ『死を呼ぶ四番』を意味する【IV】の刻印。
『バシュゥゥゥッ!』
高圧蒸気が吹き出し、コンテナの装甲が展開される。
中から現れたのは、ガジェットが龍魔呂のために全知全能を注いで開発した、黒と赤の禍々しい『強化アーマー』。
無言のまま、龍魔呂はその闇の中に足を踏み入れた。
数秒の後。
コンテナの中から、地獄の底から響くような重金属の足音が響いた。
アーマーの各部に内蔵された小型排気口から、鬼王の指輪と同期した赤黒い闘気が霧のように溢れ出す。
ヘルメットのバイザーの奥、血よりも赤いツインアイが発光した。
「……規律だと」
龍魔呂――いや、DEATH4の声は、もはや人間のそれではない。
冷徹な死の宣告そのものだった。
「その言葉ごと、スクラップにしてやる」
右手に握られたKorthの銃身に、アーマーから伸びる動力ケーブルが接続される。
鬼王の闘気がチャージされ、銃口からはバチバチと赤黒い放電が飛び散り、空間を歪ませ始めた。
『 Dies Irae(怒りの日)』の重厚な合図が、再び戦場を支配する。
だが、それはもはや村を守るための歌ではない。
ただ悪を、神を、世界を、論理的に「処理」するための、絶対的な処刑のBGMへと変貌していた。




