EP 9
傷だらけの象徴(真の女王の誕生)
神の獣が去り、元の青空を取り戻したポポロ村。
静まり返った広場に、恐る恐る顔を上げた村人たちの安堵の息が漏れ、やがてそれが、生き延びたことへの歓喜の声へと変わっていった。
「助かった……神様が、退いていったぞ!」
「信長様と、龍魔呂様が撃退してくれたんだ!」
湧き上がる歓声。
だが、その輪の中心で、キャルルだけは地面にへたり込んだまま、力なく俯いていた。
「……私のせいだ」
純白の兎耳が、悲しげに垂れ下がっている。
白虎が突きつけてきた、絶対的な正論。
『汝の無責任な善意が、彼らをポポロ村なしでは生きられない家畜に堕とした』
「私が……みんなから自分の足で歩く力を奪っちゃった。優しくすれば、みんな幸せになるって、疑わなかったのに……」
ポロポロと、再び大粒の涙が土を濡らす。
「その通りよ、キャルルちゃん」
背後から、静かな声が降ってきた。
振り返ると、輝夜がしゃがみ込み、キャルルと同じ目線で彼女を見つめていた。
「白虎の言う通り、私たちがやった事は『支配』よ。パンを与えて、見えない首輪をつけた。……それは、絶対に目を背けちゃいけない、私たちの背負った『泥(罪)』なの」
輝夜の言葉は厳しい。だが、その瞳はどこまでも深く、優しかった。
「……でもね」
輝夜は、広場の隅で静かにマルボロを吹かしている龍魔呂と、ボロボロになりながらも笑っている信長に視線を向けた。
「龍魔呂さんが言ってくれたじゃない。『ガキが笑って飯を食った。それが正解だ』って」
ハッと、キャルルが顔を上げる。
「神様の作った、絶対に誰も間違えない冷たいシステム。……たしかにそれは正しいのかもしれない。でも、その完璧な明日のために、今日お腹を空かせて泣いている子供を見捨てる世界なんて、私は絶対に嫌」
輝夜が、キャルルの泥だらけの小さな両手を、しっかりと握りしめる。
「間違えたなら、何度でもやり直せばいい。それが、泥まみれで不器用な『人間』の特権よ。……貴方は、どうしたい?」
キャルルは、輝夜の目を見た。
そして、自分を心配そうに見守る村人たちや、孤児院の子供たちの顔を見渡した。
――私がパンをあげたから、みんな歩けなくなった。
なら、答えは一つだ。
「……歩くよ」
キャルルが、ギュッと唇を噛み締め、輝夜の手を握り返した。
「みんなと一緒に、歩く。……パンをあげるだけじゃなくて、一緒に畑の耕し方を考える。怪我を治すだけじゃなくて、誰も怪我をしない村の作り方を、みんなで一緒に考える!」
キャルルは、自分の袖で乱暴に涙を拭い、自らの両足で、しっかりと大地を踏みしめて立ち上がった。
「私の優しさが『無責任』だって神様が言うなら……私が、みんなの明日に『責任』を持つ! 神様がそれを罪だって言って、何度村を燃やしに来ても……私が絶対に、みんなを守り抜く!!」
その声は、もう迷子のように泣きじゃくる少女のものではなかった。
泥を被り、己の罪を自覚し、それでもなお「全員で明日を生きる」という途方もない理想を掲げる。
ポポロ村という国を背負う、真の『象徴(女王)』が誕生した瞬間だった。
太陽の光を浴びて、彼女の純白の兎耳がピンと天を指す。
その顔には、涙の跡を残しながらも、かつてなく力強く、眩しい笑顔が咲き誇っていた。
「……フン。やっと泣き止んだか、馬鹿ウサギ」
地下から広場に上がってきた義正が、新しい赤マルに火をつけながら呆れたように笑う。その背後には、タブレットを抱えた蘭の姿もある。
「義正君!」
キャルルが、力強い足取りで義正の前に立った。
「私に、村のみんなが自立するための『算盤の弾き方』、教えて! 私、もっともっと勉強するから!」
「……ハッ。授業料は高くつくぜ、村長」
義正が、嬉しそうに口角を上げる。
「ハハハッ! ええ顔になったのう、ウサギ!」
信長が特殊警棒を肩に担いで大笑いし、輝夜もまた、最高の月のような微笑みを浮かべた。
龍魔呂は何も言わなかった。
ただ、静かにタバコの煙を吐き出し、キャルルの眩しい笑顔を眩しそうに見つめている。
(……それでいい)
彼が命を懸けて守り抜いた太陽は、もう二度と沈むことはない。
『ピーッ。はいはーい、みんなお疲れ様!』
蘭のタブレットから、次元の向こうにいるガジェットの弾んだ声が響く。
『でも喜んでる暇はないッスよ! 神様のシステム、どうやら本気で俺たちをデリートする気みたいッス! 次はもっとヤバいのが来るッスよ!』
「来いよ」
キャルルが、空の彼方――まだ見ぬ青龍、朱雀、玄武、そしてガオガオンが潜む暗闇に向かって、堂々と胸を張った。
「私たちが、この泥まみれの村が、絶対に間違ってないって……神様に教えてあげるんだから!」
天の法と、人間の算盤。
そして、理屈を超えた極限の暴力。
特異点と認定されたポポロ村と、世界を管理する『聖獣機神ガオガオン』との、世界の存亡を懸けた真の神殺しの戦争が、今ここに幕を開けた。




